こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.1



215.1/27〜1/30


1/27(月)

午前中、政治経済と英語の採点。13時から1時間は地域文化行政論の試験。44名(2名だけ欠席)。持ち込みは何でも可なので、設問を小論文になるよう誘導的なものにしたが、かなり時間的にしんどかったようだ。学生の答案から、自由記述のところを少しだけピックアップしておく。

《興味を持った事柄は、大阪市の文化振興をテーマとした乾さんの話の時間だった。彼は、芸術の質と経済性の関係図を用いて、失敗する政策の共通点などから、今後の文化行政の課題について話してくれた。芸術という奥も幅もある深くて広いものを、あのように図式してくれたのが、印象的で納得できるものだった。
 目的を持ち、チェックシートを作ったり、評価委員会を設立するといったことで行政評価をしているという考えはすばらしいと思った。当たり前なことだけど、意外に抜けている部分だ。実際に私のまちの文化行政も、目的が抽象的で自己評価できていなかった。》

次は韓国からの留学生の答案(一番最後までねばって書いていた)
《私は講義を通じでユニバーサルデザインについて興味を持つようになった。・・・私が関心を持つようになったのは、UD化とは美的な感覚だけではなく実生活までつながっており、アーツとライフが結ばれるものだということからだ。現在世界は多様な人びとが住んでいる、そのような多文化社会の中でUDはともに生きる共生の力になるし、物質的経済的な豊かさだけでなく、心の豊かさ、くらしづくりの豊かさを支えることになる。・・・UD化は従来の効率、生産性だけを重視することから、環境づくりとして、生活の意義や意味を支えるものとも言えるだろう。》

ぼくもよく知らなかった「パーマカルチャー」について、自分の町がやっているということを知って、調べた学生の記述から。

《パーマカルチャーとは、オーストラリアのビル・モリソンとデビット・ホルムグレンが構築した人間にとっての恒久的持続可能な環境を作り出すためのデザイン体系のこと。この言葉は、パーマネント(永久な)とアグリカルチャ−(農業)あるいはカルチャー(文化)を組み合わせた造語で、パーマカルチャーの祖、ビル・モリソンは、パーマカルチャーの目的を「地球を森で覆い尽くす」ことと言った。人類が永久に存在し続けるために、農薬などで土地を痛めることなく、自然の恩恵を最大限に受けることに注力していく時代となりつつある。》

《大阪市アーツアポリア事業に興味を持ちました。行政にほとんど口出しされないで市民によって活動しているところに親しみを持てたし、本当にアートを愛する人たちによる創造活動というのは、独特の雰囲気に味があって不思議な魅力を感じました。
 私はこの事業を聴いたときに、いかに市場芸術にとらわれて生きてきたかを痛感しました。芸術を分類しただけでも市場芸術の他に先端芸術、応用芸術などがあり、内容の広さに驚きました。カフェなど身近には芸術があふれていて知らぬまに触れ豊かさを手に入れていたことに気づきました。おかげで芸術というものの見方も変わってきて柔軟に対応できるようになった気がします。行政も早くこの考えに対処できるようになって関心を示す市民づくりや支援活動をしてほしいなと思いました。》

《私は大阪市文化振興事業に興味を持った。特に中西さんと一緒に表を作成したアーツアポリア事業が印象深かった。この事業は、大阪市港区の赤レンガ倉庫で、現代美術や音響音楽を中心として行われているものであり、事務局のアートマネージャー中心となり、アーティスト・研究者・ボランティアなどが一丸となって行っている。なぜ私がこの事業に関心を持ったかというと、場所やだいたいの予算を大阪市が提供し、民間に運営を任せているからだ。今までこのような運営体制をとったことのある自治体は少ないが、私は大阪市の考えやチャレンジはきっと成功し、良い結果が出るのではないかと思う。私は地元に戻ったとき、行政の人にこの方法を提案しようと考えている。》

京都芸術センター大広間。畳に座布団でシンポを聞くのもまた違った感じがして面白い。NPO法人京都舞台芸術協会主催、京都芸術センター共催『劇場にまつわるシンポジウム)。司会が土田英生(当協会理事長)、大谷燠、樋口君(小原さんの代理)、山納洋、土肥真司。永運院の土肥さんとは久しぶりで、はなのライブについて聞かれて日時がわからなかった。あとで調べると、京都では三条のアザーサイド(565-3915)、2/23、19:20からが直近。

終わってから東京から来ていた米屋尚子さんが山納さんにインタビューをしていてそれに交じって食事をする。彼がセットした日替わりマスターによるシングルズのコモンズバーは実に「親密圏劇場」だと思った。

1/28(火)

大学の成績付けを完了する。学生の試験も今日で終わるということ。石野さんと川上さんが美術館の学芸員資格関係の勉強をしている。ファンドレイザーとかカタカナが多くて戸惑いつつ。このときに英語の勉強もしてくれると一石二鳥なのだが。

18時に京都芸術センターへ。今日は杉山準の司会。船阪さんが遅れてきたのでアルティの金谷さんとのダブルキャスト。川南恵さんは、京都市の文化関係のメンバーなので、いま市民の意見募集中の京都市芸術文化振興計画推進プログラムの素案を中心に、今日のテーマである「公立劇場に民間から芸術監督、プロデューサーもしくは、フランチャイズ劇団(ダンスカンパニー)を置く可能性とそのメリットについて」と絡めて話す。

ぼくは、北九州芸術劇場のプロデューサー/ディレクター制の話を詳しくして、それまでの日本の動向も話した。

会場は昨日の半分以下でやっぱり寂しい感じがしたが、逆にこじんまりとしていたので、参加者にもいろいろ話を回す。そのためにぼくの出番はほとんどなかったが、最後少しまとめみたいなカッコづけはした。杉山さんに1000円の旅費をもらった分ぐらいは仕事をしたという印象を与えたかったから。終わってからまたビール。

1/29(水)

組合の執行委員長としての初仕事を午前中して、それからアイホールに行こうと思ったのだが(振付家のための構成力養成講座)、余りの寒さと睡眠不足のため、早く帰る(藤堂さんのバックアップはうまくいくだろうかとか色々行って観察したいこともあったのだが・・ごめんなさい)。

帰ると芳江が確定申告の準備をしてくれていて、学園に寄附した領収書などが届いていないという。てっきり二人ともそれが郵便で送られてきてきちんとしまったことを忘れていて、経理課に電話して悪いことをした。こちらのミスなのに忘れてしまうなんて、実に恥ずかしいことをしたものだと、ひとしきり記憶力衰退について、二人でしみじみ。

1/30(木)

午前中、3/3の藝術夜会のためのレジメを作ろうとして、なかなか考えがまとまらない。1回だけ60分間の話なのだが、これを授業の始まりにも併用しようなんて欲張るから余計に難しいのかも知れない。「アーツマネジメントの入口と出口」という共通タイトルで副題として「日常生活→藝術仕事→冠婚葬祭」。そんな流れをとりあえず作る。

でも、そこに、前にチラシでタイトルとしてしまった「アーツと勝敗」をどう絡ますか悩んでいると、パナクリエイトの松本さんが来て、午後からは5時間近く(うち雑談も半分はあったが)これからのJAM WestとOBPアーツプロジェクトについて検討し合った。

ちょうど読み終わった新書(新書っていくつ種類があるのだろう)を書いておく。此経啓助(これつねけいすけ)『都会のお葬式』生活人新書075、NHK出版、2002.10。

宗教考現学研究所長である著者は仏教を中心に宗教関係のジャーナリスト/編集出版の人。ノウハウ本と研究入門とを半分半分にもった本でこれも葬送学の入り口として読むのにふさわしい本で、「葬送の自由」の立場ながらマイルドなタッチで、いまの基調がだいたい分かってくる。この著者の特色として、決めつけない書き方が多いのだが、その例として2個所抜き出しておく。

《「清めの塩」は「死は穢れ」という誤った考えで、新たな差別を生み出す原因だから廃止しようという運動がある。会葬者は昔、自宅の玄関先に清めの塩を用意して出かけた。お葬式にはさまざまな迷信じみた習俗が入り込んでいる。それらを継承するかしないかは、お葬式の主宰者の考え方である。また、会葬者の考え方でもある。習俗に真理を求めないほうがいい。》

《確かに日本人の私たちのは、こうした「ほとけ感」がある。この追憶機能がベースとなっているからこそ、「散骨」もまた成り立つのかも知れない。散灰された海や山を見て、遺族は「故人の存在」を感じるのである。これを「個人の存在」に変えるのは、故人や遺族が創意工夫した「自分らしい葬送」であり、「自分好みのデザイン」表現力である。
 故人は遺族の「心の記憶装置」に宿る。しかし、故人の生前の生き方によって、あるいは遺族との生きたコミュニケーションによって、遺族の「追憶機能」(ほとけ感)が発動して、故人は極楽浄土にもいけるし、天上の星にもいけるし、愛する人の心にもいける。
 私たち個人(故人)はどこにでもいける存在なのだ。だからこそ、葬送は自由なのである。》


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