こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.7



267.7/28〜7/31


7/28(月)

ホントに珍しく朝起きると胃腸がしくしく痛い。昨夜、かなり緊張していたのだろうか。それとも単に飲みすぎが続いたせいか。寝床でオヤジが腸にカメラを入れられ、検査され続けていることを思った。

岐阜県副知事坂田俊一さんが、検査で入院していた病院で首を吊ってなくなった(29日に28日の朝刊を読んで知った)。50歳。27日の未明のことで、3時の看護士見回りのときには何ともなかったらしい。梶原知事が入院していたときに知事代行をしていて、その過労が原因か?と新聞にはある。遺書はなかったという。

(30日の教授会で金武創さんから、飛騨の県立の文化施設の運営問題で議会がもめていることが原因だったような地元紙の話があると聞いた。文化施設を無知な行政が造ることの愚かさによって一人の命が奪われたのかと思うと、無性に悲しくなる。)

坂田さんは自治省の2年先輩で日の当たる部署を回った方ではなかったが、何かとぼくに優しく話しかけてくれた先輩であった(国土庁関係者ということで一緒になることが多かったからだったろうか?)。葬送のことを考えると自殺のことについても少し考えが深まってくる(というか、複雑な糸がよりこんがらかってくる)。ただ、葬送の自由と自死とには何らかの関係が感じられるが、尊厳死と自殺の違いを考えるとまた目眩がする。

大学では、昨日買ったCDをMDにしていた。あと学生が何人か訪ねてきて、2回生のクラスの状態などを教えてもらう。地下鉄に乗ると、だいたいテストが終わったので夜食事に行ったりしているうちの学生たちが多いみたいで、そういうグループに複数会う。

「アーツ・コンペティションin大阪マジックランプ」も第8回目。田丸さんには随分とお世話になった。9月にはマジックランプは森小路を離れて、新しい町へ移るという。東住吉区の新深江。名前だけはよく聞いていたが(実家の玉川駅からナンバへ向かうときにそのさきの駅名だから)、降りたことがない。

今日はバイオリンの独奏をする山崎和思から始まった。彼はセレノグラフィカの音楽を作ったりお芝居の音楽を作り弾いたりしている。和音が優しく響く。聞きながら、ちょっと宮沢賢治のセロ弾きのゴーシュの音楽会みたいだなと思った。

次はひとり芝居/三澤奈央の「オイディプス王」。たしかダンスサーカスにも出ていた人かも知れない。舞踏系のステージ。カツラと仮面をつけていたときの緊張感はなかなかのものだった。Pカウンシルはコント集団。前にも見たがそのときよりも強度が上がっていた。

最後に、NPO法人劇場マジックランプでこどものための防犯啓発劇。誘拐がテーマ。この劇は旭警察署と一緒に新森幼稚園で防犯講習会をしたときに演じたもので、誘拐の手口を園児たちにも分かりやすくステージ上にあげている。アンパンマンのテーマソングはなかなかに踊れることが分かる。防犯天使をやっている女性は高校生だった。

7/29(火)

今日は大学には行かず。午前中に大阪市立中央青年センターへ行って、濱谷由美子による子どものダンスワークショップを見学する。15名ほどが参加。よく動くワークショップなのでみんな楽しそうだ。ただ男の子で脚のすじがちょっと痛めた子がいたりしていた。

ワークショップのそばにいて子どもたちの身体や反応を間近で見るのはとても楽しい。体育館全体に身体を動かす楽しみが充満するように周りもなってくるといいのだ。親をはずしたのもそのためなのかも知れない。

13時前に京都芸術センターへ。ところがインターンシップをする上田千尋さんが来ない。彼女をお願いするためにきたのになあ。学生支援課へ連絡。上田さんは14時と間違っていたみたいで、13時半に、はーはー言ってやってくる。ちょうど南事務局長が芸大に出かける前で少し話をする。今度のインターンシップでは展覧会『At This School、明倫』とうまく重なるので、作業を手伝うことができそうで、ラッキーだなと思う。北山善夫の中学生対象のワークショップは昨日終わったが、展示がちょうど8/1〜だし、8/9には中ハシ克シゲとの対談もある。

7/22から公開制作している中ハシ克シゲのルームをのぞく。ゼロ戦の模型を作ってそれを撮した写真を実物大にはりあわす作業が続いている。中ハシさんは、ぼくたちふたりをイスに座らせてビデオやファイルを見せながら、オーストラリアのダーウィンで行って来たパフォーマンスを丁寧に説明してくれる。墜落されて捕虜になったゼロ戦パイロットは1000名ほどの捕虜を率いて脱走し射殺された。そんな自害もあったのだった。

今度のゼロ戦は琵琶湖上空で撃墜されたものだそうで、その落とされた8/14に、その場所近くの成安造形大学グラウンドで作品を燃やすのだという。上田さんのインターンシップ最後の日にちょうどなっていて、それはかなりお得なインターンシップ体験ができるだろうと確信する。

イタリア会館でチェコアニメを見ようと思ったがぶらぶらしているうちに時間が経ってしまった。大阪屋呉服店という大阪出身でもないお店で黒の作務衣と草履を買った。これで見本市のときの衣装ができたことになる。

19時からはアザーサイド。off noteから出た『瓶のなかの球体GLOBE IN THE BOTTLE』CD2枚組記念の関西ライブも最後の夜になった。今夜は「GROOVE IN THE BATTLE」と銘打たれてリラックスした感じで自分の歌中心に(もちろんCDにある昔のアメリカのフォークも登場する)、4組のデラックスなライブを楽しんだ。

はじめは、大阪のバナナホールのそばでバーをしている宮里ひろし(たぶん沖縄ルーツの方だろう)の歌。愛嬌のある人だ。ヘロヘロしながらバーを運営する悲哀がよく出ている。次に、ひがしのひとし。亀の歌は聞き重なるに連れてぼくのなかでどんどん色っぽくなる。バックのゆうへいさんもはなも1曲ずつ歌わせてもらう。コントラバスの船戸博史さんはずっとでずっぱりだ。

渡辺勝のピアノとギター。ドラムスやギター(ボーカルも)、コントラバス、それにテナーサックスが入って分厚くなるセッション。重いような粘っこいような独特の雰囲気を初めて味合う。六曜社とかいう珈琲のとても美味しい店のオクノ修がゲストで2曲。これは確かCDに入っている曲だ。大工哲弘が「蓬莱行」で歌っているあの曲を作った人だなあとぼんやりとその何気ない立ち姿のその人を眺める。でも歌は激しい。

最後に中川五郎。1960年代後半とかのことだから、ぼくの中学生時代のことだ。その頃によく弾かれた「受験生ブルース」の人だったよなあととてもあいまいな昔の記憶をひっぱりだす。西岡タカシの五つの赤い風船の人は中川イサトで別人か・・なんてもう耄碌もいいところの記憶の混濁の彼方からいまの彼の歌を聴く。1970年代を生き延びて、けっこう生活臭漂う歌も歌ってんだなあ。

あとで聞くと、このあと朝の6時ぐらいまで宴会は続いたのだという。はなもしっかりと影響されとてもいい勉強になったと芳江に興奮しっぱなしで電話をしてきたらしい。すごい人たちのなかのしんがりに迷子の子猫のように入れてもらうのだから、ホントにお世話にこれからなる。

そして、もちろん、それまで石田さんはじめ喫茶のんのパパさんママさん、そしてそこに集う方々がはなをホントに応援してくれてきて、それが支えにこれからもなるのだなと思って感慨深い。10月26日には三浦久さんの信州の拠点でひがしのひとしさんグループとして行かせてもらうなど色々日程が入ってくるだろう。この日に大学祭がなければ、ぼくも長野県に行きたいぐらいなのだが。

7/30(水)

午前中、朝日新聞の社会部の天野記者が来て、築港赤レンガ倉庫を中心とした取材があった。天保山がテーマの記事らしい。ぼくが安治川べり出身と言うと、実は安治川も取材候補だったそうで、いろいろと生い立ちなど話す(天保山も実は安治川とつながっているのだが)。どんな記事になるのか楽しみ。彼は社会部なので徳島県知事選挙の取材をしていたりで、自治省出身の知事がこんなに多くなったことについて感想を求められたりした。

そのあとは校務。教授会も長引き、組合の連合執行委員会にも出れなかった。

7/31(木)

珍しく肩が凝っている。

紺野一彦『劇団四季の謎』(KKベストブック、2003.3)。政商としての浅利慶太といえば、昔(21、2年前)、国土庁主催で全国都道府県の企画職員対象の研修をしたとき、彼も下河辺淳筋あたりからの推薦によって講師で来て、発音の練習をさせていたのを思い出す。その頃から政治家や官僚の周りをうろうろしていた人だから、この本を読んでも何も驚かない(少し学者的だけれど、関西の山崎正和も同じようなタイプ)。

が、そんな人が関係する代物(「輸入ソフトにすがり、テープ劇ないしカラオケ・ミュージカルを案出」してまで多売多利に走っているコマーシャル第一主義公演)にアートマネジメント志望の学生が感動させられているというとても寂しい現実も歴然とある(だいたいはお金を出してくれるミーハーなお母さんの影響が強いのだが)。ただ、昨年のワールドカップサッカー、今年の虎野球フィーバーと同じく、ここのミュージカル観劇は一過性の流行イベントなのだろうから、それは何も残らないカンフル剤なのだろうとも思う。

前期の成績をほぼつけ終わって、アートシアターdBへ。前に劇団八時半の稽古場に来た京都橘女子大学歴史学科3回生の学生が、レポートを出し終わったと行って来ている。彼女は名前を知らないが進藤綾子さんの友人でなかなかに熱心だ。舞台芸術見本市にも来るというので招待券を渡しておく。

イスラエルの若手のソロ。40分ほど。6つのピースに分かれているという。エマニュル・ガットという大柄な男性。イスラエルのダンスを割と見ているが音楽(ジプシーとかクレズマーとか東洋の匂いの路上性のある音楽)使いとか、動きの少し武道ぽいところとか、振付や動きに共通点が多い(ヨシ・ユングマンの振付部分もあったというから当たり前でもあるが)。カツラをつけた踊りが少し変化があって面白かった。

終わって、ココルームに行って少し休息。赤紫蘇ジュースで少し肩こりもほぐれる。ここの運営を夏休みでも手伝ってくれる学生はいませんか?と上田假奈代さん。ぜひ、アーツマネジメント資格を考えている学生でなにも思いつかない人は彼女を訪ねてフェスティバルゲートのココルームまで行ったらとても勉強になると思う。いまはカフェギャラリーみたいになっていた。


KOGURE Diary/こぐれ日録》の扉へ戻る