こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.7



261.7/7〜7/10


7/7(月)

七夕は土砂降りだった。紙のアークショップの2日目。笹の葉に願いを書いた。ぼくは「かわいい孫を!?」。先週の園児は来なかった。岩戸保育園のプール開きは行われたのだろうか。

最後にランプシェードに明かりをともす。静かな作業に心がこもる。カフェ担以外のこぐゼミ生は應典院の池野さんの話を聞き、11/8(土)のコモンズフェスタのカフェトークなどの有り様を考えようとしている。10/18の北山善夫の死亡記事ワークショップには大勢が参加したい。

沖縄には9月16〜18日までゼミ合宿でいく。首里の下山さんに電話をしたら出張中だった。どちらに?と聞くとロシアと言われて少し雄大な気分になった。モノレールが来月から走るらしい。

帰りに『ソトコト』8月号を買う。沢田眉香子さんの文で【京都の女子大で開催された、「スローなスタイル」ワークショップ】、【Arts&Craft手が紡ぎ出したもの】という見出し記事(77ページの上半分)が載っていたからだ。

原稿案のメールが事前に来ていて「橘女子大学」とあったので、「京都橘女子大学」と訂正していた(それ以外の変更、発信とイベントについては全部修正してもらっていた。有り難いことだ)のに、でもなぜかそれも空しく「京都の郊外にある橘女子大学」のままになっていて、愕然とする。せっかく明日事務局長らに見せようと思っていたのに、逆効果になるかも知れない。

7/8(火)

朝、昨夜愕然とした記事を京都橘女子大学の芝田事務局長に見せたら、それでも載っただけいいじゃないと言われてほっとする。「ソトコト」という雑誌は以前見たよりもずいぶんとコンテンツがぎっしりあって、「スローナンバー」という携帯電話を活用した解説を試みていたり、なかなか面白い雑誌だと思う。

10時半から、小鹿さんがやっているビーグッドカフェについての打ち合わせ。8月の終わりに「葬送」をテーマにぼくがナビゲーターになってトークをするという案件だ。應典院の池野さんをお呼びしたらどうかと話す。川上葬祭さんなど葬儀屋さんを即呼ぶよりも、エンディングに向かってサポートを行うことを考え出した寺院のことを知ってからの方がいいかなと思ったからだ。

その話し合いのなかで(というかぼくのミニレクチャーのあいまに)、神社とお寺の違いって何?とオジーに聞かれてびっくりする。日本人の若い世代に「しんとう」という言葉(「神道」)は漢字に変換されないことを知る。それでも心霊写真や守護霊、金縛りとかはずいぶんとみんな信じてしまっているからなあ。「祭る故に我あり」という神道のことをもう少しぼくも勉強して分かりやすく限界芸術の諸相を伝えなくてはならない。それは仏教よりも身近でじぶんらしい葬式を考える上にもずいぶんとヒントになるはずだ。

13時半から大阪府の文化課の人たちとの打ち合わせ。近代建築物に関する文化事業がうまくあつまるといいのだが。18時の大学院の授業までは文化環境研究所ジャーナルの原稿書き。関経連の報告書発表について、研究会のプロセスなどをまとめている。すると、報告書冒頭のサントリー不易流行研究所佐藤部長の文章の中に「橘女子大学」が出てきてびっくり。森下さんに電話したら、最終チェックで直ったという。まあ、そんなものなのだろうな。どうも神経質すぎたかも知れない。

18時から授業。また最低記録を更新。照屋さんと小室さんのみ。でも実に面白くこの前岩崎正裕さんに教えてもらったコミュニケーションって難しいよ、ということがよく分かるワークショップをした。絶対に来週もしたいので、これはE-ラーニングでは体験できないから9名の受講者は出来るだけ来るようにして欲しいと思う。

帰り、ミュージアム研究をしている文学部からうちの大学院に来た2名と出会い、小室さんと4名で餐間で夕食。

7/9(水)

リボンゼミ『本を読む』ワークショップ第2弾。今日も奇跡的に晴れた。「海辺のカフカ」から始まり、最後は葉っぱをみんなに渡しての詩の朗読で終わる。聴き応えあり(清風館コンクリート広場は水音が大きいのでそれに負けない音量が課題)。よく知っている童話に一ひねり入れたものを読む学生が二人。本を選ぶときにいろいろ考える訓練になっている。

司会の仕方をもうすこし工夫するようにし向けることも課題かな。当日パンフは紙飛行機があったり、みんなにキャンパス内の葉っぱを押し葉にしてプレゼントする工夫があったりして、これはうまくいっている。「ぐりとぐら」を読むのに、絵を見せるために言葉をメモる工夫。物語をきちんと知らせたくて、うまく続くようにとばして読むなど、編集とか加工がマネジメントと創作のあいだにあることも実感できたようにも思う。

山科文化開発プロジェクトでは本を出すことになっていて、その打ち合わせのあとに教授会。そして学部で集まって卒論(卒業研究)のあり方のすり合わせ。団交がある予定だったが調整が失敗。少し組合内で話し合い。

日暮れに坂を下りると山本さんちで取れたトマトが赤く熟れて置かれている。今日は帰りにビールなど買わないで(アイスクリームも辛抱して)、トマトを買って小さいよく熟れたトマトを囓って帰ろう。

7/10(木)

蒸し暑い。コンソーシアム京都でレクチャー(来週はテストだ)。盛り沢山すぎたが、最後に宮沢賢治の農民芸術概論を朗読できたから幸せ。

受講生たちと食事後、アートスペース虹へ。伊達伸明『建築物ウクレレ化計画(第3期)の作品が8つ並んでいる。いま全部で25個になったという。その持続力、調整とコミュニケーションの過程全体が彼の芸術である。年季が入った床板やピンクの壁クロスとそれぞれのメモリー。ヘッドに金具があったり、保育園のお花が張られたり、みんなステキだ。火災に合った法善寺横丁のバーカウンターのヘッドが特に心に刺さる。

前からお願いしていたが、ボーナスを使って赤崎みまさんのこの前の作品を3つ買うことにした(ささやかな美術品購入だが、ぼくにとっては初めてなのでどきどき)。ガラスを入れるかどうか迷ったが、大学に展示することもあるので、入れてもらうことに。ざくろと折り鶴とクローバーと。ホントは冬のオリーブも塩もぶどうも買いたいのは山々なのだ・・。

INAXギャラリー大阪。四ツ橋駅のそば。『普通の生活展』〜2002年ソウルスタイルその後−李さん一家の3200点。ぼくは民博で評判だった展示(あのころは日韓と聞くだけでイベントぽくて毛嫌いしていた)を観なかったので、少し感動は薄いが、それでも何とも面白い展示だった。韓国の儀式のことが気になる。家族サイトのことも。

アートシアターdBへ。人がいっぱい。アートキャバレー#2。黒子さなえさんが暑いのに毛皮を来たり赤いストッキングみたいなのを顔に覆っていてびっくりした。冒頭、キチンとしたダンスを楽しませてもらった。上田假奈代さんは対照的に地味でいなせな着物姿だった。彼女の詩句はかなり平易なものでも次の予測(常套句的並置)をするりと裏切る部分があって、それがそこらのライブポエマーたちとは一線を画すところだと再確認する。

知り合いも多かったが、ベリーダンスに感激したりしている若い人たちもいた。どうしようもなくつまならないバンド(終わってから控室でしゃべっている声まで五月蠅く届く)の知り合いとかもいたようだった。

音楽(ヒロ上原とか何とか)と根性が座っていないひ弱な口上(草壁カゲロヲ)があまりにもひどくて(もちろん足田メロウとかいうライブペインティング?も?)途中で頭が痛くなり帰ることにした。19時から始まって2時間は過ぎていたがまだ半分という感じだった。そうしないと野次り倒したくなる衝動を抑えがたくなりそうだったからだ。第3部にメルボルンで活躍している舞踏の人が見れると大谷さんに言われていたが、そこまで持たなかった。

席がなくてみんな困っているのに、自分の傘とボトルを空いた席に置いている女がいて(誰か連れ合いが遅れて来るのかとずっと見ていたがそうではなさそうだった)、注意しようと何度か思ったが、どうして座りたい人が横にいるのに当事者がその女に声をかけないのか、制作の人たちも忙しいのだろうがその辺どうして気がつかないのだろうかと思い、珍しく逡巡していた。

京阪電車では座る席に隙間があると(8人がけの場合、2人分ぐらいつめると座れる状態でもおじいさんやおばあさんは足を広げ居眠る若者たちに声をようかけられへんのだ)自分とは関係なくても声をかけつめらせるお節介オジサンになってきているが、今夜はちょっとそんなことをする気にもならなかった。アザーサイドのはなのライブはどうだっただろう?


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