こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.6
6/2(月)
血圧が低いのも気になるが、夜にぼくがときどき息をしていない(無呼吸症ほどは長くはないらしいが)のも、自分は知らないだけに気になる。ということで、日曜日、珍しくアルコールを入れなかったが、やっぱり、止まっていたという。芳江の安眠妨害でもあるなあ。
まあ、でも気持ちのいい月曜日だった。こぐゼミは自発的に作業が進んでいる。名刺も全員分の版下が出来つつあるし、ホームページも大橋さんと魚谷さんという経験者中心にどんどん出来つつある。なかなか大学に来れない二人もこれからのホームページ更新に参加してもらうといいんだがなあと思ったりする。工藤さんがメーリングリストも作ってくれたし。
カフェ担の当日パンフは、初めの案だったキャベツの皮を剥くような仕掛けに比べてはぐっと大人しいが、なかなかにいい感じに出来つつある。あとはアンケートを挟み込めば大丈夫だ。エンボスというのか、そういうこともまでして、ぽっかり満月のように空いた表紙は、色々なチラシを見せてきた甲斐があったなあと思ったりもする。
竹グループの打ち合わせに、大川さんと一緒に参加する。さらさ、にて。ヒジキピラフはうまい。地下茎の中心となるテンマさんの地図の教え方が独特でかなり笑った。小鹿さんが休みなしなのが可哀想だが、まあ、若いからして大丈夫だろう。
6/3(火)
地域芸術文化振興論は中間テスト。66名が出席した。読んでみると、アートシアターdBに行かなかった学生は一人だけで、ちょっとコンテンポラリーダンスへの導入になったのかなと嬉しい。もっと嬉しいのは、なかなかに自分なりに鑑賞して言葉にしている点だ。
問題は、「1.あなたが鑑賞したアートシアターdBのダンス公演について、そのレビューを書きなさい。レビューにはダンスの内容や感想のほか、シアター内外の環境であなたが観察したことも含めてください。2.アートシアターdBがこの場所にできた理由を自分なりに考えて書き、あわせてここ(フェスティバルゲート)を訪れた印象も記述しなさい」というものだった。
《・・まっくろは、なにか異世界と呼ぶ空間に近いのかもしれないな、と思った。はじめのダンスがはじまる時、とても静かだった。人の駆ける音や話す音・・人の音しかないのがおもしろいなと思う。私の中で、ダンスって音がちょっとうるさくってそしてその音に合わせて人間がその音にのっているという感じだった。でもこのダンスは人のうごきの元に音が存在するといった感じだ。
《黒の中の光はどこか安心感とか神秘さがあって、私はなんとなく私の脳か心の中でいま見えている光景が存在しているような気がした。そういうのは心がもっていかれるって感じなのかな?と思う。ダンスを見ているとき、おおやけに見ている、というより、のぞいているっていうか、呼びかけている、という、暑苦しい感じがしなかったのが、私にはすごくよかった。
《その場はこういう風に見なくちゃいけないとか、押しつけられるものがなかったから、私はこの場に居ることに不快感も疎外感も感じなくて、居心地がとてもいい。私はダンスとか、そういった芸術にかかわるものは、それを理解できる人のみが理解できるものなのかもしれないと思っていたが、そうじゃなくて、ふつうに感じることさえできれば、その感じ方が良い感情(きもちいいとか楽しいとか)か、悪い感情(きもち悪いとか不快だとか)なだけで、分かっているだとか分かっていないだとかじゃないんだな、と思った。・・・》
(5/27のダンスサーカスを見た感想の一部、文化政策3回生)
やられなたっていう感じ。彼女にはもっと見て書いてもらいたい衝動に駆られる。その他のレビューも読みごたえあり。
いまの自分の感覚を丁寧に言葉にしようというところでいいのだとぼくが思っているということに気づいていて、だいたいは素直に反応してくれている。評論家になるつもりはないから、そのいまの自分の感覚に少しだけ敏感になっていくことが、アーツの存在価値の一つなのだし、そのうちに、自分だけではなく周囲にも伝えたくなる気持ちが沸いてくれば十分Nのではないかと思っているわけだ。
大学院のアートマネジメント(1)。宮島達男を誰も知らないのだなあと思って、川俣正とか村上隆、奈良美智など日本を担う美術家の紹介もしなくちゃいけないなと思う。ホントに砂漠に水をやるようなことをしていて大丈夫かなあと思うのは、受講者が少ないせいもあるだろうな。そのあとに、先に書いた答案の採点を終えて、帰った。
6/4(水)
基礎演習。リボンゼミの14名はみんな定刻には集まっていて、日記はちゃんと提出するし、それぞれ個性的に日記を飾ったり、面白い感想を書きつけている。ただ、来週は美術館に行くって言っていたのに映画館に行くことになった。ぼくは、間違って京都みなみ会館はモーニングはないって言ってしまって、あとでみたら「過去のない男」があった。
これは慌てて伝えなくちゃいけない。確かめるべきだった。ただ、帰りが間に合うかどうか。学部教授会で来年度の新入生キャンプ案を図った。させどうなるか。互助会の歓送迎会。菊水。
6/5(木)
コンソーシアム、アーツ&セラピーは小林昌廣さん。いつもの名調子。たとえば「触れ合う」という言葉が彼の解説ではぐっと深くなる。もっと受講生来なくちゃもったいない。受講生でなくても、来週もあります、是非どうぞ。そうそう、小林さんのご先祖さんは十手持ちだったそうだ。うちは姫路城の台所役人だったようで、参勤交代か何かの時に先祖同士が江戸ですれ違っていたりしていたとしたら、何だか面白いだろうな。
今回では特に「ヘルス」についてが面白く、いろいろ考えさせられた。「spiritual」が先祖から子孫までの時間軸における健康ということではないかという話は極めて深い。「physical」、「mental」、そして空間的な広がりとしての「social」にたいして、1999年にWHOが提案したのが縦のつながりとしての「spiritual」だという。この「spiritual」の訳は難しそうだが、思い切って「健康とは、身体的、精神的、(文化)継承的、社会的・・・」と訳したらどうだろうか?あるいはシンプルに「文化的」でもいいのかも知れない。
農のワークショップの当日パンフをうちのゼミ生達が作っている。あとはアンケートだ。実践することと先輩を真似て盗むことがうまくマッチしていくことを願うばかり。15:45から食のサロンのために、山本禮三さんを訪問する。ファシリテーターの鈴鹿樹里さんや小鹿さん、生協店長の東川さんにうちの食担の永富さんと澤田さんとで。
痛風が痛そうな山本さんだったが(それに訪問予定日の変更がうまく伝わっていなかったようでもあった)、丹誠をこめた野菜畑に案内してもらって、赤いジャガイモ、ネギ、トマトやサヤインゲン、小松菜に芋茎・・・を見せてもらう。
ナスは3種類。そのなかに山科ナスもあったが、接ぎ木なのだそうだ。市販のナスの種で出来るものに比べてずっと収穫量が少ないから、どうしようもないと聞くとちょっとつらくなる。泉州の水ナス(これは去年岸和田で買って生のママ食べたりしたものだ)も栽培されていて、山科ナスや水ナスは、普通のナスにくらべて葉っぱや茎までが紫色に染まって、もう彫刻みたいにステキだった。こんなに美しいのだったら観葉植物としても可能性があるんじゃないかなあ(鑑賞してから食べる楽しみ)とも思ったりした。
18時からインターンシップの事前研修。中嶋さんが芸術NPO法人について話してくれ、といったのでそんなことを中心に話す。宮島達男を話していたら、中條さんがそれを直島で見たと言う。そうか、彼女はこの前の美術用語の基礎チェックでもかなり出来ていたがいろいろ見ているんだな。ますます彼女の高松でのインターンシップが楽しみだ。
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