こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.5



249.5/26〜5/29


5/26(月)

風邪が少し本格化してきた。専門演習(こぐゼミ)でも澤田さんや和田さんが同類。清水さんにはホントにお世話になり、ホームページも名刺も当日パンフも何とか形になりだしている。名刺はもうほとんど完成しているので、嬉しくなって池上部長に渡したら、中嶋ソツ長におこられた。

ということもあり、せっかくのアーツ・コンペティションin大阪マジックランプvol.7(アサヒ・アート・フェスティバル2003年参加事業でもあったのだ)なのだが、出演者の名前のみの紹介にとどめさせてもらう。でも、この多ジャンルというか混沌はまだ日本に希望があると思わせてもらえるぐらいに刺激的なステージだったと思う(まあ、うちの小暮はなもいるので何ですが)。

もう少しお客さんがいてもよかったのだが、なかなかに動員は課題。でも出てくれそうな人は増えるのではないかと思う。今日も岡山から即興音楽デュオが来てくれたし、近くの空手の子どもたちも参加してくれて、その広がり方がおかしい。

初めは、久保比呂誌の優しいキーボードから。ピアノを弾いていたが、津軽じょんがら節を聴いて津軽三味線へと導かれたという。油の抜けた飄々とした三味線だ。

続いて、ダンスユニット・セレノグラフィカ『鬼のカタコト』。隅地茉歩が後ろ向きに立っている。黒字に「修行中〜京都」と書かれたTシャツ。何とも脱力系の前半があって、セレノさんは目が離せない。阿比留修一との呼吸が合っていないようで合っている感じも絶妙だ。

岡山からのインプロバイズミュージック「Proto-G」。赤田晃一のサクソフォーンは結構現代音楽風かなと思ったら、河田嘉彦のディジュリドゥーがリズミカルなので、何とはなく間抜けな面白さがあって、いろんな可能性を持った二人だと思った。

はなは、5曲。最後の「背骨の音」は初めて聴く。ちょっと高田渡とかを思ったりする哲学生活風な歌詞が新しい(実際いまよく高田渡を聴いているらしい)。もっと面白くなるはずだ。

大橋正起『空心道』の子どもたちによるデモンストレーション。少林寺から極真会館芦原道場へ。武道って武術とどう違うのだろう。ぼくとしては術(アーツ)の方がいいのだけれど。板割りが見られるとは思わなかった。

5/27(火)

地域芸術文化振興論でアーツに関する基礎用語チェックをやってみた。伝統芸能ではまず読んでみてもらって、読み方を確認する。そこで彼女たちの情報量の有無が分かるし、少しヒントを与えたりも出来るからだ。けっこう楽しそうである。クイズの方が退屈しないのではないか。

人生は○×式ではないし、学問は記号選択問題ではないのはよく分かっているけれど、人は話を聴くばかりだと眠くなるし、作文を書くというのはやっぱりいつもいつもは大変だ。だからこういうシンプルな記号問題もいいのかも知れない(試験じゃないから)。

こちらも、解説しながら話を広げることができるし、この用語はほとんどみんな知らないということを確認しておかないと、結局、熱弁しても内容は何も伝わっていなかった(気持ちだけは伝わっていても)ということがよくあるのだ。

英語やフランス語起源の多い美術用語はやっぱりもっと難しかったようだ。でもかなり出来ている人もいて、彼女はけっこうぼくらの話をよく聴いていて内容を理解していたのだったなあ(河島さんが以前いいレポートを書いていたと誉めていた)と思う。いかにこのばらつきを減らすかということだろう。用語を21もいまから新しく覚えろというのは酷だろうけれど(この前話したキュレーターと印象派、あとアールデコ当たりは結構OKだった)、「サイトスペフィフィク」とか「アースワーク」、「レディメイド」、「アウトサイダーアート」とかは、英語からうまく類推してもらうといいのであるが。

小鹿さんと布瀬さんが来て「農」のワークショップの事前検討をしている。今日が風邪の峠だろう。こういうときはあんまりクリエイティブな仕事は無理なので、今度出す本の校正をして、「終わりに」を書く。最後はいまビタミン、ミネラル補給などで特にお世話になっているから芳江への感謝の辞となる。不養生なぼくが風邪ひきながらも生きているのも彼女のお陰だと、こうして弱っているときはまあ殊勝にも思うからだ。

大学院の呉末淑さんが来て、一緒にダンスサーカス.22を見に行く。彼女が感じる韓国と日本についての話を聴くのは実に楽しい。着いて3回生達に会いお互いびっくり。びっくりする必要はなかったのだが(地域芸術文化振興論でこの前のダンス公演に行けなかった人たちだから)。

1.市川まや「。」。まやらは19歳とか20歳とか21歳。ちょうどうちらの学生たちとかと同じだ。高校生時代に創作ダンスをしたことを思い出したと言う学生がいるのも肯ける。コトバが初め多かった。最後の方のストロボもやかましい感じはした。でも途中「蚊」のあたりは、面白くて、きっとまだ挑戦する人たちだろうなとは思う。今度はシンプルに深く一つのことを考え抜くといいだろう。

2.ジュール・モンデンキント「モンドブルー」。作・出演:藤三野、如是月子。佐藤ひでひろという人が主宰のデュオらしいが何も知らない。でも、ライトの使い方は短編の12分間にはとても効果的で、今回のの中でh一番作品的にまとまりよく何も雑念なく楽しめた。動きは少し山海塾風が続く。まあ、そういうのも悪くもない。禿頭の男性のロングドレスと女性のパンタロンという穏やかな逆転(倒錯)は、ただただ穏やかで中世の修道院ぽい。

3.土谷直子「身体の記憶展VOL3〜after〜」。彼女の作・出演・振付。何もない場所での踊り。自分の加齢もきちんと出していて潔いモダンダンス。最後の哄笑は何だったのだろうか、よく分からないが、安心感みたいなものだったのかも知れない。

4.ポポル・ヴフ「まどろみ製作所」。校正・演出・出演:徳毛洋子、出演:原和代、演出助手(今回は出られなかった):はなだくみ。音楽:舩橋陽(鍵盤ハーモニカにノイズミュージック)、岡村明香。徳毛さんは昨日アーツコンペを見に来てもらっていて、本番前だったのに大丈夫かなと思っていたが、今日の作品は2000年に中京で観たテイストを延長した感じのもので、学生たちもとても若々しいダンスだった(&自分にとても近く親しみやすかった)と言っていた。

ぼくは彼女たちのダンスをかなり見ているので、最近見たいくつかの作品と比較が出来てそれだけでなかなかに面白いのだが、これだけを見て少しパタンが単純?と思った学生もいてそれはそれで素朴な感想だろうなとは思う。結構ゆらゆらしてお馬鹿な繰り返しとユンゾンのちょっとした揺れとその戻りが現象的にあって、でもそれらがどうでもよくなるように時間が経つときを鑑賞者に与えると成功ということになるのだろう。ぼくはこういうシンプルなずらしが女性デュオとしてはちょうどほどよくまとまっていたと思う(でも3人になればもっとダイナミズムが生まれただろう)。

5.sonno「a la notte」。TENという人のソロなのだけれど、Wall Paintingの山口智美も出てきてデュオのようでもある。ケセラセラが英語で歌われて音楽が印象的だと踊りはけっこう見られるなあと思わせるタイプのもの。でも椅子での動きとか、ダンス潜在能力は高い人だと思った。

5/28(水)

アーツリボンゼミは図書館の説明。うちらのゼミ生はかなりの参加。それなりにきちんと見学していた。すでに本を借りている学生も複数いてこれにも感心する。河原ゼミでは醍醐寺に行っていて羨ましいからどこかに出かけようと提案されて、じゃあ、考えてみたら、と言っておく。積極的で驚くばかりだ。でもぼくは昼休みに職場集会を開いたりしなくちゃいけないから、大変なのだが・・・・。

6/7の農のワークショップの当日パンフ用の原稿が届く。こぐゼミカフェ担がどうこれをデザインするのか。3回生の力量が問われるのでちょっと心配である。15時からうちの教学システムのシンポジウム。そして打ち上げ。19時45分ごろから、春闘要求に対する理事会の解答。

5/29(木)

アーツ&セラピー、日比野英子さんの2回目。今回も研究の過程を失敗例まで含めてビビッドに教示していただいて、受講生もとても感銘を受けていた。今年になってからは、「口唇・口蓋裂者における化粧の心理的研究」も着手されたということで、化粧がこころに与える影響について、色々考えさせられた。

コンソーシアムのこの講座は3年目なので、無事ぼくのお役目は果たすことになるが、このテーマを京都橘女子大学の中で生かせないかということを考える必要があると思う。とくに日比野先生の話は全学教養科目として最適であることはいうまでもない。お忙しいから無理だろうが。

学生4名とともに、京都芸術センターにおいて劇団八時半「棗の実」の稽古を見せてもらう。大学院生の北村さんに話すと行きたいというので、芸術文化鑑賞演習の一環ではあるが、取っていない学生も含めて、実に貴重な見学をさせていただいた。

ぼくとしては、6日にレクチャーをお願いしている東理子さんへ大学案内などをお渡して、ご挨拶をするというのが主目的だったのだが、はじめて公演前に稽古をのぞかせてもらったので、いろいろと発見があった。さらに、6/6のレクチャーのとき、創作と稽古の関係を東理子さんに話してもらうためにとても参考になったと思った。

始まる前に中村美保さんと話す。彼女もぼくの書いていることは知っているがぼくという実物を見たのははじめてだったようだ。こちらはよく知っているつもりになっている(彼女を舞台でいつも見ているから)ので、これって、いまの学生とぼくとの関係に似ているのだなと思う。

中村さんは1995年に八時半に入団したということ。ぼくは1996年に関西に移ってから八時半を観だしたわけだから、すべて中村さんがいる芝居を見ているわけだ。山岡さん(1996年に入団)がいなくなったのは寂しいが、若手もいて、唯一の男優、森田成一さんもいい味を出していた。

ストレッチと発声はご一緒させてもらう。脚を広げるのがしんどかった(腹筋がつりそうだった)。「あいうえおあ、いうえおあい、うえおあいう、えおあいうえ、おあいうえお・・・」。

前半部分(いまは40数分あるが、30分ぐらいになるのだそうだ)が通しで見れた。原作の東さん中心に役者さんたちが自分たちで工夫してやっている。これから、内容はかなり変わりますと脚色演出の鈴江俊郎さん。客演の福田さんや長沼さんと劇団員との区別はまるでつかない(中身を言えないのは残念だけどそれはやっぱり本公演を見るしかないのだ)。

田舎町の話であるということ。そのためにコトバが工夫されていて、それは役者がいまの時点では自由に架空の田舎の言葉を考えてやっている。会話劇なのだが、コトバを出すのが不自由な人や、田舎のコトバを使わない人がいるという設定・・・など、ほかにも色々書きたいけど、これまでにしておきましょう・・。6/6の授業ではもう少し内容に触れてもらおうとは思っていますが。


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