こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.5-6
5/30(金)
午前中に東京から黄さんという人(マレーシアから日本に留学している)がやってきて「アウトリーチ」は日本で誰がどのような目的で使い出したかを教えてくれと言う。昨日はアートシアターdBに行って大谷さんの話を聴いたそうだ。
1995年に水戸芸術館でステージラボをする準備(数ヶ月前)のときに、赤坂の地域創造のオフィスで森司さんと「in」と「out」の話をしたことがあり、そこではアウトリーチは明確に前提として意識していたから、それより前にぼくはアウトリーチというコトバを使っていたことになる。まず地域創造にある水戸芸術館でのステージラボ資料をあたったらとサジェスチョンしておく。
もっと前にアウトリーチを使っていた人がいるとしたら、慶応大学とか市村さんとかだろうか。それとも美術館ではもっと早く使っていたのかも知れない。早くてもだいたい10数年前の話だろう。こうして歴史を研究してもらうのは有り難い。海外のコンセプトの日本受容とその変質過程を丹念に追えば、いい博士論文になるよとエールを送るために、ぼくの本を2冊贈呈したりもした。
今日はのんびり京都みなみ会館へ「過去のない男」(アキ・カウリスマキ監督)を見に行こうと思っていたが、大学を出遅れる。風邪は少しよくなってきたが、周りの中嶋さんとかが感染している。
川上葬祭さんを訪れることができることになって(6/26)、ちょっとどきどきしている。学生も同じ気持ちだろう。なかなかに葬祭会館を見学したりするのは経験がないからだ。
今日は、鑑賞演習は絵本についてのコメントの発表をしてもらったが、時間が余ってちょっと困ってしまった。来週に東理子さんがレクチャーに来てくれるので、演出家と舞台監督など、演劇におけるスタッフ相互の関係や役割について少し触れた。
事例研究は準備を少し丁寧にしていたのだが、逆に、基礎用語の方が長くなってしまって、フィールドワークのためのインフォーマルインタビューについて(佐藤郁哉『実践フィールドワーク入門』有斐閣)の説明が中途半端になってしまった。それでも、説明のあとに自分が質問しようとする文案を多くの学生が見せに来た。これで大丈夫だろうかという気持ちに彼女たちがなったからで、フィールドワークの説明はなかなかにいい効果をあげている。
惜しむらくは、もっとはやくこういうレクチャーをすべきだっただろうということで、フィールドノーツをどう活用してエスノグラフィー(民俗誌)をいかにつくるか、ということはより大勢の学生に誰かがちゃんとレクチャーする必要があるなあと思う。
帰って、斉藤さんがビデオでとっておいてくれていたテレビ東京の「ガイアの世紀」とかいう番組を見る。葬祭業についてのドキュメントで役所広司がナビゲーター。大阪に本社のある公益社が東証第1部に上場したといっていたが、京都の公益社とはどういう風に関係があるのだろう。「公益社」は、名前からしてずっと気になっている。
また、新興の九州(グループ本社は長崎県長与町)から東京に上陸した「メモリード」の営業活動が詳しく紹介されていた。売上高300億円、従業員数2800人とHPにはある。M2ビルの転用として知ってはいたが、ユニクロとかと同じく地方から首都圏へと向かう企業としても注目される。だが関西はいまのところ目が向いていないようだ(ただ、ロードサイドに葬祭会館をどんどん建てて、25万円ぽっきり!で展開している所があると秋田さんから聞いた)。
そのあと、珍しく巨人が阪神に勝ってしかも定刻に終わった同じチャネルでやっていた映画「トゥルー・クライム」を、ぼんやりと見る。クリント・イーストウッド69歳の作品だという(1999年、アメリカ)。もちろん中年の女たらしの役には無理があるが、見ていて退屈しないのはさすがだ。
処刑のさいに、妻とか陪審員みたいな人(立ち会い人?)が彼の死刑を見ているというシーンがあり、いまも処刑立ち会いが続いているのかとびっくりする。これって、ちゃんと処刑したことを市民が確認する義務があるからだろうか。報道は興味本位であることは言うまでもない。
5/31(土)
颱風は少し逸れた。
谷町六丁目で下りて、空堀というまち一体を散歩する。颱風が蠢いているとき特有の空気の重さ。太陽の熱さに塩分が交じっている。突然雨粒が思い出したように落ちてくる。
ここには、そこかしこにまだ長屋が残っている。でもどんどんマンションに変わっているのも事実だ。東西屋さん(チンドン通信社)のオフィスを見つけて、チンドンのことをまた聞きに行こうと思う。石畳の路地を通り、真っ赤なお稲荷さんを曲がる。
下町のフランス料理屋さん(「からほり倶楽部」)をのぞき(壁には絵画展が行われていた)、まだ閉まっている楓ギャラリーの奥のポコペンというカフェになった長屋の前まで行く。袋小路と路地、それにレンガ壁。
今度は谷町筋を渡って、まず丸芳食堂をめざして歩く。途中に立派な銭湯がガレージに成り代わっていて、それでもタイル絵が当時の湯気と裸の男女の交流の面影を残している。かってに中にはいると、まだ水の音が反響しているように感じる、くぐもった世界。
大邸宅だったところを「練」という10ほどの店の集まりにした所へ行く。竹の格子、おばんさいやでごはんを食べれば良かった。変わったコーヒーを庭の竹の椅子で飲む。入ったところの店は50〜70歳代の女性好みの商品だった。2階は着物暮らしのコンサルタント的な店。クレープ屋は別の入口にある。
さらに空堀商店街を通って、「惣」へ。潰されそうになったダンチの長屋2軒が、可愛い小さな店の集まりとなった。代官山の(株)かまわぬの手拭いが並んでいる。江戸ぶりの模様(傘)とかもあった。ここはぼくが一番最初に手拭いがいいなと思って買った店だ。3つ選んでゲット。これをあとのシンポで使うことにする。
会合で知ったのが、ここは西の代官山って思っている若者もいるのだそうだ。
代官山は東の上町台地なのだろう、歴史的には。でも上町台地はちょっと地名としては広すぎるし、コトバとして固く長すぎる気がする。
タニマチは昔のメセナ、パトロンだし、ナガホリもカラホリも街のブランド名としては問題なく素敵なようにも思う。ウエマチでもいい。ホリエみたいに、あるいは南船場のように口に出来る地名はどれだろうか?ぼくはこの中ではカラホリが可愛いと思う。「空」は唐で韓、加羅、殻、そして、身体のカラ。「〜」でもある。
生魂神社での「上町台地からまちを考える会」発足会にぼくはゲストで呼ばれていたのだった。應典院の秋田さんらのお話のあと、CELの客員研究員、弘本由香里さんの司会で、阪大の渥美公秀さんと一緒にちょっとしたトークをするのだ。そのトークのためにカラホリを午前中に巡ったのだが、とても昔を懐かしむひとときを送らせてもらうことになった。
アートと学びをキーにこの会はやっていかれるのだという。大阪府や大阪市、神戸市のお役所のかたもいっぱいこられた。120枚持っていったコンテストのチラシが足りなくなるほどの盛況だった。
また飲んでしまう。升酒は美味しく感じる。アートとデザインの違いを話す。アウトリーチは難しいと話す女性、具体的な実践成果はぼくも全然あげていないのである(から安心していいといっても空しいが)。
少ししてから、フェスゲ4階へ。cocoroomオープニングパーティ+上田假奈代レコ初ライブ『ぽえ犬わん』。19時45分から開始、詩の朗読はエコーがいっぱいだったりするが、生声が逆に新鮮に聞こえたりもする。つき山いくよさんとのパフォーマンスは力強い、動きのある連詩である。映像もキレイな出だしだった。
立ち見が出るほどの盛況。50名ぐらいがちょうどいい定員だろう。ポエムリーディング以外にもいろいろと使ってもらいたいとのこと。
また、ビールを2本。生魂神社の発会式にいた人がこちらにも来ていて、梁塵秘抄の話をする。
6/1(日)
JAM West例会。今日は8/8、8/9に出展する芸術見本市の詰め。人材バンクファイルを作るのと、展示方法と。展示方法は、旧暦の七夕だから、笹にアーツマネジメントの思いを会員が書いて吊そうと言うことになった。そしてブースを訪れた人にも書いてもらうという訳だ(これはロシア詩人のときの真似ね)。
この学会に入ろうという気持ちになってもらうのがメインの目的だけれど、学会員になるメリットとして、自分のアーツマネジメント活動がプラスになるようなことを考える必要がある。そのために、プロフィールや自己アピールが出来るファイルを作ろうということになったのだ。だから、いま会員になると、ブース代とかを払わなくとも自分の活動をPRできる(チラシもおける)ことになります。ぜひ、どうぞ。
第2回関西アートマネジメント会議が13時からあり、うちの京都橘女子大学からも昨年発表した川上牧世さんが運営委員としてがんばってくれているし、今度は2回生のTAM研の上田千尋さんが発表するのだが、さきらのダンスを観るために失礼した。
さきらには、高樹さんが東京から来ていたり、久しぶりに野村誠さんや林加奈さんに会ったりする。うちの1回生の小西さんも小鹿さんからチケットを買って早くから来ていた。
毎日のルームにはワークショップの写真が飾ってあったり、レンガが好きなように積まれたりしている。ぼくも少しレンガを積み直したりした。
フリマなどがあって、広場はいっぱい。「リビングルーム/さきら編」の出場者たちはみんな黒い服装(おしゃれな黒の喪服という感じの人も多い)で、始まる前のパフォーマンスをしている。何だろうなと言う注意は喚起できていたようだ。中に小鹿さんもいてびっくりする。さらに、舞台でも彼女も一緒に踊っていてよけいに驚いた。
さきらの中ホール。はじめに白井剛のソロ。静かなダンスで味わい深い12分間。後ろの方形の光での腕中心の動きから前の椅子へ。後ろに倒れて起きあがりまた倒れる。音は玄関に人が入ってくる物音と声が使われている。彼がここのそばの3LDKのマンションに住んでいたときの録音なのだろうなと思う。
続いて、「リビングルーム/さきら編」(構成・演出・振付・映像:白井剛)、20数名が舞台上にあがる。映像なのか実像なのか分からないぐらいに薄い。1ヶ月ではなかなかに顔を覚えたりするのも難しいのではないだろうか。ましてダンス。よくこうやってまとまったなあと思うが、やっぱりそれはなかなかに大変なことなのだろうと実感もする。映像も一瞬のことが多くてその取材の労力に比べると、節度ある使い方で、すべてにおいて(衣装も音楽も振付もコミカルさも)控えめおさえ気味のステージ。
地元参加ステージというのは、こういう硬質なコンテンポラリーダンスの枠を崩さないでするのは特にむずかしいことだろう。つまらない地元ミュージカルなどよりは百倍も千倍も意義深いが、それでも、アイホールで「リビングルーム」を見たときの方が純粋な観客としては発見が多かったというのも正直なところではないだろうか(ただ今日は2度目に見た、という点を考慮すべきだろう)。
ケアマネージャーをしている八木さんから聞いたのだが、劇場や美術館に行きたい老人を介護して出かけるのに、介護保険は適用されないのだという。だから、チケット代は老人(文化施設などが介護ペア券の割引をしてもらうことも大切だ)持ちで、福祉的なボランティアをしながら日頃アーツから閉ざされている高齢者を街に連れ出す役目を学生が果たせば、自分の鑑賞機会がもてるし、介護体験も出来るし、一挙両得なのではないだろうか?と八木さんに提案される。京都橘女子大学の場合、問題は旅費だろう。JAM
Westの学生会員など(OBPアーツプロジェクトとしてもいいが)を中心に行うことの方が広くなるかも知れない。
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