こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.5
5/9(金)
ほんとうはフェスゲのcocoroomに行こうと思っていたのだが、つい気持ちのいい放課後の雑談が長引いて、気がつくと19時になっていた。一回生と二回生が混じり合う研究室。一回生たちがフォークソング部の植田さんらの元に出かけたあと、ずっと1928=デンユウの手伝いをしていた荒井さんと話している。彼女は京都みなみ会館のパンフを取りに来た鈴木さんとも久しぶりに会ったという。
今日の二回生の文化政策事例研究の授業でようやく二回生とも少し会話できた感じがした。
昨日も上田さんがぼくの板書を初めて見たと言っていたからもあって、今日はもっといっぱい板書をした。ズボンまで白墨だらけになった。
彼女たちは発表の順番を決めることだけだと思っていて、聞こうとするスタンスでなかったから、あんまりすーっと頭に入らなかったのかも知れない。でも何かを伝えたい欲求があるとそれが授業になるというのはぼくにとって恵まれた環境だろうとは思う。黒板に向かって、何を書くか書くまで何も考えずにいたから。
またお酒を飲んでしまった。週に1日はノーアルコールデイを作らなくてはならない。午前中、大阪ガスの江本さんから紹介のあった電通関西支社の方二人が訪問。いろいろホールなどについて話す。
5/10(土)
芳江がはなの家に寄ってから京都精華大学の会合に行ってくれる。ぼくは洗濯物を干しただけでのんびり。さきが腰痛になっている。でもぼくがピンクのシャツを着ると彼女もピンクのアニエズベーのワンピースを着て撮してくれと言う。もうすぐ彼女も18歳だ。
昨日の芸術文化鑑賞演習で、20世紀の音楽の基礎知識を彼女たちにつけてもらおうとして、音楽史を少し読み合った。これは中川真さんの音楽芸術論を聴いた学生がストラビンスキーもジョン・ケージも何もかもちんぷんかんぷんだったからである。
ただ、文章を読んで作曲家の名前を知るだけではやっぱり空しい。来週は、グレゴリオ聖歌(+日本の伝統音楽も入れたいな)、バッハ、ベートーベン、サティ、ストラビンスキー、ウェーベルン、ジョン・ケージのさわりを聴かそうかと思ってCDを漁ったりする。
聴きながら、三浦信一郎「ベートーヴェン神話の形成と支配−音楽における近代」(ミネルヴァ書房99.4『芸術における近代』所収)を読んでみたりもした。
16時から私学会館で『高大をつなぐ学びの可能性』。組合連合の教研企画。ただ、大学の教職員は多く来ていただいたのだが、聴いてもらうべき高校の先生がはじめ3人だけで、あとで2名が来たが、それでも5名だけだったのが誤算だった。全ての教科の説明をお願いした手前、悪い気がした。
そのあと、銀座ライオンで懇親会。18時の予定が19時になり、はなのライブが始まってしまったので途中でアザーサイドへ行く。小暮はなはちょうど4曲目を歌おうとしていた。今日はタイバンのときわさんが亡くなったこともあって、黒い上着。魂が「飛ぶ」ということを意識したライブだったようだ。「まぼろし」を歌わなかったのは珍しい。
「川沿いの灯り」がラストだった。今日は平盛小学校の糸井さんも来ていただいたので、最近歌わない「涙出る人」もぜひ歌ってもらいたかったなあと思った。糸井さんから案内いただいている蓮行さんによる算数の授業にはいけそうになくて残念。運動会の企画とか、彼の企画は本当に面白い。エイジアスがどんどん関西に広がると本当に素敵なことだ。2年前立命館大でアートマネジメント論を受講していた人たちが来てくれている。
石田さんのとなりに座っていた「ひがしのひとし」(小暮はなが芸名と思っていただいていたようだ)さんに始めてお会いする。はなからひがしのさんのことは聴いていて、ビールを飲みながら彼から喫茶のんのパパとママのことなど30年間にわたって京都の音楽を支えてきた人たちの話を聴く。
はなもその仲間入りができるとどんなに素晴らしいことだろうかと思いながら、彼の話に耳を傾ける。off noteのこと、関島岳郎さんとか友部正人さんや高田渡さん、アザーサイドのマスターのこととか実に色々。
なお、はながときわさんの告別式のときに泣き出してどうしようもなくなったようで、急きょ石田さんは車で迎えに来ていただいたらしい。本当に三上さんとかみんなに助けてもらってばかりいるはなである。
5/11(日)
西陣ファクトリーgardenのダンスと照明の即興ライブには行けなかった。雨の日曜日。ちょっと風邪気味になったか。昨日から芸術鑑賞演習のためのMDづくりがメイン。また二日酔いでもある。
AI・HALLハイスクールプロデュースvol.5『暮唄と日曜アンファイナル』(作・演出:角ひろみ)は、かろうじてみた。13時から14時半。7名の高校生。一人だけ男性。伊丹市の3つの高校演劇部からオーディションで選ばれた生徒たち。その応募作文が映し出される。
「演劇へのラブ」。うちの大学にももちろんいる。その連中と他の大多数との落差というか、はてしなく遠そうな距離につねに呆然としている彼女たち。やっぱり高校時代からこの7名はそうだったのだろうか。
他方、口舌の問題もあるが、何だか分からないその騒々しさも彼らの若さ。もっとちゃんちゃんとことをすすめようと舞台上の彼らに言いたくなるのは、ぼくがほとんど同じような連中とつき合っているからだろう。エネルギーだけは膨大にある。それがその焼きそばみたいなもので、どんどん増強されていく感じ。たぶん舞台が好きで実際に演劇の仕事をしたい連中はそういう何のためだか皆目分からないエネルギーの過剰感に突き動かされているのだろう。
「ダサダサな芝居」とは、たとえば劇中で歌うことだったりする。今回もおばあさんになっても中島みゆきを歌ったりする。でもそれが臭くなく歌えたらとても幸せなのである。きっとやめられない快感なのだろうと思う。だから台本にはミュージカルでもないのに歌うシーンを入れるのだ。
それにしても、伊丹市の生徒は本当に幸せだ。美術も岡一代によって古い田舎の家が出来上がっている。20歳の頃からはかなり歩んでしまった作者角ひろみらと16、17歳前後の若い役者たちが、20歳になった弱小劇団の合宿を共同して創っていくための環境があるということが。
この芝居では大きな流れとか内容よりもディテールの方が面白い。プロットとしては珍しいものでもないから。千絵のそばに張り付いているシモーヌの距離の取り方のまずさが、そのディテールのなかでは一番リアルに感じるし、ホントにいくつになっても難しいものだとも思う。逆に言えば、それ以外は青春の終わりとともに消える類のものも多いのではないかと、それはそれで寂しく見たりもした。
帰りにマンションのチラシを配る若い営業マンがいて、いつもならゴミになるから受け取らないのだが、この芝居のあとだったら(多分ダサイことでも出来るプラスな気持ちが溢れてしまったからだろうと推測する)、受け取りたくなって丁寧にもらったら、ずっとぼくのあとをくっついて説明するのでちょっと困った。
尼崎駅で、小さな女のがお兄ちゃんと一緒に電車にバイバイする。これって特定の人にではなくて電車も人みたいに思っているからそうするのだろうけれど、ぼくもつられてバイバイしてしまう。するとその子らのお父さんが微笑んでいた。小さな子どもをみたらすぐにちょっかいを出すおじ(い)さんというのが電車にはいるが、今日のぼくもその一人である。
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