こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.11
11/7(金)
今日は立命館大の授業を明日のアートコモンズに振り替えたので、午前中、来年度のシラバスづくりを自宅でする。大きく変えるのは、来年度は大学院のアートマネジメント(1)、アートマネジメント(2)を、学部の地域芸術文化振興論(前期)、アートマネジメント論(後期)それぞれとに合体する点。したがって、学部の方も、地域芸術文化振興論は地域のアーツマネジメント入門という副題をより鮮明にする形となる。これのほうが、3回生前期でアーツマネジメントの基礎が判ることになり、いまのように就職活動のことでもぞもぞするときよりもずっと落ちついて聴いてくれるだろう。
2回生前期の文化政策事例研究はゼミ的にすることにした。人数もせいぜい15名ぐらいにして、コアな活動グループをTAM研だけではなくきちんとつくることにした。その事例研究選びと専門ゼミ選びのために、以下のペーパーを作っておく。
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【志望動機に書く項目〜専門演習、文化政策事例研究共通〜】
来年度の小暮宣雄が行う専門演習と文化政策事例研究(2回生ゼミ的な活動になり、後期も希望者はTAM研メンバーとして引き続き活動してもらいます)については、シラバスをみていただいたら大変そうなことは判ると思いますが、それでも第1希望にする学生は、志望動機の欄に以下の質問項目に答えて記入してください。この内容から私のチームに入っていただける学生かどうかを判断します。
1. あなたが尊敬する芸術家(団体を含む)あるいは愛しているアーティスト(グループでもいい)を5つ以上書いてください(私が知らないであろうと推察する場合はそのアーツジャンル名を付記すること)。
2. あなたが大学で取ろうとしている資格は何ですか。
3. あなたの特技(楽器演奏・歌唱力、パソコン・インターネット力、グラフィック・デザイン力、自動車運転・・)や長所(体力、企画力、実行力、コミュニケーション力、持続力、時間厳守、社会体験・・)は何ですか。
4. 「アーツとは私にとって○○○である」という書き出し(「○○○」に自分で言葉を入れること)で、文章を作ってください(これを志望動機としても読みますし、作文能力を判断します。特に3回生になる学生は自分の将来像を思い浮かべつつ書いてください)。
以上です。判らないことがあれば、kogure@tachibana-u.ac.jpまで。特に面接はしませんが、研究室などで私が忙しくなかったら話をしたりすることはできると思います。
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午後は神戸市役所にて、『こうべ人・まち・アート創造都市会議』の第2回目。発言マイクが一人ずつついていて、広すぎて話しづらい。もっと顔が見える緊密な場所(ラウンドするテーブル)での会議にならないだろうか。
應典院のシンポジウムにも行きたいし、アトリエ劇研でジャレミサ+セレノグラフィカも観たいのだが、アイホールに行き、北九州芸術劇場プロデュース『大砲の家』(作:泊篤志、演出:内藤裕敬)。19:05〜22:10。前半で1時間半近くあり、15分間のお休みといわれたときは、どうしようかと思ったが(屋内の維新派公演ではこの時点でなんども帰った)、後半はどんどん集中して見ることが出来た。辛抱してよかった。
ナイロン100℃と大人計画と南河内などがごっちゃになっているような舞台。アイホールはこの前もホール全体が震えるような音響で怖かったし、ここではなぜかホールが大音響で震える観劇が続く。
11/8(土)
芳江の55歳の誕生日。さきはドイツ語で叙述された絵画の本を送っている。はなは喘息だったので、何も贈れないと言ってすねている。そこでオフノートの神谷さんからのぼく宛の丁寧なメール(この前のはなのライブについてとこれからのはなのあり方についてのもの)を芳江に見せる。これが芳江へのはなのプレゼントだ。そう芳江は言う。夜はさきが焼きプディングを作った。ぼくは應典院でコモンズフェスタ2003の交流会で誕生日祝いには間に合わない。そういう日々を昔も今も送っている。
岩下徹のダンスは、お墓のなかも本堂もとてもよかった。作品性というよりも一回限りのよさだ。内容は、ここに簡単には書けない。とりあえず京都橘女子大学の1回生でずっと交流会まで残っていた福井さんや岸上さんがアーツ日記に書いてくれるだろう。本堂は北山善夫による絵画が4つ仏様の周りに吊されていて、そのイメージ喚起力がとても強い(舞台美術ではないものだから)ので、そことの対話が55分をとても緊迫したもの(後半は少し穏やかな許しとか安寧とかの空気も流れてくる)にしていた。
お墓での踊りは、観客席の姿がお墓からだとガラスが反射して見えない(このガラスはお墓まいりする方々が隣のロビーの人たちの姿をみないように配慮されたハーフミラーなのだろう)ということは、應典院に入る前、ぼくも確認していた。やっぱり岩下徹さんもそのために難しかった部分があると、あとのトークで言っていた。でもソロといえど彼の踊りは孤独な寂しさに満ちてはいないようにぼくは見えた。お墓たちとのコミュニケーションが過剰なほどあったからだ。お墓の周りに咲いている花も岩下徹も同じように墓石には不可欠の捧げもののように、揺れて震えて、墓地を色づけていた。
3回生たちは16時から何とか公開ゼミ(もちろんこぐゼミの内容を公開しているのではない。彼女たちが自分たちのみで企画を考えようとしたものでぼくとは無関係。それでもお葬式についてぼくがどのように考えているのかぐらい知らないのなら聞いて欲しかったなあ)を自主的にする。ばくはぽかんと観客になっている。
ゼミについての発表に関しては、少しはプレゼンテーションということを意識させるぐらいはしなくちゃ、来てくれた人に失礼でそういうことは3回生だったら自然と身に付いてきていると思っていたぼくがダメだった(リハーサルはどうするの?とか聴いていたが、結局自主的とは場当たり的というのが厳しい現実だ)。マイクも途中から用意してもらっていて、いかに事態を予想し準備したりシミュレーションしたりしていないか、そういう努力がないかを露呈する。それにあとで気づけば学習効果になるのだけれど(が、カフェスタイルなのですぐにいなくなる方が続出したので、それはそれでよかった。「強制的聴衆」の問題はクリアしている)。
こんなクイズをするのか、こんな会話なのか(それでも若い演劇人にしてもらって感謝、これはやっぱり面白い)と少しびっくりもしたが、何も言わないで過ごす。ゼミ生が途中で帰った人に感想を聴くと「内輪乗りで面白くない」と言われたと伝える。そういう声を聞けただけでも、成長したのだと思う(ことにしたい)。タフのようにコーディネーターがいないで、学生の好きにさせるとこういう学園祭レベルになる(これはぼくの責任だと反省する)。
しかし、上田假奈代さんにマイクを任せてから、がらりと会場が引き締まる。アーティストの力を彼女たちは少し判ったはずだ。もっと事前に彼女のココルームなどに行って指導を仰ぐように言っていたのだが(そうすれば、当日パンフをもっと内容を豊かに構成できた)・・。
11/9(日)
衆議院選挙をすまし、昨日のことを思い出してかなり憂鬱な気持ちで應典院へ。立命館大学の受講生が迷っていたので、吉野屋で昼飯を掻き込もうと思っていたが、すぐにエントランスに入る。すると京都橘女子大学の3回生たち(アートマネジメント論の受講生)が、川井田さんに説明を受けている。どうも岩下徹さんのワークショップに予約もしないでみんな受けれる(あるいは授業で受けなくちゃいけない)と思っていたようだ。
これは、授業で言ったはずだが、きっと理解されていなかったのだろう(コモンズのどこかに参加して欲しいという趣旨だったのだ。それでも、チラシに「要予約」と書いてあったら、それに配慮するぐらいは常識なのだろうが、そういうことも手取り足取りしないといけないというのが現実。これでまたもやドロドロとなる)。
それでもワークショップの見学は許されて、2階のところで見れたのは、温情あふれる対応だった。ありがとうございました。ぼくは、13時からのパンソリを聴く。在日コリアン3世のアンソンミン(安聖民)によるパンソリ『水宮歌(スグンガ)』のさわりの紹介と、彼女と彼女のおじいさんおばあさん、おとうさんおかあさんたちの物語。そして、最後にチンドアリランのワークショップ。アンソンミンの歌とお話にはすごく心動かされて、いままでのもやもやがすっ飛ぶ。彼女の話を大学生みんなに聴かせたいなと思いつつ、涙が止まらない。
大阪外語大学森栗茂一教授ゼミ生は5名のみだが、きちんとパソコンでプレゼンテーションしていた。このレベルに来年度以降はもっていかなくちゃ(立命館大生は聴いていたが京都橘女子大学生はだれもいなかったようだ)。大阪市立大学大学院生も本堂でお芝居ちっくなものをやっていた。ネクタイを締めたゼミ生たちをみただけでしんどくなる(でもこれがゼミの日常なのだろう)。それにしても北山善夫作品に恥ずかしい「イベント」的照明やうるさい音楽(広告代理店などがしがちな)をあてがうことだけはやめて欲しかった。
帰るとはなは昼寝をして(すこし喘息も治りかけかもしれない)帰ったようだ(11日のライブに備えなければいけない)。投票に行っただろうか。さきは名古屋にいる健一おじさんに教えてもらったドイツに詳しい方にドイツ留学の心得を教えてもらうため丸太町教会へ行った。とても優しい方だったそうだ。いまはなが落ち込みさきが久しぶりにうきうきしている。またこの状態は逆になったりいろいろするだろう。姉妹という関係もとてもむずかしいものだ。
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