こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.10-11
10/31(金)
立命館大学のアートマネジメント論(視覚芸術の小屋の話だったが、前回の実演芸術よりもどうしてもテンションが低くなってしまい反省点多し)の授業のあと、アルティで京都府の研究会がはじまる。少し時間があったので生協で買った来年の手帳を御所で眺めていたら、16時半に近づき慌てて戻る。
文化力創造懇話会「第1回次世代の文化創造研究会」。座長を鷲田清一さんに決めるのにぼくが口火を切る役目を割り当てられて少しどきどき。河島伸子さんが隣に座っている。神戸市を彼女が断ったのは兵庫県のほうの委員を受けていたからだという。
ポーリン・ケントさんが文化にはもともと力があるものなのに、また「力」をあえてつけるのは恐ろしいと発言していたのが印象的。金剛育子さんが隣にいはったのに、新入生キャンプで見学できませんかと尋ねることができなかった。鷲田さんが文化というのは「何々風」の「風」ということだとまとめていた。
アートコンプレックス1928。キュピキュピ『CBAROTIA』。19時半過ぎから21時過ぎまで。20分間の休みは飲食サービス促進のため。インターンシップ報告会に出ていなくて心配していた2回生の学生が元気そうに案内していた。白い室内を映像と電飾でうまく活かしている。キャバレー風。5000円払ってS席に座っている人たち。そうするとステージ内に取り込まれるようになる(それが楽しいのだろう)。
売り子がカワイイとA席の客席が盛り上がる(3500円というのは学生にはけっこう高いからか、お客は働いている女性のグループが目立つ)。けっこう売上げがありそうだ(カフェアンデパンダンによる出前)。オリジナルワインなども売っている。
映像とか、電飾とか派手でうるさい音。始まるまではとくにとてもいい感じで楽しめた。バイオリンのはじまりもステキ。時間もコンパクト。ただ、うたがちゃんと聴かせるようだともうすこし公演中も楽しめるのだけど・・あえて歌謡風というフェイクにして最低限の現代アート的尾骨を残そうという魂胆なのかもしれない(やっぱりどうも馴染めなかった『狂わせたいの』という映画に遠藤寿美子さんが登場していたことを思い出す)。
11/1(土)
まぶたのひくひくが続く。いえでごろごろ、寝たり起きたり。するとさきが散歩しようというので京阪の橋本駅まで川沿いを歩いてみる。来年早々フライブルクに半年間語学留学するさき、ドイツ語辞典を持って単語を少し覚えようと思ったがすぐにそれどころではなくなる。余りにも八幡市内のことを何もしらない二人。
砂利道。それがすぐに行き止まりになる。ハタケで老夫婦が雑草を焼いている。車の行き来が激しい堤防の下、淀川と大谷川に挟まれた細長い土地に何々荘とかかれた集合住宅がつづく。ボール遊びしている二人の子ども以外に誰も見かけない。人は住んでいるようなのに突然二人の子ども以外は別世界に行ってしまったような。
京阪電車が傾きながら男山沿いを走っていく。廃墟のような「リベロ」というホテル、古い変電所の無目的な窓装飾。サナダムシみたいだとさきに話しかける。世界は不条理に満ちているとぼくが繰り返すので、さきは少しうんざりしている。
橋本の駅前もとても狭くてびっくりする。アサヒスタイニーの看板が掛かっている戦後すぐみたいな食堂。もっと古く戦前の町内会施設がそのまま残っている。たわしがかかっていたり、最近見かけなくなった日本犬の雑種が玄関前に良い子で座っていたり。じつにタイムスリップした世界。さきに映画をここで作ったらと話す。
もどると八幡市駅前がとても近代的にみえる。太鼓橋のあたり、黒ビールを飲んで一服。さきは小さな見てくれ悪いが酸味が美味しいミカンをどっさり買って食べる、190円。バレーボールを見ながら少し鼻血。あわてて残っていたクスリを飲んで早く寝る。
11/2(日)
一年に一度は少なくとも東京に行かなくてはいけない。NPO法人アーツワークスの理事会と総会があるからだ。ところが、去年は失礼してしまった。今年はついでに森美術館を見学するというおまけつきで、のぞみに乗った。思った感じに六本木ヒルズは人混みが激しく、渋谷のホテルのカフェでは東京国際映画祭が始まっていた。
でも、ぼくに必要なのは森ビルでも渋谷でもなく、延命寺でのコミュニティを強く意識した企画や来年へ向けての西陣での公演などの打ち合わせである。横浜の旧銀行建物の利用について応募するならば、アーツワークスの価値をうまく伝える必要があると鈴木英生さんと話し合った。
《KOGURE
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