こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.10



287.10/6〜10/9

10/6(月)

昨日のことだが、はなが自分の生まれた瞬間のオギャーの声を聴いて、泣いていた。いまのわたしの声とおなじじゃんっていいながら。テープではなの声や歌をとっていたのだが、ずいぶんと音質が悪くなって聞こえなくなったテープもあるみたいだ。はながMDに落とすからって持って帰った。

さきもきっとこうして聴きたくなるときがあるだろう。少し整理する必要がある。さきをみんなではじめてみたとき(住友病院なので、はなのように生まれた瞬間を記録できなかった)、オヤジが興奮して話している声があって、その声にぼくは強く反応した。この親父の声を保存しなくてはならない。

はなの声を録音したテープを聴いていると、ぼくがはなに歌ってねと催促しているときはあんまりはなは歌わないが、お袋と一緒に遊んでいるときは見違えるように歌っている。古い歌詞の歌なのでどういう意味かわからずに歌っていてそのごまかし方がかわいい。

こぐゼミは、自己分析のために、友だちに自分の長所やなおすべきところを教えてもらってシートを作る(インタビュー形式)。これはソツ担の大森さんがプリントを刷ってきて考えたことだ。予想以上に楽しそうで、ゼミの中でもあんまりつき合いのない者同士も一緒になってやったので、互いのことを知るチャンスにもなったようだ。

夜は大学院生の研究報告。斉藤さんがチケットの起源に迫っていた。ぴあなどがはじめる電子チケットの話も興味深い。

10/7(火)

昨日電話で京都新聞の岩本さんという文化報道部の方から原稿依頼があり(メールが先週あったのだが文字化けして見えなかったのだ)、朝4時に目が覚めたので、出勤までに書く。大学の研究室で少し手を入れ、1200字程度という字数を少しオーバーしたが送付する。朝刊の「双曲線」というコラムで10/22(水)に掲載予定。タイトルは「お葬式のなかの芸術」。

センターの森さんに見せると葬祭研究第1号ですねと言う。ちゃんとした活字になるのははじめてかも知れない。
咳をしながら第2回目の地域文化行政論。81名の参加。来年度は写真をアップデイトする必要がある。

大学院のアーツマネジメント(2)は、前回に予告したとおり、ギャラリーそわかで池田朗子展『To peel your sight』のオープニングパーティに潜入するもの。まあ、潜入といっても本人によるギャラリートークもしてもらって、参加した小室さんや米原町の高見さんは大満足。約1名、知らぬ間に帰ってしまった人もいたが。

奥の“please make me fly project”がまだその手紙を世界の航空会社に出していないものなので、一番コンセプチュアルで、プロジェクト進行型のもの。インクの色が微妙に飛行機会社ごとに違えてある。プロジェクト型作家としては、島袋道浩さんも旅が好きだったなとか思う。

逆に2階の“their site/your sight”が限界芸術にもっとも近いところにある先端芸術だと感心した。ほのぼのしたもののなかで、表千家のもてなしの雑誌を加工したものなどは巧まざる批評になっていたりする。
少しすぐにも真似したくなる小室さん。ぼくも帰って一ついらない雑誌で作ってみた。笑えるけれど、ちょっと寂しさも漂う感じもする。

これが、前期の先端芸術が限界芸術を刺激し勇気づける媒介者としての実際例になる、それもとてもチャーミングな形で。もしこの日録を小室さんや高見さんが読んでいたら、来週のアートマネジメントの授業に自分の作品を持ってくれるといいね。展示の位置も勉強になった。展示するサイトをとくに池田さんは熟考している。

昨年の1日だけの展覧会ってなかなかだったなあとこの展覧会を視ながら思う。妄想ドライブはタイに旅行した友人からの葉書のなかの自動車がいろいろ出かけるのだが、「友人」と聴いたときにかってに女性だと思っていて、いまペーパーをみると、英語タイトルは“a drive with him”となっていることに気づく。そうか。

そのあと3人で軽く食事。このあたりにいい店があればいいのだが分からず。近鉄のお好み屋にて。

10/8(水)

アーツリボンゼミのあとは校務。また飲む。今日は一行。

10/9(木)

アートマネジメント論の3回目。おしゃべりがなかなかやまない。3回生なのになあと思いつつ、あきらめて話す。京都芸術センターでの観劇(「宇宙の旅、蝉が鳴いて」)はすこぶる評判がいい。鈴江さんもいい機会を与えてくれたものだ。

タフ3アウトプットの全体打ち合わせ。かなりのアイテムが一度に進行するから、ゆっくりとダンスを鑑賞したりできないかも知れない。手のもの市で混乱がないよう、こどものオープンキャンパスで事故がないよう、ソフト的な気配りを第一の課題としよう。

永富さんらはまだ準備していたが、ぼくはアルティへ。凄い人で驚く。水野さんを待っていた上田さんに駅で会う。二人とも12日のアウトプットは手伝ってくれるという。TAM研を今度は組織的に巻き込まなかったが、こうして自発的にやってくれると嬉しい。

開演前の列に並んでいると清水俊洋さんに会う。まだ本(「アーツマネジメントみち」)を手にしていないと言う。びっくりして持っていたものを渡す。帯は彼も一緒に考えたものだった。そうか。ちょっと誤解していた。でもツルツルは予想外だったようだ。

昨日買ってくれた金武さんは書いているそのときどきの思いが伝わるようにコメントをつける手もありましたねという。実は当時のパンフとかを入れたりすることも考えたが、そこまで自分だけでできなかった。できれば、編集チームで関西のいまのアーツをとりあげる本を作ることがしたいなと思う。

『ア・コール〜ふたりのソリストのために...』「レ・アポソトロフィ」。20:06からきっかり1時間あったパフォーマンスは、立ち見もあってとても受けていた。アルティが立ち見になるのはそう多くはないだろう。ジャグリング(マルタン・シュウィッケ)とギターの人(ジェローム・チュアジャン)のセッション。はじめキレイに浮かび上がるなあとみていたが、そのうちフツウに。音楽は現代的なものではなくノスタルジックな歌中心。

ヌーボーといってもサーカスはサーカスで、コンテンポラリーダンスの良質なもののような未知な驚きはもちろんない。ぎゃくにこういうのがみんな安心して見れるのだろう。先が読めるし驚きが少ないのでずっとぼくは浅い意識のなかでぼんやりみている(アーツではラッキーなときには深層の無意識と表面的意識の層を交互に移動する鑑賞になってくるのだが、それとはずいぶんと異なる)。

ジャグリングに失敗したかに思われた部分だけ注意が戻る。お客が集まる水準(レベル)を考えることは民間マーケティングではもちろんとても大切なことだ。でも、ぼくは時間を無駄にしたとは思わないが何かを発見したわけでもなかった。


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