こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.9
9/1(月)
今年は残暑ということばが当てはまらないけれど、いまごろになって押さえつけられていた夏が往生際悪く顔を出してきたような一日だった。すでにアキアカネは池からはい出して、秋空へと舞う準備を終了し低空飛行をしだしているというのに、蝉の霊もふたたび元気づいて鳴いているような、秋と夏が混濁している景色(あの世とこの世のにじみあいのようだ)が日本各地で見られていたのだろう。
私は高松市役所11階、教育委員会事務局の文化振興課へ14時に行けばいいことになっていたので、このインターンシップ生激励訪問のほかにはなにもとりたてて仕事もなく(パソコンがないと何もできないのが不自由でもあるが)のんびりした9月の始まりである。
高島俊男の文春文庫2冊が旅のみちづれ。『本が好き、悪口言うのはもっと好き』、『お言葉ですが・・・』。高島さんの漢語を中心とした言葉にまつわるエッセイたちを買ったことで、娘さきがドイツ語だけでなく、漢字や日本語のありように興味を持ってくれそうなので嬉しい。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記472」をみてね)
高松駅をおりて、建設中のシンボルタワーを眺める。このなかの低層部分に高松の新しい市民会館が入るのだな。となりのホテルなどは真っ白なのに、こちらは黄土色で、完成してみなくては分からないが、あんまり統一されていない感じがする。
暑いので循環バスを使ってみようかと思い、単に早く出るバスに乗る。乗ってから気づいたのだが、乗ったバスは一律200円なのだが、となりのショッピングバスは100円だったし、高松天満屋の前に遭遇したバスは150円だったから、ここには3種類もの循環バスが走っているのだった。どちらにせよ、100円分高かったけれど、商店街のあたりでおりてうどん屋を探す。
なにせ、高松に行く楽しみの半分は讃岐うどんを食べることであり、がらがらであんまり評判がよくない所に入ってもぼくとしてはそんなにがっかりはしないですむ品質なのである。今日入ったところは、かなりの人気で、鴨南蛮を注文したから400円だが、しょうゆやかけなら200円で、それにおでんやかやくご飯(200円は高いと思ったが味がよくしみていた)を頼んでも500円玉があれば十分おつりがもらえるところだった。
コーンうどんやシジミうどんという新メニューもあって、シジミうどんはまた注文してみたいように思う。なお、おみやげは今回も駅に売っている宇高連絡船うどん(6人分で八百数十円)。これが一番安くてやぼったいパッケージなのだがなかなかの美味なのだ。
食後、100円ショップでずっと欲しかった鼻毛ばさみを買い、展示用の額などは売っているかしらと店を眺める(後期の演習に使えるかどうか、と)。宮脇書店(高松ではここばかりのような気がするほど至る所で見かける)が天満屋に入っているので涼みがてらぶらぶら。漢字検定2級の問題をまず買う。冠婚葬祭のコーナーが本屋ではぼくのもっとも大切な場所だ。このコーナーの位置づけで本屋がねらっている客層とかが分かる。
つい買ったのは、わか草研究会編著『どうする?子供のお祝い--命名・お宮参りから端午の節句・ひな祭り』(金園社、2003.5)とゼクシィ編集部編『結婚準備きちんとブック』(メディアファクトリー、2002.4)。前者はここで初めて目にとまった種類の本で、もう一冊あった。香川県ではまだきちんと出産からのお祝い事をする余裕と気持ちがあるんだなあと感心する。でも、この本の表紙などは20年前みたいなデザインで若い人が買いそうな後者のブックデザインとは隔絶している。
後者には結婚式などの予算を推計するチャートがあって、そこには「恩師/平均3万4000円(予想金額 )」と書き込むようになっている。なるほど、うちらのゼミ生が結婚したらこの平均値(でもだいたいが3万円で5万円を張り込む人がちょっといるという感じなのだろう)を出すのだなあと思ったりもする(でも、幸せな結婚は悪いことではないし、それぐらい貯金するから大丈夫)。
あと、Yummy Project vol.1『香川のカフェ本ゴーゴーカフェ』(KSB瀬戸内海放送、2003.4)も買う。香川は讃岐うどんの本がすごいが、いまはどこでも地元カフェ本ができるのだ。カフェの禁煙席や貸し切りの有無などを一覧表にしたり、カフェオーナーやカフェ店長への質問があったりして、2回生の事例研究や編集の勉強になるかも知れない。
13時50分に高松市役所文化振興課へ。みんな職員は名札のほかに首から自分が書いたモットーをぶらさげていた。最近のことだという。馬場課長に関経連の報告書や大阪市の発行物などを渡す。何かの役に立つかも知れない。彼女によると、また池上先生の課した質問票(まちづくりレポートのためのもの。3年間同じなのよといわれた)を持ってきて京都橘女子大学文化政策学部1回生の学生が来たという。
中條さんはじめみんなと新市民会館の工事現場を見せてもらう。前に北九州芸術劇場も見せてもらったが(そういえば北九州からオープンしても何も案内とか資料とか送ってこないなあ・・・)、ホールの建設現場はこのときしか見れないのでどきどきする。できてしまうとだいたいそんなにびっくりしないけれど、建設中は一度だけの世界なので階段で上がったり下りたりしながら完成後になっていまの状態を思い出せるかしらと考えるとおもしろい。
ぼくが新市民会館建設のための委員会の委員だったことをだれも知らなかったのはびっくりしたが、あの委員会って何だったのかなと思ったりする。構想時点では大ホールは確か1200席ぐらいだったが、これは900〜1500席の可変ということに落ち着いていた。かなりぼくは主張して、県民ホールが西洋クラシック音楽中心なのでそれ以外の演劇ダンスを中心とするジャンルを!と言ったはずだが、今日の説明では大ホールの基本は西洋クラシック音楽ですと言っていた。
ただ、イスには会議(コンベンション会場としても使えるようにする意向は前々からあった)ができるように机が出るような仕掛けがあるという。2つの小ホールはどちらも300席ぐらいで、もう少し大きい案だったような気がするが、まあ、小劇場演劇やダンスにとっては使いやすくなると思う。
駅前に長距離バスが出ていて、JRで帰るよりも半額ぐらいの値段だったがなんだかやっぱり帰りプアーと缶ビールを飲みながら電車の窓から外を眺めたいのでマリンライナーを選択した。今日は、さいかくホールで『由良部、踊る』が19時からあったので、もう少し早く切り上げて急ぐこともできたのだが、野外公演もできる場所で屋上へつながる階段上の場所がきっとできあがったら京都駅みたいな使われ方をするよとかいろいろしゃべっていて時間をかなり費やした。
9/2(火)
『漢語林』をひくと、「化」は生きている人(「イ」ニンベン)と死んでいる人(「死」の左の部分と同じ「匕」である)が並置されて、人の変化をしめしているのだという。教化の意味ならば、それで立ち上がる大衆を横にならせて統治するのが「化」なのだろうかしらと思う。
いつものバスで大学に行き、午前中は昨日の日記などを書き、郵便物を整理して大学内に貼ったりするとあっという間に時間が経ち、気がつくと1回生の小西さんがやってきた。13時から装飾班の打ち合わせだという。小鹿さんのほか、小豆島にずっといていた上溝さんが真っ黒で来たし、立石さんも音楽スタッフの道の厳しさを話しながら集まってきている。
はながやっとイラストを描いてくれたので、それを清水俊洋さんがデザインして無事『アーツマネジメントみち〜社会に未知、まちにダンス』の表紙ができる。かわいい。2種類候補を出してくれたが、より色使いがデザイン化されていないものを選んだ。こんな本をきっと京都橘女子大学は助成したことないんじゃないかなあと思う。
それだけできっと少しは話題性があると思う。はなのイラストも限界芸術のネタになるし。
ホントは三条の画廊に寄って(宮永甲太郎さんの初日)、シアトリカル應典院に演劇を見に行く予定だったのが、少し後期の授業のパワーポイントを作っていたら完全に出遅れ、山本さんちでトマトと万願寺唐辛子を買い、ブックオフで結納の儀式を中心とした30年前発行の本などを買って帰る。芳江らは老人の鬱病についてのテレビを見ていた。ぼくもこうなるかも知れないと芳江にいわれつつオヤジのことを思う。
9/3(水)
午後からはびっしり校務。午前中に、大学の教職員向けキャリアセンター発行のレターのために原稿を書く。もう少し、いまの3回生の具体的な動きを書こうかと思ったが、一般論(1000字ということだったので)になってしまった。以下、その原稿。
【文化政策のキャリアづくりにむけて】
学歴や試験、資格免許のたぐいだけを見せて「はいこれがわたしのキャリアです」という時代は終わった。もちろん公務員試験に合格し自分なりの経験と実績を役所や地域で重ねることによって独自のキャリアはつくれるだろう。でも、確実に出世の御輿に乗っているだけの者を「キャリア」と称した愚かな時代は終わっている。
それではホントのキャリアとは何だろう。それは実力そのものであるとしても、どうやったらきちんと相手に「キャリア」として提示することができるのか。
10年前アエラの副編集長の紹介でニューヨークにいる芸術文化事業研究者、塩谷陽子さんにはじめて会った。そのときのことは忘れられない。彼女は実績やプロフィール、新聞記事などをまとめた黒いファイルをすっと差しだしたのだ。こうして自分というものを提示するのがあちら流の手法なのか!「芸術文化事業研究者」というのもそのファイルで彼女がそう自分を名付けていたものだった。ぼくにはアエラにのった紹介記事があるばかりで、あとはただ変わった「キャリア」官僚である自分の姿しかなかった。
この印象が強烈なので、いま文化政策の学生には塩谷陽子流のファイルを作るようにいっている。そのためにはプロフィールに書けるような経験が必要になる。どういう研究をどんな手法でするのか、そのためにどういう講義や演習、外部でのセミナーやワークショップ、インターンシップを体験したか。自分が参加するボランティアや自主活動、アルバイトとの関連性、あるいは鑑賞するアーツや訪れるカフェのセンスにも気をつかって・・。
やがて彼女たちのファイルにはそれぞれに異なる経験や能力、実績が並んでいくだろう。それをどういう人が彼女たちのキャリアを評価するのか。世間一般が等しく評価するようなものでない以上、これは個性と個性のぶつかりのなかでしか価値をもたない。だが、劇場ならばこんな経験が求められているとか、NPO法人はこういう形で仕事が作られているということはほぼ分かっている。ぼくはただそういう機会を彼女たちに紹介するのみだ。あとは、どこに行きどういう体験をしてどういう人にめぐりあうのか、一緒に仕事をさせてほしいとプロポーズする際に自分のキャリアをきちんと伝えられるかどうか。それには一人ひとりが行ってきた精一杯の活動実績と秘めた勇気、そしてその場における即興的嗅覚にかかっている。
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9/4(木)
午前中は大学で、こぐれ日記「葬祭アーツマネジメント(その2)」を書く。
14時から17時半まで、滋賀県社会福祉事業団主催の「ボーダレス・アートギャラリーNO-MA(この名称になるかどうかは、あとトップの判断待ちだ)」の打ち合わせ(第6回ワーキングループ会議)。16時に終われば、南湖さんから案内があった講談会(トリイホール)にいけたのだが、間に合いそうもないので、三条京阪に行くことにする。
前半の会議はハード面について。ほぼ意見も出そろう。照明やコンセントの位置とかになると、兵庫県の美術館学芸員服部さんが大活躍だ。そのあとに、名前のことやプレ企画など。
つまり、ボーダレス・アートギャラリー NO-MA(仮称)のオープンまでに3つのプレ企画が進行中なのである。
まず、改築前の野間邸(近江八幡)での美術インスタレーションが、10/10〜10/13まで(題して「記憶の測量計〜近江、町屋の月あそび」)。笹岡敬と藤本由紀夫、そして滋賀県の障害者福祉施設で制作された作品(そのアートディレクションは藤本)によって行われる。ぼくは、10/10だけはなんとか参加できそうだ。
そのあと、近江八幡のかわらミュージアムで11/1〜11/24まで障害者作品の展示があり、11/23にシンポ(ぼくも出る)。第3弾は来年3/20に京大博物館でワークショップとトークが行われる予定である。大学院生の加藤さんにいつかの時点でJAM West例会にでも発表してもらおうと思う。
三条京阪から南に数分。細い行き止まり道を何本も横手に見ながら「GALLERY SPACE ○△□」の出向く。ここの自主企画として、宮永甲太郎展が始まっているのだ。彼とはかなり前から(滋賀に単身赴任したときから)会っていて、でも最近はご無沙汰していたから、なんだか懐かしくて新鮮だ。画廊にはあんまり似合わない作風(と野外の展示や彼の舞台美術を見ているのでそう思っているだけだが)の彼が5年ぶりに個展をする(まえは京橋のINAXギャラリー)。
テーマは旅である。旅とは異文化との出逢い。ここでは、西洋的なレンガや大理石と東洋的なムギワラや苔(これは日本の湿気を喚起する)、そして、苔と同じく生長し形も変わっていくものとして、彼のなかでもっとも印象深い芝の草(種もよく土から見えている)が組み合わされている。
レンガは手前が橋の見立てで長くのび、奥が塔でその上が白大理石になっている。レンガも西洋の合理主義の産物なのだろうが、大理石よりははかないのでいまはレトロな西洋(を日本が学んだ思い出)として受容されていることを逆に気づかせてもらったりする。奥さんが大理石は不況になると逆に高くなるのですよという。
大理石の盤の上に載っている苔は、不幸せなはずだが、そんなことは関係なく繁殖している。帰りにこれとレンガと芝草に丁寧に水をまいていた。植物を展示するのは大変なのことで、閉めている夜間などは扇風機もまわりっぱなしである。じつは展覧会の前に一度カビを生やしてしまったのだそうだ。見る方はとても面白いしスリリングだが、どう転ぶか分からない素材を使うのはメンテナンスにいろいろと気をつかうことも確かだ。
いままでになかった気がするタイプは、カウンターと見立てられたムギワラを直方体にぎゅーっと固めたものの上に白大理石が覆っている作品だった(旅の止まり木としてのカウンター)。土台は東洋なのに西欧を明治時代以降に導入した日本そのものの形を象徴しているのだろうと思いつつ、ムギワラがカクカクと固められていることに合理主義的な印象があって、解け合わない二つの関係が相互に影響しあうクールな感じがおもしろい。壁にくっつくものだが、実用的なカウンターとしてみると、その居心地の悪さが不思議なおもむきになっている。
2階には小さな作品たちがあって、このムギワラと大理石のバリエーションでもあるのだが、色とりどりの糸を巻き付けることで、日本の近世的伝統工芸による融和を図っている感じがする。話しあったりお茶を飲んだりする空間にふさわしいかわいさだ。
19時になり、ホースで水をやり(朝も撒水しているそうだ)画廊を閉めるのを待って3人でホントに近くの「お食事処安さん」に行く(少しカウンターが空くのを待った)。お客さんが自発的につめてもらうまで待っていた感じのとてもいいおばあさん(たぶん安さん?)と孫夫婦(たぶん?)がやっていて、その安さんが今日のメニューを黒板に書いている。書ききれないものはその下の板に直接書いてあるのが愉快で、そのなかからナマコを頼んだらあまりに美味しく分厚かったのですぐにお代わりを注文したほどだった。
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