こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.9
9/29(月)
午前中、来年2月の国際シンポジウムで話す要約を書く。英語に訳されるとしたら、ちゃんと理解される文章になっているだろうかと思いつつ、けっこうまわりくどい文章になった。
その出だしと項目を少し書いておく。
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劇場の階梯〜関西劇場文化都市圏の構築へ〜
1.大まかな論点
・ここでは、関西における劇場文化の動きに焦点を当てる。その地が「創造都市」といわれるときに必要条件となるべき多様で創造的な劇場群の有無について、そして劇場群の多寡がもたらす都市文化への影響についてを、日本の大都市圏の一つである関西において考える。
・なかでも、昨今の大阪における小劇場閉鎖問題はどのような影響を与えているのかをまず紹介し、それは「劇場の階梯(ステップ)」という考え方においてはどこが問題になるのか、それはなぜ問題なのかを指摘する。
・それに対して演劇界のみならず、都市政策の担い手たちである自治体や財団などはどのようにみずからの都市創造の視点において対応しようとしているのか、あるいはどう対応すべきなのかを考察する。
・さらに、どう劇場文化を私たちの日々の暮らし、都市ライフに接続すべきなのか、その主体として昨今期待されつつあるアーツNPO法人の動向と、それらが行う手法のうち「アウトリーチ」に特に着目しつつ検討を加える。
2.劇場規模における劇団のステップアップと観客のスケールダウン
3.中小劇場がつなぎ手のキー
4.アーツNPOとアウトリーチ、公立文化ホールの役割
5.劇場と文化界隈づくり〜上町台地のまちづくりを例にして
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午後からはこぐゼミ。3つの班が自主的に作業をしている。スロースタイルと應典院、そしてレクチャー企画である。
スロースタイル組は、みんなでカップヌードルのダンボールでパズルを作っていた。ゼミでこういうことをしているのはうちだけだなあと嬉しくなる。ゼミ担の應典院企画。それぞれが好きなアーツを持ち寄る感じになるといいなと思って見守ったり少し口出ししたりした。それにソツ担は、葬祭レクチャー企画、これは、謝金の額を学術振興課と相談して決めたので、それをもとにして調整をしてもらう。これから川上さんにメールする文案をみんなで考えていた。
この調子だ。税の源泉徴収についてのちょっとしたレクチャーが今日の唯一のぼくのお話。終わってから河原和枝さんが来て、卒業テーマが決まっていないゼミはうちとこぐゼミだけのようですねと言われる。いつの間にそういう統計ができているのだろう。うちも半分ぐらいはだいたい決まってきたようですと話しておく。
いつも遊びに来る赤井さんに、「ハタケ」のワークショップを薦める。やっと6人目だ。これも途中に河原さんが来たりして赤井さんは忘れてしまっていて、ぼくが谷川さんまで連れて行ってやっとゲット。なかなかに学生をドライブするのはむずかしい。
9/30(火)
どうも本格的に風邪をひいているらしい。かかったかなとという気づきが今度の場合はなく、芳江に、もう前から咳をしていたわよと言われている。小野先生からも歳をとるとすぐ学生にうつされますから、と言われてしゅんとなる。
組合の執行委員会が昼休み。4限目が、今日からの地域文化行政論。91人の事前登録数で実際は75名ほど(登録していない学生も受けていた。たとえばTAM研の水野さん)。2回生ではリボンゼミ生以外ははじめてなので、受ける方もかなりどきどきしていたようだ。感想を読むとなかなかに微笑ましい。
2回生対象だが、3回生もいて、こうなると3回生配当のアートマネジメント論も受けていたりする学生もいるので、同じ鑑賞のレポートを2度出されたりしないでねと言っておく(別の教員だと分からないが自分で採点するとすぐ分かってしまって、分かるともちろん心証は悪くなる)。あと歴史学科と科目等履修生の方もいるのでその人たちの理解具合にも気をつける必要がある。
18時からは大学院の第1回目。これは同じようなメンバーが受けているので、かなりの程度率直に話す。でも前みたいなことがあるのであんまりカリカリしないように気をつけよう。
また帰り缶ビールをちびりちびり。生黒が安くて(昨日は八幡のコンビニになかったのでエビス黒だった)、ちびりちびりにはちょうどいい。コンビニではすでにいつもビールか酒パックを買う男として知られているのだろうな。一人ぐらい京都橘女子大学生もバイトしているだろうし。
10/1(水)
さきが雑誌『クーネル』創刊号を見せてくれた(それまではananの増刊号として出されていた)。写真家の武田花へのインタービューとして、彼女の母百合子のこと、そして武田百合子の『富士日記』のことが書かれてある。とても読みたくなってアマゾンでさっそく注文。『クーネル』の文章はなかなかに上品でしかもそそられる。
限界芸術の研究のなかで、日記はやっぱり重要なアイテムだ。日記には冠婚葬祭についてどれほど書かれているだろうか。2限目のリボンゼミにさっそくこのコラムをコピーして配り読んでもらう。武田泰惇の名前を知っている人はやはり誰もいない。「悲の器」「我が心石にあらず」・・。でも「ひかりごけ」というと、それは劇団四季で見たという。
ゼミの前半は少年王者舘とMONOと劇団八時半の公演ビデオを少しずつ見せる。続きが見たくなる学生もいて、中途半端になるが、小劇場演劇に少しでも興味が沸くことを期待してのことなので、まあいいだろう。
学生委員会に教授会、学部教授会、そして組合団交。午後はあっという間だ。来年度の新入生キャンプの案がだいたい固まる。シラバスの原稿を11月に出すという話には驚いた。
10/2(木)
アートマネジメント論の2回目。アンケートをとったら45名だった。辛気くさい定義など抽象的な話が多かったが、それなりに聞いてくれていたようだ。いまだに「文化政策」を一言で言えないと思っていた受講生には役立ったようだ。
晃洋書房から『アーツマネジメントみち〜社会に未知、まちにダンス』が50冊届いていた。印税が出ないのでこれがそのかわりである。どういうふうに使うのか、学術振興課で179冊購入する(それが30万円助成の仕方である)ので、そこから渡せる献呈先との調整が必要だ。
ぱっと見たとき、帯の色が紫でのけぞった(京都サンガ色だから京都的かもしれないが)。予想もしない配色だった。活字も大きくておしゃれとは対極だった。びっくりして電話したら、それよりもカバーの紙が清水さんの指定とは違っていて、それを気にしていた。確かにこんなつるつるした紙はいまどき使わないたちのものである。でも、ちょっとレトロぽくてぼくはそんなに気にならない。
はなの絵はほのぼのとぼくの本を飾ってくれている。でも、どこにも小暮はなの名前をクレジットしなかったのはまずかったかもしれない。彼女もやっとレコーディングが決定したのだからなあ。さきがそれを指摘した。さきはこの紫色のダサさがはなの絵に合っているという。さきにそういわれるとぼくもそんな気になってきて、気にならなくなった。
さて、これはちゃんと書店に並ぶのだろうか。部数が部数だけに注文してもらわなければならないかもしれない。さっそくに自分の本を読み出すととまらない。そうそうこれを最近忘れていたと気づかせてくれる。これは単なるナルシシズムなのだろうが、自分の文章は自分がいちばん読みやすいものなのだ。
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