こぐれ日録 KOGURE Diary 2003.9



279.9/8〜9/11

9/8(月)

暑い日が日本中つづいているのかと思ったらそうでもなかった。長野の三浦久さんも掲示板に書いていたし、加藤健一さんもアルティで記者会見したとき東京は涼しいのに・・といっていたらしい。これはまあ阪神のせいにしておこう。

アルティで「ダンスの未来」の審査会が終わって帰ってくると、はなが緊急に入院したという。40度の熱があったのに気がつかずにひがしのさんと打ち合わせをしていたという。パソコンを買って自分で設定したり、ぼくの本のイラストを描かせたり、何だかプレッシャーを与えてしまったなあと反省。

じつはぼくもちょっとくたびれていて、アルティの会議の冒頭かっとなってしまった(こころのなかで「動員数で評価される公立ホールなどナンセンス」とつぶやくだけでよかったのに)。いかんいかん。でも18件もの応募があったのでとてもよかったと思う。あとはどうやって候補を選び一緒に創っていくのかというところにかかっている。

大学ではスロースタイル縁日(10/12)の準備が始まっている。50組目標の「手のもの市」のいま現在の参加数は15組だそうだ。京都新聞の人が取材に来る。装飾組の集まりに、1回生のリボンゼミの3名が来た。みんなバンドを大学内でやっている。好きだなあ。そのなかの一人伊瀬さんがメーリングリストに書き込んだものを見ると、こういうふうに装飾をするのか(道しるべ)ということがわかる。
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<今日、初参加の伊瀬直美です。
<今日は道しるべの試作をしました。これは来場者が迷わず入口から少し遠い会場まで来れるようにする配慮です。
<土(大学にある腐葉土)を10cm幅ぐらいで盛って砂の道を作り、その両側を木の枝で囲んでいきます。それを大学の正門の階段から図書館の入口付近まで当日は繋げて引く予定です。
<また、図書館横の木のアーチに布を渡す予定です。布の色などは検討中です!
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9/9(火)

午前中は大阪市中央青年センターで、地域文化振興事業とのドッキング手法についての打ち合わせ。【自立する「青年と文化」研究会】は地味ながらさまざまな課題を浮き彫りにしてくれる。それにしても、いまだに大阪市もハード先行(新大阪駅にできる青少年施設「ステーション」のことが話題に)なのでいろいろ大変だ。

フェスゲへ。3日間アートシアターdBのカフェが休みなので、17時からここで神戸市生活文化課と待ち合わせは変更しないといけないなと思いながら、4階のココルームへ。ちょうど消防署の点検があって、いろいろな指摘を受けていた。飲食店のままに使っていても、微妙なところで気を使わなければいけないのだ。

14時半すぎから7階の映画館で、中江裕司監督、2002作品『ホテル・ハイビスカス』を見る。入ると誰もいない。真ん中に座る。はじまって背後に気配を感じて後ろを向くと男女一人ずつがばらばらに座っていた。遅れてきたのだろうと思っていた。映画が終了し明かりがついて、さあ出ようとすると誰もいない。きっと従業員がのぞきにきたのだろうな。でも、ちょっとキジムナーみたいでおかしかった。

お盆のシーンでジーンとなる。魂落ちて魂を込める民俗。小学校3年生の女の子(中曽根美恵子)が素子の娘みたいな子で(もっと行動的だが)、なかなかに笑える。そして、お盆のシーン(迎え火が道両側についているシーンが特によかった)では、はじめご先祖さんなどいないといっていた彼女が手を合わすところで目頭があつくなる。

でも、「おかえりんご」の横断幕、クイズショーのばかばかしいまでの楽しさ(親密圏娯楽)、パイナップル畑の収穫されたパイナップルの山のいい加減さ。そして、おならギャグの繰り返しや(ちょっと吉本系)、ABCの歌の替え歌(検索して見つけたので、みなさんもご一緒に)とかは、とくにほのぼのと笑ってしまう。

〈ABCの海岸で カニにチ○チ○はさまれた
〈いたいよはなせ はなすもんかソーセージ
〈赤チン塗っても治らない 黒チン塗ったら毛が生えた

事務局で角さんらと演劇の稽古場の話などをして神戸市を待つ。たしかに中央青年センターの土曜日閉館はいまどきおかしいだろう。でも関連団体がいっしょにいるので、もう平日を休館にするのはなかなかにむずかしいのだろうな。読み終わった本。中井久夫『治療文化論〜精神医学的再構築の試み』岩波現代文庫。

ココルームで『(仮称)こうべ文化創造・都市再生プロジェクト会議』の打ち合わせ。授業がはじまると三ノ宮に出かけるのが大変だ。そのあとシアトリカル應典院、space×drama2003の最後、満月動物園『サドサド』を見る。レプリカントみたいなもの。短かったがおなじシーンばかり。でも、べつのことを考えるのに邪魔ではなかった。

川井田さん、大塚さんからアートコモンズのチラシをもらう。こぐゼミのみんなは少しは企画をすすめているのだろうか。任しながらアドバイスをするというのはなかなかに大変だ。

9/10(水)

「たしかに、近代人は、水洗便所を発明し、目の前からすばやくウンコを消し去ることを通してウンコから遠ざかろうとした。だが、上下水道システムを社会的・生態学的循環としてみれば、むしろ古代人のほうが、ウンコと隣り合い共存しながらも、ミクロ的にもマクロ的にも大きな生態学的円環の中で暮らしたと言えるのかもしれない。」p74〜75
「・・人間の自律とは、ウンコをしないようになることではない。一人でウンコができるようになることである。だがそれは、ひとりで達成されるものではない。それゆえ、皆でウンコができるようになることこそが、本当の自立であるとされなくてはならない。」p127

どちらも、有田正光、石田多門「ウンコに学べ!」(ちくま新書)より。
排泄行為(ウンコ)は死(遺体)と同じ大きな問題(隠され、忌避されてしまっている)をもっているのですね。そのうえ、環境倫理学の問題と直結している。いい本だった。文化行政とは下水道処理などの公共工事行政の反省からはじまるということもまた考えさせられる。

「たしかに、屍も屎尿も、尸(シカバネ)を部首にするが、この字は、棒状に固く伸びた屍体を表す象形文字である。われわれは毎日のトイレの中で体験する、この小さな死の中に、やがて来るべき自分の死を予見しなければならない。同時にまた、その立ち上る匂いの向こうに、自分の死をも超えた何十万年にも及ぶ生命の連続を感じ取るべきなのである。この感性こそ文化である。」P147

いまぼくが文化は人類が「死」を抽象的に把握したときに始まったという考えで構築しようとしていることが、すでに毎日のウンコとの出会いで匂い取られていることに感動する。

夜は大阪ガスの人と食事。百周年事業の担当だということ。いろいろな人の意見を聞いているようだった。

9/11(木)

21日に行う兵庫県小野市教育委員会でのレクチャーのレジメをつくったあと、文化環境研究所の吉岡さんから依頼があった原稿を書き始める。6000字ぐらいでタイムリミット。ホントは竹の内淳志さんのダンスを見たかったがどうしても時間がとれない。ジャレミサ指導の宇治市立平盛小学校の運動会の練習も始まっている。これも行きたくて仕方がないのだが・・

夜はOBPへ。OBPアーツプロジェクト2003のはじまりで、近大生の美術とダンスを楽しむ。9/11をテーマにしていた。美術では1回生、2回生中心にやってくれている(参加型の企画もあって、テーブルクロスにぼくもハピーエンディングについて落書きをした)。ダンスの方は、後半少し伝統的な近大的舞踊とは違う演出とかも見られた。芸術行脚「Art in Peace」。終わってから久しぶりに松本さんといろいろ話しをする。

緊急入院中のはなはだいぶんましになったようだが、熱が完全には下がらないようだ(口内炎から感染したのかもしれない)。13日のライブはもちろん出来ない状態なのだが、彼女自身がアザーサイドに連絡するまで待っていると芳江。


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