こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.4
4/26(月)
午前中、大学研究室で文化政策学部だけのパンフのためのインタビューに答える。
14時に京阪三条のブックオフ前で大蓮寺の秋田さんらと一緒にタクシーで法然院へ。少し事前打ち合わせ。
15時から30分ほど「おつとめ」。お経を一緒に読み(少し唱い)、木魚を叩き、お焼香した。3回生の二人が参加。いい経験をさせてもらった。いい気候だったし。
約90分間、秋田さんの進行のもと、秋田さんと法然院の梶田さんの浄土宗組とぼくの鼎談。学外ゼミでもある。梶田さんは事前の打ち合わせではほとんど秋田さんにしゃべってもらえばいいという感じだったのだが、本番はどんどんしゃべって、ぼくは蚊帳の外のことが多かった。まあ、雑誌みたいなものにのせる対話としては、何とか形になることをぼくも少しはしゃべれたかなとは思う。終わったあと、案の定、法然院(梶田)ファンみたいな年配の男性二人から、とても気になる感想をいただき、秋田さんと一緒にちょいしょげる。
終わって、河原町の和民でゼミ生などと食事。帰ると芳江が、ぼくがいろいろ取材されてはた迷惑だった「クローズアップ現代」を見て正直な感想を言ってくれる。
‘10年前ぐらいにぼくが議論していることを今頃話しているような当たり障りのない表面的な番組内容で、がっかり・・・’と。そういうのを見ると情けなくなるので、明日見ることにして、また飲んで寝る。
4/27(火)
土砂降りの朝、昨夜芳江にとってもらっていたNHKのビデオを見る。乾さんや中西さんらと手作りでつくった大阪市芸術文化アクションプランが映されたり、青木さんがビラを配っていたり、乾さんが出てきたり、ココルームが映ったりとそれなりに懐かしく微笑ましい。昨晩見たら荒れただろうなあ、と芳江。少しは年取った分だけ自分のバカさ加減を知るようになっているよ。子どもにピアノを教えている神戸市混声合唱団の声楽の人がえらく多く登場して(ぼくはまるでしらない事業)いかにもNHKだが。
まあこんなものだろうと、朝は元気なぼくは大学に出かける。
小鹿さんが来てタフ4の打ち合わせ。6月ごろ実施するワークショップと9/26前後、10/17前後のお祭り参加との関係を考えてもらうようにお願いする。彼女にとって未知な分野である音楽を集中的に調べてもらっていて、嬉しい。明日の基礎ゼミでのダンスワークショップのために真っ黒小劇場に行ってまず自分で踊りたいと言う。まじめだなあと感心。
昨日法然院で会った本田佳子さんは、いまは駒井邸保存活用の運動から、京焼・清水焼蔵元ふじひらで、ギャラリー・カフェふじひらを開き、地域交流拠点を築こうとしているというので、大学の帰り、五条坂にある彼女と本田晃三さんの拠点を覗くことにした。
もともとふじひらが買い取った110年前に作られたという登り窯の保存運動をする(去年の夏、登り窯がある資料館で、ミュゼットなどの演奏も交えてコンサートをしたそうだ)ところから本田さん二人の動きが始まったという。グランドピアノが置かれているスペースは広い。天井も高く、2階への吹き抜け空間がいい感じだ。
テーブルと椅子もシックな中古品だそうで、研究室で岩屋さんからもらったミニアコーディオンを楽しく弾いていた箕浦さんだったらすぐにピアノを弾き出すだろなと思ったりする。
4/28(水)
10時40分から、基礎ゼミ。14名全員。
今日から3回、小鹿ゆかりさんによるダンスワークショップ。去年のゼミ生たちはとても賑やかだったが、今年のメンバーは静かな学生と賑やかな学生が入り交じった状態で、去年とはずいぶんと違うと小鹿さん。身体が柔らかい学生が多い。
真っ黒小劇場でしたが、あと幅が1メートルあればいいのになあと思いつつ、でもなんとか出来る。基礎をしていたらあっという間に12時。
遠方からの学生たちはこれから帰省していくのだろう。1ヶ月ごくろうさま。実家で甘えて、また帰って来いよ。
午後は珍しく何もなく研究室に閉じこもって少し原稿書きが進む。芸術文化と文化芸術について、その言葉の曖昧さについて書いているとあっという間に時間が経つ。5000字ほど書いたので、あと3/4だ。
慌てて、アートコンプレックス1928へ。
電視游戯科学舘による『惑星組曲』のプレビュー。知り合いが多い。
奥田ワレタ主役(遠山明日美)で彼女のお父さん遠山英世に二口大学。歌とか踊りとかはふんだんにあるが、基本はしっとりとした内容になっている。脚本・演出の国本浩康もモリエリ演じる尾畑冴子の父親役を演じ、二口演じる遠山と対峙する形となっている。
終わって、パンプレス50号記念ということもあってパーティがあり、1時間ほど出席。黒谷さん/永運院の土肥さんとしゃべる。パンプレスなどでお世話になりながらなかなかきちんとお話ししなかったなあと思う。はなのことを気にしてもらっていて、ぜひ聞いてもらいたいと思いつつ帰る。ヤザキタケシさんが高松の新しい文化会館で6/6に踊るということ。ソウイングギャラリーでのつき山いくよさんらの展示の最終日でミニライブ(ベートルズ)がこの日あるのねえ。
4/29(木)
連休の初日、目一杯芳江と一緒に動いた。
忙しかった4月。少しは、夫婦や家族を取りもどす休暇の始まりになったかな。
夜一乗寺ではなの顔も見たし、まったく予想もしないかたちで、さきに関わる歌も聴けたし。
音楽に溢れた一日でもあった。
まちに溢れる光もやさしく、1年のうちでももっとも快適な日の一つ(夜になってずいぶん気温が下がったが)。
昨日、楽器天国というインターネット通販で買ったポータトーン/卓上電子ピアノ(13700円)が届いた。鍵盤ハーモニカもいいが(自分の息で強弱が出来るから情感がそのまま出せる)、やっぱり両手で演奏できるのは嬉しく、出かける前、ずっと弾いている。これでずいぶんと動かなくなった左手の練習が出来る。
京都芸術センターが『大人藝術月間〜健康になるアート』として、大人(多分40〜50歳代のもっともアーツから遠ざかっている人びと中心)を誘っている。今日から5月いっぱい。
納谷恵美のチラシが最高だ。
うち(京都橘女子大学文化政策研究センター)で行った去年の関西女性アーティストファイルVOL3の前半チラシと同じ落ちついた写真のテイスト。とくに黒板のあせたところにコピーを寄せているところに巧みさを感じる。
一日限りの『うたごえ喫茶 in 明倫』。大人藝術月間「connect with '60s−京都・記憶の断片集−」関連企画“タイムスリップ to '60s イベント”。演奏:ニュー苔(ヴァイオリン&アコーディオン)。午後2時から4時。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記528、529」をみてね)
それにしても『うたごえ喫茶』で演奏してくれたニュー苔の二人は可愛かった。服も少し昔の感じ。始まる寸前まで打ち合わせしていた。1時半に行くとまだ二人だけ教室にいるだけで、アコーディオンのSさんに、先生!と驚かれてこちらも驚く。彼女は立命館でぼくの授業を2年前ぐらいに受けていた学生だった。卒業しても音楽を続けているのだ。ヴァイオリンのYさんも関さんと同じくチンドン研究会(?)にいて、そのままいまもたまに商店街とか路上で演奏しているのだそうだ。Sさんがウィークデイは忙しいのでなかなかできないらしいが。
終わって、ギャラリー南の「connect with '60s−京都・記憶の断片集−」展へ。一緒に歌っていたご夫婦や情報を提供されていたボランティアスタッフが集まっている。うたごえ喫茶は、高島屋のそばにあった「ほのお」が有名だということだったが、ここの地図では喫茶「ひばり」となっていた。
この展覧会は京都市立芸大のドクターコースにいる岡田一郎が「3月から4月に、京都芸術センターのボランティア・スタッフの協力を得ながら、1960年から75年頃までの京都の若者文化について」インタビューをし、その若者文化スポットの記憶を引き出すような品物、雑誌などを展示したもの。
19時半からの三上ゆうへいらの再會コンサートvol.3まで、回転寿司で腹ごしらえし、一乗寺恵文社でゆっくりとした時間を過ごす。100%ORANGEグッズを少し。わくわく幼年どうわ「すてきなのはらのけっこんしき」あかね書房、シールとペラペラブック(FLIP BOOK)を二つ(The Penguin CatcherとA Wood Cutter)。ペンギンを冷凍庫に入れたので少々ブラックかなと思ったが、はなはそうじゃないよ、という。
はなが持っていってしまっていたので「あおくんときいろちゃん」(レオ・レオーニ、至光社)も買っておく。1967年に日本ではじめて出版されたロングセラーだ。英語の本が奥のギャラリーに展示されていて(『Sunny Side Book Design!〜アメリカのベスト・ブック50』、フランス語のものも売っていた。
喫茶のん。再會コンサートvol.3。19時半過ぎから20時20分ぐらいまで。神奈川から須藤もん、東京日野(「誠」の幟が五月蝿いらしい)から青柳としひろ(出身は河内の人で、助っ人で弾くウクレレが素敵だった)。みんな「唄うたい」たち。三上ゆうへいのちょっとエッチな唄たちがとりわけおもしろい。その一つソーセージがフライパンで焼かれてキスキスバンバンする唄を結婚式でも歌ったという。
絵が一つもない美術館を歌った唄を久しぶりに聞く。いい詩だ。アンコールで歌った唄について。さきが三上さんに渡した二つの詩がどんなのかは分からないが、さきは「白いペンギン」になって、長い「生」の詩と短い「死」の詩を「ぼく」に渡したらしくて、「ぼく」はその生と死の狭間でビールを飲んでいる。
4/30(金)
平日だが休み。この日録、日記を書いてぼんやり。どこにもでかけない休養日である。会った人は京都新聞の集金の女性のみだ。
昨日、立命館でぼくの授業を聞いてくれたアコーディオンのSさんや、うたごえ喫茶に来ていて、京都橘女子大学の先生ですねと声をかけてくれた京都橘女子大学歴史学科のOGに、ぐうぜん出会ったことを思い出す。教員の嬉しさはこうした再会や時のつながりなのだろう。
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