こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.2



321.2/6〜2/8

2/6(金)

また寒くなる。でも、大学の建物に区切られた空の青さは輝きが増してきて光が横溢しているから寂しさはない。気温と輝きのタイムラグ。
就職のための講座に出ている3回生のゼミ生に逢う。煙草を吸う学生はソトにいることが多いからよく話しをすることになる。髪の毛が黒いので見違える。これほど就職活動が大変になると、卒業研究を全員に課すのは大変かも知れない。

今年度の教育実践をまとめる文章を作って、いつも編集してもらっている木下さんへメール。一番かな?子どもの頃からできるだけ早く答案を仕上げて試験会場を出るのが趣味だった。制限時間いっぱいがんばるのは出来ない性分。それからもずっとだろうな。
早く書く。そして締め切りよりもずっと早く出す。忘れた頃に、ミスが判明する。あるいは出版が遅れて時代遅れになってしまう。いままでずっとこんなことを繰り返しているわけだ。

でも、こうしてして自分がやったことを書いていると反省点がいっぱいあって、こういう文化政策学部としての教育実践記録を冊子にし続けることはすごく大切なことだと思う。同僚の教員がどういう風に授業をしているのかがかいま見られるのもメリットだ。

京都芸術センターへ。久しぶり。やけに室町通りが混雑している。少しは景気が回復したのかなあ。山科駅までメディアセンターの人たちの車に乗せてもらったので時間がゆっくりある。こういうとき美術も見れるのはとても嬉しいこと。二つのギャラリーをのぞく。公募された新作だそうだ。

『公募 京都芸術センター2004 How would you make the world better?』。この問いを発しているのは審査員の松尾恵(アートアドミニストレイター)である。彼女が当日パンフにこのところ安易に多用されている「コミュニケーション」ということば、それを美術のテーマにすることについての疑問が書かれてある。

ギャラリー南には三木陽子『TUBE LIFE』。白と黒の陶器で作られたドアノブとか管とかが部屋全体に配置されている。監視の人がドアノブは触ってドアを開閉しても良いですよと言う。管とその出口。あるいは管に入る入り口の加工。子ども(エンジェル?)や動物、犬っころ。

どうして生活用品に愛玩動物のキャラクターが多いのかなと考えさせられる。水回りに陶器製品が使われるから、陶器ライフは水と密接な関係にある。水を包む管としての皮膚や骨。その身体がチューブであるというのがこの標題の一つの解釈。でも、きっとLIFEは生命の前に生活なのではある(下水と上水とかの対比、使用前使用後の管の白黒区別など評論家には言葉を多く費して書きやすい作品だ)。

ギャラリー北は、佐々木愛『HOME』。砂糖で出来た部屋らしい。それは書かれているからそうなのだが、ぼくは嗅覚が鈍いので砂糖の匂いは感じられない。ただ、ちょうど映像が終わってしまって、撮影の人が来たみたいなので、できかけのインスタレーションぽい部屋をすぐに出る。居心地の悪さ、散らばっているようなまんまの出で立ち。こういう未完成な感じがこの作品の狙いなのかとあとで思う。

さてフリースペースへ。京都芸術センターセレクションvol.9 New Produce project-3。プロデューサー橋本裕介の仕事である。タイトルは『むずかしい演劇』。シンプルでしかも気が利いている題ではあるが、なかなかに抽象的だから宣伝美術(大庭佑子)もむずかしかったのではないだろうか。

チラシにあるイラストは、山がみっつ。3つのプログラムがあるので、きっとそれに対応するのだろう。上る努力を必要とする山で「むずかしい」を表したのかなあ。裾野を歩いている人びとは小さく細くシルエットである。孤高の演劇作品であり、ずっと前からあるものとして、山が選ばれたのかも知れない。

では、今回は見れなかったサミュエル・ベケットの「残り火」program[A](演出:田中遊)はどの山だろう。とりあえず、中程右の緑の山ということにしておこう。では、program[B]のタミオ(ユリイカ百貨店)演出の「ハムレットボックス」はどれだろう。シェークスピアの原作をピックアップしつつスタイリッシュに見せたものだし、昔の作品だから奥に見える黄色の模様のある山だと見立てる(かってに)。

古典である超有名なハムレットを45分間で見させた演出/脚色:タミオの機知は予想外に楽しくステキだった。色々な色がついては消える箱の壁。その壁は開いたり閉じたりもする。回転も女性が動かしているほと軽やかである。こんな明るさを持つハムレットボックスを作った舞台美術(西田聖)の貢献度が大きい。

15分間の休憩のあと、何度も見たことのある『紙風船』、岸田國士の名作中の名作である。でもこんなに笑ってしまった「紙風船」はなかった。滑稽というのではなく真剣に男が妻に向かい合おうとする健気さに笑ってしまうのだ。
演出は小さなもうひとつの場所の藤原康弘。公演時間は29分間だから、演劇としてはずいぶんと短編と言える。ドラマといえば、最後に庭に舞い込む鮮やかな隣のチエコちゃんの紙風船だけである。広田ゆうみの妻に藤原康弘の夫。でも奥は深く・・・(つづきはアーツ・カレンダー「こぐれ日記508」をみてね)

2/7(土)

これからやけに色々出番があって、ばたつく数日になりそうだ。
今日は、大阪府が今年度行ってきた「大阪楽座事業」のアウトリーチ的な企画にパネラーとして参加する。題して『近代建築活用セミナーin綿業会館(大阪楽座事業ミニ見本市)』。

選考委員長ということで、500万円の助成金をどういう基準で選んだかとか少し解説したりして、この事業を少し分かりやすく説明する努力をした。その前に基調講演した中嶋節子さん(大阪市立大学の専任講師)のスライドと近代建築の歴史の要約は短いながらよくまとまっていて楽しかった。

トークの最後に少し恰好をつけないといけないので、以下の3つのポイントをまとめて、あとは綿業会館の見学とする(上田假奈代さんが帰り写真を撮られていて、彼女がそこにいると戦前みたいに時がスリップする)。
1)まちこわしとしての「まちづくり」から、「まちつかい」としてのまちのこし、まちがたり、まちつたえ、まちみつけへ。
2)自分で自分なりの価値を発見することの大切さ。その機会が文化表現活動だということの確認。
3)どんなに情報が溢れていても、この場にこうしてライブにいることこそ、かけがえのない瞬間だということ。

このあと、アートコンプレックス1928へ行く。少し時間があったので、十字屋で楽器をみたり、近くの民族楽器店をのぞく。音楽が好きで演奏したり編曲したりしたりできる学生、院生がうまく集まるかなあと心配しつつ楽譜をみている。

1928のお芝居はシェイクスピア原作、野田秀樹潤色の『から騒ぎ』(演出:岡野真大、企画:丸井重樹)、100分。M_Produce ACT2というこれからの若手役者を集めて育てつつ公演を続ける企画である。野田秀樹の言葉遊びはいま聞くとかなりの年代物だけに、その早口と素早い動きのプレッシャーからか、なかなかに舞台が沸騰しない感じもしたが、こういう体力系の公演は、あとになるほどスピードに舞台がついてくるから、まあ初日ということなので、こんな感じなのだろうと思って見る。

それにしても、いま京都の若手プロデューサーはなかなかに素晴らしく良い企画を重ねてくれるので、見る方がふうふういう。それなのに、お客がいっぱいですごいなあとも思うが、若手役者のころは、お客が多いというのもまた事実ではある。表方にうちの上田千尋さんもいて、スタッフもまた実地研修をしているのであった。

2/8(日)

確かに、これから3日間大変だ。朝早く大阪国際交流センターへ。国際シンポジウム「新・都市の時代〜創造都市への挑戦〜」。ぼくは出番がないし、こういう長老さんたちがいる世界では小さくなっていた方が得策なので、ぼんやりと話を聞いている。梅棹忠夫さんと食事をした(といってもアルティにいくためにきちんと食事できる時間がなくて、前菜を食べただけ)のは、ちょっとした想い出になるかも知れない。

大阪から京都へ。アルティのエントランス。ここにに溶け込むようにTAM研の隈本さんがパンフを渡している。上田さんといい隈本さんといい手前味噌だがうちの文化政策学部の学生が素直に舞台周りに自分の将来を見ている姿は微笑ましくも嬉しい限り。

さてもさても。どうなるかと思ったアルティの『ダンスの未来vol.2』--『リズムプリズム』が先で後が『カミダラケ〜同時進行にょる神話創造〜』。ところが、打上まで出た(缶ビールの毒味もした)のは、もちろんかなりの程度に感激したからである。

いろいろあったけれど、参加して良かったなあととくになんでもまじめでとことん考え抜く三木俊治さんや踊らないときは普通でほんわかしている花嵐の3人と話していて思う。前半の西洋的世界との対比もばっちりだった。音楽だけを聞いてみるだけでも腹一杯なのに、それに対応してダンスも暴れる。こんなに愉快でしかも観客が試されるものはない。

人数の動員よりも、宮本妥子さんを聴きに来る現代音楽の聴衆、小川珠絵さんとその仲間に習っている大勢のダンスレッスンの生徒さんたちが双方出会うだけでも効果があった。それに、まるで異次元の世界としてやってくるOriginal Art Projectの面々に出会えれば、同じ音楽好きもきっと大きくオリジナルってなんだろうとまた考えることになるだろう(ダンス好きだった同じこと)。

フィドルの大森ヒデノリさんは最後神聖な舞台を侵犯しにくるし、口琴の高橋直己さんは地味で小さな楽器の演奏を美しく見せる技をもっている。三木理恵さんは巨大な竪琴の下で大人しくはじめいたが、そのうちシンセサイザーで本領発揮し、楽器をぜんぶ自分で作って演奏する三木俊治さんはけっこう周囲に気を使って、ダンサーをみつつタイミングを計りながら場をつくっていた。

花嵐3人のダンスは、こういうきっちりした照明(船阪さんは確かにこの二組のダンスをとてもよく把握している)と舞台では綺麗にまとまるのではないかと逆に恐れたが、そんな心配はなく、音楽の異常さ(といっても思いが熱いことの過剰さということであるが)も幸いして、静かにときに激しく、でも愉快に壊れたり淀んだり和んだりしていた。相撲がもともと神事であったことやその相撲を幕末ペリー一行が見学してバカにした話などを鑑賞中に思い出したのは、もちろん舞台で展開された四股みたいな動きからである。


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