こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.1



311.1/1〜1/4

1/1(木)

昨夜、年に一度だけは歌謡番組を見なくちゃといいながら、紅白を観る。どうしてNHKのど自慢のように、もう少し面白くならないのだろうか。それでも我慢して少し観た。いまみんなやっているストリート系ならゆず、アカペラならゴスペラーズ、踊って歌ってなら、安室と、歴史の勉強にはなる。伊藤多喜夫が最高。演歌の人でちゃんと歌っている人には好感が持てる。

通常、大晦日といえど何も変わらずに早く寝るのだが、今年ははならとわーわー言いながら歌番組を観た(それにしても中国女性12名の演奏は何てつまらないのだろう)せいで12時になってしまう。テレビではなく鐘の音が男山の裾の方で聞こえた気がしてベランダに出たら、柔らかな鐘が本当につかれていた。

元旦、いつものように起きメールなどをチェックしようと思ったが、それも余りにも散文的なので、初日の出を観ることにした。もちろんベランダでだが。少しずつ東の空が赤くなる。6時頃の空は、肉眼では小さな公園やサティの看板が見えるのだが、デジカメではじめはほとんど写らず、肉眼の偉大さを思う。

コーヒーをすすり、毛布を肩にかけながらただボーと観ていると、何もない雑然とした風景が生き生きと感じられてくる。もちろん正月だからという意識があるからだろうが。狭い水路にうつる黒い木の影、石清水八幡へ新しい矢をもらいにいく老夫婦。鳥は夜明けをホントによく知っている。頭上の鳥にカメラを向ける。

空がぽっと全体的に赤みが増えたと思ったら、あっけなく太陽がちょうど向かいのアパートの出っ張りから上ってきて、それは何とも様にならないものだが、それでもなおそれは美しい。

すでに7時からのお能が始まっている。宝生流「羽衣」。少しもっちゃりした天女だ。おせち。お年玉を渡す。二人からは定期入れ(ミフィーのそれは発売停止になっていて、かわりにミフィーのシールを貼ったものを二人で考えたという)をもらっていて、それはまた格別に嬉しかった。去年と同じくソファーで4人の写真。それから石清水八幡宮へのお詣り。

お願いすることが多い。お祈りとは自分に向かって改めて確認することもあるし、風まかせだよなと少し冷静に考えるものでもある。さきが特に熱心に祈っている。

今年は日本酒だけにしようと思ったがやっぱり昼間のビールは格別。ちょうど、BS2で『お早う』をやっていたが、サッカー。残念ながらもう一つ番狂わせはなく、順当にジュビロが勝つ。

小津安二郎『お早う』(1959、94分)は、みんなでお正月に観ようと思っていたのだが、NHKもやっぱり元旦に放映していて、同じような選択をするものだなあとびっくり。ぼくは小津映画でも、この『お早う』がとても好きで、どうってことないような場面で驚き笑い、そしてその奥深さに常に感動する。そしてまた今日観てやっぱりうなる。子どもがホントに子どもらしかった時代の最後なのだろうが、さきはあの1年生坊主とそっくりだったとはな。実は子どもという存在は今も昔もあんまり変わっていないのかも知れない。

前場面の転換の最後と次の場面の始まりの続き方で、福井(佐田啓二)のアパートの電灯と時計が前場面の最後に写って、次の場面には主人公たち(子どもが主役)兄弟のいる林家(父が笠智衆、母が三宅邦子)の同じ電灯と時計のシーンから始まる。その電灯の色(シャーベットブルーから黄色)や形、大きさの違い、時計のモダンさ加減の違いが小津の様式美であることは言うまでもない。

そして福井がプチ家出をしていた子どもたちを連れてきてくれる、駅前のテレビ放映を観ていた二人を。ほっとする瞬間であるとともに、福井と有田節子(主人公の母、林民子の妹か。久我美子が演じる)が言葉でなく行為によって親密になっていく瞬間でもある。若の花が出てくると、はなやさきに説明するのに骨が折れて、時の流れを感じる。

1/2(金)

大阪野田の実家へ。こうして、お正月に、家族4人が移動するということももう残り少なくなるだろう。車内で、31日でした言葉遊び拡大バージョンをする。・・ノ)するめのめだまに、サ)カッコー かっこーがなく、ハ)コケコケコッコー、ヨ)玉子が一コ・・・ヨ)赤のなんてん、ノ)おたふく印のあんぱんを食べて、サ)甘太郎、ハ)ぱんぱんマン・・

年末第9をテレビで聞いてベッドに戻ろうとして顔を打った親父に何か書いてもらう。一郎さんは寝ながら「歩行、」と書いた。年末の親父の怪我でかなり疲れていたお袋に渡すと美津子さんはその下に「祈る」と書く。

帰って、もう少しちゃんとした歌詞を書こうと思い、短いものを作ってはなに渡す。最後に「少年少女に告げる」とリフレインするもの。さっそく風邪気味なのにはなが曲を作ってくれる。題名は決まらない。案としては、「肺魚伝説」か「小さなナイル」、あるいは「ナイルの流れ」。エジプトでミイラづくりのモデルになったという肺魚が作詞の原点。

はなの歌は歌詞が短いのにこれもまた短くなってしまった。そういえば、昔砂連尾さん寺田さんのダンスに合わせて作る歌の一つにモーツアルトのトルコ行進曲のメロディに基づく歌詞があって(コーダのところなんか、作曲家づくしになっている)、それをこの前の関島岳郎さんとのデュオで披露したとはな。よく覚えていたな、あれがはなのなかでは一番長い歌だろう。

実質的に田中絹代が主人公だよなと家族4人で話しながら『彼岸花』(1958、118)を観る。あるいは和服の競演。さきもやっぱり江戸弁がいいと言っている。生まれた子どもには、小さいときからずっと昔の映画ばかりみさせていたいなと(テレビの受信はしないでテレビとはこれだと錯覚させてしまって)。いまどきこんな歯切れのいい東京弁をしゃべる女性はどこにもいないだろう。

小津安二郎監督のはじめてのカラー作品。これも正月に相応しいコメディタッチのもの。朱色の配置がすべて絵画になるように作られている。DVDなので停止して眺められるのが嬉しい。でも監督はこうして眺められることを想定して作ったのではないのだろう。

1/3(土)

まだ正月気分なので、初日の出撮影、3日目。
7時からのNHK能楽はバックミュージックになっている。
今年の目標は、とりあえず芸術鑑賞300回の回復。そのために余計な仕事を引き受けないこと。去年のベスト10とか考えるのは億劫なのでやめる。

送られてきた年賀状を観るが、どうもハッとするものが少ない(大学の方にはあるのかも)。こちらはほとんど出していないのだから偉そうなことも言えないが。
ちんどん通信社など仕事関係を抜き出して大学に持っていく準備。
アーツベスト10の替わりに、小暮宣雄に送ってしまった年賀状かってにベスト10。
○川浪千鶴 赤い四本の棒。一つだけ微妙に斜め
○豊島由香 走る!34才。の図。
○下田展久 THE MONKEYS 2004 シンプルなひねり
○久保田テツ 寂しいジャングルのサル
○橋本制作事務所 去る猿
○砂連尾理+寺田みさこ しっぽが滲むサル
○山形国際ドキュメンタリー映画祭 観て猿語って猿聴こう猿
○毛利義嗣+毛利直子 小さな赤い花を持つ耳の大きなサルさん
○ポポル・ヴフ 「ドライトマト」
○華乃家 スーパーマーケットのレジ前でのアコーディオン姿

はなは今日帰るといって、実際「生まれてはみたけれど」(小津)を観て夕方帰ったという。関島岳郎さんの影響もあって西洋クラシック音楽も聴くようになったし(マリア・カラスのDVDとバッハ無伴奏チェロソナタのCDを持って帰った)、映画も今年は積極的に観るんだなどと言っていたそうだ。

さきははじめ一人で奈良に行くと言っていたのだが、お父さんと行くと昨日言いだしたのでついていく。そのために予定していた一心寺シアターでの新春落語会はパス。でも、とても楽しく充実した奈良遊びだった。そして帰りとても無口になった。かなり疲れたからだ。ビールを飲んで飲みながら寝ているぼくの姿はかなりみっとみないものだったに相違ない。

(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記501」をみてね)

1/4(日)

休みになるとよく寝る。今日も8時間寝た。それも21時に寝て5時に起きるという理想型だ。
芳江とびわ湖ホールへ。大ホールにて『ニューイヤーコンサートin滋賀2004』。山本邦山という膳所高校出身の人による曲『雁』を武田旺山という人の尺八で演奏されたのが特に印象的だった。

これは、新年度からうちの大学院生になる萩野美智子さんのNPO法人ブラームス協会が主催するもの。ここに所属するmapというミュージシャングループ(総勢は70名)によるガラコンサートである。滋賀県立石山高校の音楽科からは毎年40人が巣立ち、すでに2000人にもなっているという。滋賀にも数多くの音楽家がいる。その人たちに演奏の機会をもってもらうというのが、このコンサートの一つの意義だという。

帰り、石場に向かう交差点で、はじめのピアノ連弾に出た女性のお父さんをよく知っているという老紳士と一緒になって(帰り方をきかれたのだ)、ずっと電車の中でお話を聞いた。パナソニック出身(副社長の秘書とかしていた)の人で国際数学学会に所属しているのだという。相談役はよく話を聴く人だったと何度も言っていて、あとで相談役というのは松下幸之助のことなのだろうかと思ったりした。田植えのときに彼が小学校の時から「定規」(田植えをまっすぐにする重い木の道具)を持つのが仕事だった話など新鮮だったので、お話を聞いていたらすぐに八幡に辿りついた。


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