こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.1



318.1/26〜1/29

1/26(月)

京都橘女子大学の入試監督と留学生、編入生入試のための面接。
合間に、立命館大に送る評価シートのマークづけ。A+(うちも90点以上をAではなくSとするようになったので同じ発想だが)の割合が指定されていることを知らず、あとでそれを知ったので、もう一度つけ直したりして手間取る。267名分というのは、なかなかの作業。

2005年度の入学案内パンフレット原稿を少し書く。これでずいぶんとアーツマネジメント的には豊富になると思う。大学院生ルーム(清風館1階)を拡張するので当初ここを軒先劇場にしようとするところへ部屋を作ってもいいかと言われて、もともと大学院生が清風館1階に来るとは想定できず、来てしまうと音も出せない状態なので、もうどうぞご自由に使ってくださいという感じである。

そのかわり、体育館3階の天井がかなり高い70平方メートルの部屋なら防音してあげましょうと言う。観てみると、ちょうど横浜STスポットと同じ幅(ということでずいぶん狭いのだが)。卓などを置くとするとまるで同じになる。だから60名ぐらいのライブは十分に可能なのだ。遮光とか照明のための最低限の工事とか、誰かに教えてもらいながら考えよう。ステージの背後がガラス張りというのもうまく演出すると少し教会ぽく見える。

とりあえず考えた名前案(名付けはもっとも楽しい限界芸術の復権である):“たちばな芸術交差点「A+C=T」”。アクトは行為、役者であることと現実のアクティビティの原点。もちろん次の名前のイニシャルでもある。曰く、「Arts and Communication for Tachinabars」。

春から大学院生になる人が関東から研究室に遊びに来る。はなの先輩でもあってなかなかに熱心。1年間で100単位以上とったことがあるから、はながあと55単位あっても大丈夫だという。はなもやっと大学の勉強の面白さが分かったとか言っていたので、何とかなるだろう。

織田先生のゼミ生が神戸の居留地利用と京都芸術センターのことを調べたい(卒業研究)ので、と織田さんとともに来る。こうして情報交流をしつついい研究が積み重なるといい。

1/27(火)

すーっと日中に溜まった疲れが流れ落とされるときがある
こんなにダンスは愛おしかったのかと改めて気づかされて
ぐんぐん前のめりになる、ダンスボックスの席にいながら
まだ眠るわたしのダンスの渕をのぞきたい欲望がまさって

言葉を連ねる徒労と、断定することの不可能さと愚かさに
ひるむ芸術交通の日常は寒さの中でとぎれがちな心の閉塞
それでもなお、暗闇の中から生まれたもう一つの現実の事
ダンスが奮い起こす勇気について考える、帰りの電車にて。

日中、大学の部屋に閉じこめられて、ひたすら採点と集計。政治経済はすぐに終わったのだが、英語の採点は部長会が入ったり定期試験の監督で抜けたりで、夕方まで続く。ストレスは精神的には少ないけれど、結構神経は疲れる。タフ4のことで小鹿さんから電話があって、そのあと慌てて、新世界のアートシアターdBへと急ぐ。

平田オリザさんがかつて、疲れたサラリーマンには見て欲しくない、と言っていたことを考える。最近はそういう発言を彼はしていないが、それはつまり現実逃避と慰めを提供するエンタテインメントとしての演劇を求める人たちへの絶縁宣言であり、世界の切り取り方、見方を提示したい創作態度を分かりやすく示すものだったと思う。

でも、でも。この公式は少なくともぼくには当てはまらないことを確認する。まあ、ぼくは結局本当にあるべきアーツの世界、つまりは対抗文化(反グローバリゼーション、標準化されていく芸術序列)の側にいるからこうなるのかも知れない。

日中繰り返しの労働に疲れたわたしは、いまここにあるダンスたちにこれほど生かされ、確実に水を浴びる。それは、世界に真摯に向き合うダンスによってであり、忘却のエンタテインメントではないのだ。肺魚がナイルの氾濫で生き返るように、などというと大げさだが。
アートシアターdB、ダンスボックス、ダンスセレクション11。明後日の、2日目(伊藤愛、黒子さなえ、花砂)はぼくは行けず残念。

今日は1日目。TELESCOPE『あと少し』、ポポル・ヴフ『ドライトマト』、そして福岡まな実『夜島』。はじまりの動きの激しい男性デュオから、ポポルの女性デュオが静かでその対比が絶妙であった。今回のポポルは特に映像と音楽を合わせてカルテットというほうがいいぐらいに重要な役割をしている。一本調子という難点に恐れず営まれる勇気と深さに感心する。

ポポルのまどろみからまっすぐの光が夜なのに射し込む、それはダンスの光だ。そしてびっくりしたぐらいにかっこいい福岡まな実『夜島』。4つほどの歌謡曲ぽい歌(一つはフォーク調だったか)の島があるが、その情緒に溺れずきりりと世界に向かう。でも、もちろん少しはにかみ緩む優しさとの対比がラストの後ろ姿に漂って・・・。

いい感じで席はほぼ埋まっている。はじめに出たTELESCOPE(男性2名によるダンス)の関係者がぼくの周りに多そうでスタジオ系のグループ動員的色合い。(続きはアーツ・カレンダー「こぐれ日記507」をみてね)

1/28(水)

とても素敵な出逢い。トヨタ・子どもとアーティストの出会いが始まった。宇治市立大久保小学校。エイジアスの堤さんが穏やかな児童たちですねという。体育館はエネルギーと優しさに包まれて、砂連尾理さんと寺田みさ子さんが、2年生の3クラスを休憩抜きでワークショップしていく。3名の学生もとても感じがいい。ぼくもちょこっと児童の創作につきあわさせてもらって、感激だった。

1/29(木)

よく子どもからエネルギーをもらったというが、種が発芽するときと同じような未来へ突き抜けるエネルギーとつき合っていると、そのエネルギーがダンスや音楽であふれ出て、そばにいるだけでこちらはもう気持ちのいい疲れが身体を捉え、終わると抜け殻のようになって、あとは深い眠りに落とされてしまいそうになる。だから、とてもいい刺激になるわけだが、電車に座ると瞬時に眠りに陥ってしまうから危ないことでもある。

今日も大久保小のワークショップが3時間ほどあって、昨日考えていた数字のダンス(1〜5)の面白い発表を楽しむ。それから、午後、平盛小の糸井さんらの5年生全員の音楽ワークショップ(野村誠さん、林加奈さんとイギリスからのヒューさん)に立ち会う。するともうふらふらである。

それでも、時間があったので、京都文化博物館の京都府美術工芸新鋭選抜展へ行ったあと、大阪市立中央青年センターにて、『一緒にステージを創りませんか〜あなたのできることを持ち寄って〜』の説明会にのぞむ。

3/28まで、きっとナビゲートする濱谷由美子さんやマネジメントの本田真弓さんらにとって、山あり谷ありのときが続くだろう。この過程の大変さと記録の貴重さを思うとぼくもできるだけ、「傍伴者(傍らにいる人)」としての触媒的な役割を持とうと思う。


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