こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.1
1/9(金)
立命館の方も授業が最終になる。
今年の目標はもう少し学生の反応をみながらしゃべることだろう。ただ気にしすぎると自分が言いたいことを見失う。今日は言いたいことのみをしゃべろうとしてそうした。昨日は「リンダ、リンダ」の冒頭の歌詞(どぶねずみみたいに、美しく・・)を使って、アーツの意味みたいなことを説明したが、今日はまるで学生の反応を意識せずにぶっとばした。
数日とても寒い。そこかわりに空が澄んでいる。帰る頃、月がくっきりと夜空に浮かぶ。恥ずかしいぐらいだ。
京橋駅前。夕方ビッグイッシュー第4号が売られていた。矢井田瞳の顔が表紙で、昨日からの発売。ティッシュ戦術の金融広告人間たちに隠れるようにして、それは売られていた。「幸福は千差万別〜それぞれの幸福、あるいは、後から気づく幸福」、今日の授業とも被っている。
新世界へ行く。最近は地下鉄の動物園前駅ではなくJR新今宮駅を使うことが多い。今宮戎(宵宮)からの帰り。みんな商売繁盛の笹を持っている。大阪環状線というのは昔からの馴染みだということもあるし、地下鉄よりも大阪のにおいが扉から流れる確率が強いからだ。
フェスティバルゲート4階、ココルームではすでに『戦場写真』の上映が始まっている。写真上映のインターバルは約20分ぐらいだから、最低限20分あれば見た気になる。1/3〜1/17、12時から22時まで。3日からというから上田假奈代にはお正月も仕事だったのだろう。年末に彼女の写真が写る布を買いに行くときたまたま一緒になったことを思い出す。
上田假奈代さんはいつも着物だ。今日は明るいお正月の余韻を感じさせる着物姿だった。日中、8階のブリッジを使って関西テレビの撮影があったそうで、急な告知にかかわらずエキストラがぞろぞろやってきたことに驚いていた。アートキャバレー#3が始める前、4デシリットルにて。大阪人の1月号は引札特集。綺麗だ。残念なのことに彼女の連載がなくなるという。中西理さんが鳥のマークのことを話していた。
今日は、大谷燠さんが着物を着ていた。いままで何十年もずっと着てなかったという。ちょっと裾が短い感じが書生さんのようだ。なかなかに似合っている。女郎屋に行く土方巽の話をしていた。お酒が飛び散る鏡開き。アートシアターdB。アートキャバレー#3の始まり。
いままでのアートキャバレー2回と比べてぼくにはとても気持ちいいものだった。正直、お客の入りは少なくて大変だったのだろうけれど、自然体になってやっている空気がとても伝わってきて、竹ち代毬也の仲間たちという感じが生まれていた。33というコミックデュオのオジサン的寂しさと思いが今日ははじめてよく伝わってきて、いいなと思う。男ばかり。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記502」をみてね)
1/10(土)
一転して暖かい。
大学院の説明会。京都駅前のホテルにて。立命館大学文学部3回生の学生なども聴いている。ぼくの授業知らないの?じゃあ、来年度前期とります。就職活動が早くなっているので大学院も視野に入れて活動する3回生が多くなっているのだろう。でもなあ、何だか学部生は3年間しか勉強しないことになってしまっているのも変な感じだ。逆に娘が就活がうまくいかないというのでその母親が聴きに来たりもしている。
終わってから、またビッグイッシューを買って池上先生に渡す。青木先生も買っていた。そういえば青木先生の専門は労働だ。
そのあと今日もまた新世界へ。
『あなたの上にも同じ空が」LIVE。ココルームで上田假奈代のポエムの朗読。歯ブラシをなぜかもらう。語尾を引っぱる読み方が彼女独特だけれど、和歌の読み方に似ているなとも思う。休憩があって2時間半ほどあった。彼女の昔の詩『天使突抜』は初めて聴いたような気がする。それと最近のドキュメンタリータッチ(私詩エッセイ的)の詩との落差が面白い。
三味線の男の人との前半はなかなかにしっとりと張りつめた空気を作っていた。しかも新春的。反対に、ジャズ(GAS)との後半は開放的に楽しかった。大阪府の人に大阪市の面々。彼女の交際範囲の広がりを感じる。應典院いや大連寺の秋田さんがダッフルコートで入ってくる。いつもの法衣にくらべて10歳ぐらい若く見える。休憩時もも戦場写真を大音量でやっていて、かなり肩がこってしまった(それはぼくが横の椅子に座ったために常に半身になったことも影響しているが)。
1/11(日)
ボケボケの一日。薄ら寒い。
一ボケ。
山田せつ子さんのダンスクラス授業の発表を行こうと思ってよくチラシを見ると昨日までだった。ベトナムからの笑い声を明日から変更しようかなと思ったがそれも悪いので女子駅伝などを観て無為な午後である。角落ち将棋まで観てしまう。
二ボケ。
JCDN国際クリエイティブレジデンシープロジェクトを見に行こうと夕方出かけたのはいいが、京都芸術センターに着いてみたら、ここでは南船北馬の公演があるのみ。またチラシを確認するのを忘れたのだ。慌てて、アートコンプレックス1928まで歩く。丹波橋から四条までの電車賃がもったいないなあ。
姿勢抜群のムギヨノ・カシドの動きはめちゃめちゃ面白く味わい深く、それを砂連尾理がうまく引きだしていてデュオのベテランならではである。申年だなあ。きっちり30分間。なかなかの出来になっていた。出だしのバランスの崩れと揺れが絶妙で、あとは初笑いの祝祭空間を創出してくれている。トリックスター的味わい。
三ボケ。
雨期のインドネシアのソロにおける雨音続き。後半の北村成美は始まりがとてもよかった。それからは歩いた疲れもあり、ダニエル・ユンとのデュオのあたり、うとうと=深いメディテーション(BYムギヨノ)をしていたら、すぐに終わっていた。ダニエル・ユンというのは4人のなかでは格落ち(あるいはミスキャスト)かも知れない。
四ボケ。
いつもはアフタートーク(こういうのは強制ではなく聴きたい人だけが聴けるからいいのである)を聴かないでダンスだけで気持ちよく帰るのだが、奥の方にいたこともあり、休憩もなく始まったのですぐに終わるだろうと出ずにいたら、長いトークでしまったと思う。日本語が分からないアメリカ人が質問をしたために内容がダブり長くなったのだった。
五ボケ。
最後まで待てずに会場を出る。歳をとると辛抱が出来なくなる。今日はアルコールを抜こうと思ったがダメだった。
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