こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.7



363.7/5〜7/8

7/5(月)

うつ病になると、将来のことを考える脳の部分が働かなくなるという(テレビのニュース)。

確かに、JIAM(大津)に転勤させられたときはそんな感じだった。ぼくがアーツに関わることでぼくの左遷があったのだけれど、でも同時にアーツに親しくなったことでまだぼくには関西にあるアーツを探るというかすかな希望があった。もう一つの途が出来たのだ。
いま演劇は関西ですよ、という声がどんなに救いだったか。それがなかったとしたら。でも、後ろ盾をなくして誰が構ってくれるのか。手探りでやってきた。つれづれ日記がその唯一の痕跡だ。

ふと、岩村原太さんに言われた11/22のこぐれカフェって、「こぐれ日記(ライブ)スペシャル」なんだと思った。家のことも自分の思い出も大学での試みもみんなごちゃっとあるこの日記たち。日乗という古風な荷風的ことばの重みにも最近はとみに反応するようになった。こぐれ日記スペシャル【知らない間に、そこに居た】。ま、こんな感じか。あるいは、少し擬古的に小暮芸術漬日乗「何時の間にか其処に在りて」でもいいかなあ。

日記はすでに起こったこと、過去の記録ではあるが、その記述によって将来の日付をぐいと引き寄せる推進力でもありうる。未来を考えるちょっと前のことが日記で甦るわけだ。

将来の企画を考えるときは、気楽でいい。うつ病防止にも役立つし。でも、実際にことを起こすといろいろ面倒ばかりがやってくる。その面倒も一緒に楽しみ記録する、これがアーツマネジメントなんだろうが、ぼくはお気楽な企画づくり、とりわけキャッチフレーズづくりが大好きで、これも柳田国男=鶴見俊輔的限界芸術の一つ「名づけ」なのであるのね。

ゼミでタフ4の企画の一つ、【音楽コンサート「銭湯で聴く音楽」】のネーミングの練り直しをした。どうも「銭湯」が「戦闘」に聞こえてしまうからだ。こうして学生もいろいろな案を考えることがとても大切だなあと学生たちが書いた黒板をみて思う。お風呂屋さんという単語以外に湯屋という言葉も出た。「風呂」ってどうして風呂なのかと考え出すとまたきりがなく面白い。

「コーヒー牛乳と共に」→「コーヒー牛乳と、友に」、「お風呂の時間」→「風呂の空間、音楽の時間」など、見ているだけで面白い変奏曲が生まれる。「“ゆ”する」っていうのもいいなあ。ふろ音ライブ「“ゆ”する」とかね。

帰り、サントリーから出た安い(184円)ロング缶(何と発泡酒に麦焼酎が入っていて、かなり変)をココで買って地下鉄で飲みながら、来年度に企画したいタフ5のキャッチフレーズになりそうな言葉をぼんかり思い浮かべる。一応持って帰ったのは(いろいろ出ていたがいまも覚えているのは)、「たち篭めるアーツ、木霊するやましな」。

地元山科シリーズの第3段ともなるので、はじめのスローなカフェという昨年度タフ3の点から今年のタフ4のポータブルアーツという線、そして、これら点と線をつなぐ空間的広がりの意識が、こんな言葉を生んだのかなと思う。まだ未開拓な演劇を取り込みたいが、演劇演劇していなくてもいい。たとえば、山下残さんとか、つき山いくよさん的なアーティストが媒介者になるような、そんなイメージである、漠然とではあるけれど。知覚などに障碍を持つ人たちと一緒に出来るものがタフ5のもう一つの大きな課題でもある。

フライブルクから便りあり。それを読みながら(6/26付け)いまはちょうどパリに3日間いるはずだと思っていたら、ちょうど、そのさきから国際電話。国立近代(現代)美術館にいるという。八幡の〒番号って何だっけ?・・ポンピドーセンターだろ、ダクトがむき出しの。そうそう。じゃあ?アニエスベーが近くにあるぞ。うん、もちろん行ったよ、セーターとか買っちゃった・・。

さきのこれはとってもヒマなときに書いた便りだ。いままでで一番大きな封筒とカード(シャガール、ヤギが窓の近くを歩いているコンポジション)。「今日は朝からお皿市があったので、ぶらぶら見て、市場でさくらんぼを山盛り買って食べながら、公園で歌う老人の歌とハーモニカの音を聞きました。・・」

そういえば、はなもアメリカのサクランボを食べていたな(はなのつれづれ日記によれば)。元気な便りで何より。ドイツ語が少し出来てきてお話しするチャンスが増えている。「・・語学はやったらやっただけ、時間をかけた分だけ、理解していくことができて、実際使えるので、本当におもしろい」。フランス語も出来ればいいなあと思っているさき。いつものイラストつきだ。

7/6(火)

今日は、13時から(荷風の日乗によると、戦時中に午後1時ではなく13時といういい方がちまたに普及したらしい)、大阪府のお仕事。午前中は家でのんびり。ブログなるものを作ることにした。画像を貼り付ける日記を最近みんなしているから、自分も少しトライアル。困ったのは、画像縮小。これもなんとかソフトを手に入れて、できました。ただのアルバムですが。こぐれ日乗 http://apple.excite.co.jp/

大阪府庁は大正15年(1925年)に出来たということで、その正面玄関、ファサードなど、ごてごてはしているけれど、なかなかに見応えあり。はじめて行ったのも自分としては不思議なぐらいだが、5階の講堂(政庁?とか言って知事が訓話したところ)だったところにも案内してもらった。

夜、恵美須町のJUNGLE in→dependent thetreで、WI'RE07、リーディングパフォーマンス「ドードー(DOOR DOOR)」。構成・美術:サカイヒロト。工員に扮した女性たちが本を読み、ときに爆発する。モニターが各所。20時半の公演も見ると、少しストーリーが分かると言われたが、19時から40分弱のパフォーマンスのみ見学。

7/7(水)

基礎ゼミは振り替え休講。ゼミ生達が研究室に少し集まっていた。
教授会に出ている間に、たぶん3回生ゼミの連中が来て、パンダ読んだの栞を使って「限界芸術」していた。おかしくておかしくて。

それを見ていて、互助会の懇親会バスに乗り遅れる。そして、案の定、酔っぱらう。身体にいろいろ痣。

7/8(木)

立命館大での講義以外はのんびり。
この暑さは尋常ではない。
「こぐれ日乗」(ブログ http://apple.excite.co.jp/)は、昔のアルバム集になりそうだ。コメントとかトラックバックとかの機能がいまいち分からず=使えず。まあ、でも必要もなさそう。はなに教えると喜んでいる。

さきから電話。授業で自分の好きな俳優(女優?)など映画の話をする必要があって、原節子(1920年6月17日生、15歳でデビュー、28年間の女優生活ののち鎌倉に隠遁)を調べる。ヴィム・ヴェンダースのドイツ綴りとかも。『ベルリン・天使の詩』のドイツ語題が、確か、ベルリンの上の空とか何かだったようで、びっくりしていた。映画の題名を配給会社が言語ごとにかなり自由に決める(そういうふうに見えるが監督の了解は取られているのだろう、多分?)というのは、どういう歴史や理由、映画というアーツの有り様をしめすのだろうか。


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