こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.3



335.3/26〜3/28

3/26(金)

午後、やっと最近のデジカメで撮った「アーツのある街の風景」を写真日記のようにパワーポイント化する。4/8の立命館でのはじめの講義とか、後期の地域文化行政論のリニューアル用とかに使用するためだ。

時間があっという間に過ぎ、慌てて五条河原町下るにある京都市のひとまち交流館へ行く。三条京阪からタクシーに乗って余計に時間がかかった。五条まで京阪でいけばよかったのに。そのタクシー運転手は、膳所藩の出張所みたいなのが白川沿いにあった話とか、京阪タクシーに勤めていたことがあって、八幡市駅での20年ぐらい前の思い出をその運転手が話す。

題して、やくざのクリーニング屋騒動の巻(親分の葬儀のためにクリーニング屋にワイシャツを急いで取りに行く時の騒動)。八幡市の友人が犬料理を食べに来いとしつこく言われた話もあった。なんだか八幡市のエピソードは物騒なものばかりである。で、遅刻したが、1000円以上払った分ぐらいはタクシー劇場を楽しんだかな。

何やら劇団衛星の蓮行さんらが経済産業局がらみの助成金を4年目にしてなんとか獲得したいというので、会議があったのだ。京都橘女子大学として協力できればいいなと聴きながら思う。

会議の始まる前に、蓮行さんが、疲れていますね、とぼくの顔を見て言う。この前も誰かにそう言われた。草臥れた顔とか姿勢をしているのかも知れない。言われてそうなのかと思う。単に「老けましたね」とか言えないのでそう言われるのかも知れない。まあ、48歳なのだから、顔にも張りがなくなるわな。

あとで、そう言われることはとてもいいことだと思うことにした。老けるのに老けないようにしているほどしんどいことはない。それに不自然である。老けて老けて、ただただはなの歌のさきの詩が出来るのを待って聴かせてもらう。そんな老いの風景を楽しもう。

3/27(土)

2003年度末である。この週末、観たい公演がとてもとても重なってしまう。さらに明日が自分の出番なので、今日だけしかなくて、見るものは2本に限られてしまう。ダンスユニットセレノグラフィカ第6回本公演『ランゲルハンス島異聞』(アートシアターdB)はぜひ見たいものの一つだった。

ブリッジ(フェスゲ8階)でも、築港赤レンガ倉庫でも音楽などの実験がある。年度末に事業や会合、セミナーなどが重なるのは、予算という縛りがある行政の宿命である。(企業の会計年度はいろいろあるだろうから)民間はその影響は少ないかも知れないが、財団などの外郭団体もその面では同じである。なんとか年度を越えて企画を継続しできるよう、解決していく方向にホールやアーツセンターはずっと動いてきているはずだが、ぼくはそのいい工夫などの事例を知っていないなと思う(もしあれば、教えてくださいね)。

朝に別冊太陽『京都の市』がとどく。行ったことのない市に出かけたくなる。清水焼団地の陶器まつりも紹介されている。その本に、渕上純子さんの部屋がうつっている(実はふちがみとふなとのサイトでこの本を知ったのだ)。おもちゃのピアノが二つもある。でも、骨董市などでは楽器は買わないのだという。78回転のレコードや古い歌の雑誌などがいっぱいだ。

さいきん、昼間はどんどん気温があがるようになった。そうなると羽織るものがほとんどない。

スーツぽいジャケットではない上着が欲しいなと思って古着屋を少し回る。ちょっとチンドン屋ぽい縦縞の上着が5800円である。これを来て、明日のトークに出ようと思ってゲットする(じっさい、これをきて〜チンドン屋にならないように、シャツなどは黒に押さえて〜日曜日、トークの司会をした)。

さて、劇団八時半『山から吹きおり』作・演出:鈴江俊郎。16:03〜17:08。CD-ROMになったぼくのつれづれアーツ日記を読むと、このお芝居は、1997年6月29日に見ている。前の日、丹野賢一を石炭倉庫で見て、帰ると少年Aの事件がニュースされていた。そのこともあって、ぼーっと見ていた(事件の続編とでもいうように)ということが分かる。

場所も、ここ、東福寺のスペースイサン(前は、スペースイサン東福寺と言っていた)。時間も1時間と少々で同じである。登場人物ももちろん4人で同じ。ただ、杉下役は中村美保(宣伝美術・写真も担当)で同じだが(CD-ROMの日記ではそこが曖昧になっていた)、それ以外は変わっている。今回金城幸子が演じる滝には、山岡徳貴子が出ていた。

劇団メンバー手作りの舞台である。舞台監督、東理子。役者として登場する金城は照明プラン、山田役の浦本和典は、音響プランを担当している。村上役の長沼久実子が舞台美術であるが、今回は、村上家の複雑な間取り(増築を重ねて男性と女性のトイレが離れたところにあるような一軒家)を、ふすまのコラージュで表現している。

そのあと、ゆるゆると、五条の小さなケーキ屋さんで焼き菓子を買って東山青少年活動センターへ行く。創造活動室の前には、第1回からの写真が貼ってある。砂連尾理さんと寺田みさこさんが実に若い。10年前だから当たり前だけれど。はなも来ている。8.、9回と出させてもらったのだ。ずいぶんといい経験になったと思う。過去の出演者がみんな優しく今回のダンスパフォーマンスワーク#10を見守っている感じがする。

19:10〜20:15。最後の5分間は去年出た男女二人が、浴衣姿でとても動きの多い愉快な競馬デュオを展開してくれる。それまでの1時間も、なかなかに言語の多いステージで見飽きない。もちろん今度ゼミを一緒にする山岡佳那子が出てくると彼女中心に見るのは、仕方がない。でも、背が低くて一番前にいて動きを真似てもらう役をしているときから、その真剣な目玉はかなり力がこもっていた。

終わってはなと一緒に山岡さんに会う。ぼくは普段の彼女をよく知っているから驚かないが、普段はかなりおとなしいタイプである。はなが舞台とのギャップにびっくりしていた(はなも実にそうなのだが)。たしかに山岡さんが踊っているときはかなり独特の姿になっていた。

参加者は、デュオ、トリオ、カルテット。いろいろ試している。それも男女だったり、女同士だったり。古いレコード(夕焼け小焼け)で踊るソロ(いや、ランニングの男がいたか)が逆に目立ったりもする。

3/28(日)

昨夜、はなとダンスを見終わってうどんを食べた。鈴木さんがはなちゃんとビールが飲めるのだと言っていたらしい。ちょっと娘と父がビールを飲んでいるというのは絵になるかしら。CDの発売と、そのあとのライブの予定について聞く。いよいよだね。大学の試験期間との重なりが気になる。

そのはなが、鈴木英生さんが全体を請け負っている青年芸術劇場『多様と個性_芸術のバリアフリーを体感する6時間』に来た。ちょうどぼくの司会で宇治市立平盛小学校の糸井登(すすむ)さんの話が始まったときだったように思う。大阪市立中央青年センターのこの事業も自分が関わって3年目になる。

でも来年度の予算はないということ。大阪市におけるアーツ関連予算はいま危機的状態だ。糸井さんの次に話してもらった餘吾康雄さん(大阪市文化振興事業実行委員会チーフ)も、C/Pが休刊となり(アーツアポリアニュースもそうだ)、次の展開を自分として考えている話しをしてもらったりはしたが、ぎゃくにC/Pの役割の大切さを聞きながら思った。ぼくとしては、C/Pにあった「途中で放り出すわけにはいかない」(山口情報芸術センター)というフレーズや、糸井さんの日記にあったことば「学校現場でどう変えていくか、どう斬り込んでいくかを考えていくのが、私の役目だ」を引用してとりあえず、30分のトークを締めくくった。

そのあと、濱谷由美子と8名の参加者による創作ステージの完成披露会。後半、ファッションショーになったときのぎこちないみんなとこの衣装を全部作った女性の堂々とした登場のアンバランスが面白い。本田さんなどはじめからつき合ったみんなはさぞその変わり様に感慨を深くしただろう。あとの打ち上げで知ったことだが、最後の群舞の振付は、クルスタシアの初舞台(95年、横浜STスポットでぼくは見ていたのだが・・)のものだったという。これを聞いて参加者はとても感動していた。ぼくも感動しつつ、覚えていないことが悔しかった。

11時からは、3つのワークショップが同時に行われた。

演劇「心と体の体操〜サイコ・フィジカル・トレーニング〜」、山梨から来ていただいた市川みゆきさん(ゼン・ヒラノゼミナール講師)には、演劇のなかで感情をどう開放するか、そしてそれはこの空間だからこそ安全だという参加者間の了解の仕方、そのテクニックをじつに巧みに見せてもらえた。これだけに参加して帰った人も多かった。

市川さんのワークショップと対照的に静かだったのが、ダンスワークショップ「無題のワークショップ〜自分の足で自分を超える〜」。清水啓司さんは、最小限のナビゲート〜「自由にしてください」〜によりながら、自分も自由なパフォーマー群の一員になりつつ、どこへいくかわからない即興の気持ちを、彼がいるだけで、どんどん引き出していた。

長いと当初思われた2時間が、ゆるやかできちんと確かに過ぎていったそうだ。きっと、一人一人の存在と、他者と自分が形づくる空間の関係に優しい注意を向けることで、それを可能にしていったのだろう。途中のぞくと、美しい景色がそこにあった、みんな自分の居場所を見つけつつあった。清水さんは、その景色があまりにも素敵なので、20分ぐらいの作品として最後にパフォーマンスしてもらったのだという。

音楽ワークショップ「音を楽しむ・音を作る〜多様化社会での、より楽しい音楽のあり方をさぐる〜」。二胡のキットは9つになったこともあって、少しはじめ参加者が少ないかなと思ったが、そのうち濱谷組のメンバーなども駆けつけちょうどいい感じになる。横から見ていると、受講者が、三木俊治さんの話術、情熱、突飛な機転におどろき楽しんでいたのがよく見えた。

予定していなかったそうだが、珍しいビデオを見たあと、参加者が答えるクイズ番組になっていた。さてこれはどういう意味があってこの人は笛を吹いているのでしょう?ノーヒントで当てた人にはここのオリジナル楽器(ほとんど瓢箪製だが、とても小さなリコーダーとかいろいろ持ってきてもらった)をあげましょうという。誰ももらえなかった。

イヌイットの女性二人が至近距離でナンセンス言葉を歌い合っている姿が強烈だった。ボツアナの子どもの遊びには、複雑で高度なポリリズムが叩かれていて、こうして音楽の伝承が遊びとして自然と行われてきたのだということがよく分かる。葉っぱの音楽。葉っぱは、木からもぎ取るということによって、楽器になる。とても古い楽器である口琴と同じく、ものを言っているようだ。

さらに、その場で楽器を作っている貴重なフィルムとして、竹筒楽器があった。

獲物が捕れると、竹を切って楽器にする。それをみんなで鳴らしながら村に帰る。どうして狩りのあと音楽を鳴らすのでしょう。このクイズは本当にびっくりするし、これからの企画を考えるためのヒントがいっぱい隠されている。種明かしをすると面白くないので、また三木さんのレクチャーを聴こう。マラウィの軍楽隊もすごかった。瓢箪のバンドになっていて、腰をかがめて踊る軍隊なのね。闘いも踊りだったことをふいに思い出す。

お昼休みは30分弱だった。13時半からアーツコンペティション。マジックランプの田丸さんらが進行してくれる。60名ほど入っていたのではなかったか。関西でもダントツに多いアーツコンペだった。ただし、無料なので得票は確か施設使用券かなにかになったはずだ。子どもが出る狂言にライブペインティングというセレクションは、このセンターにふさわしいものとなった。

女性コーラスもこうして聴くのはじつに普段着で気持ちがいい。手拍子の民謡にゴスペル。映像とダンスとか朗読劇とかさまざまなバリエーションがありよかった。朗読劇は、素材の良さが大きい。村上春樹の「もしょもしょ」はとくにおかしかった。

そのあと、15時から1時間トーク。これはワークショップのコーディネーターほか出演者にマイクを回して、どんなことが行われていたか、様子が分からないワークショップを中心に話しをしてもらうことを中心にした。山梨の市川さんはいなかったが、ちょうどワークショップを受けていた人の中に八木優美子さんがいたので、彼女にその様子を詳しくしゃべってもらった(八木さんも月1でワークショップを主催していると話してくれた。彼女はワークショップを開発してきた重要な人物だけに、元気な顔が見れてとてもよかった)。


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