こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.3
3/29(月)
大学へ行く。少し頭が重い。衛星の紙本さんから思いがけないニュースを聞く(コーディネート機関に大学がなる可能性については、4/1に打ち合わせすることに)。
北村成美ダンスマラソンの中止。どんなに小鹿さんはじめ関係者はがっかりしたことだろう。本人が一番つらかったのはもちろんだが。
まだまだシゲヤンのダンスマラソン(踊り人生)は続く。今年なくても、ずっとずっと。ぼくたちのシゲヤンは入院のなかでも踊ってくれている。踊りは見られなくてもシゲヤンのダンスは駅伝のように関西中につながっている。だれも忘れない。忘れることなどできないから、安心して、しばしの休憩を!
昼食をとりながら横田教授と雑談した。今度博士号を授与する人の論文が、岡山藩のなかの演能の分析だったけれど、それがとても興味深かったと彼に伝える。式目としての能と慰みとしての能。後者は親密アーツとしての機能として見ることが出来る。横田さんは、いま書物がどういう環境で人びとによって読まれたか、音読のこととか一緒にとか、そういう研究をしているのだそうだ。なんだ、音楽文化について三木俊治さんが話していたこととも繋がるし、歴史研究も文化政策と一緒じゃないかと思う。
小鹿ゆかりさんが来て、疲れているのに清水焼団地へ無理やりつれていく、織田教授の車で。前回よりも話し合いは本格化する。ぼくたちはフリンジでいいのにね、と帰り地下鉄内で話す。タフ4について、こんなに茫漠としたままのタフははじめてだ。
3/30(火)
雨。風強し。軽いから持っている折り畳み傘が飛びそうになる。
昨日食堂で話した横田さんが、小暮さんはずっと大学に来ているのですかと驚く。そんなわけでもないが、今日は新入生キャンプの打ち合わせ。今年からスタイルを変えたのでやっぱりいろいろある。オリター(上回生のお世話役)と教員の連絡とかがより緊密にしてもらわないといけない。少人数行動を中心としているので、いろいろと不具合になるからだ。
丸山明日果『歌声喫茶「灯」の青春』、2002、11、集英社新書。著者はまだ若く、はじめての著作。娘が母の自分よりも若いときの写真を見て、母(丸山里矢)の青春を尋ねていく話。うちらの学生よりは少し上の年齢だが、こういうふうに自分の母親を尋ねることが、そのまま自分探しにもなる一つのいい見本だなあと思いつつ一気に読む。
歌声喫茶はぼくの世代にはすでにあまり見られなくなった(大学生のとき、ピットインとかのライブハウスとか、下火になりつつあったけれどジャズ喫茶によく行った)。帰って芳江に聞くと、吉祥寺の歌声喫茶に行ったことがあるという。とても気持ちのいい健康的な場所だったということ。
ひょっとしたら、新宿の「灯(ともしび)」(1956年にできる)が大きくなって、吉祥寺にも灯が生まれたということなので、ここに昔芳江が行ったのかも知れない(吉祥寺「灯」には、60年代半ば、2年間、若き上條恒彦がジョーと呼ばれ「歌唱指導者」としていたという)。
「歌唱指導者」という役割が、著者の母、丸山里矢だった。彼女がその第1号だった。本来、歌唱指導者の役割は、当初、ウェイトレスでもあって、その人が指導するというのではなく、お客さんが歌いやすく誘導する、ちょっとしたきっかけを与えるというような役目だったらしい(そのあと、マスコミに取り上げられ、歌唱指導者がプロになる道になったり、歌声喫茶がデビューするための小屋に変身していくわけだが)。
だから、もともと歌唱指導者は、そういう言葉は当時なかっただろうが、ファシリテーターだったのだ。ワークショップを兼ねてこの歌声喫茶はあったわけで、カフェスタイルがとてもいまみんな和めるというのとはとても共通点がある。
ところで、いままた、昔若者だった人たちが定年などを迎え、ノスタルジーな雰囲気で少し歌声喫茶は復活しているらしい。
でも、何かこのみんなで歌うありかた、ちょっとした媒介者がいて、身近に楽器があれば自然と歌が口をついてくる感じ、そんな空気を、いま改めて創ることはできないだろうか。歌声喫茶をそのままではなく、ヒントにしつつ、いまに生かすことはできないのだろうか。
3/31(水)
4時半に目が覚めて、ずっと眠い。風が強く、桜は華やかだけれど意外と寒い。研究室で静かに勉強と準備。
近藤直也『ハライとケガレの構造』、1986.7、創元社。第1章ハライの理論は、数多くの学説が解説され、ちょびちょびとしか読めなかった。ただ、静的な構造としてのハレとケ、動的な動きとしてのケガレ(ハレ→ケ)とハライ(ケ→ハライ)という著者の考えは、そこのところは実に明瞭なので、そうかもなあと思って読み進む(余りにも学説や解釈がが多く多岐にわたっていてて余計に収集がつかなくなっているようだが)。
他方、第2章以下は、例示が具体的なので、細かいところは斜め読みだが、一気に読むことができた。
ここでは、ラストのところだけを引用しておく。生まれてから7歳(=社会的に認められた子ども)になるまで、毎年2/8に行われていた「茶アビ」という子どもの通過儀礼はじめ結婚や葬送にも登場する「籠」(編み目があって、それをかぶると内部から外部が見えつつ、境界が生じる)を例示として使いながら、彼の考えを一気に述べている。
p405《儀礼を行なわない、ケとしての自然・動物・私的側面に立つ人間にとって、正月や節分・コト八日(引用者注:12/8と2/8)は、単なる一日にすぎない。従って、この日は普段と変わらず、鬼や悪魔・疫病神が来る日でもなければ、年徳神・福・コトの神などの善神が来臨する日でもない。ケの時間・空間から見れば、ハレの時間・空間こそ、仕事もせず遊びほうけ、さらに貴重な財物や食料を浪費する恐るべき局面であったと言えよう。ケにとっては、ケへの傾斜としてのケガレは不浄や恐怖を意味しない。極めて、あたりまえのことであり、むしろ社会的秩序や制約から解き放たれ、ケを活性化する機能を持つ。ハレとしての善神・ケとしての悪神という位置付けは、あくまで文化・公的側面に立った人間が、みずからの社会秩序を維持させるために行なったものであり、この手段がハライだった。このハライの一手段として、透けて向こうの世界が見える籠が採用されたのである。つまり、籠は他界発生装置として活用されたのであり、紺的には二分性志向が働いていたのである。》
p406《・・・また、葬式を行なうことによって、死者は仏として社会に承認されるのである。これらの儀式を行なうこと自体がハライであり、ハライによってケからハレへ変革するのである。・・・一人前以前の子供から一人前の子供への変革、娘から嫁への変革、死者から仏への変革は、ケからハレへの変革であり、この過程にハライが介在していた。一人前の子供・嫁・仏などへの変革は、文化・公的特性を持つハレの社会秩序が要求することであり、この秩序に服さなければ、ケガレ(この場合は不浄・悪・恐怖への移行)として位置付けられる。即ち、茶アビの場合は疱瘡にかかるとされ、葬式の場合は怨霊としてマイナスのイメージが、ハレとしての文化的・公的側面に立つ人々によって賦与される。また、婚礼儀式の場合においては、実質的に夫婦生活を行なっていても、儀礼を済まさなければ、同棲または愛人関係として、マイナスイメージを持つ。・・・》
つまり、ハレ側(これは文化側だと著者はいう)から見るのと、ケ側(自然側と著者)から見るのとでは、逆のイメージになってしまう。だから、このハレ−ケの関係をセットにとらえてこそ、人間の民俗的な基本があるというわけだ。ケを日常という風にするとまた分からなくなる。つまり、日常の文化っていうのもあるから。研究分野によってホントに「文化」のイメージや価値観はまるでかわることがよく分かる本。
帰りの京阪電車。座っていたが、年配のアベックが乗って来て、女性しか座れなかったので(荷物を椅子の横に置いているおばさんが眠っているので)、すっと自然に席を立った。
途中で席が空いて座ている。どうも、二人は中書島で降りるらしいとは読書しながらも気づいた。そのとき、少し離れて座っていたぼくの膝をおじさんがタッチした。不意をつかれてびっくりして見上げる。すると、とても気持ちいい顔で「ありがとう」と言われる。
わざわざタッチしてまで感謝の言葉を伝えに来てくれるなんて!!
伝えに来る方が、席を譲るよりもずっと勇気がいる。ぼくも途中から座っていたし、何にもしんどくもなく、もう忘れそうになっていたのに・・・少しずつ自分が加齢するなかで、席を譲ってもらうことの有り難さが身に沁みるようになってきたのではあるし、そういう互いの気づきの有り難さをつくづく思う年齢になってきたということだろうな。
4/1(木)
いい天気。2回生以上は、身体検査。
そして、桜満開のもと、入学する予定の学生たちへの説明会。148名が今度の文化政策学部のみんなだ。よく来てくれたなと思う。15時ぴったりに蓮行さんと紙本さんがリエゾンセンターの武藤さんや谷川さんに会いに来る。うまくコーディネート機関になれればいいのだが。
夕方、3人の新入生が研究室に訪ねてくる。アートマネジメントをしたいんですという。びっくりして、はじめてだから自己紹介してよと言うと、もうしたとばかりに顔を見合わせて笑う。じつは、去年、3人ともぼくが面接した学生たちだったのだ。
だから向こうはもちろんよく覚えている。人生の大事な一こまだから当然だ。ところが、こちらは、言われてようやく少しだけ記憶が甦る。沖縄のお墓のことばかりきいたじゃないですか。そうかそうか。サックス吹きました。そうそう、タオルを入れたままだったね。彼女たちは希望に溢れてくるのだ。4年目でちょっと慣れすぎたかな。
午後から、3回生のMYさんも来たし、4回生のCさんも来た。研究室の中は昨日と雲泥の差で千客万来だ。
しょげないで、斜に構えないで、でもあんまり押しつけないで、また新年度をはじめなくちゃ。
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