こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.11
11/8(月)
TAM研。3回生から2回生に代表などがバトンタッチされる。人数がぐっと少なくなるので、もう少し人数が増えるように努めなくちゃ。チンドンの補強も肝心だ。ただ、大学内でも古い人にはチンドンが好意的に受け止められているとは限らないことを十分注意しつつ取り組む必要がある。
3回生ゼミはSPI。あっという間に90分が過ぎる。これでは時間が足りない。4回生ゼミではファッション写真の研究とスローフードの研究の中間発表。時間外に、OBPアーツプロジェクトの研究についての打ち合わせ。松本さんとかにメールで質問したら生の声が聞こえてビビットになるのではないかとアドバイス。
11/9(火)
NET TAMhttp://www.nettam.jp/の掲示板に以下のようなお誘い文をアップしてから、京都市役所に出かける。
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お邪魔します。これから拙者(こぐれ)が関係するアーツマネジメント的に少しでもお役に立ちそうな自分の活動(今月分)を挙げておきます。
14(日)14時から:ORANGEくんとたちばななちゃん。100%ORANGEさんトークショー。京都橘女子大学にて。無料、お茶つき。イラスト販売プラスサイン?075-574-4146(要予約)
16(火)19時から:アートマネジメントセミナー第1回目 OBPアーツプロジェクト事務局長松本茂章さんとの対談「アートマネジメントことはじめ」大阪市中央青年センター。無料。06-6943-5021(拙者の関係者として、まあ飛び入りも可能と思います)
22(月)19時すぎから拙者のレクチャー「公共世界のアーツ現場」。西陣ファクトリーGARDEN(075-441-8235)[こぐれカフェ&ナイト]の一環。その前に娘小暮はなのライブあり。500円。もっと前から(13時)、展覧会とか、お茶会とかあり。そのテーマは「親密圏における限界芸術の可能性〜親密圏アーツは対抗的公共圏を形作れるか〜」なのですが、ただのだべり会でもあります。
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京都市役所では、大学と地域との連携モデル事業というのがはじまって、その対象に選ばれた(認定されて、50万円を助成するという)ためだ。学長が市長からもらうというたいそうなもので、学生6名と立ち会う。あと、数名と「よーじやカフェ」へ。人が少ないのでゆったりと過ごす。
大阪成蹊大学の講義。牛腸茂雄の写真を見せる。大工哲弘の「蓬莱行」を聞かせる。みんな好評。問題はテキストだ。大阪港のCASOによって『Pilot Plant』展。CASの主催なので、山本香などここでも展示がおこなわれて私も見させていただいた作品もあり、しばたゆりのはじめてみる作品もあった。
この前新しい展開をしているから、としばたさんが話していたが、確かに自分の個人史との関係が濃くなっていて、ひとつの葬送的な色合いがぐっと迫ってくるものとなっていた。稲垣智子のパフォーマンスの数って多いのだなあとか、澤登恭子の濃さとかいろいろと見られて面白かった。
11/10(水)
午前中の授業と午後の校務。びっしり、ああしんど。
うちの広報があまりにもタイミングが遅く、しかも選ぶ基準がよく分からない気がしていたので、そんなことを教授会で話し、帰ってみたら、やっぱりと思うことがあった。
というのは、昨日の認定式の模様を、龍谷大学はさっそく自分のHPで宣伝しているのである。うちなど、季節ごとの更新の際にちょこっと季節はずれに載るだけ。「発信」などどうでもいいが、きちんとタイムリーに報道するものはしたほうがいいに決まっている。
http://www.ryukoku.ac.jp/web/information04/chiiki_renkei.html
帰ると、はながいて(昨夜から)、22日のライブに京都新聞の関係の取材が入りそうだという。
いいじゃないか、のぞむところでしょうというのに、えらく心配げ。
11/11(木)
電波時計の表示がなくなっている朝。ソーラーでいつも動くとばっかり思っていたのに・・ヨドバシカメラに持っていけば、すぐに解決すると思っていたら、CASIOに渡すという。なんだか、便利なようでまったく不便!
ダンスボックス、アートシアターdB、安川晶子の『ぶれろ』は、照明(三浦あさ子)と音響(黒田治)の呼吸がぴたりとあって、まさにここでしか見られないダンス。ダンスの喜び、楽しみをとことん感じた。もちろん、創っている過程での苦しみや悩みが完全に昇華しているというのではなく、断片には、生きることのしんどさを含めた創ること自体についてのためらい、あるいは、マンネリとの闘いのようなものも垣間見られる。地団駄を踏む安川。でもその苛立ちすらダンスとして取り込み、また歩みだすのである。
19:35〜20:25。50分間を半分に割り、開始ベル(呼び出し音)が数度鳴る。冒頭の赤の照明と、後半のはじまりの緑の照明とが、同じ形で、うまく対応している。そして、その形のまま、次第に赤が緑に混じる。ラスト直前、等身大に近づくホール背後の白壁に映る安川の姿が最高だった。こんなにくっきりと、嘘偽りなく見させてくれる「影」はそうそうにないように思った。そして、客席への光。安川自体の身体が逆光によって「影」になる。直前に映る影よりも、その見え姿は、はかなく。そうか、みんな「ぶれろ」なのか。
おらは死んじまっただー・・天国よいとこ一度はおいで・・・この歌にも何かが象徴されているようだった。その何かは安川のそれとわたしのそれは別でいいとしても。ラストダンスはあなたに・・
後半は歌と踊りとの楽しい対話である。最近、この手のユーモアがとても多くなってきている。でも、今回は、楽曲のなじみやすさにおもねずに、実にいい距離を持ちつつ、わたしたちに微笑みを与えてくれていた。
芳江が、今日一日、親父の病院行きにつきあって、とても消耗していた。歩くのがやっとだったというのだ。
(12日になるが)、未明、お袋から動転した電話、2時のトイレに付き合って、いま(4時)に起きて親父一郎さんを見たら、すでに息をしていないという。心臓も動いていないようだ。お袋自体が心配である。時計が見えなくなったり、天国よいとこという歌の踊りをみたり。たまたまだが、意味は個人的につながっていく。夜、玄関のドアが何度もがたがたしていたと、はなやさきが言っている。
《KOGURE
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