こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.10
10/22(金)
授業は、1限目のアートマネジメント論のみで、午後の地域文化行政論は明日明後日の学祭のためにお休み。科目等履修生の人が知らずに来られていて、ぼくもきちんとその話をしなかったかも知れず(記憶があやしい)、気をつけなくちゃ(学生はいつも大学に来ているので掲示板で分かるのだが)。
65名ほどの登録数のうち、35名の出席。いままでで一番少ないが、まあこんなもんだ。
話は前後するが、午後、地下鉄大阪港駅から歩いて3分の築港レンガ倉庫でのこと。ここで小山田さんや清水さん、小島さんらと一緒にペンキを塗っていた大阪成蹊大学芸術学部の青山さんに、いま美術文化政策研究を講義させてもらっていますが、出席率(8割以上)も遅刻の少なさも抜群でありがたいですというと、驚いていた。
そして、青山さんが(大阪成蹊大の)1回生にこの4月以降美術館に3回以上行ったことのある学生を尋ねたら3割しかいなかったのですよ、とぼくにいうので、今度もぼくは驚き、それはとてもぼくの標準からしたら素晴らしいことですと答える。
さて話はもどるが今朝のレクチャーは、以前からきちんと伝えたかった「イベント考」。つまり、(目的も対象も手法も実に対蹠的な)イベントマネジメントとアーツマネジメントとの関係を整理した1回限定レクチャーが今回の授業のメイン。
でもこれだけだと学生はしんどいと思って、はじめ(30分間ぐらいの間に学生は五月雨でくる)、(寝起き覚ましの)サービスに100%ORANGEさんの非売品の絵本を見せてあげる。これについての反応はとてもよかった。この「読んだ?パンダ」の絵本ほどイラストレーションの役割をうまく伝えているものは少ない(彼らでしかできないアーツで依頼者の意図を最後のページで鮮やかに伝えるという、良質の応用美術の典型だと思った。それはまさにチンドン音楽である華乃家一座の応用音楽と呼応している)
京阪三条駅にバスで行くと、ちょうど時代祭りのパレードが始まる直前だったので、少しだけ眺める。500円でパンフレットが売られていて、その呼び声がにぎやかだが、行列はただ衣装の動く展示というもののよう(明治維新のところしか見なかったので平安時代とかになるまでには工夫があるのかも知れないが)。ただ、維新軍の先頭を鼓笛隊が演奏してパレードしていて、そこにはまだ軍楽隊のようにブラスはなく、ただ横笛と太鼓だけの単調なもので、こういうのを見るのはちょっと面白い。
赤レンガ倉庫に行こうと天満橋を降りると沢田眉香子さんに会う(あとで谷川恵さんに私もお茶屋の若旦那日記をブログで書いていますといわれて、前にも一度見たがもう一度みると沢田さんがコメントしていた)。倉庫は度重なる台風襲来によって、屋根が飛んだりひび割れ(阪神淡路大震災の影響もあったようだ)から雨漏りがしたりして大変なようだ。いまアトリエ公開しているのだが、台風のときも製作したくて来ていたアーティストもいたと中西美穂さんが教えてくれる。
あたりまえだが、職場からこちらにくるととても居心地がいい。赤レンガの匂いとと仕事場ではない開放感、それに知り合いが多いということもあるし。やっぱり美術をしている人たち、それを創ることに夢中な人たちと一緒にいるほど幸せなことはない。小山田徹さんらがいままで物置みたいだった空間を真っ白なギャラリーに替え、長いすみたいなものを真っ白に塗りなおしている姿を見て、自分も手を使うことができたらなあと思う。
第2期生10名の作品とともに「赤レンガ倉庫オープンアトリエ」。明日には公開プレゼンテーションもある。つかもとやすこさんの雪という作品は手袋を使ってめくるようになっている。彼女はニューヨークに住んでいたこともありいま通訳の仕事もしているそうだ。隣にある川崎歩さんの展示では、絵日記が気になって読み進む。
クッキーを焼いてくれる細谷知子さんとは、クッキーの匂いと味、そして、今日の日付(2004.10.22)のクッキーを動かして遊びつつ、こういうことを考えてコミュニケーションのきっかけを作ることってやっぱり楽しいななあと思う。
すわりこんで話していると、上田のぞ美さんが来て、缶バッチを買うことになる。一番売れていないオレンジ色のバッチなどを買う。「り」というバッチの話もついでにする。同時に1期生の有志9名によって作られた「アトちゃん会」のオープンアトリエもあり、たまたま市居啓子さんとすれ違ったので、名前を呼びかける(名前を覚え続けることは少ないのだが、彼女はNHKで話してくれたので授業でビデオを写すことで反復により記憶が定着していたのだ)。
10/23(土)
大学祭の初日。工事中なのでいつもは駐車場になるグラウンドがメイン会場になるので、ちょっと学生たちは寂しそうだ。まちづくりインターゼミナール。分科会での発表のうち自分のゼミ生(1回生)の発表を聞く。ゼミ生といってもこのまちづくりの発表は池上部長のTAが指導しているものなので、はじめて聞くもの。だから、ぼくのゼミというよりもTAのゼミという感じなのが不思議で、その内容や発表の仕方などいろいろどうしても気になる。松本さんが作文術で指導してくれているように、あなた自身の「一次情報」がまるでないものを「客観的に手堅く調べている」と評価してしまっていること自体の違和感が自分を暗い顔にさせる。
別の学生の発表でまったくその美術館には行かず(ヒアリングに行かなかったのか訪ねたことさえないのかはちょっと不分明ではあるが)、ただその歴史とか活動内容をホームページなどで写し、美術館のホームページ写真(子どもたちの様子など)をパワーポイントに貼り付けて発表する学生もいた。1回生であっても対外的に発表するときには、引用や参考について、その出典ぐらいは説明するようにしなくてはいけない(早速基礎ゼミで指導しなくちゃ)。
はじめの全体会議はミュージアムの特集で、平野の全興寺の川口良仁さんがパネラーとして来橘。「モダンdeアート」の時には平野によく行ったのに、最近はめっきり行かなくなったけれど、持続して素敵な活動をしているのだなあと感心する。観光よりも「観風」という説明が住職らしくて、しかも「文化」は風(ふう)だという鷲田清一さんとも共通していてじつに興味深い話だった。
また、平野の町づくりの最初が南海電車(ちんちん電車)の駅舎保存運動から始まった(1980年)ということはぼんやり以前に聞いた気がする。
が、それが不可能と分かったとき、その八角形の「駅舎のお葬式」をしたという話に、いまにいたってとても心を動かされた。お葬式をすることによって、そのハード(観光の「光」であったりするわけだ)の遺体に対峙してきちんとそれに感謝しお別れをしたことで、形はなくなっても、それについての記憶が保存されるとともに、つぎのソフトの活動(アートにも伝承保存にも結びつく)の原点になったからである。
10/24(日)
いまの職場に行くのがどうも苦痛になるほど暗い気持ちが断続的に起きる。昨日も1回生に言い過ぎたかなあと思う。そんなこともあり、いろいろきちんとお葬式をしたほうがいいかなあと思って、喪服に近い服装で大学祭に行く。でも、少し心配しすぎだったかもね。1回生はジュース作りでわいわい。11時からのタフ4(関西女性と希望のアーティストファイル)の総括会も思ったよりも和やか。
タフ4の成果を箇条書きに書くことで、気持ちも少し整理できていく。
1. 山科地域に根を下ろす機会を作ることができた。
2. 移動アーツというテーマ設定に共感を得た。
3. 今年のアーツのクオリティの高さがファイル化の意図に合致している。
4. 学生のマネジメント学習としての機会に恵まれた。
5. 大学が地元に開かれるという理念に合致した活動であった。
6. 各種メディアに事前事後と報道された。
7. 学生のちんどん隊、そして岩屋太鼓の活動が自主的に行われた。
8. 地元のキーパーソンの触媒的役割を果たした。
とりわけ、アーツの質の高さは、参加していただいた音楽とダンスのグループ自身の卓越した技術とチャレンジ努力の賜物だが、17日においてはとりわけ意外性のある組み合わせ(今さんと華乃家さんではなく、今さんと三田村さん、華乃家さんとセレノさんというコラボ)の結果でもあり、また場所の選定の力もあった。
14時半からの演劇部洗濯氣公演『まばたきの庭』は、うちの3回生ゼミ生、荒井美香さんが主役で、楽しそうにキャラメルボックスみたいなお芝居を演じていた。733教室を使用していたが、体育館の真っ黒小劇場はどうして使わなかったのか、聞いてみなくちゃいけない。きっと電気容量が彼女たちのたりたいメルヘンなお芝居では足りないのだろう。
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