こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.10
10/25(月)
専門ゼミの日。
3回生ゼミは、なかなかに仲がいい。就職支援活動を決めるのも実に自主的だ。スポーツ部で忙しい学生も来て面接メイクはどうだろうかとか色々案が出る。こちらは、終わってから早速、生協で就職関連本を入手しておく。それらは、みんな2006年版と書かれていて、なんだか気が遠くなるハウツー本だ。
卒業研究のテーマ探しにちょっとした工夫をした。色紙を三種類配って、ひとつに自分の関心のあるアーツをできるだけ書き、もうひとつに自分の関心のある社会部門とか場所とかをこれもできるだけ書く。そしてこれらのアーツと社会部門との出会いを考えようとするもの。たとえば、チンドン音楽をアーツ部門に書き、福祉施設を社会部門に書くというように。
3つめの紙には、まずこちらからコミュニティ・ビジネス、企業メセナ、NPO、文化行政という4つ(アーツと社会をつなぐ主体・手法)を挙げておく。まだ学生にはなじみのないコミュニティ・ビジネスの説明をしたために3つめのつなぐ方法(手段)は、この4つの主体以外にも、書き方としては、アウトリーチとかワークショップとか芸術センター機能とか学生の関心のある研究テーマを挙げることもできるのだが、そこまでは説明する時間がなかった。
4回生ゼミは、先週来られなかった学生が2名も来て、これで15名が中間地点を通過したことになる。歌詞を分析したらというアドバイスをしたり、スローフードの研究の途中経過を見たりしてすごす。
10/26(火)
朝、はなと11/22のライブのことで話し合う。沖縄ではなも一緒になって練習しレコーディングの準備を始めた鈴木翁二(作詞/作曲)の曲を3曲歌ってくれる。このうち、2曲は西陣ファクトリーGARDENにぴったりなのでぜひ唄ってもらうことにする。そのあとに沖縄の帰りに飛行機に巻き込まれて死んだ鳥を歌ったはなの新曲(題名未定)を入れる予定。
まだまだ確定ではないが、その3曲を真ん中に持ってきて、はじまりは、作詞がさきの歌を3曲(はなが歌いにくいという歌もリクエスト)。そして、おわりははなのいま歌いたい唄3曲という構成にすることに(「黄色いちょうちょ」をラストにしたらどうなあとか普段では考えられない案を出しておく)。はなは、自分だけで歌うのとぼくがリクエストするものとがずいぶん違うといいつつ、これもいいと思ってくれて、ずいぶん進歩したなあと思う。できれば、当日パンフを作ってそこには、歌う歌のタイトルなどを記すことにしようと思う。
大阪成蹊大学芸術学部で授業。100%ORANGEさんの絵本が好評。
今日読み終わった本:斎藤貴男『機会不平等』文春文庫、2004(2000.11に単行本として出版)。
10/27(水)
1限は前回につづいて松本さんに来てもらっていかに「文化政策≒文化のまちづくり」で学んだことを記事にしたり就職作文にしたりして伝えるかのワークショップ。4名が書いてきてそれに対するチェックを行い合う。きついとはじめ思っただろうが、外部の目でどう自分の文章が見られているのかを気づくのはとても大切。ぼくなどSならこういう学生だからこれってこういう背景があって書いているのだなあとか思ってしまうが、外部の人はそんな配慮がないという当たり前のことに気づかせてもらえる。
2限、基礎ゼミで100%ORANGEさんのトークショーについて、どんな準備をしたらいいのか?先輩で去年担当した福井さんに来てもらって、丁寧に伝えてくれる。きっとこれから準備を自主的に始めてくれるだろう、ね。
それを期待して(授業中にまとめさせた方が無難だったかも知れないが)、「文化政策における研究レポートの書き方、発表の仕方」をまとめて話しておく。この前のインターゼミナールの発表を聞いてどうしても言いたかったことである。ただ、後半の「文化(アーツ)」「社会(地域、施設)」「主体(政策、マネジメント)」の3者関係は、卒業研究に通じるもの。まだずいぶん早すぎる説明なのでわかりにくかったかも知れない。
午後、山形から駄菓子をテーマにした面白い研究と実践をしている松田道雄さんという人がゲストとしてワークショップをしていただけるということで、研究室にいた箕浦さんを連れてのぞく。「駄菓子屋楽校」(新評論)など興味深い本を書いた人で「アイディアわくわく 着想家」という肩書きから面白い。
こちらは、彼女を残しておいて、インターンシップ生による発表会の前の時間を使いSPIの問題集づくりをして、簡単だろうと国語の問題を解いてみたら、ずいぶん間違って、うーん、どうも基礎学力が低下していることに気づく。50歳からの手習いをしないとちゃんと老後を過ごせないかも知れない。
インターンシップの発表は懇親会になってからも続いていたが、どうしても京都クリエイターズミーティング4に行きたかったので最後だけ聴かずに京都芸術センターに向かう。2階の講堂、ぎっしりの人。それもそのはずあまりにも美味しいメニュー満載で、始まる前からどきどきする。
楽の会の清水さんがすでにすわっていて、久しぶりに挨拶。そのうちにアサヒビールの山城さんや加藤種男さん、それに通崎睦美さん(港大尋さんの関係だろう)らがやってくる。加藤さんには札幌でのアートNPOネットワークの模様を聞いたり、ネットワークのNPO法人づくりのことを教えてもらったりする。次回の開催地も複数あがっているそうで、こちらはなかなか追いつけないが(NECのシンポジウムの報告書が配布されたはずなので紙面でかろうじて札幌に参加した体たらく)、どんどん動いている感じがする。
『ダンスが先?音楽が先?−振付家と作曲家の試み』19:36〜21:10ぐらい。公演後出演者によるアフタートークが始まる前に退席するために、最後の時刻をチェックし忘れた。
3組のパフォーマンスである。そのどれもがもちろん興味深かった。
でも、一番しびれたのは何と言っても最後の組であった。というか、ぶっとんでしまって口を開けたまま見続け聴き続けたというのが正直のところで、前までとはこちらの覚醒度というか興奮度というか(正反対の概念のはずなのだが)そのどちらの度合いも桁外れで、計測不可能にまで針が振れてしまい、おお、これからどうしよう・・というほど希有で愉快でさっそうとしたコラボ。そのコラボレーションの神髄に触れていてかつ客席との一体感も抜群な、爆笑と驚きと共感に満ちたステージであった。
1. 砂連尾理+寺田みさこ×桜井圭介 「O[JAZ]Z」
2. TEN×港大尋 ゲスト出演=三林かおる(ダンス)、小川真由子(パーカッション) 「ill sounded ill counted」
3. 北村成美×巻上公一 「インダスヒュー」
全体のライティング・コラボレーター:岩村原太。四角い畳の間がまるくライティングされたり、しげやんと公ちゃんの激しく面白い動きを闇と音響で切断したり。特に強く照明を意識させるものではなかったが、もちろん様々な即興的動きを読みながらライティングを企画していたのだろうと想像する。
(詳しい内容については、「こぐれ日記570」をご参照ください。)
10/28(木)
大学で今年度のタフ4の総括会。ゲストにホームページを作ってくれた平野さんと岩屋保育園の研究をしていてタフ4も見ていたという神戸芸術工科大学の4回生の学生さん。
来年度のタフ5のイメージが少しずつ見えてくる。いろいろ考えた結果のことだが(正直タフを次年度は中断したほうがいいかなあと祭りの直後は思った)、次は新たなアーツジャンル的冒険はしないで、マネジメントにはじめて焦点を当ててみるのが一番いいように思う(つまり、アーツジャンルの開拓について準備期間として考えたらどうかと思う。注文を受けるオーダーメイド演劇などその代表例)。
いままでの成果として、アーツの探求と地域社会の探訪はある程度緒についたといえる。問題はコンテンポラリーなアーツと、山科という地域、そこの各種機関との出会いのために、1年ごとの制作(プロデュース)だけでなく、年度を越えて自転するための経営、場づくりの努力、つまりは持続できるための「政策」手法の開拓である。
とくに、予想を超える反響、このちんどん人気をきっかけに思うのは、学生起業環境整備の必要である。だから、研究のキーワードのひとつはコミュニティ・ビジネスであり、象徴的にいえば「コミュニティ・ちんどん」の旗揚げである。また、タフ3のスローカフェも召還し(呼び戻し)たい。よって仮題は「持続するアーツ」あるいは「コミュニティへのアーツ」、そのためのマネジメントであり、カフェ*デスクである。
久しぶりのウィングフィールドで、劇団ジャブジャブサーキット第41回公演『しずかなごはん』(作・演出:はせひろいち)を観た。劇場の1階下の5階に、開場までたむろできる空間ができたことはとても観劇までの時間をゆったりすごせることができる。今回は、摂食障害がテーマということもあり、関西OAミーティングの案内などのチラシがテーブルに置かれている。OAとはオーバーイーターズ・アノニマスの略で「食べ方の問題(拒食、過食、過食嘔吐、下剤乱用など)をかかえた人」たちの症状を指すということを教えられる。
19:36〜21:39。
いつもながらの小気味のいい演出。科学的知識と丹念な取材。今日的な社会問題とゲームする人物たちという鮮やかな対比。そして摂食障害における犯人探しの意味をめぐる重いテーマにもかかわらず、どこか余裕を持つ謎解きの過程。
治療者と患者との擬似的恋愛の問題とともにある職場での初々しい恋の存在が、いやみではなくほのかな彩りを添えている。最後に曇天返しというのではないが、あっと思わせる意外性も秘められている。そして、幾分長めのエピローグ的なコーダもこの劇団らしいもの。
しかしながら、いつもとは違う点のひとつは、集まった観客層にあった。それも一因しているものかどうか、演出の細工はあまり込み入ってはいない。もちろん、お米を研ぐ音、手品、車椅子のエンジェル羽根など小物づかい(小物が動いたりするいつもの遊び)は健在。
取材によって得た事実、それを伝えるその内容の深さにたじろぎはしていないが、中途半端にならないよう丁寧に診療者や患者、回復者など当事者自身からの言葉を大切に拾い上げている。でも、関係者同士の関係のなかで終始しないようにするため、墓守サービスのネット関連業者新谷(はしぐちしん〜トリプルキャスト)がピエロ=狂言回しのようにやってきて、外部の目線を確保する。
こころ。ネットKANSAIコラボレーション企画。演劇好きの人たち以外の観客がかなり来ている感じがする。演劇の可能性を感じるのは、今回のように、演劇の外にある社会が抱える病理へと向かい合う場に出会うことである。この「こころ。ネットKANSAIの会」というのは、挟み込まれたちらしによると、「保健・医療・福祉など関連業務に従事する者や一般市民などに広く会員を募り、会員相互の親睦、交流を通じてネットワークを形成し、「こころの健康」問題の改善、予防・啓発などに寄与することを目的に」2003年12月に設立されたNPOである。
またウィングフィールドの劇場主、福本年雄さんがWING HOT PRESS11月号で書いているところによると、「こころ。ネットKANSAIの会」は福本さんが通院している病院のケースワーカーの人たちとで立ち上げたものらしい。劇場主であり自分の依存症の治療過程で知り合った人たちとで福祉のNPOを作っていく。アーツマネージャーがアーツのみにかかわっていた時代とは違う今日的姿がここにはある。しかも、個人的でできれば秘密にしておきたいような部分も含めて社会と向き合うこと、それらと演劇と劇場とがかかわることの必要性、あるいは、それに向かい合わない限り演劇自体の価値や意味などぼやけるのではないかという、そんな確固とした思いがここにはあるのではと上演を待ちながら思った。
(詳しい内容については、「こぐれ日記571」をご参照ください。)
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