こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.10



389.10/4〜10/7

10/4(月)

小鹿ゆかりさんとタフ4について午前中ゆっくり話す。アーティストと名づけてしまったから気持ちが悪くなるので、「関西女性と希望のアーツファイル」としてしまったほうがいいかもしれないとも思う。でも、どちらかというとぼくのプチ鬱を聞いてもらった感あり。

専門ゼミを2つ。3回生は、自主的に華乃家さんちにこれから行くという。自発性はどんどん増している。

4回生は13人も来てびっくり。UAのドレミノテレビを流したり色々する(UAのドレミノテレビはDVDが発売されているので買おうかなあと思いつつ)。卒業制作の締め切りまでの段取りを自分でつけてもらうのが一番のいまの課題。

ニットキャップシアター第17回公演『男亡者の泣きぬるところ』作・演出:ごまのはえ。アトリエ劇研。6年前の作品を改定したものだという。舞台美術が素敵。コントラバスやアコーディオンがぶらさがっているだけで、どきどきする。演奏もオールディーズで少し最後の方はしんどくなってきたかなとは思ったが一生懸命練習しただろうなあと思う。

鍵盤ハーモニカの合奏はダンスとからませ、二人(ごまのはえ、大木湖南)の着替えの時間をうまくつなげている。あえていえば、少し濃度が濃すぎる感じもするが、それもここの特色だろう。19:34〜21:21。情けない男を描くのにこの二人の役者ほど適している人は珍しいぐらいだ。娯楽性が十分あって、コメディ映画にもなりそうな展開。

喜劇でもシチュエーションコメディではなくて、もっとベタな感じのからみ合い。これでもかこれでもかと二人はつながり勝ち組と負け組の立場が天地逆転していく。そのなかでは、二つの民族の果てしない戦争の夢のような部分が新鮮に感じられ、ゲームのように感じられる人生って何だろうと帰り道考えていた。

以下、演劇コンクールのためのコメント原稿

エレベーターに閉じ込められた二人の役者が過剰に思えるほど泣き笑いを繰り返す。着替えの間も楽しまそうと劇団員らが音楽を演奏する。生の楽器から出る音とダンスは、テープではない臨場感がある。より望むならば、勝ち組と負け組の執拗な逆転の結果、ごまのはえと大木湖南が演じる男が同類のキャラクターになっていく部分は、もう少し謎を残してすれ違わせてもいいかとも思う。

そうは言ってもごまのはえたちの身体全部を使う演技に感動を覚える層はとても広い。同世代のフリーター的哀しみを描かせたら、だんトツであるとともに、その気持ちが年代を越えて共感を与えている。年輩の方々の鑑賞が可能な作り方という面でも貴重な劇団である。

こんな風に書いたけれど、6年前の作品ということなので、ベタな感じやだんだんと繰り返しが予想できるという面は仕方がないかなあと思う。それよりも、演出面で楽器のコロスがラジオキャラクターになったり、女子高校生になったりする部分の面白さとか、上から産婦人科のベンチが降りてくるあたりの展開の妙も補足したいが、字数が足りない。幸せの金魚というのもマンガチックではあるが、金魚という身近でしかも縁日のうきうき感や一抹の寂しさが表れたものを使う点も特徴だろうと思う。でも、あんな餃子は食べたくないものだ。

10/5(火)

プチ鬱になって、いろいろずいぶん助けてもらった。無理をしないで話し込んだりのんびりしたので気分はもうかなり回復している。今日が最初の大阪成蹊大学芸術学部での授業。やっぱり、はじめての講義でしかもはじめての大学(とはいえ、幾度かは展示を見るためなどに行ったし、1回はゲストスピーカーをしたが)は、緊張する。

いまのところ60名ほどの登録で、今日は50名の出席。2年後期ということもあり、出席率もいいし、あめちゃんなめながら聞いている図体がとても大きなお兄ちゃんたちもいたが、そういう学生も含めて感じ良く聞いてくれてほっとする。ただ、無意識に14時半終了と思ってかなり早く話を終えてしまって、あとで、10分ずれていることに気付いた。

自分の出身地や好きな場所を都道府県から書くというところでは、地図を頭に描いたのは小学生以来だと書く学生とか、東京都池袋区、兵庫県淡路島、京都祇園、大阪市新世界とか面白いものが多くて、アート系らしくて来週のネタにも事欠かない。以下レジメの冒頭部分:

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美術文化政策研究 第1回 2004.10.05

はじめに

○美術・工芸など視覚芸術を実際に制作し携わっていく皆さんに、アーツのあり方を左右する「文化政策」という分野の基礎知識を伝達するのが大きな目的の1つ。

○アーティストやデザイナーにとっても、行政や政治など「政策」のあり方は、一般市民としてだけではなく、いろいろと関係する。Ex.公立美術館存廃問題。どんな関連があるのか、自治体を中心としながらNPO(民間非営利活動組織)や企業メセナのことも含めて一緒に考えていこう。

○とりわけ、自分の故郷やいま住んでいる地域の市町村、都道府県のことを知る機会にしてほしい。

・ ・・・

帰って山田電気にパソコンを買いにいく。Windowsの安いもの。それでも16万円ぐらいする。テレビが映らないものを探すと富士通の今日買ったものぐらいしかなくて、ああって思う。

夜、岩村原太さんから、11/22のこぐれカフェ&ナイト「知らない間に、そこに居た」(西陣ファクトリーGarden)の原稿提出のメール。プロフィール込み200〜300字ということで、とりあえず以下の文章を作って送付しておく。

・ ・・・

こぐれには、迷惑をかけっぱなしの妻とその間にできた二人の娘がいる。

大学に通うようになって、娘と同世代の学生たちにもつき合ってもらっている。

こぐれには、そのどちらもが愛おしい。

そして、そのどちらにもアーツという不可識なしっぽが生えている。

なぜアーツなのか。50歳のちょい手前に、こぐれは考えたくなった。

知らない間に、そこに居た。

わけを知ろうとアーツというしっぽを追いかけ、小犬のワルツのように、踊りだす。

そんな1日だけの展覧会。1日だけの授業・・そして、ここだけの音楽ライブ。

夕暮れ、長女小暮はなが歌います。こぐれレクチャーはそのあとです。

こぐれ(小暮宣雄):http://myprofile.jp/kogure

小暮はな:http://www.h7.dion.ne.jp/~ha-na/index.html

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10/6(水)

ぷち鬱はけっこうしぶとい。

いずれにせよ、わけもなく力を入れてきた基礎(リボン)ゼミは学生の反応を見ながらずいぶんと改革しなくちゃいけないとつくづく思う。

100%ORANGEさんに11/14(日)に来てもらうことにしたが、うまくゼミ生達をのせてトークショーまで企画させていけるかどうか。今日のゼミは中途半端で終わってしまった。

13時から、岩屋神社で17日の打ち合わせ。華乃家さんにこの前の4日に教えてもらったお礼を言っておく。三田村管打団?の山科音頭は都はるみの歌よりもずっと早くて面白い。さらに、今貂子さんらが踊る山科音頭の振付けがコンテンポラリーダンスそのものの数奇な振りで感動してしまう。学生達も踊りの練習。自分のものとしてこの企画を真剣に楽しんでいる。素敵だ。

10/7(木)

家にいて、新しいパソコンを机に設置する。意外と簡単だったので嬉しい。

でも、ずいぶんといままでの蓄積がなくなってしまった。これからこの新しい画面と徐々に親しくなるだろう。

京都造形芸術大学のうえたけもとこさんから『ほどける番外編』のご案内があり、とても素敵なチラシが入ったお手紙だったということもあり、ぜひ、楽心荘まで上ろうと思っていたが、結局行けず。かわりに京都ドイツ文化センターの朗読会に芳江とさきとで出かけ、ベルリンの文学者イリス・ハリカという人のドイツ語を聞いていた。もちろん何のことかまったくわからないので(ほとんど日本語訳が配られてはいるが)、そのリズムやしゃべり方を見ていた。11/22のこぐれナイトはどちらかというと朗読にしたいなあと漠然と思った。

一方、さきは、通訳という人の大変さを特に思って聞いていた。だって、質問しコメントする日本人、ドイツ人とも自分のことを言いたいだけで、ぜんぜんイリスさんの発想とか感じ方とか無縁の(さきに言わせれば、そういうのがいけないとイリスさんが言っているタイプの)発言だったからだった。


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