こぐれ日録 KOGURE Diary 2004.9



387.9/27〜9/30

9/27(月)

今日は大学院もふくめてゼミが3つ。久しぶりなので疲れが溜まる。
最近いらつくことが多いかも知れない。自重しようとは思うのだが。

それでも、慣れから諦めることでいなすこともちょっとはできるようになった。たとえば、京都経済新聞でインタビュー記事がでて、それを読みながら、これはぼくが答えているようだけれど、じつは記者さんが理解した「ぼくmedia」で、この日録を書いている自分として納得できる状態の「ぼくself」とは違うのだから、その「ぼくmedia」がアートと言えようがイベントと言おうが仕方がないということはもう十分に学習済みで、そのことをネタに「ぼくself」は、授業もできるだろうからラッキーというわけだ。

何かをしゃべろうとしてその名前が出ないということがますます増加している。たとえば、(コミュニティ・シネマを研究したいという院生がいたので)シネ・ヌーボーの景山理さんの話をして、つぎに「風まかせ」の松井寛子さんの話になろうとして、突如このカンコさんの名前が出てこなかったり、愛知の越後谷さんから藤田さんへ話を持っていこうとして、高知の藤田さんの名前が出てこなかったり。研究室に戻ることにはもちろん思い出して、ああ、と嘆息するのです。

あと、高知からゼミ生の友達が来ていて、100%ORANGEさんのグッズを見せていて、どうしても『classmate』が見つからなくて大騒ぎしていたら、ひょいと違う段にあったりと、ささいなことだが、即座の対応力減退という事態にどう対処すべきか、あれこれ考えるお年頃なのだろうと思う。

こんなとんちんかんな月曜日のなかで一番可笑しかったのは、4回生のゼミ生が「ないてもらった」とぼくに言うから、えっ、(何か悲しいことがあったから)誰かに話をして(一緒に)泣いてもらったとばっかり思って、「そう、それはよかったねえ、誰に泣いてもらったの?」と聞いたら、相手は「???」という顔をしている。

じつは「内定をもらった」とぼくに彼女は言ったのだった。4回生をもつ教員としてはどう考えても失格だなあと思いつつ、どうして、「泣いてもらった」と聞き違えたのだろうと自問して一人でずっと面白がっている。

9/28(火)

朝いちばんに銀行の人がマンションに来て、ローンの借り換えの署名をするからということで、家にいる。
次から次へと、正式な住所と自分の名前を銀行のマークが入ったボールペンで同じテンポにて延々と書く。その人は台から用紙を外したりつけたりしながら一所懸命説明してくれるが、そのうちいま署名しているものがどんな書類かなどはどうでもよくなって、それよりもBGMにかけているカリンバの音はきっとこの銀行員には聞こえていないのだろうなあと、ただ彼の頭の中に光る汗を見ている。そんな目線を感じているかも知れない彼は、それどころではないという風情で、書類を点検しては小さなパソコンみたいなものでピコピコピコと数字を押している。

新潮社、1990.11『スズキさんの休息と遍歴〜またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行』。最後のオチははじめ何のことかぼくもスズキさん並みによく分からないままだった。スズキさんという元新左翼が広告業?を興してハンバーガーのケチャップ開発をしていたり、そのスズキさんがあこがれていた女性がドキュメント映画を採算無視して撮っていたり、その設定は現実にとても近い感じがする。ありがちな帰結とも言える。

矢口史靖監督『スウィングガールズ』2004.105分、京都みなみ会館。『ブラス!』と同じようなハッピーエンド。ダメ先生の秘密、高校野球とその応援ブラスバンド、東北のまちや家のありがちな風景(スーパーにテレビゲーム、廃車センターなどなど)のなかで、イノシシとストップモーションしたり横断歩道のチャイムから後打ちリズムを突然会得したりと、気楽に見られる映画だ。

ユジーヌ・イヨネスコ原作、水沼健『アルマ即興』(京都芸術センターフリースペース)も、1時間弱ということもあるが、実に楽しい舞台で、不条理劇のイヨネスコという心配はどこにいったのかなあというぐらい4名の男優さん(森本研典、森澤匡晴、藤原大介、尾方宣久)がのびのびと演技していた。

9/29(水)

また台風が来るという。
基礎ゼミがあったぐらいで、特段何もなかった(憂鬱なことはいくつかあったが)。

ただ、ゼミの時「先生、何してるのですか」と学生が言うので、むっとして、(分かっているはずだと思うけれど)いまから青木先生が貸してくれたビデオ(嘉穂劇場について)を見るので、まず「芝居小屋」について解説しているのだと言うと、そうじゃなくて、窓から見える看護学部棟の工事現場ですよという。雨の中、紅白の幕が周りにあって、そこで儀式(踊っているように映った)がちょうど始まっていた。そのあと、鉄骨がクレーンで上に上って、ひょっとしたら棟上げ式なのかなと思う。餅はまかないのですかという学生がいて、きっと竣工しても餅はこのあたりではまかないだろうねとか話す。

このゼミだけではないのだが、教室で何かを話すのに、どうもこれといったモチベーションがなくて困っている。単なる軽い鬱だろうとは思うけれど。

9/30(木)

目的もなく、どこかにふらりと出ていきたくなる。ぼくを誰も知らないところで時間をやりすごしたくなっている。

それでもお勤めなので、京都橘高校へ行き、選択科目の説明会に出る。校長先生が外でたばこを吸っていて、構内では禁煙なのでその外に出てすっているのだそうで、見られましたか?と聞くのがおかしい。ぼくはいま人と出会いたくない時なので誰かを見ることなど絶対にしないのだが。

ふと、桃山南口駅そばの仁科歯科医院が高松伸の建築作品だということを思い出しそれをネタに使ったりして、なんとか13分間説明する。来年度から21回の授業になるらしい。17歳、18歳の生徒に『文化政策』の授業をするというのは、誰がしても大変だろうなあ(ぼくはてっきり入試関係の説明と思っていたのだが、じつは高大連携関係の教務課の用事だった)。

吾妻琳/天游館『相性レッスン』Art Theater dB。ダンスは愉快だ、とそう思わしてくれる公演だった。弱った心身だからこそ、つーっと素直に身体のゆれや戸惑いや出会いとすれ違いの感情の機微が伝わってくる。素直に何もなく観ることの大切さを味合わせてもらって、ほんとうにありがたった。うえたけもとこはじめ若いデュオが数多く踊られて、新鮮だったし、ちょっとだけ道化風の衣装もけばけばしくなく、それでいて微妙な異化作用を与えていた(米山晴香)。

けれど、いま一番よくない状態なので、公演前後に人と出会うのが恐い。いつになく丁寧に挨拶をしている自分は、とてもすくんでいるのである(珍しく)。実は知っている人でさえ、できれば出会ったり話したりはけしてしたくない。そんな本当の気持ちが身体にでていないかどうか、ととてもびくついて一日をやりすごしているので、終わったあとにほとんど知らない人から話し掛けられたりすると、どきまきして一目散に新今宮駅まで退去するのだった。


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