|
こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.8 こぐれ日録447 8/22〜8/28
15時から、タフ5ちらし校正。学生は4人。3回生一人を除いてあとは1回生なり。 地図の目印は多いほうがいいが、それでもなかなかむずかしいものだ。紙芝居の場所、寸劇の場所、卓上写真がある喫茶店・・・辿りつけるかどうか、不安になりつつ、特権的な京都の有名な印がまるでない、普段着のまちを眺め歩くのもまた楽しいものねえ、と感じてしまうものになるはずだ。 ところで、タフはもう終わってしまうのかどうかについては、京都橘大学文化政策研究センターの運営委員会の権限なので、なんともいえないけれど、いままで(この3月末まではぼくも運営委員だった)よくやってきたとつくづく思う。今年は、演劇も「まちかど寸劇」というカタチで入れ込めたので、ぼく自身今回まででだいたい本望なのであって(ちんどん音楽のときからセットでやりたかった紙芝居も〜限界芸術的な応用=宣伝芸術〜、やっと出来た)、それからさきは、自立的に学生がまちと交流すればそれもよし、アーツマネジメント自体を志向すれば、やはりきちんとした場所を紹介するのが先決だろうと思っている。もし、するとすれば、映像(メディア)関係とか建築インテリア関係などかな。あるいは、現代アート以外の展示系? タフ5は、このあとまちかど寸劇関係の初顔合わせが京都芸術センターであったりしていたはずだが、ぼくは、京都府の仕事で途中退席。京都府の仕事は、文化条例案の関係。ただ、この条例の特色は、アーツそのものはほとんど関係ないメンバーで作られていることもあり、文化力で地域活性化が焦点のものであるので、実に気楽に座っていられる(ぼくはアーツマネジメントという意味では例外だが、ここでは、地方自治=文化政策の専門家という立場から、市町村はコンテンツそのもの〜文化の充実〜、都道府県はそのコンテンツを束ね=力とし、どう地域に生かすかであるという主張をしている)。ただ、控え室での話では、おお、と思うことも多かった(サッカーの話とかで場をつないでいて、公務員時代、無難にキリングタイムしていた頃を思い出す)。 パネラーによるミニシンポみたいなものなのだろうが、司会とか決まっていなかったので、冒頭しゃべる(あいうえお順ゆえ)ぼくが前半は誘導していった(後半は座長代理さんが進行していた。会場からの質問は、固定資産税が高いとか祇園祭に補助金がない〜実際は府と市から折半で出ていた〜とか井戸水のくみ上げを制限したのはけしからんとか、パネラーに聞く話でもないネタがどちらかというと多かった)。
「世の中」とは何だろう。 ある知らない人が「世の中」と呼んだとして、ぼくは、その人のいう「世の中」にいるのだろうか。 おっと。ぼんやりしているなあ。とりあえず、自分へのヒント
創作者という相手が、そのレビューを読んで、悪意(相手を傷つけようとしている)と思われないようにして、しかも自分に正直にしつつ(退屈した場合、その理由を具体的に書き出すときりがなくなるほど多くの指摘をせざるをえなくなります)、どう書けばいいのかと思うと、結局は、何も書かないということしか方策はないように思えて、少し哀しくなる。
遅れて、京都駅前にある関西電力ビルに入る。ショールームなどは閉じているので、社員通行口から入り地階の廊下を歩いていると、いかにも戦前の建物の臭いがして、なつかしい。旧自治省(内務省)ビルを思い出す。演劇ビジネス研究会が行なうワークショップの第一日目(17時から19時半まで)。男性が6名で女性が1名。同じ人数、他己紹介をするので、こちら側からも出ているし、ビデオ係が3名もいるし、結構にぎやかな研修(+研究)会になっていた。
京都府内のダムでアーツ企画があったが、出かけず。 浜松の葬儀会社に関して、少しサイトを見る。すると、興味深い葬祭関連ニューサービス(遺品だけではないが、遺品の処理を代行してくれるのである)を見つけた。なるほど。・・検索すると、ぞくぞくと出てくる。ニューサービスではなくて、かなりの実績があるのかも知れないな。
日曜日ということもあるが、大ホール、小ホールとも貸し会場になって人がにぎわっている。オープニングだったか、ここのホールで海外からのバレエを見たことを思い出す(そのとき、たまたまバレリーナがスッテンコロリンしてしまっていて、あんまり見事に転んだのでその記憶が鮮やか)。会議室も、医者には治せないとかいう本が山積みになっている催しに人が集まっていた。 無事、お葬式と文化政策のミニレクチャアーも終わって、東京へ。東京はすでに秋の気配。秋の虫のコロコロいう音色(鈴虫?)とか、関西より透明な空気。ウナギパイ、茶プリン、紅茶をいただく。静岡のおみやげはパワフルだ。 |