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こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.8-9 こぐれ日録448 8/29〜9/4
いつも他大学の文化政策の体制(スタッフのありよう)を聞くと、京都橘大学って同じ文化政策とか(文化)マネジメントとか言ってもずいぶん変わっているなあと思ってしまう。でも、それぞれ他大学の方々は、自分の大学のことをそう思っているのかも知れない。帰りの車内にて、3人と話していて、文化を入り口としつつ、きちんと経済学の基礎を伝える授業を学生たちに理解させることの困難さの話になる。名目と実質。暦年と年度などなど、すごく基礎的なリテラシーの獲得が大変であり、高校生レベルの政治経済の授業を復習(この科目を取っていない学生も多いから)することをしている処もある。なるほどねえ(三権分立のことを知らない学生は、うちにはどれぐらいいるだろう?) それ(経済/財政/経済学の基礎的素養)がまず重要な問題だしうちらもさきに解決すべきことではあるが、まあ、それは経済のご専門の方々にお任せするとして、ぼくとしては、文化法学概論のような講義を作りたいなあとなんとなく思った。前から、ひそかにこれをしなくちゃいけないんじゃないかと思っている。たとえば、関連する主要な実定法(著作権法とか消防法とかケース的には個別法も大切だが、憲法から地方自治法とか、そういう大本はどうしても押さえたい)を横断的に「文化」イッシューの切口で〜ケーススタディを用意して〜入門的に概観するような、そういう流れのものかなと、少しばかり資料を集めはじめたりしている。 指定管理者制度の説明とかで、ぼくも地方自治法と実際の行政の仕組みについて伝達するのだが、受けるほうはぼくをそういうことをメインに教える人と思ってくれないのが難点である。余談だが、同じ大学の教員さんでもぼくはオルガンで演歌を弾いていることを売りにして紹介していただくというちょっとうーんと思ってしまう現象も出来てしまった(これは、ぼくの不徳の致すところであり、結局いままで学生に学問をどう伝えていいか分からなかったからオルガンでも弾くしかなかったのだなあと反省している。それでも5年してちょっといいのは「イベント」嫌いだということはずいぶん強調してきたので、イベント屋として活用しようという動きはずいぶん減少した)。 さらに、行政学と政治学の基礎を(経済を除く)文化政策入門として伝えるものも、いまでも、ばらばらにはあるようにも思えるが、きちんとしたディシプリンの入門の入門ぐらいは果せるようなものとして触っていく必要があるのかも知れない(法学、政治学、行政学の基本タームについて、他大学の法学部・政策学部の学生と話していて、共通のものとして理解し合え、それがテレビを見たり新聞を読む際にも日常的に想起され使えるようになることが目標かな)。アーツマネジメントの授業などはそれら(法学、政治学、行政学、経済学)が分かっていただいた上でしたいというのが本音だからだが。
京都大丸にて、至福のひととき。ミッフィー展の最終日に間に合う。50years
with miffy。ちょうど、マグカップが割れたので、かわりをひとつ。Tシャツは黄色のみ男物が残っていたが断念する。かわりに少し小物を。芳江はお手紙セット。 そのあと、ココン烏丸で食事。そして、ぼくは別の用事もあり、京都国立近代美術館『小林古径展〜近代日本画の名匠』。確かに人だかりしていた竹取物語の巻物は圧巻。手に取るように観られるという見せ方にも物語絵画のエッセンスがわかってグッド。 雨が激しく、でも、演劇ビジネス研究会が大学であるので、坂をのぼる。かばんの中がびっしょり。研究会もこの前のワークショップをめぐって有意義な議論。確かに、プレゼンという外見について舞台表現力を活用するということに限った場合、他己紹介による導入というのは、上級向け(準備がかなり必要)だったかも知れない。それでも、やっていただいた関電さんに感謝。いろいろと課題が広がる。
つじあやの(京都の鴨川でライブをはじめたこととか、磔磔とかメトロ、法然院とか、身近にライブな音楽に触れるきっかけを与えてくれる歌手であるなあと再認識)と小島麻由美(磔磔でももうすぐライブがある)が一緒にライブを数日前にしたらしい(8/26、小島麻由美の関係で。ちょっとサイトを眺めていたら、思ったりより二人の年齢は離れていた、1978年と1972年)。 そういうつかみから、二人を例にして、まじわったり離れたりする京都と東京のミュージシャンの雰囲気、違いと共通性みたいなものが、大上段に話すことにもなるのはいやだなと思いつつ、気にしているJ-POPにおける産業的構造と国民文化風景を緩和してくれる感じで、つまりある音楽とまちとか雰囲気のニュアンスみたいなところが見えないかなあ、としばし考える。あとは、西岡たかしと小室等とか、うーん、あんまり持ち駒がないか。 いいたいことは、メジャー(メガヒットな寡占と短命。つまりタイアップのリスクなし戦略による楽曲、シンガーの短い命)とマイナー(ほとんど食えず、アマチュアと同じ)の二極分化がどんどん激しくなってしまっているんじゃないかなということで。つまり、両極の間にこそ宝があるぞ、と。受けてからすると、リスナーが選べる多様性を!というわけであるし、もちろん、そういう選択のための音楽需要サイドの課題群。他方、実演供給サイドとしては、息長くシンガーを続けるための戦略みたいなことにつながって方策が見えたら嬉しいんだが。 夕方は生協関係の会合。コープ・イン京都にて。 食料自給率(金額ベース) 1965年 86%→70% 2003年 いまは、カロリー(供給熱量)ベースの自給率が日本では中心となっていて(先進国では穀物自給率が多いそうだ)、他国との比較では、日本で他国の自給率を計算しているそうだ。どうして、日本がカロリーベースの自給率が急激に低くなったかというと、100%に近い米がカロリーに占める比率が減ったこと(45%ぐらいだったがその半分になる)、そして、畜産物(輸入飼料による供給熱量分が控除される)の消費が増えてしかも自給率が低くなった(47%→16%)からだ。 それにしても、ウルグアイラウンド対策の農業政策(6〜7兆円)はひどいものだったとぼくもしみじみ。 でも、京都橘学園生協として、山科の農業とのかかわりをどうするのかというのは、大学としてどうかかわるのかと同じになっていくのだが、アーツマネジメント的にちょっとかかわるのは、ひとつの視点づくりでしかないので、もっと、腰を入れて行うべきことはいっぱいあると聞きながら思う。現代マネジメント学科的にも、農業経営のこととか、農産物の流通のことなど、身近に素材があるなあと、今度行うまちかど寸劇の場所を頭に浮かべていた〜学生をいかにまちに連れ出すか!
問題は3年間で助成が終わったあとの続け方(うまく補助金渡りをすることも全体的には必要になるわけで、補助金要求や予算執行などに慣れない教員も実務に関わらざるをえなくなるから、研究現場や学生を向く時間がますますなくなっていく)。それに、東京に報告しに行ったり、対外的に横並びで作らざるをえないパンフレットとか、過程が大切なので記録を撮影したり、外部評価の制度を作ったりと、補助金のための事務に経費と時間がとられること。根本的な問題は、大学の他者依存、他律性のますますの拡大。補助金を取る部分とそうでない部分との関係。目先で右往左往している状態の加速化。 助成制度を作る方は、まずその制度を活用しなくちゃ仕方がない受ける方(競争させられる方)の立場を経験しておくと少しは配慮できるようになるはずだが、その非対象性は解決しづらいだろう。弁護的・弁解的にいえば、補助金適正化法や会計検査院の関係もあるから大変だと。それに、これも財務省に対してずいぶん足繁く説明してとってきた補助金なんですと。まあ、文部(科学)省でも若いときに県の教育庁課長とか国立大学事務局の職員になることもあって、旧自治省(ぼくも、やっぱり地方の人のつもりでいたはずでも、結局また国の人になると自他共に思ってしまっていたなあといまになると反省する)などと同じく、立場を変える経験はしているはずだが。 午後は、まだまだ調子が出ないで、少し読書と書類整理程度。 シアター&ポリシー32号が届いていて(中山夏織さんの編集ペーパー)、村井健さん(かなりのベテランの人で、どなたかと「言い合い」が確かテアトロかどこかであったはず)が、5月にモスクワで日本からやってきた「バティック」というダンスカンパニーの「コンタクト」という題目を見てのかなり酷い感想(「なにもこんな三流の舞台を見なくとも、外に出れば見るべきものはいっぱいある」、「正直いって、腹が立つより落ち込んでしまった」)があって、batikってこういうタイトルのダンスを踊っていたかしら?と思ったが、探しきれず。でも、「なにしろ助成団体が、国際交流基金、セゾン文化財団、トヨタ財団」と書かれていたから、やっぱり、2003年度トヨタの振付家賞のbatikのことだろう。 同じ30号には、中山さん自身が1998年にイギリスの教育雇用大臣と文化・メディア・スポーツ大臣のもとに設置された「クリエイティビティならびに文化教育についての国家諮問委員会」が、いかに「教育・文化・社会政策の協働するクリエイティビティ」を推進しつつあるかをレポートしていて、実に興味深い文章だった。1999年に出たという「私たちすべての未来:クリエイティビティ、カルチャー&エデュケーション」(ロビンソン報告書)は、ぜひ(邦文で)読みたいものだ。 クリエイティビティとは、一部の者だけに与えられたものではない。でも、多くの人々は自分の持つクリエイティビティに気づかないまま人生を終えてしまう。自分のクリエイティビティを見出すには何が「媒体」なのかを見出す必要があり、それぞれの人がクリエイティビティを所有するためのプロセスを教育は提供できるのだという。それも、「想像力、協働性、他文化の認識や寛容といったヘッドのもとに、芸術教育を通して、体験として学びうるものだ」として、実際、かなり劇的なまでに、教育政策のなかへ、「ドラマやダンス」が取り入れられてきているそうで、もともと演劇教育の伝統のある英国ではあるが、その動きは活発だそうだ。 イングランド芸術評議会が「アーツマーク」という認定・褒章制度を創設した話とか、サッチャー時代に壊滅的打撃を受けていたダンス教育が、この流れで復活した(ダンス教師養成過程の拡大)とか、グラマースクールのなかで、「パフォーミング・アーツ・カレッジ」を志向する動きがあるとか、いろいろ示唆に富む。 もちろん、2003年度から導入された新科目、表現芸術Expressive Artsの導入とか、02年度の「シティズンシップ(市民権)」という新科目を芸術系の教師に押し付けていることなど、「他教科の教師らの無理解にさらされながらも、授業数の増加に加え、作成すべき膨大な報告書や書類を抱え、芸術系の教師たちのストレス・レベルは尋常な状態ではない」ということもまた実際のようで、何のためのクリエイティビティかなと思うこともあるようだ。いずれにせよ、英国の動向は確かに興味深いもので、外国事例ぎらいのぼくでも一度見に行きたいなあとちょっと思わせるほどである。
話はかわるが、衛紀生氏がセゾン文化財団のレターで、アーツマーケティングということを言っている。 そして、チラシやDMについて「ともに不特定多数にばら撒かれる一方向性のマーケティング・ツールであるにもかかわらず、これをいまだにマーケティング戦略の中心に据えているのはいかがなものか、と思うのである。マーケティングとはコミュニケーションによる「関係づくり」である。とするならば、チラシやDMはマーケティングの補完物ではあれ、中心とはならない」(衛紀生「集客から創客へ。」セゾン文化財団ニュースレターvol.32『view point』)という。 どうも、ぼくはマーケティング(市場づくりとどうしても読め、市場経済における「創客」ならそうなのだが、それって「アーツ」という修飾語がもともといらない世界の現象である)という言葉が、彼のいいたいことを表すものとしては、「ブランド資産」ともども、ミスリーディングな用語であるとしか未だに思えないのだが、それはまたいつしかきちんと考えるとして(パブリックリレーションという言葉が昔からあるし)、そこで、とくにチラシを大量に配るようなマスマーケティングの一方通行なやりかたを批判している(あとは、チケットITを自分たち演劇グループが自前でしなさいというようなこと)。 アーツのチラシ・フライヤーをどう考えるか、その表現のよしあし、伝達アイテムの工夫という部分は実に大切なもので、宣伝美術のありようとして十分に考察の対象であるわけだが、確かに、他方、このツールをどう使うのかも、議論していく必要がある。 今回のタフ5の場合、山科区への到達をメインに考えていて、だから、ポスターも作り、人を集めるよりも、その存在を認知してもらおうという作戦であると言える(単なるマスマーケティングで使うものではまるでないので)。学生がまちあるきした写真から自分の住んでいるまちを見るという交通関係をこのツール自体が果たすことが期待されるので、これから、十分にタフ5のチラシとポスターの配布と反応のことを考える必要があるだろう。 8/28から今年も始まったOBPアーツプロジェクトに関して、パナクリエイトの松本さんには、吹き抜け空間での近大ダンス〜これは恒例のもの〜を見に行きますと、直前にメールとともにチラシとハガキが届いていたこともあって、言っておいたのだが、結局、研究室にいすわってしまった。どうも、お尻が重い今日この頃である。なお、近大の美術関係の「芸術行脚」は11日まで展示とかテルミン演奏もある(あった?)。
相方がくたびれたとおっしゃるし、ぼくもそれについて一応同調してはいたが、こちらは結構勉強になるし、いま実にじぶんが低位な状態なので、若い人と向かい合うと、心身のいい刺戟になる。 この本の全ての論稿が刺激的だった。たとえば、明治時代以降天皇の葬送に仏教的なものが排除されるところとか、葬送文化というだけではなく、日本の伝統文化ということへの再考(疑義)につながる話がなかなか多いし、ダライ・ラマの転生と折口信夫のいう天皇霊との関係も興味深い点など。 たとえば、はじめの「死と民俗〜遺骨崇拝の源流〜」だけでも、様々に教えられることがある。とりわけ、ここでは、日本の葬送を考えるときに特徴的な「骨」の問題が明らかにされている。 《・・・「死」の問題を「霊と肉」の二元的構図のなかでとらえようとする方法にたいして、もう一つ、「霊と肉と骨」という三元的な立体構成のなかで考察する方法が、わが国の場合とりわけ有効であり、必要ではないか》p89 他方、芭蕉が命名した「定家の骨」という言い方に代表される、「骨」の芸道論は、「いわば詩人の生き方を規定する一種の生命本質論として鍛えあげられたのであり、もろもろの芸道をつらぬく究極の髄としてみがきあげられたのである」(p85)という部分にも反応した。 能楽の芸態において、「皮」と「肉」と「骨」の境位があるという世阿弥や善竹の文献にもまた当たってみる必要があるが、芸術鑑賞とは、結局、いつか骨を見るところまでいかなくちゃいけないのだと自分的にはそう思って、少し腑に落ちるように感じた。
京都市東山青少年活動センター・創造活動室。 客席がいっぱいで嬉しかったが(ただ、昔は中京のより大きなホールだった)、丸井さんの丁寧な前説注意にも関わらず、威勢よく携帯電話の着信メロディーが鳴り続けていたのは残念。おおぜいの講師・スタッフは京都・関西の選りすぐりの方々なので、きっと参加者で演劇とかアーツマネジメントをこれからもしてみたいと思った人がいれば、ずいぶんリッチなビギニングになったと思われる。中1の参加者はいままでで一番若いのではないだろうか。 (当日パンフに書かれている役柄解説、「しっかり者の一年生」は、うちの学生にぴったしだと当初思っていたが、舞台上では、「思いがけず数少ないストライキ実行組みになるけれど、家族が運動会に来てしまって・・・」と、戸惑う、おさげ姿が初々しい役柄で、ひょっとしたらこちらの知らないこの姿の方も、彼女の側面なのかも知れないと思ったりした。) |