こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.4
4/4(月)
断酒暦87日。
9時からずっと、文化政策学部のみなさんと一緒にガイダンス。
ひったくりや泥棒、空き巣狙い、ストーカー、セクハラ、悪徳商法などなど、防犯の話はきつい話だが、必要なことだ。
うちのクラス(基礎演習と今年から合致)は、22名中、4名のみ男子で、かなり少ない。
それでも、雰囲気は少し違う。新入生キャンプはどうしても出なくてはいけないかとか平気で聞いてくるし。
もう、50歳になるから、名前覚えられへんけど、嫌いなのではないから、気にしないでね、と言っておく。
資格ガイダンス。資格というのは、厳しいことがよく分かったようだ。
そして、最後に登録のガイダンス。
授業の登録はますます複雑で、ぼくもようやく判ってきたというぐらい。「自分探しの旅C〜愛国イベントからの自由〜」(火曜日3限目)は、どうも人数が少ない気がする。うーん。もう少し、マイルドにすべきだったか。
4/5(火)
断酒暦88日。
昨日、もう少し厚着でいるべきだった。
風邪。温かいプルーンにショウガをしぼった飲み物で何とかする。
でも、ちょっとつらい。
ずっと、1回生たちの受講登録につきあう。
自由学修領域でぼくが授業をする科目のなかで、前期の自分探しの旅Cはまだ受講生がありそうだが、後期の木曜日1限目の現代社会の課題(アーツの扉へ)は、韓国語など外国語とダブっているので、かなり少ない人数になりそうだ。まあ、それも仕方がないこと。
早く帰って、早く寝る。
4/6(水)
断酒暦89日。
組合の恒例、夜桜会にて、最後、寒くなって、日本酒を少々いただいたが、これはノーカウントということで。でも、少しアルコールが入ると、日頃の不満が溢れてくる。あぶない、あぶない。大人はもう変わることはないのだよね。大学生だって、どこまで、変わるのか(おっと、悲観的になっても仕方がない。つねに、期待値を低くして、ちょっとでもいいことがあれば、喜ぶ姿勢でいなくちゃ、やってられないのだから)。
風邪は引き続き。明日の新入生キャンプが心配。ホテルから出る(かも知れない)腹をすかした学生を阻止するために、バリケードでも作らなくちゃと思っている学生部長の心配にも付き合わなくてはいけないし。
毎日新聞の方からメールがあり、今月下旬締め切りの原稿に関わる再認識を促すもの。丁寧な作業である。じっくり書くことができないたちなので、これから、30分間で書いてもいいのだが、せっかく、締め切りがあとなのだから、熟成しなくちゃとも思う。そのねたになるかどうか、別として、野村誠さんの日記(3/26)に、ぼくのことを「客のプロ」と呼んだのは、そもそも伊藤キムさんだということが分かって、いままで、野村誠さんにぼくは「観客のプロ」って呼ばれていますよ、って吹聴していたのが、微妙に違っていたことに気づく。
観客のプロ、聴衆のプロ、観劇のプロ、美術鑑賞のプロ(これは違うか)など、じつに愉快な「仕事名」をいただいたものだ。とても嬉しいし、誇れるネーミング(あだ名)と思っている。彼の日記に指摘されるまでもなく、最近、小暮宣雄は露出しすぎかも知れない。これは、少し反省する必要があって、観客というのは、薄暗い客席から、ひたすら、ステージを見つめ、耳を清ませ、心を震わせる者をいうのであって、ときたま照明が目潰しにあたることはあっても、ステージに立つことはない。
観客であるという素人性、ディレッタントであることの自由さ、歓びと、一見、正反対の、アンビバレントな「プロ(フェッショナル)」性。だいたいにおいて、二律背反(アンビバレント)なこと、にっちもさっちもいかない壁の存在から、何かが生まれるとしたら、その何かを指し示すネーミングとしての「客のプロ」の持つ意味を考えることが、新年度の「芸術文化鑑賞演習b」の課題(ただ、いまのところ受講者数は27名)かも知れない。
ついでにいえば、「客観性」という単語の意味も、アーツにおいては矛盾に満ちあふれている気がしている。だって、客が観て思いレビューをはじめるとき、とても主観的なある感情がベースでしかありえないのに、それが相手(芸術提供者)にとって、客観(=「客が観ること」)性が発生する始まりになるからであるし、その客観性がもっと広い社会に向かうとき、ようやく、芸術批評ということの意味づけの端緒が見つかるのだと思われる。
4/7(木)
断酒暦、中断。
新入生キャンプ、滋賀へ。雨だったが、琵琶湖博物館を見学後、弁当を食べる頃には晴れてくる。
159名+95名の学生と、22名のオリター、そして、教員。300名ほどが動くのでなかなかに大変。
無事に明日大学に戻れることが最大の目的である。
守山のホテルの別館は貸館状態。川向こうのラブホテルを眺める。
初めての試みである大学生入門レクチャーも無事済み、メモを取る癖もつけることも試みた。
次年度、また新入生キャンプをするのならば、入門レクチャーを午前中にしてしまったほうが、学生のon offモードの切り替えが一回だけですむので、よりやりやすいかも知れない。
懇親会の練習(ぼくらは、そのあいだ、13階の薬草湯に浸かる)のあと、夕食、そして、オリターにすべて任せた懇親会。まったく、指導なしだったので、クイズが多かったこと。だらだらした進行。でも慣れっこである。新入生がもう「ぼくは劇団四季が嫌いである」といういささか誤った(短絡的な)情報を手に入れて心配しているのもおかしい。
4/8(金)
断酒暦90日。
午前中にびわ湖ホール見学のあと、新入生キャンプ、解散。
去年までより、半日はやい。これは大成功だったと思う。
生協で御飯を食べて、桜を眺めながらゆっくりと帰宅。関西以外の新入生とぶらぶらだべる。関西弁の早口攻勢は、ちょっと慣れるまで大変だなあと言っている。異文化体験する他地域学生のフォローが、関西勢の比率が増えると共に(うちのクラスは関西勢が10名で他地域が12名)、必要になってくると思われる。
少しカラダを休めなくちゃいけない。
でも、ほとんど何のトラブルもなく、それは本当によかった。
昨日のレクチャーのなかで、河原先生が、自分探しをするのではなく、自分育てをしようと優しく伝えた。このお話は、きっと、今度の自分探しの旅の講義では、まず、文化政策学部の学生には思い出してもらおうと思う。
4/9(金)
断酒暦91日。
大阪現代演劇祭〈仮設劇場〉WA。デザインコンペで大賞を受賞した五十嵐淳のもの。中央突堤2号上屋倉庫に設置された二重円形の白く透明な劇場。360度どこからでも役者が出てこられる。垂直にも工夫があるが、客席へとうまく観客を誘導する必要が出るだろう。
オープニングは内藤裕敬の演出(傘をこつこつと音立てて歩く群衆が彼らしいもの)で、6名の劇作家の作品がリーディング形式で演じられた。ドラマリーディング『―劇場へ!!』。3時間弱という長さがつらいが、敷物と毛布のサービスがあり、やはり風邪は少し悪化したが、それでも、なかなかに面白かった。
泣きっぱなしにさせられたのは、鈴江俊郎『みんなと雨ふり』。大学の演劇専攻の実態など、ずいぶんと私演劇であり、かつ、顔を出し、台本をもう一人の人が見せるなど、リーディングとしては違反すれすれかかも知れないぐらい誇張されて臭い台詞。ところが、うまく、6名のバランスのなかで収まっている。はせひろいち『れんみんたん倶楽部』は彼らしいウィットの利いた舞台をそのままリーディング形式におきなおしたもの。集団自殺までの過程に雑誌取材を絡ませる。
北村想『カノン』は、上方で男と女の手紙やCDの贈り物のやりとりが、幕間として読まれる。松田正隆『人生の劇場』はミイラとトランク。きっと、本格的な舞台でも難解なままだろう。土田英生『劇場へ』は、観客主導の脳内劇場というアンチテーゼに、リアル対フィクションを絡ませる。最後の逆手洋二『現代能楽集三人姉妹』では、久しぶりに、楽隊の移動するシーンに出会えて、演劇を見てきた自分の履歴自体を思い出させてくれる。もちろん、現代の兵隊と劇場との対比、亡霊の住処となった演劇という空間への惜別式でもあるだろうが。
4/10(日)
断酒暦中断。
500mlのビールを飲んでしまう。
風邪、昨日で少し悪化。ずっと家でごろごろ。
小林よしのり『戦争論Z』(幻冬社)をワハハと読んだ後、新しい『インパクション』(NHK問題が特集)が届いたので、読んでいる。何と右から左までレンジの広い読書だなあと思いつつ。
昨日、立命館のレジュメを作ったが、冒頭、どういう学生がいるかを分類し、それぞれのタイプ別に対応しようと今年は考えている。京都橘でも同じことではあるが。以下、レジュメの冒頭のところ
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受講するにあたって〜三種類の受講生が想定されますね
A 興味はないが(or出席がなかなかできないが)、単位はほしい→必要最小限は、教科書と鑑賞
B とりあえず、知識としてアーツマネジメントの概要は知りたい→出席してノートテイク
C まだ漠然としているが、アーツマネージャーを目指したい→学会活動など課外活動支援
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