こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.2-3



422.2/28〜3/6

2/28(月)

断酒歴55日。

浜松に行った。京都駅で3回生のゆりちゃんと一緒になる。彼女はピアノが好きで、楽器博物館で遊ぶ。最後に演奏できるコーナーがあって、いつまでも楽しめるし、思った以上に、いい博物館だった。

そこから10分ぐらい。昼食をとって、はじめて静岡文化芸術大学へ行く。ここでインターゼミがあるのだ。デザインなどの卒業発表があってなかなかにみんながんばって創っている。うちらもこういうのを少し組織的にすべきじゃないかなあとは思うが、まあ、うちらの文化政策は「作文」ゼミのままだろう。

ゆりちゃんは、無事は発表を終える。ただ、別のことで大変だったようで、発表の合間合間にずっと携帯電話していた。昔だったら、怒っちゃうところだったが、いい人プロジェクト推進中(いいねいいねと自分を褒めたいからだ)だったし、それに、「にこにこ計画」も思いついたところだったので、それはまた人生と感じるようになった(それでも、少し発表時間が長かったのと自分のしたこと、思ったこと、考えたことがうまく伝えられなかったみたいだったので終わってからバス待ちのとき指摘したけれど、これはよくなかった。もう少し、こういう点にポイントをおいて話したら、と事前にアドバイスをしたほうがよかったかもしれない。でも、自分から進んで発表したのだから、じつにえらい。旅費だって自腹だし)。「にこにこ計画」とは、「にこにこ」大学に入って、「にこにこ」大学で暮らし、「にこにこ」大学を出て行く「3にこ」計画。ご機嫌さんな卒業づくりである。


3/1(火)

断酒歴56日。

午前中、ばたばた。ぎりぎりセーフ。何とか調整できたかな。ぼくの根回し不足である。ごめんなさい。
嬉しい話のはずが、事前の了解がなくなると、お互いが大不幸になってしまうといういい例ですね。ちょっと、昔、国会議員や県会議員に予算を無理押しされそうになったことがよくあったが、そういう場面を無意識に覚えていて、それを少し真似てしまうなあとあとで反省。いい人プロジェクトの道のりははるか遠い。

その処理がなんとか終わったと思ったら、思わぬメールが。うん、これもまた謝るしかない。ごめんなさい。だって、もっと一緒に仕事をしたいんだから。

みっつめのごめん。ポポル・ブフの単独公演。間に合いそうになくなり、やっとみたトヨタのビデオなどを持って家に帰りました。今日はほとほとつかれた〜。


3/2(水)

断酒歴57日。

よりみちパン!セの4冊目を読む。伏見憲明『さびしさの授業』理論社2004.12。
100%ORANGEのイラスト(カラーの挿絵)がますますさえる。
金満里さんの『生きることのはじまり』(筑摩書房1996)がずいぶん丁寧に引用されている。

ただ、メジャーな「赤毛のアン」や「千と千尋の神隠し」も利用されていて、たしかに中学生などに伝えるためには、こういうポピュラーな素材を活用することが必要なのだろうと少し勉強になる。もちろん、この本にはメジャーにおもねるのとは反対の強い(だからこそさびしさが透き通るような)意思がある。たとえばP53:

《ゆっくりと待つことしかできないことだってある。
《もちろん、もしかしたら一生、「私」の願うような場所は見つからないかも知れません。もちろん、待ち望む人が現れるとも限らない。しかし、その希望を消さずに、自分の中でそれを大切に確保していくこと、そのことじたいで、「私」を活かすことができると信じたいのです。また、人はそうやっていかざるをえないのです。》伏見憲明『さびしさの授業』より

大学の入試監督。後期は、2科目だけだったので比較的早く終わる。今年のうちが共学特需なのだとしたら、来年がどうなるのか、心配である。今日一緒のバスに乗っていた文化政策学科志願の受験生も、去年の入試結果を見て応募したら今年は受験生が定数の減少(新しい学科を作ったため既存の文化政策学科は130→100になった)にもかかわらず2倍以上でびっくりしたと言っていた。
京大が後期入試をやめるという報道。学力重視のためらしい。きっと、さまざまな形態の入試を発明し選択肢を増やすようにしてきたこれまでの傾向はいま変わろうとしているのだと思う。それは、あまりにも入試のミスが多発している(同志社大の受験前の不合格通知ミス、これの実害はないだろうけれど)からでもあるし、基本的な学力のなさが目立つからでもあるだろう。

アリス零番館-ISTプロデュース。単独のポポル・ヴフ公演(Popol-vuh Dance Performance)である。
『ドライトマトと飛行機と裏声』。開場が18時50分からになったので、ロビーで座っている。音楽が聞こえる。舩橋さんのソプラノサックス(クラリネットかも知れないが、たぶんサックスの音)がピアノのテープ音と共に聞こえる。直前まで作り直しているのだろうか。こうして、直前の気配を聞くのもスリリングなもの。

入場。黒く幕が施されたパフォーマンス空間と鮮やかな赤と黄色の客席クッション。劇団太陽族のみなさんの姿あり。ポポル・ヴフのつながりは少しダンスだけでない広がりがあって、音楽はもちろん舩橋陽であり、ぼくはよく知らないが、衣裳の佐藤絵美や映像のPUBWAY(中間の章に移された線香花火の白黒逆転モノクロームのシンプルさはポポル・ヴフの空気そのものである)の役割の大きさが反映しているのだろう。

19:08。葦田幸代のMC。これは普通なのだが、葦田さんが入る直前に、二人のダンサー、原和代と下津浦瑞希がすっと入ってきてスタンバイするところが鮮やか。まっ暗になってさあするぞっていう感じでないここのうまい始まり方である。水色名ノースリーブのワンピース。感じは似ているが微妙に違う体型がうまく衣裳に反映している。三部構成の最初は、このまえ、アトリエ劇研で楽しんだ「飛行機」である。

これが、ポポル・ヴフの一つの到達点であると再確認する。以下、こぐれ日記にて、のちほど。


3/3(木)

断酒歴58日。

9時半から昨日の入試の採点。前期よりはずいぶん少ないのでお昼には終了する。
昨夜見たダンスについて思い出しながら記述する。ポポル・ヴフについて書くのだが、ここのダンスは同じ標題でも微妙に変わっていて、それはたとえばダンサーの人数だって違っていたりする。微妙な変化、微細な変化がどうでもいいということでもないのだが、何人踊るのかとか、誰が踊るのか、ということがあんまり重大ではないというステージが珍しいことだなあと書きながら思う。映像もまた微妙にかわったりする。付け加えられるというよりも取り除かれる形で変わることもあるし、記憶の曖昧さをより増進させてくれるダンスと言えそうだ。

遅れずに新世界。早すぎてコンビニに入ると、なんと浦沢直樹の「20世紀少年」の18巻が売られていた。何とメジャーな漫画に夢中な私!とか思いながらも浮き浮きと買う。アートシアターdBへ。ロビーで漫画を読んでいる若い男の人。まさか!と思ったら、ロビーに最近置かれ出した冊子から松本大洋の「ピンポン」を読んでいたのだった。

ギターを持って20世紀少年の矢吹丈が帰ってきた!なんて思っていたら、隣りにしげやんが座る。丹下段平おっさんに立てと言ってもらうのか。そうそう、『happy!』の海野幸が矢吹丈で、彼女のテニスのコーチサンダー牛山が浦沢による段平のおっさんなのだ。ぼくは娘に「最近お父さんって、漫画に救われているよね」って言われると話す。しげやんは漫画好きだ。確か「明日のジョー」が好きだったはずだ。でも、ダンスの前に不謹慎な感じがして、違う話題に。ひょっとしたら「50歳からの男ダンス/バレエ」っていう企画をするかも知れないので、そのときはよろしくお願いします!すると、小暮さんだったら大丈夫ですよって。

ふと、そういえば演劇ビジネス研究会でワークショップの話があり、しかも40〜50歳代の男性をいかに劇場に誘うかが課題だった。演劇といえど、ダンスもあり発声もあり、いろいろワークショップできるから、これとくっつけてみればいいと思いつく。何だか実現できそうな気持ちになるから不思議。そんなことを思っていると、今夜のダンスがするすると始まる。小鹿さんの前説。75分です。1人ずつ40分近くするんだなあ(やっぱり中休みなく、隅地茉歩さんのあと阿比留修一さんが出てきた)。

ダンスインデペンデント(DANCE BOX vol.122)、ダンスユニットセレノグラフィカ公演『鞭を打つ日』。なんとユニットではなく、二人がソロをする。そうして見終わった感想は、「やっぱりセレノグラフィカはこの二人以外にはありえなく、しかも奥深い一個の人格的存在である!」だった。

どうしてかというと、隅地茉歩のソロも阿比留修一のソロもどちらもソロとしてとても真剣に充実したものだったけれど、どちらもセレノとしての不可分の動きと身体の佇まいが漂うもので、セレノ以外ではないと思ったからだ。それは、たとえばポポル・ヴフにおけるデュエットの二人のあり方(無個性というのではなく、「ある汎神論的女性性という個性」)とはとても違うもので、取り替えようのない組み合わせとしてのユニットだなと逆にソロで思ったのである。

以下は、こぐれ日記にて、また。


3/4(金)

断酒暦59日。

大学でぼんやり。
毎日新聞から700字ぐらいのコラムの依頼。毎月一度、半年ぐらいだそうだ。
午後から校務。来年の新入生キャンプについて、オリターの自主企画にして、希望性にし、学部の壁も取り払ったらどうですかと発言しておく。学生部委員会は今月限りなので。大学院の関係の研究科会議。

今度から一緒の専門ゼミ生がやってくる。本を借りて行く。TAM研をどうしようかと考えてくれている。彼女ののんびりさのなかにある熱意をどう社会へ向かわせるのか、うまくいくための長い助走。
なかなか眠れないそうで、昼夜が逆転しそうだという。休みが長いとどうしてもそうなってしまう。
夜、組合活動。
明日は、早朝、雪の東京にいかなくちゃ、いけない。早く寝よう。


3/5(土)

断酒暦60日。

東京、水道橋へ。MASTERキートン(浦沢直樹)がお供。すると、トヨタ東京本社16階の立派な会議室で、高樹光一郎さんから、これなどとてもいいが、20世紀少年とかモンスターは破綻しているって言っていた。見解は違うが、同じ話題になって、嬉しい。高木さん(高樹さんが仕事名)から、3つも名刺が渡される。ハイウッドの名刺はずっと昔からもらっていたが(あと、カメラマンとしての高木という名刺もあったはずだ、昔は)、あとは、愛地球博とトヨタコレオグラフィーアワード事務局の名刺。

ということで、明日まで、ここで弁当やお菓子、コーヒーを供給されながら、161本のダンスビデオによる選考が開始されるのである。

内容については、4月末あたりにトヨタ自動車広報部社会文化広報室(社会文化グループ)より、発表されるので、乞うご期待。
今夜もまた、酒を飲まず「いい人」でやっていた。30数本に一応絞られたところで、選考委員などと食事。専修大学文学部教授の貫さんとはどうしても大学のあり方などの情報交換になってしまう。それがぼくの一番の関心事であるには違いないからだ。東京グリーンホテルに泊。トヨタからの予約ということで、ちょっと丁寧に扱われたみたいで、やっぱりトヨタはすごいのかも知れないと思う。


3/6(日)

断酒暦中断。

トヨタの選考会が例年になく早く終わって(しかも和気藹々)、そこでの乾杯。それはぐっと辛抱したのだが(人前ではぜったいに飲まないことが体のみならず人間関係の上でもとてもいいことが実証されているからだ)、帰りののぞみのなかで、つい一番絞り500mlを買ってしまう。

ディズニー帰りのお母さん(中学生ぐらいの息子と一緒)が、おいしそうにビールを飲んでいて、つい・・・でも、これまで。というのは、とてもアルコールの回りが速く、もうアルコールは飲めない体質(20歳代)に戻りつつあるのを実感したからだ。断酒暦は、今日のみ中止ということにしようと思う。零からのスタートだとちょっとつらいし、まあ、抑制も効いたし。

機械的な多数決ではなく、誰が誰を押したというのでもなく。さまざまな話し合いのなかで、はじめのカオスから、その場が腐葉土となり、半自然発生的に産み落とされた8組のラインアップ(ファイナリスト)であったなあと思う。時代の空気が、これらを呼んだかのようでもあった。いくつか生では見ていないのが残念だが、逆に楽しみでもある。みんなちゃんとやってくれるかなあ、7/9.10の世田谷パブリックシアターにおいて(ぼくが帰るときには、連絡がつかなかった組がいくつかあったので)。

選考の内容は書けないが、「世代・キャリア・ジャンルを超えて」ということが如実に反映できたものになったと思われる(近畿勢が知られていなかったので、それを伝えるのが自分としては精一杯であった。ただ、ラインアップされた関東勢も捨てたものではないとは思ったのが、今回のビデオ視聴と話し合いの経験だったと思う、勉強になりました!)。

残念なのは、シアタートラムではなく、トラムの5倍ほどの客席を持つセタパブということもあったのか、応募者の中で「地方在住者」(ここに近畿勢20組も入っている〜ダンスではやっぱり近畿は地方なのだ〜うーん!)がぐっと減っていたこと(全体の3/4が「関東在住者」であり、神奈川県がそのなかで19組もいるのは、横浜STスポットなどの劇場主体の取り組みが効を奏していると思われる)。

これが今回の特徴(あと海外在住日本人が少し多くなったことなど)のようで、ぼくとしては、もっと全国の都市ごとのダンスを見たい!と思った。JCDNなどの効果はあるのではあるが。
あと、7/11のショーイング組も今年はこちらで一応選ぶ(8組であとはそこが無理な場合の補欠)。この日は月曜日なので日曜日に帰ってしまわなくちゃいけないのがとても残念だと思う。

あさ、法政大学まで散歩する。学生会館がすでに解体されていて、跡形もなかった。となりの女子学校も買収したのだそうだ。26階もあるタワービル(ボアソナートだったか、明治時代に日本に西洋法学を持ってきたフランス人の名前がついている)にのぼって、新宿を見たりする。1階の学生のラウンジの机にはずらり、コンセントとパソコン=インターネット可能の穴があいていて、みんなここにノートパソコン持ってきてレポートを書いたり就職活動したりするのだろう。


KOGURE Diary/こぐれ日録》の扉へ戻る