こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.2
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2/7(月) 断酒歴34日。 うちのゼミ生でない4回生がゼミ独自の卒論文集を作るとかで来ていて、先生は休みでも来ているの?と驚く。大学教員は休みばっかりでとてもいいと思っていたのに・・と怪訝な顔。 13時からかなり長くタフ5「まちかど芸術」の打ち合わせ。中身はいい感じになっていきそうだ。学生もまちかどの人たちも役者になるかも知れない。ブログと大学サイトとのリンクがスムーズに出来るといいのだが。 さらにむずかしいのは予算の組み方と説明の仕方。田辺さんの方は少し相場観があるので、林さんもそこに準じてもらうしかないだろう。 終わって真っ黒劇場にあがったら、ちんどん@たちばな家の連中の練習は終わっていて、能楽部がひっそりと謡いの練習をしていた。あんなに声が小さくていいんだろうか。10月ここを使うから見せてねというと、怪訝な顔(彼女たちも発表会があるのだろう、第3学生会館との調整など、また必要ですね)。 さきの合格を喜んだため、家族中、疲れが出ているように思える。いまごろ、買い換えた車(中古だけれど、排ガス規制だっけ、そういうために予めどうですかと親戚に勧められたらしい)が、届いているはずだ。さて、早く帰ろう。 2/8(火) 断酒暦35日。 13時から、新年度のゼミ生たちが来るので(結局地元に戻った1名をのぞいて全員来た)、そのためのスケジュールなどを準備する。3/28に誰か来るだろうか(できれば、数人、フェスティバルゲート・ココルームに来て欲しいものだ)。口琴をやってみせる(カズーを吹いてくれといわれて、これは音痴なのでうまく吹けないのでムックリを替わりに鳴らそうとするのだが、ずいぶんひいている学生が多かった)。 イラストが好きな学生など、うまく紙芝居に誘導できるといいのだが。だんだんゼミが重なるので、第1期生ゼミをとりあえず、リボンゼミと呼ぶことにし、次の2期生はチンドン(あるいは、移動)ゼミ、3期生はなんだろう、集まったばかりでよく分からないけれど(彼女たちに考えてもらおうかな)、まちかどゼミ。まあ、とりあえず、そうしておこう。 卒業研究に、共同制作もあることを話すとびっくりしていた。やれば面白いだろうなあ。すでに1期生の卒論などがあるので、それを熱心に見ていた。チンドンゼミのみんなにも見せるといいな。これを書くのか、どうしよう・・と困っている学生もいたかも。 3回生で実質的に卒業研究を終えるということを中心に組み立てたので、実際の説明もずいぶんと気合が入ってしまい、そのあと、喫茶六花でも行っておごろうと思っていたのに、誰も行く気がないようだった。仕方がなく、空振りの気持ちを静めるためにオルガンでテレビアニメソングなどを弾いていた。 午前中、ふと思いたって、彼女たちがすぐに活用するのではないが、就職活動のための非公開ブログを作っておく。「たちばなっこ」http://tachibanak.exblog.jp/。カテゴリによって誰が書き込んだかわかるようにすればいい。 たとえば、○○会社での説明会の様子、△△企画での試験問題、着ていく服装の失敗や成功、面接の質問内容、来ている学生達の様子、これを持ってきたらよかった、先輩から聞いた話と違っていたことなどなど。 京都芸術センターでアジアのダンスについてのデモンストレーションがあったが、研究室にいるうちに19時になっていて、びっくりして帰る。帰ると、いろいろさきの大学入学のための手続きとかがあって、京都橘大学に合格したみんなもうちと同じように期待と不安が入り混じっているのだろうなあと想像する。 さきが今度行く大学では、新入生キャンプみたいなのは、先輩たちが主催することになっていて、自由参加。しかも、お金がいる。「さき、行く?」って聞くと、たぶん行かない、ということで、さきにとって、この自由参加方式はかなり精神衛生上、いいのは確かだ。京都橘大学も女子大だったことで、ずいぶんと保護主義(護送船団方式)になっていて、新入生は全員参加で教員も全員参加が義務、なんてやっていたけれど、いずれ自由参加方式になっていくような気もした。そうなれば、うちの教員でどうしてもこういう集団主義は嫌だという人も喜ぶだろうしね。 2/9(水) 断酒暦36日。71.4kg、22.0%。体脂肪率が高いな。 17時半から、東部文化会館にて、ふれあい“やましな”2004区民ふれあい文化祭「区民ギャラリー」審査会。ぼくはリサイクルアート担当。もう少し幅が広がるといいのだけれど。でも、自分が好きな日本酒の紙パックを使った引き出しとか、連れ合いがもう締めなくなったネクタイを使ったポーチとか、けっこう、物語があって好きなものが結構あったので、気持ちよく審査する。 幼児の絵画部門を見ていると、一つだけ、小さくてしかも周りを塗っていないのだが、インパクトのある「こい」の絵があった。ぼく的には、他のちまちましたお手本があるような絵よりダントツにそれが光っているので、数名の審査員に、これはアート的にはすごいですねえ、というと、意外な反応。 「この絵を描いた子は、3歳でしょ。3歳でこんな迷いのない線など描けません。3歳は何が描いてあるか分からないような絵のはずで、これはきっと・・・」。どうも、誰か大人が手伝っているということのようだ。そうかなあ、ぼくは子どもだからこんなにシンプルな線と色が塗れるんじゃあないかなあと思ったが、まあ、いいやと他を見た。小学生の部でもぼくがいいなあと思ったものには誰も注目していないようだった。よかった、一人で決められる部門の審査で。 帰り、東野駅へと歩いていると、木造の趣のあるお風呂屋さんに出会った。正面に大きな木。東野湯。男子学生も入ってくるから、一緒にお風呂に入りたいなあ。暖簾の絵も、富士山だったし、中のつくりも期待できそう。 2/10(木) 断酒暦37日。71.2kg、22.0%。 断酒していたおかげか、あるいは、岡山市の文化政策課の課長補佐さんが午前中持ってきていただいたお菓子を、カフェ委員会の委員長に渡したご利益か、生協のお食事会(千都)で、なんと、1等賞をいただいた。足のマッサージ器で、とても大きいものだったが、芳江にあげようと、これは誰にも譲らず、もって帰る。 生協の理事をすると、文学部の学生さんを知ることが出来て、これはなかなかに貴重な時間となる。文化政策の学生がいないのが寂しいが、うまく誘導すれば、「食育」のことや「ミールチケット?」(地域通貨と共通する発想)など、生協という実地の場で、生活文化のあり方が学べる貴重な体験になるだろう。そうそう、生協の学生たちはいま「オリーブ」と呼ばれていて、さてどういうネーミングになるのか。オリーブポパイという案もあり、もういっそうオリーブさん、オリーブ君という案もありそうで。 あと生協食堂に「乙女のつぶやき」という掲示板があって、これは確実に変わるだろう。どうなるのか、カフェの名前とともに気になるところ。 文化政策研究センター運営委員会、学生部委員会、教授会、学部教授会、生協理事会(と食事会)。今日は校務満載の日だった。 2/11(金) 断酒暦38日。 今日のフォーラム紹介で、禁酒と禁煙をしている小暮宣雄と紹介されて、禁煙はしていないというか、もともと吸っていないのですとあわてて訂正した。 紀元節ということで、3連休らしいが、こちらは、学期が終わるとそういう実感がない(いまは「日本建国」の神話暦では紀元何年目なんろうか。「紀元は2600年・・」からどれだけ経ったのだろう、まだ、イスラム暦とかと同じで、日本神話暦を使ってくれたほうが、天皇の生死とともに変わる平成とか明治とかよりもずいぶんと便利だし、非科学的な記念日性がよく分かっていいのだが)。 ※あとで調べると、2600年が西暦1940年だったので、今年は2665年となる。何暦というか。天皇暦というのがふさわしいかなあ。 滋賀県立文化産業交流会館にて行われた「滋賀県文化ホールボランティアフォーラム」については、後ほど報告が出来る(地域創造の助成もあるし、必要だろうから)ので、それを見てください。中川幾郎さんとの対話の前半、分科会、そしてまとめ。邦楽の演奏会にあたって、技術スタッフ、表方などの研修というカリキュラムだった。 久しぶりにこういうセミナーに出たなあという感じがする。岐阜市のホールや福井県のある自治体の人たちも参加してくれていた(なかには、民間から財団に来ていかに財団が人件費まで考えたプロジェクトコスト意識が欠如しているかをつくづく思ったという環境NPOもやっている人など、なかなか素敵な人たちがいた)。分科会で、他己紹介を試みる。けっこう、二人で聞き取ることはそのあとの発言を滑らかにする効果を作れたかと思う。それに、アーツマネージャーの資質として「聞くこと」を挙げているが、その実践にもなったと思うし。ただ、「アートNPO」が唐突だった感は否めず、そういう勇気発言をする参加者がいたので、こちらも、ぴりりとした。 確かにそれだけで生計をなりたたせている人はまた別の議論が必要だが、出演やコラム執筆などにかかわる謝金の金額って何だろうと思うことが多い。NHKの出演料が3万円だと話すと、それは出してあげているという姿勢だからでしょうといわれた。 ※NHKについては、民営化するかどうかとは別に、いま不払いが広がっている受信料を、見た時間で払うような形になるといいなあと思う(従量制など電話料みたいな感じ)。そうすれば、つけっぱなしテレビの害も少なくなるし、払ったものについての評価もきちんとなると思われるので(話は別だが、22日のクローズアップ現代で美術館などの指定管理者制度が放送されるということをつなぐの山本さんのメールで知る)。 コンビニでのアルバイト料(大学の入試監視などはレイバーだ)などレイバーlaborへの賃金とは別に、謝金とかワークworkについての対価をきちんと考えるのは必要で、今日など、地域創造の助成もあり、けっこういただいたなあと思ったが、あとは、そことどこまで理念を共有しているかによって、シンパシーがあるところなら、無料でもいいし(actionだからということにハンナ・アーレント流にいればそうなるね)、そうでないところなら、当たり障りのない程度のお金をこちらから提示する方が精神衛生上いいのかも知れない。 この前、早稲田大学に呼ばれたときの謝金が2万円だったが、2万円という数字がさきにあれば、きっと20分ぐらいしゃべればいいのだなあとあらかじめ分かったし(実際、かるい感じのシンポだった)、時間があれば、あんまり嫌なところ以外は出て行こうと思うが、ちゃんとこちらの「work」の内容を教えてもらい、その対価も提示してもらうことが大切だなあと、雪の残る米原駅に向かいながら思った。 この間読んだのは、佐々木健一『タイトルの魔力〜作品・人名・商品のなまえ学』中公新書。2001.11。本の主題とははずれるが、基礎知識としてよくまとまっているフレーズを抜き出しておく(アートとクラフツとの分離について。この記述において、クラフツが複数でアートは単数/あるいは数えられない名詞であることも気になるところ) P143《・・フランスのアカデミーは、17世紀中葉に創立され、王立の組織として特権的な地位を固めていった。われわれのなじんでいる藝術の概念は、西洋近代にできたもので、職人の手仕事に対して、より高貴な、言い換えればより精神的な意味合いをもつものとして、その独自性を強調したものである。この概念の確立に、フランスのこのアカデミーは決定的な役割を果した。事実、この藝術(アート)と職人仕事(クラフツ)との概念的な対比は、そのまま、王室と結びついていたアカデミーと、旧来の在野の職人たちのギルドとの対立と重なり合う。アカデミーの藝術家たちには、権威と名声が、そしてそれに伴って成功と富がもたらされた。》 2/12(土) 断酒暦39日。 1年間のプロジェクトの締めくくりとして、京都造形芸術大学楽心荘で踊られた『ほどける』。うえたけもとこ卒業公演は、こんがらがってしまった糸を、「無理にほどくでもなく ほどけるのを待っている」というような感じで、このタイトルを提示している。大きな階段からもっともっと細い階段を上ると、見晴らしのいい野外の能舞台に出る。そこにある楽心荘へと案内される。午前中の公演というのも珍しいし、卒業制作なので、大田省吾さんや岩下徹さん、そして直接の指導教員である山田せつ子さんらが見ている。山田せつ子さんと久しぶりに話したら、渡辺勝さんの音楽で踊ったことがあると言っていて、またはなに話さなくちゃ。 11:12〜11:53。見えないところから踊りが始まっていた。和紙のような白い幕が客席と舞台をさえぎっている。下半身は開いていて、ちょうど上半身がぼんやりとしか見えない。倒れると全身が見えるというのも、いつもとは逆な関係なので、興味を高める。いつこれを除くのか、ずっと隠したままなのか。 音は、映画自体の音声。男と女。何語だろう、ポルトガル語?自分で足踏みする音なども効果的に使われる。小さなCDデッキが下手に置かれていて、自分で操作して、高揚するときにはボリュームを上げたりする。ガラス戸の奥には日本風の庭があるのだが、そのガラス戸をあけて出て行き、大きな動きになったと思ったら、遮蔽幕ははずされてしまう。11:26。 あかちゃんのためのオルゴールがなる人形があって、それが小道具であるが、そんなに大きな役割はしない。ただ、止まっていたのに、振動で少し鳴ったときがあり、そのとき無音だったために、カラスの遠くで鳴く声とともに強く印象づけられている。その場その場は即興的なのだろうが、全体としてみると、古典的な構造がぼんやりあるような感じがするし、これぐらい長いと、そういう構築は必要になると思う。 それまでは、互いが手探りの部分もあり、じわじわと寒さが床から、ガラス戸の外からやってきた。クライマックスだと思ったのは、座ってのけぞる姿を生むシークエンスのところで、思わず正座してみた。動きに迷いがなくなってきたと思う所から、こちらが踊る方へと自然に誘われていく。それまでは、お互いが臆病だったような感じがあり、それっていつもどこでも同じことで、だから彼女は「ほどける」瞬間を待ちたいと希求しているのである。 そのあたりのどこかで(「ぞくっ」とする瞬間の記憶はいつも霞がかかっているもので、霞むことで反応の位相が変容するのである)、見ているぼくの内部から「ぞくっ」とする震えが駆け上ってくるのを感じられて、ここまで上ってきた甲斐があったと思う。帰り、細かい雪が少し舞っていて、大田さんは、滋賀の方からまぎれてきたんでしょうねえと言う。 少し下ったところで学食を食べる。木彫古仏の写真パネル展示を見る。いつもこういう展示に触れられる環境は大切である。はなに頼まれたチラシのコピー(プリンターが故障しているというので)。早くつきすぎたが、COCON烏丸のshin-biの隣のスタジオでリハーサルをしているはなにチラシを届ける。ちょうど、shin-biではヤン・シュヴァンクマイエルなど、「チェコアニメのヒミツ」展ということで、リトグラフやポスター、珍しい人形などを展示していたので、それを眺めている。 15時なると、椅子を追加するほどの人気。確かに40分ぐらいだけれど、栗コーダーの演奏を1000円で、しかも生音で楽しめるというのはおいしい企画。小暮はなにとっても、4人のリコーダーカルテットの同時演奏のもと、歌えるというのは貴重な体験だった。「ある日・・」と「海の真ん中」。海の真ん中が特にだが、いま、ちょうど、小声と引き算の演奏スタイルを作ろうとしていることもあり(CDの演奏といまのライブではずいぶん印象が違うはずだ)、マイクを使うことになったのだろう。それでも、彼女はぐっと音量を下げていて、そのバランスが心配だったが、まずまず評判も悪い感じでもなく、ほっとする。 栗コーダーだけの演奏は、アンコール(大友良英作曲の映画『青い凧』から)を含めて、9曲。中には、20秒の曲もあるが、リコーダーのかわいらしさと意外に強い音のインパクトで、メリハリのある演奏だったと思う。はなが入る直前の「サニーデイ」の緩急はさすがで、早くなる突然さが、すぐに緩く戻るあたりの微妙な穏健性って、映画やアニメ音楽のなかでの、貴重な立ち位置感覚だと感心する。磔磔での栗コーダーの演奏、大友さんも出演し、はなもアンコールでまた2曲、歌わせてもらったようだ。 こちらは、三条通りにある小さなインターネットカフェで上記のレビューを書いた後、アトリエ劇研へ。ダンスを5本見る。その前に時間があり、中国茶の花茶を近くの中国料理店(半年前に出来たそうだ)で飲んで開場を待つ。たちばな三人娘が受付をしていた。彼女たちがしたい仕事って京都や大阪にないものだろうか。KAVCのアルバイトってどうだろう。 劇研ダンスセレクション。最初は、ポポル・ブフ「飛行機」。いまこのタイトルをはじめて意識する。女性デュオ、アサヒビールで見たとき、いいなあと思ったが、その確信がまた強まる。数字カウントと直線的な動きの反復、ミニマルミュージックが観念的すぎず、しかも情緒に流されないので、コンパクトでシャープな世界を創りつつある。 ごめん、それ以降は、昨日、夜中まで「Happy!」(by浦沢直樹)を読んでしまって、集中力がなくなり、せっかくもう一度見た福岡まな実「いかないで兄さん」でも、途中危なくて、サボイ(j.a.m.Dance Theatre)以下、さぼってしまいました。双子の未亡人プロジェクトでは、クルマの映像が床でつぶれるところが面白く、schatzkammerというドイツ語(かな)のデュオは、未亡人ともポポルとの違う女性デュオで、その比較で何かが書けるかも知れないなあと見ている(今日はムリですけど)。語りの部分とかに味があった。 2/13(日) 断酒暦40日。はなが午前中にやってくる。はなの誕生日祝い、今年は何もしなかったことに気づき、帰り、五条京阪そばのFamille
de Chieでケーキを少し買って食後に食べる。はなの好きな檸檬ケーキ、よく知っていたねえ、と言われて、これはたまたま。250円で安かったからだったが、ちょうどいい甘さで好評。 劇団hako第2回公演『牛乳パッタ』14:03〜15:25。群馬県の茶の間が舞台だ。作・演出・出演:肥田知浩。群馬のことばって始めて聞いたような気がする。「行っちゃむった」「どっか行っちゃむったんだろう」「つっとんべえ」など、結構激しいもの。牛乳瓶のふたを「牛乳パッタ」というのも群馬弁?途中からずんずん面白くなる。チラシにあらすじを書いてあって、でも、芝居を見るまでは、単に作者が自分ちの家族のことを雑感として書いたのだと思わせているあたりが、なかなかである。 みんな親父はこういって、娘が食べるのを阻止するのかと思って微笑んでしまう。劇中、モンブランを食べている親父に妹がやってきて、食べたいっていうと、この親父は、上に載っているのはラーメンだぞ、大人しか食べられないものという。おはぎなどは、蚕の子どもが入っていると怖がらせて独占。さらに、ボブ(・ディラン)で脅す。 見ながら思い出すのは我が家の「ソーセージはうんこ」事件。当時、はなもさきもアトピーや喘息がひどくて随分厳格な食事制限をしていた。お米だめ、大豆だめ、粟稗黍、肉もカンガルーとかワニなんていう食事(稗は特に食べられたものではなかった)。ぼくはたまらないので、ソーセージなどを食べようとすると、さきが手を伸ばす。だめだよ、これは「うんこ」だから。いつもうんこって言っていたら、幼稚園に上がったさきは、ソーセージを指差して「うんこ」ちゃん、って言ったそうで、これにはまいった。 群馬におけるお盆。新暦でするのではなかったかな。だったら7月だ。茄子を馬にすると言っていたが、胡瓜が馬で、ご先祖さまが馬でやってきて、送るときはゆっくりと茄子の牛に乗って返すということだったような気がする、大阪では。胡瓜が冒頭から登場する。ずっと出ているのは、瓶詰めの牛乳、その味と色、そしてにおい。においが過去の記憶をいまにつなぐ有力な力になることを意識した演出。 大学に入った空しさ。東京のスカスカな感じ。親の不在に、姉の突然の欠如。子ども時代と地続きのはずの実家においても呼び起こせない未来に向かう気持ち。 するす屋(肥田:姉と同時に不在となる)と野口(後等留美子)の脇役が三枚目で喜劇の要素を加味しつつ、姉妹(姉ころも役に大角丈、妹つぐみ役に小田宮納子)の夏から秋にかけて起きる変化を丁寧に描く。頭の弱い砂吹役、平井哲平が、(つぐみの夢の中で)父親(思い出)になり、姉ころもが母親になる、母の浴衣を着ることで(つぐみの夢の中で)。ここで、主人公(一人称)は妹つぐみだということが明白になるのである。 秋になり野口が柿を持ってくる。小道具の細かく神経を行き届かせた使い方が好きだ。牛乳パックをまずお膳で回し、次は畳で回す。 |
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