こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.1



417.1/24〜1/30

1/24(月)

断酒歴21日。

今日の14時に入試課に集まり、試験用紙を受け取り、地方会場へと向かう。
ぼくは、大阪。でも、ホテルに詰めることに。26日まで。

朝、読んでいたのは、長岡京駅そばの古本屋で買っていた安部公房『未必の故意』1971年、新潮社。書き下ろし新潮劇場というシリーズで数冊買ったうちの1冊。装幀がかっこよく、杉浦康平、中山禮吉。いままたこんな時代になったように思うし、清流劇場の公演などを思い浮かべる。田中さんたちへ、直接の影響があったのかどうか定かではないけれど。

調べると、1971年9月に俳優座により、俳優座劇場で17公演、地方巡演で22公演されている。そういえば、安部公房は晩年、演劇の方に力を入れていたのだったなあとぼんやり思い出すが、当時はそんなに詳しくなかったのでよく知らなかったのだった。

ジャンボタクシーで難波の予備校に到着。明日の入試の準備。3教室もあるので、誘導など考える。ホテルで問題用紙、回答用紙とともに寝る。


1/25(火)

断酒暦22日。

ホテルでは、いつも缶ビールを自動販売機で買って飲んだ後寝るというのが、定例になっていたので、飲まないで寝るのはちょっと新鮮。でも、寝たと思ったら、夜中1時ごろ、廊下で話し声が続いて目が覚める。神経質ではないつもりだが、トランクを3つ置いて寝ているので、話し声が収まるまで起きておく。

昨夜は修士論文をじっくり読む。よく読むと味がある。その味をうまくもっと引き出すようにしてあげたらよかったなあと反省。でも、これできちんと評価していけると思う。新年度に入学してくる学生の卒業研究を実質的に3回生末に仕上げてしまい、4回生はキャリア準備に専念できるようなカリキュラム進行について、深夜眼が覚めたこともあり、思案。一緒に来ている教員に話す。

入試は1日目無事終了。ホテルに明日の問題などが届く。今度は、別の人にお守りをしてもらって、のびのび就寝。
香山リカ『〈私〉の愛国心』(ちくま新書、2004.8)を読む。「社会病理学」について、もう少し勉強しなくちゃと読みながら思う。特に、「国家」や「社会」を個人の病理の症例にあてはめることで分かってくることや理解されやすさの利点などと、その限界について。

P180より
《解離的と名づけた日本社会のこの病理が、アメリカが陥っている驚くべき単純化と行動化に象徴される境界例的病理に比べて軽いのか、重いのか。それについての答えをすぐに出すことはできないが、いずれにしてもどちらの国の病理も、問題に直面したときに、それを心の奥深くに取り込み、さまざまな複雑な心的メカニズムを動員して解決しようとしたり、解決に失敗してうつ状態や恐怖症などの神経症的症状を招いてしまったりしていたこれまでの人間のあり方からは、遠く離れていることはたしかだ。
《つまりやや大げさに言えば、人間社会はその病理的傾向において、神経症から人格障害へ、という新たなステージへ移ろうとしている。そのふたつのモデルケースが、日本とアメリカというわけだ。》


1/26(水)

断酒暦23日。

2日目の入試も無事終わる。配布問題―解答セットが2種類あったので、2限目は心配だったが。
今日は、看護学部ばかりの受験生の教室を担当。昨日も文学部(文化政策学部との併願生も機械的にこちらで受験)でぎっしりだったが、今日もびっしり。なんだか昨日と少し様子が違うなあと思っていて、ふとそれは服の色だと気づく。つまり、今日は濃紺がとても多いのだ。あとは黒かグレー。制服比率が極めて高く、しかも私服の生徒たちも地味で黒っぽいのだ、でも一人だけ光るセーターを着ていた生徒はいたけれど。

家に帰ると京都新聞にうちの大学の入試のことが出ていたと芳江に教えてもらう。共学になるし、新しい学部が出来るし、ニュース性があるからだ。明日の採点、そして、後期入試。もう少し新年度まで作業がつづく。

解答を大学に届けたあと、大阪市立中央青年センターで、2/6に向けたアートマネジメントセミナーの打ち合わせ。実践的なセミナーというのは、参加者人数が読めないので、即座の反応と予測、複数の場合を想定しながら試行錯誤するのが妙味でもあり、大変さでもある。

今日読んだ岩波ブックレット2004.10。『報道は何を学んだのか〜松本サリン事件以後のメディアと世論』河野義行・磯貝陽悟・森達也・林直哉。河野さん(松本サリン事件で容疑者と疑われた被害者)のような報道被害者を出さないようにするにはどうしたらいいのかとか、本当にマスコミ、とくにテレビメディアの問題は、見ていないぼくにも無縁でないと身にしみる。


1/27(木)

断酒暦24日。

一日中入試の採点。化学はすぐに終わるが英語は延々。去年の3倍以上の受験生だったので、なかなか終わらない。

慌てて磔磔へ。
でも、小暮はなはラストだったので、ほっとする(隣にいた中沢さんが、後半始まったとき、はなちゃん、今日は歌わないのですか?と聴いたが、確かに最後というのは知らなかった)。トマトジュース。前半は薄花葉っぱと水晶。水晶(みあき)さんは、はじめてウクレレに電線をつないでいた。彼女の歌が、とてもスケールが大きくなった印象がする。バックも豪勢だし、より広い活躍の舞台がもうすぐ彼女を待っている予感がした。

休憩後、low fish。ベースの船戸博史を中心に、チューバやグレイトバスリコーダーの関島岳郎、サックスやドラムの中尾勘二のトリオ。東山、魚の木、旅の疲れ、low fishなど。メロディーがときおり聞こえ、ふーっと気持ちがよくなる。そのあと、ゲストの渡辺勝のピアノ&ボーカルで3曲。懐かしい歌もあった。

そして、小暮はな。6曲。「まぼろし」はソロ。あとは関島岳郎と一緒。彼は、「少年」のときは、バスリコーダー、「鳥と飛行機」は鍵盤ハーモニカ、「かくれんぼしましょう」(新曲、まだ歌いこむ必要アリ)のときは確かグレイトバスリコーダー、「海の真ん中」は鍵盤ハーモニカ、ラストの「空に雪が降っている」は、グレイトバスリコーダーにて。ラストの曲はいままでとあまり変わらずに歌うが、あとは、かなりギターの音も少なくして、独特の表現へと向かおうとするもの。女房とぼくとしては、いままでよりも、かっこいいなあと思ったが、どうだっただろう。


1/28(金)

断酒暦25日。

どうして、断酒なんぞしだしたのだろう。アル中でもないのに。直接のきっかけは映画「スーパーサイズミー」。でも、大きいのは親父の死だなあといまになったら分かる。それと、「願掛け」もあるか。4週間酒を入れないで一番快適なのは、時間がかなり有効に使えること。二日酔いがないので脳内がクリーン。あと、芳江の食事がうまくなってきたこともある。問題は、例外日を作るかどうか。試練はまず、初めての卒業式かも知れない。

4時半に目覚めたので、パンプレス25の原稿を書く。「テレビを消して、まちへ」というもの。タフ5への宣言文にもなっている。そういえば、パンプレス24はまだ見ていない。この文章がいつになったら印刷されるか、よく分からないな。

出だしと終わりはこんな感じだ。
《テレビの出現で消えてしまったものをいまさらそのままに復元できると思ってはいない。広告を不特定多数へ向け大量かつ効果的に打つには、音楽を使った応用芸術である街角のチンドン屋さんより、ラジオやテレビなどマスメディアによるコマーシャル音楽の方が効果的であるのは、どちらの殺傷力が竹やりと原子爆弾では強いかを問うぐらい自明である。
・・・・・・
・・・・・・
《次に消える番は片方向、大量伝達型のテレビですよ!といえるために何が出来るのか。竹やりではなく、チンドンと街頭紙芝居の原点を見据えて、今年は考え企画してみようと思っている。》

実はラストのところは、はじめ「次に消える番はテレビですよ!」としていた。でも、芳江に読んでもらったら、テレビづくりをしている人でも良心的な人もいるのだから、全部を切り捨てるのはどうかなあと言ってくれて、テレビの片方向性(発信ばかりの部分)に限定する結びにした。
あとは、ゼミのあり方の箇条書きづくり。そして、大学へ。

小鹿さんとタフ5の事前打ち合わせ。すっきりとした企画書になっていた。ホームページの扱いなどについて調整が残っているが。とりあえず、全体のタイトルは、「まちかど芸術」とすることにする。ぼくの12/21に説明した原案は「持続するアーツ」であり、小鹿さんが作った原案は「続・移動アーツ」(「続・移動芸術」だったっけ?)だったが、予算要求上とかを考えると「続」というのは、損ではないかと思い、そういう名前にした。どちらにせよ、移動アーツの継続と生活アーツとの融合、まちかどで遊ぶ子どもたちなどなど。イメージはこれからより鮮明になってくると思う。

学術振興課への説明。チンドンのときと同じように、新しい「紙芝居アーツ」に注文がきたらどうしようかと武藤さんがそんな心配をしている。うまく行った証拠だから、それは嬉しい悲鳴だろうが、でもそこまで考えておく必要が今度はあるかも知れない。

ばたばたと三田市へ。18時34分に着いたのだが、迎えがなく、電話する。いつもは待っている職員がばたばたしているのかも知れない。第2回(仮称)三田市総合文化センター管理運営計画検討懇話会合同部会。専門部会も5回だったか行い、これでひとまずおしまいだ。指定管理者制度の勉強はこれからもっともっとやっていかなくちゃと思う。行き帰り、ずっと、「MONSTER」を読んでいる。


1/29(土)

断酒暦26日。

夜中(30日になっていたかも知れないが)、珍しくいびきをかいていたそうだ。無呼吸にはなっていなかったとはいうが、少し忙しい日が続いて、珍しく肩が凝っている(スーツを着ていたこと、スーツケースを運んでいたことが原因だろう)。
この日録はまず従来スタイルで書いて、こぐれ日乗(ブログ)のほうへアップする。ところが、ブログなのであとからリンクをしたり追加したりするので、このこぐれ日録の方が短くなったりする。これまでは、そのつど変更していたが、面倒なので、アーツ・カレンダーサイトの「こぐれ日録」とブログ上のそれが異なってもいいと思うことにした。

鳥取の知人、森本さんの日記がかなりガチンコしていたので、エールを彼の劇団のBBSに書き込んでいたりしたら、出勤が遅くなって、芳江に車で大学まで送ってもらう。
10時から、文化政策研究科(大学院博士前期)の修士論文の審査。まずは、副査。それから主査。こういう風にするのかとやりながら学習。自分が相手の立場になったことがないので、対応って難しいけれど。終わって、すぐにコメントを書き、東京でのレクチャー(2/4)の資料を作り郵送。

あわてて、京都芸術劇場春秋座へ。けっこうな人。こんなに大きなところで演劇を見るなんてとても久しぶり(おっと、この前アルティでうりんこ座を見たが、それよりもっと舞台が遠い感じがする)。隣に橋本さん、その隣に午前中修士論文について考査していた本人(変なの)。

遊園地再生事業団+ニブロール『トーキョー/不在/ハムレット』作・演出・美術:宮沢章夫、作曲:桜井圭介、演出協力:矢内原美邦。15:05〜17:52。そのあともビデオを使った紹介挨拶あり。途中から、映像はニブロールぽくて、なかなかによく、はじめはどなる台詞がよく聞き取れず、舞台からの距離が遠いのと、無個性な出演者たちがどうも退屈でうとうとしていたが、次第に、阿部和重『シンセミア』みたいな北関東の北川辺町が主人公だと分かって、どんどん面白くなっていった。

長い公演時間。休みなし。ダンスとか映像で変化はあるが。ビデオを使ったりするのはチェルフィッチュぽく、ローソン前のだらだらした若者は五反田団ね。

どう行けばいいのか分からなくなり、大学のギャラリーで染色の学生作品を見た後、タクシーでアトリエ劇研へ。1040円なり。宣伝美術家の清水さんがいて、明日の伊藤キム公演(奈良県王寺町)の話になる。招待券を研究室からとってくればよかった。劇団衛星の蓮行さんが、女の子が生まれた(安産)と嬉しそう。こちらも映像があったが、京都の街角が映っていて(はじめは電話機などがある通路を固定して映していた)、見慣れた三条大橋など。話と関係するところもいくつか出てくる。そして、喫茶店とか銭湯(梅湯)とか。銭湯は看板などの外見だけだが。そうそう、カラオケの字幕みたいな使い方もあったな。

「その光の加減で 誰かを思い出しそうになる」作・演出・出演:田中遊、出演:岡嶋秀明。
思い出すものは、誰かであるかも知れないし、何かかも知れない。でも、思い出す寸前で思い出せないのだから、それが誰なのか何なのかは分からないし、ひょっとしたら思い出そうとするものは、思い出すために虚構として心の中だけに作り上げたものなのかも知れない。どちらにしても、あるということが分かっているもの。あるということだけがある。いや、あると感じているものだけがある、というわけで、そういう会話からなんとなく始まる。

本当に、正直者の会って面白いと思う。喜劇というジャンルでは収まりきれないけれど、まずは安心して、その巧妙な笑いのツボに行き着くはずだ。
それに今回は、面白いだけではなくて、実存哲学をしていたりもするのですね。不在というかいまだ在らず(もう少しで在るはずのものの正体が思い出せるのだが)、そういう「未在」だけが在る。存在自体だけを感じる私。それが実在者なのだが、この場合二人は不在や「未在」を交互に感じなかなか一つに焦点が結ばない。実存の不確定性、確率でしか表せない量子論的実存主義が描かれているってね。

さらに(というか、こちらの方が演劇的には本道なのだが)、2人芝居の可能性をずいぶん広げる実験性もある。クルクル、男と女の役柄が交代する。二人が会話しているのだが、そぶりはどちらか一方の動きを二人ともしている。3人が話している(キリストとブッタとアラー)のだが、そのなかの二人をくるくる演じ分けている、など。

疲れたぼくに、笑いと涙(ちょっと可笑しいものだが)のウェーブ振動が気持ちいい。ポルトガル語みたいなラテン的なまくし立てで、客席になんだか拍手を促す田中遊。そういうライトな客いじりもまたスパイスである。
マツタケを食べていたら実はワライダケになった。笑いながら迎えるお粗末な死。死ねばすっかり記憶なんかおさらばさ・・。
でも、生きている間でも、いつも記憶は薄れ小さな死を繰り返している。捏造された思い出を引き換えにして。
いつもの公演後の拍手よりも、かなり強い拍手が場内から聞こえたように思った。これもまた、記憶はすでにあいまいになりつつあるが、でも、捏造ではないはずだ、この拍手の音は。


1/30(日)

断酒暦27日。

昨夜のお芝居で外国語(ラテン的)風のめちゃくちゃ語(タモリのねたでもあったっけ)をしゃべるシーンがあった(正直者の会)のだが、今日のダンス公演でも、同じくめちゃくちゃ語に出会うとは予想もしていなかった。

そして、今度の不可解語は、ドイツ語とかポーランド語みたいな硬くギクシャクした言葉を想定していて、身体の動きと連動しているところが、またすごく面白い。途中からそのめちゃくちゃ言葉がアジアっぽくなり、コリア語的な強さもあった。これは振付指導をするという設定(前半に出た女性デュオを村上和司がタモリ語で教育する)だから、こんな感じを選択したのかも知れない。

アートシアターdB、村上和司1回目の公演『マイダンス』15:05〜16:07。あいだに14分の休憩。
《ココロを開いて さらけだす。楽しく動いて 恥をかく。》。気持ちのいいキャッチコピーだ。
それにしても、小さな子どもにやられた。公演中、こんなに子どもが楽しみ、笑いを先導したようなダンスステージを経験したことはない。

後半、村上和司のソロ。真っ暗やみで、ばたばたする音と人の高まる呼吸音しかしない3分間が冒頭あるのだが、小さな子どもはまったく怖がっていない。そして、壁に飛びつき、ヤモリみたいに張り付く繰り返しに、その子は笑い出したのであった。ぼくたちは、おずおずとその女の子の笑いに助けられて笑い始める。

ひとえに展開の妙。ギクシャクしないシームレスなつなぎなのに、まるで連続性がないからその意外性が可笑しい。交響曲で踊るときは前方真ん中にあって、顔で踊る。その直後、壁まで後退して、壁に山のような形の明かりがつく。そのときの歌がドイツ語でダークダックスみたいな合唱(ピアノ伴奏付)なのだ。

床運動のような力技があり、ごろごろ転がるところで言葉が出てきて、身体は言葉にその座を譲る。言葉の感じのみが存在して意味を為さない言葉。意味なき音は言葉ではないはずだが、言葉の殻があると、その殻に、客席の潜在的な笑いたい気持ちが引き出され吸い込まれ、時折ツボにはまると、それが殻からつつーっとあふれ出す。そして、しまいには大爆笑である。
帰り、大谷さんとブレイクしますね、楽しみですねと話すほど、爽快なステージだった。

本当に愉快だった。愉快すぎて、これから京都まで行き1928でソアレを見るのはもったいない気がした。それに今日は早く寝なくちゃ。
前半は井口明子と田岡和己のヂュオ(振付・構成:川上和司)。後半へとつながっていく感じはしなかった。闇と全体明かりとの対比。部分的な照明を生かした冒頭の動きは美しかった。



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