こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.5
5/2(火)
完全になにもしない日。
イタリア語replicare(反復する)から派出した「レプリカreplica」についてのみ、ちょっくら考えた。
コピーにイミテーション、マルティプルやパロディ。とくに、フェイク(贋作)との違い。フェイクとの関連でパスティッシュの意味をはじめて正確に把握する。
円満字さんに教えてもらった鏡伝池と交野天神社に行く。のんびりと生協での買い物のついで。風がさわやかなので、花粉症も大丈夫で、ついビールを買ってきてしまう。
5/3(水)
きのうより、もっと何もしない一日。
朝刊を取りにマンションの階段を降り上る。
夕刊があるかと思って降り、休日はないのかと思って上がる。
出会ったおなじ階の住人とちょっとお話。
新聞を配達したあと、すぐに読むことがほとんどなかった。
何もないと、新聞をすみからすみまで読む。
思ったより、本が読めない。中日とNHKのせいにしてはいけない。
もうすぐ、旅行。それまで、心身の回復につとめるだけである。
青森の東奥WEBで天気予報を見る。かなり関西よりも気温が低い。
どんな、青空が待っているのか。
5/4(水)
いい天気である。目がかゆく、ホールに入るとくしゃみが止まらない。
京阪三条駅すぐの壇王寺に初めて入る。だんのういち。NHKから民放に移った山本さんに会う。すごく会う確率が高いと言う。
玄米茶と無農薬梅干を買って、大阪へ。
ジャングル・インディペンデントシアターで、劇団GUNBO(ガンボ)『MIND EATER』を見る。立ち見が出ていた。はじまりのギターの音がよかった。ピッコロ劇団の谷山佐知子はおなじみの顔だがもう一人の女性の顔にも見覚えがあった。演劇というより、コントの連続で、目がしょぼしょぼするぼくには、五月蝿すぎた。
帰りに粽を買う。かわいいので写真を撮る。
5/5(木)
いよいよ、「青森アーツツアー’05」のはじまり。学会関西部会からの派遣という感じになる。
隊長の中西美穂さん(ツアーコンダクター)と同じ京阪電車だった。門真からモノレール。
お土産係の織田寿文さんも来て、羽田から無事青森に着く。寝たかった中西さん相手にどうしてスポーツは「ツ」で、アートは「ト」なのかというどうでもいい話を夢中でしてしまう。旅の興奮状態になってしまっているようだった。
山の頂上あたりは、真っ白。風が冷たい(今日からぐっと寒気が入ってきたのだ。予報では最高気温は13度〜じっさいはもう少しあがったみたいだが)。
京阪電車も一番前に乗ってしまったし、JALの飛行機だったし、いつもだったら何も感じないのだが、少し乗り物についてナーバスになってしまう。
空港から終点のアスパムまでバス。市営バスの運転手がとても優しく、その言葉に心が揺れる。ホタテ味のアイスクリーム、知らないなあ、でもみつけたら、食べますよ。うに味はあるよ。いま、アスパムのそばのテントでねぶたの骨組み作っているからみたらいいよ。
あまりにも気温が低いので、さくら野百貨店で中西さんはショールを買う。そのあと、このショールをアラブの人のように頭から巻いている年配の女性につぎつぎと会うことになり、青森的な女性ファッションを観察することになるのだ。そして、前白取さん(県庁の文化担当として誠実でパワフルな活動をした熱血漢だったが、ほんとに惜しいことに急逝した)に案内してもらった青森魚菜センターにたどり着く。これは、中西さんの嗅覚によるもの。
そこでホヤとかつぶ(貝〜このあと、弘前城の野外でおでんの具として再開し、胃袋に収まる)に驚嘆し、生のホタテが大皿いっぱいで500円とかを見ながら、山田惣菜店へいく。野菜や山菜、それに混じった魚介類。すぐそこの市場で仕入れてお惣菜にしている。おいしそうな予感。明日の朝食はホテル(JAL CITY)ではなく、ここでとろうと話す。
中西さんが連絡を取ってくれていたARTizanアルチザン(青森市内のアートNPO)の日沼智之さんと日沼禎子さん(国際芸術センター青森の学芸員さんでもある)、そして、常田恵さん(青森県文化観光部文化振興課美術館経営企画グループの主事さんでもある)が迎えに来てくれる。青森駅から特急で弘前駅へ。
「空間実験室」という実行委員会には、県庁の人、市役所の人、団体職員という人など、うまく行政でもなく、でも行政にかかわる人が入っているという、巧妙なアウトリーチ的活動になっていて、きむらとしろうじんじんの招聘の準備もまた、一段とこの企画集団のスキルを向上させるに違いない。乙女会議だったか、女性でなくてもこの会議に入れるのだが、女性的なパワーが補助的活動ではなく、ぎゃくに頭脳的、デザイン的な役割を果たし、男はだまって器用仕事(ブリコラージュ)という男学校的ボランティアの特色作りもまた、いい味だなあと感心した。
ここで、ずっと窓口になってもらっていた小倉さん(ニフティではしらとさん)に会う。ライブでお会いするとちょっとシャイな感じなので、そうかあと納得。彼は、ARTizanのメンバーでもるし、これから出かけるアートNPO法人harappaのメンバーでもあり、明日出かける八戸市内のICANOFのメンバーでもあって、二重スパイ、三重スパイと言われている(明日のことになるが、豊島さんから、二重スパイは最低だが、三重スパイになると最高だとほめられる事態にいたる)。
Npo harappaのオフィス(ルネス街2階)で事務局の大瀬千尋さんに会う。ここで、いろいろと話を聞く。このあと、弘前城の桜を見た後、吉井酒造煉瓦倉庫に行くのだが、じつは、このオフィスと倉庫はすぐそこだったが、とても遠くまで歩いていった錯覚をしてしまっていた。田中屋画廊にて「斎藤義重の歩んだ道展」を見る。田中屋は、津軽塗りの老舗で気が遠くなるぐらい重ねて作る工程が展示されていて、その向こうでは実際の作業が眺められるようになっている。
さて、田中屋に、奈良美智展と県立美術館準備に忙しい立木祥一郎さん登場。浪岡が4月に青森市になってしまって、今回は会えなかった長谷川孝治さんが怒っている(青森市長の選挙も合併後にあったのだ)という雑談をしたりして、桜ふぶき舞う城を堪能。堀に花びらが積もって、薄いピンクの巨大かまぼこみたいで、一箇所なんか、花びらが盛り上がっている。その下に人がうずまっているかもねえと軽口。
ここの夜店や見世物小屋はF1のようなものだと常田さん。選りすぐりだそうだ。フランス風とか熱帯魚釣りとか、珍しいものもあり、何せ看板が統一していて、上品な風情がする。場内でしているからもあると立木さん。おかしかったのは、野外にコタツを出して、小学生たちが勉強をしている姿。ほほえましいテキヤさんたちである。
醍醐味は、思わぬところからやってきた。お化け屋敷の女性の呼び込みにはみんな感心し微笑んでいたのだが(呼び込みに反応するところで、50%以上向こうの戦略は勝利するのであって、入った後は、どんどんでてもらえるようにすれば、もう見世物小屋としては大成功だと何かの本に書いてあった)、その隣は不意打ちだった。テントの縞模様が秀逸。蛇女的なおどろおどろしさはないが、暴走族のなれの果てを見るのはいやだなあとちょっと思う。
入ってみたいと中西さん。そうか、ワールドオートバイサーカスの「サーカス」に反応したのだった。700円だったか、一瞬としては高すぎる。と頭をよぎりつつ、でも隊長が誘拐されたりすると大変なので、ぼくも、織田さん、立木さんと一緒に入る。巨大な樽の周りを年季の入ったようなオートバイに乗った赤いおにいさん(格別ひねくれもせず、もちろん爽やかとはほど遠いにおい)がぐーんと回るのだ。お客さんで千円札を差し出す人がいて、それを見つけるとオートバイにいちゃんは、樽の一番縁を走りあがってきて、さっと奪い取る。両手を離して、目の錯覚かわからないが、その千円札を両目に当てて走ったみたいに見えた。
真ん中に人が立っていて、まさかのときに対応するのだろう(お札を受け取ったオートバイにいさんがまたそのまん中の人にお札を渡す)。こちらが見ているすぐそばを走る。足場も木なので振動がすごい。飛び出されると双方が大惨事になる。へなへな笑いつつ、事故らないことを祈る。おかしかったのは、夢中でシャッターを押したのに、赤い服がぼやけてすみに写るのみで、なかなか捉えられなかったということ。
弘前は重要な文化財が多い。お城はじめとした城下町時代のもののほかに、明治以降の近代化建築にも味のある建物があって、そのなかでは、イギリス国教会系の教会にもはいらせてもらった。100円を寄付する(絵はがき代として出すこともできる)。前川國男の建築物もしっとりとお城の周囲に建っている。このあたりになると静かな町のたたずまい。
さて、踏切を越えて、奈良美智展だが、かなりの人数。綺麗なレンガが前面に現われる。カフェは満員なので、そとでコーヒーをすする。外に架設されたトイレの白さがこの展示デザインに対するこころざしを感じる。ショップでチョコレートなどのお土産を買う。地元の雑誌もなかなかのもの。じつに大勢の人が訪れている。
だが、カフェとショップの賑わいとは別に、展示場は、大きく、煉瓦倉庫特有の静かさがあって、一人で祈るように見ている女性も目に付く。アベックも多いが。のぞいている人の顔を向こうに眺める目線の交差があったり、暗いところで誰にも邪魔されずにいられたり、カフェでは高い窓越しにレンガの壁が見られるように工夫されていたり、展示を見るだけではなく、展覧会をめぐる人模様を見つつ、ここ独特の空気が醸造されているのである。
りんご酒を貯蔵していたということもあり、タイルの床のところとか、全体に外気よりもまた一段と気温が低く、監視の人たちは大変である。グラフによる展示設計も見所。見えないのに、窓のほかに節穴を開けているところや、大部屋から独立する小部屋の効果。暗い中に浮かび上がる皿絵。ぐるぐる回っていくものを見ると、木なので、先ほどの巨大樽を思い出してしまう。
県の美術館コレクションとなるデッサン類はやはりみがいがある。棟方志効ではないが、一種、オートマチックな情動が無意識にこの姿を書いてしまうのだという説得力みたいなものを感じた。彼が移したアフガニスタンの子どもたちの笑いに見られる悲しさ、寂しさ。何気なくとっていて、戦争の悲惨さもないのに、写している作者の微笑み事態に悲しい湿り気がきっとあって、それがじわっと染み出すから、そういう笑顔になり、風景になるのだろう。
5/6(金)
青森市立の国際芸術センター青森ACACに午前中行かせてもらい、おいしいおうどん(安田屋晴右衛門)を食べた後(常田さんのお奨め〜カレーうどんを今度は食べたい)、青森県立美術館(仮称)の建設現場をみさせてもらう。
河口龍雄展『時間の時間』は、まず、駅前のNOVITA(覚えやすいギャラリー名だ)でもやっていて、それを偶然(ドトールに入ったので)見て、それから、国際芸術センター青森でじっくり見ることになった。安藤忠雄の建築で、とくにアプローチの木のドームは、足音も優しく、意外といい感じだった。カタログが忠実していて、でも、午後に県立美術館の広々とした研究・事務スペースを見たからでもあるが、かなり狭い(浜田館長室はコピー置き場と会議室になっている〜浜田剛爾館長が17歳のとき、モデルになったという銅像が市役所前にあるというのは、じつにおかしい)。
県立美術館の現場は青木淳事務所の若き大阪人に案内してもらった。レンガの白ペンキ塗りといい、こげ茶の壁とか、その手づくり感とスケールの大きな壁とが、一見不調和なのだが、なぜか、かなり完成時を期待させるものとなっている。コミッションワークの奈良美智の巨大なわんちゃんも気になるし、講堂兼劇場での営みもある分、アレコという明快な作品ありきな故に、その制約をどう我が物にこの美術館および長谷川孝治他が行うのかという楽しみに打ち震えるのである。サインがスタジオ食堂だった菊地さんというのも面白い符号。そのサイン明かりがあって、親しみがもてる「木-a-矢印―北の方角」だった。
そのあと、三人だけで、八戸へ。本八戸駅で下車。さくら野百貨店前で市民アートサポートICANOF代表の米内安芸さんの車に乗せてもらって、彼の元スタジオ(写真家さんなのだ)へ。文芸サロンだった。
開口一番、モレキュラーシアターの豊島重之さんが、青森市より、八戸はずっと寒いのだと。イカノフは、イカの腑だとも話し、いままでアーツマネジメントのお話中心だったのが、ぐっと、世界の感じ方とか捉え方のような美学論的な話に突入。
おいしい日本酒を飲み、青森市に帰ってから、しらとさんを入れた4人でカラオケに行ったこともあって、記憶は翌日起きるとかなり飛んでしまっていた。
5/7(土)
雨。昨日の八戸が一番寒かったが、雨もまた肌寒い。中西さんは盛岡の彩園子(ギャラリーとカフェとショップが蔵のなかでうまく融合している感じらしい)へ。ぼくは、のんびり、棟方志功記念館に行ったり、アウガで無料のインターネットをしたり、図書館で本を読んだり。
青森空港へ行くと、濃霧のために機材が来ないという。あわてて、青森駅に引き返し、残席わずかということだったブルーとレイン日本海の上段をようやくゲット。思いがけなく寝台車で大阪へとのんびり向かう。
5/8(日)
ぶじ、日本アートマネジメント学会関西部会に間に合い、決算、予算を承認してもらう。
新しい方も来ていて、この学会活動をもっと面白くしなくちゃと思いつつ、何もしないで家に帰る。
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