こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.3
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3/7(月) 断酒暦61日。 はじめは、親子でリズム体操。気がつくと朱さんが電子ピアノを弾いている。体を動かしている子どももいるし、大きな隠れ家があるし、工作遊びのコーナーもにぎわっている。「子育て悩み相談」もあったのかも知れない。さて、おまちかねの人形劇。「其枝なかよし文庫」が、絵本を巻き絵にして、ウサギさんのワンピースが背景に会って変わっていく姿を音楽入り(電子ピアノと手拍子)でやっている。前に出てくる子ども、振り返る目、舞台に向かう子ども達の姿がほほえましい。 新しく出来たカレー屋で昼飯を取ってから(山科三条商店会には入らないと亭主)、バスで大学へ。でも、掃除で入れず。センターでブログに向かって書き出す。まわりは、池上ゼミ4回生たちの絶え間ない雑談。いちおう新聞の切り抜きをしている(ほとんどおっしゃべり)。だが、これを100部以上刷っても、何か意味があるのか。何とか学会の打ち合わせだという。すくなくとも、ぼくはごみになるだけなのでいらない(どういう視点から選んだかが問われず、ただ学生が面白いものをコピーするってどういうことなのだろう)といっておく(学部教授会で閲覧するぐらいでいい)。 3/8(火) 断酒暦63日。 夜、京都新聞社の方々などの勉強会(お食事会)に呼ばれて、こちらもいろいろ情報を得た。東大や京大出身の教授陣が全国の国公立大学に散らばっているのだが、そのなかから有名人みたいな人がピックアップされて戻されているので、東大京大以外の国公立大学はこれから大変だとか、まあ、なんだか、他人事のようなそうでないような微妙な話などなど。新大宮商店街のお店にて。立命館大学の方から、うちの前大学長が、立命館の総長だったときの置き土産が、セメスターで15回も講義をするということだったらしくて、うーん、それがこちらを苦しめるなあと思ったり、京都橘大学って立命館の子会社みたいなものでしょ?といわれて、そういう評価なのだと思ったり。 たまには、アーツ以外のそういう大人の会合に出るのも勉強にはなるが、でもアーツの現場に戻りたいと思う今日この頃でもありますね。 博士論文を書くことをちゃんと考えなければならない。 3/9(水) 断酒暦64日。 10時に毎日新聞の記者さん。6回分の予定など。掲載は5月のはじめだ。 アーツコンペの当日パンフに何か書くようにとセミナー生がメール。字数もないし、期限もない。こういう基本って、ただのセミナーで手取り足取りしてあげる必要があるのかどうか。アーツマネジメントとか言う前に常識なのだと思っているのに、そうではないことが多すぎる。こんな文をとりあえず作っておく。 断酒歴65日 昨夜書いたのが、ちょっと問題だと思って、4時に目が覚めて、そのまま本を読んでいる。6時にexblogのメンテナンスが終了したので、さっそく、短く直す。 あさ、研究室に出かけると、廊下のワックスがけで、なかに入れない。 休憩の時から第2部キッズバージョンを創造活動室にて行い、小学生以下のこどもたちはこれに参加:楽しい紙芝居や工作などなど。万華鏡も作ろう 14:50 第2部 こどもとおとなの文化環境づくり(アーツと社会の関係トーク) 15時過ぎに京都経済新聞の方が来て、演劇ビジネスモデル研究会についての取材。葬送文化の話にも興味を持っていただく。 3/11(金) 断酒歴66日。 午前中、本を読んでもらうために作った図書目録を生協の本屋さん担当に渡す。図書館にも渡しているので、うまくこれと連動して、授業を展開しようと思い、以下のような、問題案を作ってみた。これは、リストを少し専門化すれば、専門の授業などにも活用できる問になると思っている。以下、その案文。 午後に、朝日新聞あいあいAI京都の取材。3/30(水)の挟み込みのもので、1面に出るのだそうだ。写真をいっぱいとってもらって、最後は雨の中でもとった。大きな紙面に耐えるものになったのかどうか。ふるさと創生のことをこんなに多く聞かれたのはいままでなかったかも知れない。 さあ、精華小劇場へ行って、少年王者館KUDAN Project公演『真夜中の弥次さん喜多さん』を見ようと、少し予定より遅くなったのであわてて研究室を出る。雨が強くなって、ぼろぼろになった靴がぐっしょり。車が行き交うなかを歩いているうちに、なんだか、これから難波に行く気力がみるみる失せてくる。ということで、早く家にたどり着く。娘にブログを教える。はじめは乗り気ではなかったが、「チェーホフの世界」という本を読んだことなどを書いてみたりしているうちに、面白くなりそうだとつぶやく。 3/12(土) 断酒暦67日。 昨日までと打って変わって冷え込む。マフラーは?って、出かけに聞かれて、ずいぶんと昨日より厚着していたので、そこまでいいよ、って答えたけれど、山下残さんらが羊さんと一緒にもごもごいるのを目撃しながら、マフラーすればよかったと思った。 そう、数日アーツ現場に行かなかったこともあって、今日はアーツ満喫の最高の日だった。夜見た遊劇体『金色夜叉〜貫一・お宮篇』も貫一篇と同じぐらい素晴らしかったし、ずっと楽しみにしていた泉北アーとプロジェクト〜ヒツジにつながる郊外電車〜アートとコミュニティの出会い』は予想を超えた勉強になった。美術では昔京都市立芸術大学院生だった当時吹田のお屋敷でやっていた荒蒔綾子さんからもお手紙をもらっていて、彼女が町の人たちと作ったお花畑のヒツジランドワークを見るのも今回の目的の一つだった。 寒いのも、含めて、そこ(車内、プラットフォーム、美術館、河川敷公園)にあるはずのないダンスたちを見たのも面白かったし、羊が町内会の活性化に一役買っているというとぼけた素晴らしさにも感動した。とりわけ、大阪府の予算がゼロになったのにもかかわらず、嫌にならず、国の予算を600万円獲得して、アーツのNPO法人(ダンスボックス)がこれだけの広がりのある企画をつくリあげたことに一番感激した。平成16年度全国都市再生モデル調査事業(内閣官房都市再生本部)というもので、文化庁分はなんと2枠しかなく、その2枠の一つとしてこれが選ばれたのだそうだ。 じぶんはすぐに投げ出してしまうからだからでもあるが、大谷さんらはとても粘り強いし、ロビー活動(日本流に言えば悪くない「バッチ」だったら、それだってうまくつかっちゃえ精神)も現実的視点から行いつつ、何よりも、現場の人たち、鉄道会社の担当者とか大阪府の河川土木の担当者などなどをしらずしらずのうちに啓発し(啓発されたとはゆめ思わさず)、その気にさせていく持続力が素敵だった(もう、ぼく自身ちゃちな企画などしないで、NPOへどんどん学生を送り込むことにしようとも思ったが、それはまあ、こっちの話ではある。アサヒビールの山城さんがお子さんと来ていて、この子、初めてのダンスだったんですよ、大丈夫かなあと話していて、タフ5も楽しみにしていますといわれたので、これだけは何とかやりおおせなくちゃいけないとは思っているが)。 じつは、今日の「泉北ダンス計画〜まちとひとと生まれるダンス」の目撃ツアーは、日本アートマネジメント学会関西部会の例会でもあって、11時半に、泉北高速鉄道中百舌鳥駅のプラットフォームに集合だった。少し早く着いたので、天牛書店で画集(平山郁夫など普通は買わないのだが、すべて400円につられて買う。これだけ買うのははずかしいので、セザンヌやドガ、モディリアーニにビゴーまで買う。宮沢賢治のものも)などを買ってしまい、ずっと持ち歩く羽目になった。びっくりしたのは、関東の武藤さん(トヨタコレオグラフィーアワード選考会でご一緒した)も来られたということで、もっともっと関西ダンス見てね!といううるうるした光線を送っておいた。 前から2両目では、ダンスを行っていますというアナウンスが車内に流れたのが一番おかしかった。だって、携帯電話とか普通の注意案内と同じトーンで淡々と流してくれるので、そのギャップが素直に嬉しい。異様に混んでいる2両目を怪訝な顔で見つめている1両目とか3両目の乗客さんの目もいい感じ。これがしたかったことだと思う。でも、白いチョコレートを進めてくれた社交ダンスをやっているという鑑賞者のおばちゃんが一人手を叩いて喜んでいるのもまた嬉しい。男の子が途中で乗ってくると、しげやん(北村茂美)は、すごい歓迎アクションダンスをしていた。途中の駅からシゲメイツがつぎつぎ乗り込んでくる。変なカップルも登場。一人だけ男性だったが(たけちよさん)、6駅目の終点で降りると、彼も含めて、みんなビキニとかになって、走り回っていた。寒いのに、とここでは思ったが、残さんら3人の方がもっと寒いのだが、それはここでは思いつかなかった。 和泉市久保惣記念美術館へはバスで行く。はじめ歩いていこうと松本さんらが行っていたが、風が強くて小鹿さんをのぞいて日和見る。美術展もあって、福岡道雄が石に繰り返し書く言葉に振動する。荒蒔さんのヒツジを見ていると水仙がかわいい。山下残さんやつく山いくよさん、それに衣装担当のかなもりゆうこさんらが打ち合わせをしている。エメ・スズキによるパフォーマンスは紅型のような着物に、帯代わりの紐などを使った美術館案内ツアーのような形で行われ、ボタンのアコーディオンとギターがメランコリックに音をつける。 最後の山下残と2名の上半身裸の若い男の人、それにつきちゃんのダンスは、ヒツジ2匹とそれにえさをやる岩村原太さんのお子さん、それにつきそう八木さんや、シゲメイツの女性によって、何と言うか、平和なのか、もっと危ないのか、そういう日本の微妙な政治状況を表しているとは思えないかも知れないけれど、そういうことを主観的に思いながらみたものだった。 あわてて、バスに乗り、つまり、丸太町へいき、京都文化芸術会館で遊劇体を見る。100分ということで、お宮の候文から始まり、でもやっぱりお宮のことは作者も貫一も男として不可解なりとしてしか扱えないことを確認する舞台であった。 3/13(日) 断酒暦68日。 雪が舞う。卒業式のところもあったようで、これは大変だっただろうね。 アーツ・コンペin大阪市立中央センターがあって、そのなかに子どもたちが枯葉と泥遊びに戯れること自体をアーツプログラムとして提示するというとても面白い企画があった。泥で手型という当初の思惑とは少し違っていたようにも見えたが、なかなかに素敵な空間ができていた。写真を見ながら落ち葉を踏む。車椅子の人もそこを通り抜けるが、写真の展示が子供用に低くなっているので、車椅子の人にもちょうどいい。 はだしで遊ぶ。体育館なのに外みたいな遊びが出来るのが余計にミスマッチ感があって、嬉しいのかも知れない。泥投げが少し激しくて、どうなるかなあと思ったが、ひごろジャングルようちえんで遊んでいる人たちだ、いい具合の頃合いを知っているのだった。テレビカメラも泥がついてしまっていたが、カメラマンさんも楽しそう。観客も入り込めるようにしたかったと熊谷さん。でも、においもあり、参加した気分ですよ。 ステージは後半、少しアーツぽくなり、宇田川レコードの一人ステージは、発展途上なだら見ごたえあり。不要になったカセットテープをココルームに届けよう。なるほど、すでにオールドメディアにあったカセットは手に入らないのだなあ、と確認、「20世紀少年」を思い出す。16時に終了。さきと最後の夕飯になりそうなので、急ぐ。めずらしく森之宮駅に花屋さんが出ていた(出ていたとしても日頃気づかないこともあったのかも知れない〜週1〜2回出るそうだ)。小さな娘さんとお母さんが、白くて野の花のような花束を作ってもらっていた。 花束にしてもらっているあいだに、花屋のおじさんと話していて、なぜかいまどきの日本の男の子が地べたに座っているという話になり、大東市に行くことのあるおじさんは、勇気を出して、高校生ぐらいの4人組を注意したのだそうだ。いつも通行の邪魔になっているのに、誰も注意できず、小柄な花屋さんもまた、なかなか言えなかったという。でも、同じ年頃の子どもを持つ彼はある日、彼らに近づいて行ったのだった。見て見ぬふりはもうやめよう、と。 すると、花屋さん自身が予想もしないことが起こった。そう、その注意された男の子の一人が、注意してくれてありがとう、とお礼を言ったのだ。何と言う勇気。そして、思いがけない嬉しさ。 |
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