こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.3



422.3/7〜13

3/7(月)

断酒暦61日。

『山科おやこDEフェスタ』みんなが出会えば楽しい子育て。ラクトC棟(京都市生涯学習総合センター山科)には、小さい子どもがあふれている。京都市内でも山科にはこんなに若い人がいるんだなあと実感する。でも、こういう山科子育てサークル連絡会として集まったのは初めてだと、NPO法人山科醍醐こどものひろばの朱さんが教えてくれる。

はじめは、親子でリズム体操。気がつくと朱さんが電子ピアノを弾いている。体を動かしている子どももいるし、大きな隠れ家があるし、工作遊びのコーナーもにぎわっている。「子育て悩み相談」もあったのかも知れない。さて、おまちかねの人形劇。「其枝なかよし文庫」が、絵本を巻き絵にして、ウサギさんのワンピースが背景に会って変わっていく姿を音楽入り(電子ピアノと手拍子)でやっている。前に出てくる子ども、振り返る目、舞台に向かう子ども達の姿がほほえましい。

新しく出来たカレー屋で昼飯を取ってから(山科三条商店会には入らないと亭主)、バスで大学へ。でも、掃除で入れず。センターでブログに向かって書き出す。まわりは、池上ゼミ4回生たちの絶え間ない雑談。いちおう新聞の切り抜きをしている(ほとんどおっしゃべり)。だが、これを100部以上刷っても、何か意味があるのか。何とか学会の打ち合わせだという。すくなくとも、ぼくはごみになるだけなのでいらない(どういう視点から選んだかが問われず、ただ学生が面白いものをコピーするってどういうことなのだろう)といっておく(学部教授会で閲覧するぐらいでいい)。


3/8(火)

断酒暦63日。

夜、京都新聞社の方々などの勉強会(お食事会)に呼ばれて、こちらもいろいろ情報を得た。東大や京大出身の教授陣が全国の国公立大学に散らばっているのだが、そのなかから有名人みたいな人がピックアップされて戻されているので、東大京大以外の国公立大学はこれから大変だとか、まあ、なんだか、他人事のようなそうでないような微妙な話などなど。新大宮商店街のお店にて。立命館大学の方から、うちの前大学長が、立命館の総長だったときの置き土産が、セメスターで15回も講義をするということだったらしくて、うーん、それがこちらを苦しめるなあと思ったり、京都橘大学って立命館の子会社みたいなものでしょ?といわれて、そういう評価なのだと思ったり。

たまには、アーツ以外のそういう大人の会合に出るのも勉強にはなるが、でもアーツの現場に戻りたいと思う今日この頃でもありますね。

博士論文を書くことをちゃんと考えなければならない。
外部からの評価と、内部での評価のギャップ(地域創造創設の意味など、旧自治省ではまだ何もぼくのやったことについて理解する能力をまるで持ち合わせていないだろうから、いまもこれからもすべて同じことが繰り返されるのである)は、ますます広がっているように思える。
軸心を外に置きつつ、中はそーっと寝ているようにする手もあるし・・・。チンドンをしている学生などにしわ寄せが来たりするのがかわいそうだが、いまの日本の社会の縮図なのだから、耐えていけ!というしかないね。


3/9(水)

断酒暦64日。

10時に毎日新聞の記者さん。6回分の予定など。掲載は5月のはじめだ。
さて、何をどうかこうかなあ。野村誠さんも過去に書いていた。
京都橘大学文化政策研究センター運営委員会。今日で最後。文化政策学部が出来る前から、ここの委員だったので、ちょっと感慨はないこともない。
学生部委員会に教授会。卒業判定や入試判定。次年度の入試。データがないなかでのやりとりほど不毛なものはない。学部教授会。法政大学のゼミのあり方を配ったが、こういう資料は説得力がある。でも、議論は何だか空回りしている感じでこちらも冷静にしている。

アーツコンペの当日パンフに何か書くようにとセミナー生がメール。字数もないし、期限もない。こういう基本って、ただのセミナーで手取り足取りしてあげる必要があるのかどうか。アーツマネジメントとか言う前に常識なのだと思っているのに、そうではないことが多すぎる。こんな文をとりあえず作っておく。
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《ひとはいつしか、同じ匂いのヒト同士で集まっていることに気づく。
アーツもやっぱり同じこと。どうしても、共通の思い出とか、憧れとかが軸心になって創るひとも味わうひとも集まっていく。
それが悪いというのではない。でも、たまには、もっと違うひとの匂いに出会いたい。
いささか、敬遠しているジャンルにも「こんにちは」って、帽子をぬぎたい。
とはいえ、敷居が高いのも事実だ。じろっと見られたりすると、あなたさまに来ていただかなくとも、と暗にいわれているのではないだろうかなどという不安が出会う前にすでに出てしまったりする。

そこで、「アーツ・コンペ」。コンペというアナクロな名前の安心感。競うっていっても、いわゆる「みかん麻雀」くらいの気易さ。そんな雰囲気のなかで、観客として、ちょっと日ごろより半歩冒険してみれば、どうでしょう。
いい出会いがありますように。思いがけない発見を通じて自分のこと、まわりのひとたちのことが少し新鮮に感じられるようになればと願います。》




3/10(木)

断酒歴65日

昨夜書いたのが、ちょっと問題だと思って、4時に目が覚めて、そのまま本を読んでいる。6時にexblogのメンテナンスが終了したので、さっそく、短く直す。

あさ、研究室に出かけると、廊下のワックスがけで、なかに入れない。
11時に、4回生が来てこれからの進路についての相談。
13時には、6/25(土)、東部文化会館における子どものフォーラムについての打ち合わせ。
大まかな柱をほぼ固める。以下素案。
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13時開場
13:30 第1部 こどもの文化現場から〜キッズ・アーツ・カレイドスコープ
4組ほど、こども主体のダンスやおどり、音楽ライブ、文化実践発表などを行う(インタビューもする byこぐれ)
14:40 第1部終了

休憩の時から第2部キッズバージョンを創造活動室にて行い、小学生以下のこどもたちはこれに参加:楽しい紙芝居や工作などなど。万華鏡も作ろう

14:50 第2部 こどもとおとなの文化環境づくり(アーツと社会の関係トーク)
前半(20分ほど):第1部の発表を振り返って〜第1部に登場した各グループに関連するおとなの声を聞く
後半(50分ほど):山科醍醐のまちにこどもの声を〜タフの取り組みを紹介しながら
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15時過ぎに京都経済新聞の方が来て、演劇ビジネスモデル研究会についての取材。葬送文化の話にも興味を持っていただく。
ライブにいこうと思っていたが、どうも体調がいまいちなので(まず眠い)、早く帰る。さきと一緒に夕食をしたのは久しぶり。


3/11(金)

断酒歴66日。

午前中、本を読んでもらうために作った図書目録を生協の本屋さん担当に渡す。図書館にも渡しているので、うまくこれと連動して、授業を展開しようと思い、以下のような、問題案を作ってみた。これは、リストを少し専門化すれば、専門の授業などにも活用できる問になると思っている。以下、その案文。
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<2005前期 自分探しの旅c「愛国イベントからの自由」中間テスト問題案>
図書目録「学生のための読書力アップ作戦」に挙げた本(教科書以外の59冊)から、自分が読んだ本を一冊自由に選び、以下の問に答えなさい。
1)選んだ本の題名、著者、出版社/出版年を書きなさい。
2)この本を選んだ動機は何ですか。また、読む前に、この本はどんな本だと想像しましたか。100字程度。
3)本の中で、一番印象に残った文章を、100字から200字程度、抜き出しなさい(ページ数を忘れずに)。
4)この本を読んで、この単語(複合しているものでもいい)がキーワードだと思われるもの、または、新しく知った用語やフレーズを5つ抜き出しなさい。
(書き方の例示)女の立身出世としての「玉の輿」、メディア・サーカス、翼賛報道、『君が代』を歌わない今生天皇、操作的公共圏
5)4)にあげた5つの言葉のうちで、一つを選び、100字程度で解説しなさい。
6)この本を読んだあとの感想を書き、友人に薦めるには、どういう風に語ったらいいか、考えて書きなさい。200字程度。
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ちょっと例示に触れたが、京都橘大学女性歴史文化研究所叢書『〈悪女〉の文化誌』(晃洋書房)のなかに、野村幸一郎さんが、金色夜叉のお宮について書いていて、それが、遊劇体のお芝居と関連しているので、まず拾い読みした。芝居に出てきた女高利貸しをどのようにみたらいいのか(同じ富貴をめざす悪女だが滑稽な姿でお宮と対比されている)とか、書かれた以上に連想がふくらむのは、最近にお芝居を連続して見ているから。それに、明治の民法論争とかいろいろ昔の学生時代を思い出すこともあり(ボアソナードが出てきた)、楽しい。

午後に、朝日新聞あいあいAI京都の取材。3/30(水)の挟み込みのもので、1面に出るのだそうだ。写真をいっぱいとってもらって、最後は雨の中でもとった。大きな紙面に耐えるものになったのかどうか。ふるさと創生のことをこんなに多く聞かれたのはいままでなかったかも知れない。

さあ、精華小劇場へ行って、少年王者館KUDAN Project公演『真夜中の弥次さん喜多さん』を見ようと、少し予定より遅くなったのであわてて研究室を出る。雨が強くなって、ぼろぼろになった靴がぐっしょり。車が行き交うなかを歩いているうちに、なんだか、これから難波に行く気力がみるみる失せてくる。ということで、早く家にたどり着く。娘にブログを教える。はじめは乗り気ではなかったが、「チェーホフの世界」という本を読んだことなどを書いてみたりしているうちに、面白くなりそうだとつぶやく。


3/12(土)

断酒暦67日。

昨日までと打って変わって冷え込む。マフラーは?って、出かけに聞かれて、ずいぶんと昨日より厚着していたので、そこまでいいよ、って答えたけれど、山下残さんらが羊さんと一緒にもごもごいるのを目撃しながら、マフラーすればよかったと思った。
京阪の丸太町を下りると小雪が舞っていた。川沿いを北に行く道はうすぐらい。葉のないこずえから小さな破片が降ってくる。いつも、夜ここを通ると不思議な気がして、好きだけれど、女性はちょっと一人歩きするのは危険だろうと思う。きょうは特にその寒さが大阪の南とはまた違って格段のものだっただけに、ここを通るだけでも観劇するために、京都と大阪を行ったり来たりするのはいいことだと思った。

そう、数日アーツ現場に行かなかったこともあって、今日はアーツ満喫の最高の日だった。夜見た遊劇体『金色夜叉〜貫一・お宮篇』も貫一篇と同じぐらい素晴らしかったし、ずっと楽しみにしていた泉北アーとプロジェクト〜ヒツジにつながる郊外電車〜アートとコミュニティの出会い』は予想を超えた勉強になった。美術では昔京都市立芸術大学院生だった当時吹田のお屋敷でやっていた荒蒔綾子さんからもお手紙をもらっていて、彼女が町の人たちと作ったお花畑のヒツジランドワークを見るのも今回の目的の一つだった。

寒いのも、含めて、そこ(車内、プラットフォーム、美術館、河川敷公園)にあるはずのないダンスたちを見たのも面白かったし、羊が町内会の活性化に一役買っているというとぼけた素晴らしさにも感動した。とりわけ、大阪府の予算がゼロになったのにもかかわらず、嫌にならず、国の予算を600万円獲得して、アーツのNPO法人(ダンスボックス)がこれだけの広がりのある企画をつくリあげたことに一番感激した。平成16年度全国都市再生モデル調査事業(内閣官房都市再生本部)というもので、文化庁分はなんと2枠しかなく、その2枠の一つとしてこれが選ばれたのだそうだ。

じぶんはすぐに投げ出してしまうからだからでもあるが、大谷さんらはとても粘り強いし、ロビー活動(日本流に言えば悪くない「バッチ」だったら、それだってうまくつかっちゃえ精神)も現実的視点から行いつつ、何よりも、現場の人たち、鉄道会社の担当者とか大阪府の河川土木の担当者などなどをしらずしらずのうちに啓発し(啓発されたとはゆめ思わさず)、その気にさせていく持続力が素敵だった(もう、ぼく自身ちゃちな企画などしないで、NPOへどんどん学生を送り込むことにしようとも思ったが、それはまあ、こっちの話ではある。アサヒビールの山城さんがお子さんと来ていて、この子、初めてのダンスだったんですよ、大丈夫かなあと話していて、タフ5も楽しみにしていますといわれたので、これだけは何とかやりおおせなくちゃいけないとは思っているが)。

じつは、今日の「泉北ダンス計画〜まちとひとと生まれるダンス」の目撃ツアーは、日本アートマネジメント学会関西部会の例会でもあって、11時半に、泉北高速鉄道中百舌鳥駅のプラットフォームに集合だった。少し早く着いたので、天牛書店で画集(平山郁夫など普通は買わないのだが、すべて400円につられて買う。これだけ買うのははずかしいので、セザンヌやドガ、モディリアーニにビゴーまで買う。宮沢賢治のものも)などを買ってしまい、ずっと持ち歩く羽目になった。びっくりしたのは、関東の武藤さん(トヨタコレオグラフィーアワード選考会でご一緒した)も来られたということで、もっともっと関西ダンス見てね!といううるうるした光線を送っておいた。

前から2両目では、ダンスを行っていますというアナウンスが車内に流れたのが一番おかしかった。だって、携帯電話とか普通の注意案内と同じトーンで淡々と流してくれるので、そのギャップが素直に嬉しい。異様に混んでいる2両目を怪訝な顔で見つめている1両目とか3両目の乗客さんの目もいい感じ。これがしたかったことだと思う。でも、白いチョコレートを進めてくれた社交ダンスをやっているという鑑賞者のおばちゃんが一人手を叩いて喜んでいるのもまた嬉しい。男の子が途中で乗ってくると、しげやん(北村茂美)は、すごい歓迎アクションダンスをしていた。途中の駅からシゲメイツがつぎつぎ乗り込んでくる。変なカップルも登場。一人だけ男性だったが(たけちよさん)、6駅目の終点で降りると、彼も含めて、みんなビキニとかになって、走り回っていた。寒いのに、とここでは思ったが、残さんら3人の方がもっと寒いのだが、それはここでは思いつかなかった。

和泉市久保惣記念美術館へはバスで行く。はじめ歩いていこうと松本さんらが行っていたが、風が強くて小鹿さんをのぞいて日和見る。美術展もあって、福岡道雄が石に繰り返し書く言葉に振動する。荒蒔さんのヒツジを見ていると水仙がかわいい。山下残さんやつく山いくよさん、それに衣装担当のかなもりゆうこさんらが打ち合わせをしている。エメ・スズキによるパフォーマンスは紅型のような着物に、帯代わりの紐などを使った美術館案内ツアーのような形で行われ、ボタンのアコーディオンとギターがメランコリックに音をつける。

最後の山下残と2名の上半身裸の若い男の人、それにつきちゃんのダンスは、ヒツジ2匹とそれにえさをやる岩村原太さんのお子さん、それにつきそう八木さんや、シゲメイツの女性によって、何と言うか、平和なのか、もっと危ないのか、そういう日本の微妙な政治状況を表しているとは思えないかも知れないけれど、そういうことを主観的に思いながらみたものだった。

あわてて、バスに乗り、つまり、丸太町へいき、京都文化芸術会館で遊劇体を見る。100分ということで、お宮の候文から始まり、でもやっぱりお宮のことは作者も貫一も男として不可解なりとしてしか扱えないことを確認する舞台であった。
黒くシルエットになるはじまりがとても美しく、でもそれがあまりにも多く繰り返されて、ちょっともったいないかなあとは思った。シンメトリーの舞台。奈落へと行くふたり。明治の悪女であるお宮。紅葉ではなく、女性作家が書いたとしたら、悔悟しなかったかも知れない。


3/13(日)

断酒暦68日。

雪が舞う。卒業式のところもあったようで、これは大変だっただろうね。

アーツ・コンペin大阪市立中央センターがあって、そのなかに子どもたちが枯葉と泥遊びに戯れること自体をアーツプログラムとして提示するというとても面白い企画があった。泥で手型という当初の思惑とは少し違っていたようにも見えたが、なかなかに素敵な空間ができていた。写真を見ながら落ち葉を踏む。車椅子の人もそこを通り抜けるが、写真の展示が子供用に低くなっているので、車椅子の人にもちょうどいい。

はだしで遊ぶ。体育館なのに外みたいな遊びが出来るのが余計にミスマッチ感があって、嬉しいのかも知れない。泥投げが少し激しくて、どうなるかなあと思ったが、ひごろジャングルようちえんで遊んでいる人たちだ、いい具合の頃合いを知っているのだった。テレビカメラも泥がついてしまっていたが、カメラマンさんも楽しそう。観客も入り込めるようにしたかったと熊谷さん。でも、においもあり、参加した気分ですよ。
男の子がおしっこだという。ぼくと遊んでいたので、男便所に連れて行く。お母さんが心配そうだ。おちんちんを出そうとするが、どうも大人の便器でしたことがない模様。ズボンをずらせて、ちっちゃくて細いおちんちんをひっぱりだしてみる。ぼくもこんなに小さいときがあったはずだ。でも、ほんとに小さくて、濡らさないかなあと心配だったが、おしっこが発射されると、ちゃんと遠くに飛ばせて、よかったなあと思って、ほっとする。ぼく、ちゃんと出来るんだ、遠くにだって飛ばせるんだ、と不安そうだった癖にいっちょ前に言う。

ステージは後半、少しアーツぽくなり、宇田川レコードの一人ステージは、発展途上なだら見ごたえあり。不要になったカセットテープをココルームに届けよう。なるほど、すでにオールドメディアにあったカセットは手に入らないのだなあ、と確認、「20世紀少年」を思い出す。16時に終了。さきと最後の夕飯になりそうなので、急ぐ。めずらしく森之宮駅に花屋さんが出ていた(出ていたとしても日頃気づかないこともあったのかも知れない〜週1〜2回出るそうだ)。小さな娘さんとお母さんが、白くて野の花のような花束を作ってもらっていた。
今回苦労していた本田真弓さんにあげたいなと思った。でも、さきの旅立ちでもあるので、チューリップなどを買う。ぼくは、どうしてもこういう派手なものになるなあ。

花束にしてもらっているあいだに、花屋のおじさんと話していて、なぜかいまどきの日本の男の子が地べたに座っているという話になり、大東市に行くことのあるおじさんは、勇気を出して、高校生ぐらいの4人組を注意したのだそうだ。いつも通行の邪魔になっているのに、誰も注意できず、小柄な花屋さんもまた、なかなか言えなかったという。でも、同じ年頃の子どもを持つ彼はある日、彼らに近づいて行ったのだった。見て見ぬふりはもうやめよう、と。

すると、花屋さん自身が予想もしないことが起こった。そう、その注意された男の子の一人が、注意してくれてありがとう、とお礼を言ったのだ。何と言う勇気。そして、思いがけない嬉しさ。
花を売っていると、じわりじわりと勇気が貯まっていくのかも知れない。



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