こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.11


こぐれ日録460 11/21〜11/27


11/21(月)


あさ、今日は授業が午前中振替でないので、事務手続きなどをてきぱきしてしまわなくちゃなあと思いつつ家をでる。

なにげに、八幡市駅前のチラシたてに目をやると、めずらしく演劇公演のチラシが入っていた。門真市民文化会館ルミエールホール小ホール。ルミエール舞台制作セミナー公演『TEA or COFFEE〜紅茶?珈琲?どちらになさいますか?〜』。12/3(土)の14時と18時の2回公演。前売り2500円。06-6908-5300(門真市内は尼崎市内と同じく06局番なんですね)。

出演者顔ぶれが面白い。桃園会の主演女優、江口恵美さんになんと主宰の深津篤史(しげふみ)さん。いつもはなかなか役者の深津さんを見ることは出来ないので、行きたい気持ちになるもの(でも、甲賀映画祭に行こうと思っているんでねえ)。それに糾〜あざない〜の大山まゆさんや佐藤あいさんも出演。プロの役者さんたちとセミナー受講者とが一緒になった演劇公演(作も受講者)。こういう姿も結構出てきているのかも知れないな。

珍しいゼミ生が来て歓談。彼女は3時限目には帰ったが、それでもゼミは6名と多し(芸術祭の起こりは国民国家形成と関係するという大学らしい話のあとは、就職試験に出る常識問題。でも、ケインズとか新古典派経済学とかは、文化政策との関係〜大きな政府、小さな政府にも触れる。四文字熟語のうち「月下氷人」ってまったく知らなかった)。ところが、4回生ゼミはついにゼロとなった。まあ、よし。ちゃんと卒業研究書くのだよ。研究室に戻って、オルガン弾いたり、ケンハモふいたり。


11/22(火)


今日は、教授会など校務があるので、京都橘大学へ。大阪成蹊大は休講。
午前中、豊中市の方と会う。市役所の人とコンサルタントの人。

豊中駅前では、【サウンドアクション12th〜まちに音が走る〜】ということで、年に一度、音楽のまちかど芸術の催しがあることを初めて知る。今年は、10/16に行なわれて、稲荷山でのライブとフリマのほか、まちかどライブとして、5箇所でクラシックギターなどの演奏があったそうだ。清家楽器の方などが熱心にされているとのこと。

空き店舗を使用したB-FLATという工房&CAFEもあって、なかなか面白そうだ。手づくりは上手いが、その展示や販売、ワークショップはしたことがないという人たちに、機会を与えるという方向は大賛成。手づくりのクリスマスパーティとかは、冠婚葬祭アーツマネジメント研究としても実に興味深いことなので、一度お伺いすることになりそうだ。どうなるか分からないが、来年度のゼミあたり(TAM研も?)関わりがもてればいいなあ。

昼、上記を書き込んでいると電話があり、急きょ、教務委員会に出席することに。食事も出来ないまま、13時から、入学課のための取材。高校生にアーツマネジメント論の授業がいかに面白いかを伝えるためのヒアリング。大人はみんなぼくの話が面白いと思ってくれるのだが、じつは、うちの学生さんにはなかなか伝わらないという本音を言わないで、まあ、いい話ばかりをするわけで・・

そのあと、大学評議会があって、学部教授会。
いつものように幕が開き、そして、閉じていきます。


11/23(水)


新嘗祭。天皇さんが新米を食す日。
京都造形代術大学の学生さんたちが授業としてプロデュースした展覧会を見る。チラシでは、作家の名前が間違っていたりなどして、小さな訂正の紙が入っている。先生も大変だが、こういう失敗を重ねてマネジメントが進むのだからね。だって、自分たちでしなくちゃ、失敗もできないし。

池田朗子「サイト・サイト・サイト」プロジェクトの映像がまずお迎え。岐阜駅までの日常的な電車窓と天空近くを飛ぶ飛行機の窓。その窓に同じように飛び揺れる、小さな、小さな、飛行機。奥のダンボールには、雑誌の切り抜きポップアップ。「Their site/your sight」。景色には人物が意図的に配されていることに気づかされる。猿や車。お茶のお手前がいつ見てもおかしい。

富塚純光「記録のメモ絵」。色鉛筆でさらさらさらと描かれていて、フランス物とかが新鮮。奥で藤本由紀夫『SUGAR氈xの角砂糖の音がする。表面は完全に白い粉になっているのに、まだまだ少しずつ砕けていく。でも、逆にこれが「さざれ、いしの〜」となるんだろうか、どうもそうはならない気がするけどね。

第1回甲賀映画祭。甲賀シネマパーティのみなさんの手作り映画祭。滋賀には昔映画祭があったが、やっと一つ新しく映画祭が生まれてよかったという挨拶があった。市長さん(澤登さんは思わず町長さんと言っていたし、市長さんもシネマシティとか言っていましたが)も最後まで見ていた。

なみおか映画祭が今年最後なので、バトンタッチというのでもないが、感慨はつながる。もちろん、甲賀映画祭は、なみおかとはまた違う味わい、風味がある。一言でいえば自然体。碧水ホールでのかなり先鋭なる映画企画の積み重ねがあってのことだが、無理なく楽しみ、でも、こだわりも控えめながら随所にあるという感じ。映画でパーティするということと、映画のパーティということのダブルミーニングもまたにくい所。

今日が始まりで、澤登翠弁士の声さわやかに、楽士たち(カラードモノトーン)の生音でしゃばらず効果的に、無声音楽と弁士楽士の日本ならではの楽しみ方を体験する。映像のある浪花節、いや講釈講談という感じでもあるわいと聞きながら思う。澤登さんの語り方を見ていると、文楽の人形使い師と同じで、台詞をいうとき、俳優の動きと連動していることがわかる。

『瀧の白糸』1933年、溝口健二、98分。入江たか子、岡田時彦、渡辺粂子(若い男と駆け落ちする妻。でも、彼女もかなり若い)。メロドラマだが、意外といたたまれなくなるというタイプでなくてほっとする。水芸や猿芝居など大衆芸能の旅公演の物語なので、そういう意味でも興味深い。

その前に、『弥次喜多水口珍道中』17分もあって、これもまた楽しかった。1950〜52年の頃というもので、商店街のお店やパーマ屋さん、学校、町役場、銀行、石油販売店などが紹介されていく映画。いまの地域案内ビデオで、弥次喜多がその狂言回しというわけだ。お肉屋とか呉服屋が2軒あって、その両方が紹介されていたりする。これにも弁士がつきて、楽しく退屈しない。


11/24(木)


アーツの扉。41名。晩秋枯れだが、これはいつものこと。
三味線の登場が、中世から近世へと動く音楽の変化のとても重要なメルクマークになった話から、太棹三味線から進化した津軽三味線が、独奏楽器になるまで(1960年代で太鼓とも同じ頃)の話をする。

映像(「竹山ひとり旅」新藤兼人、1977)は前半の3/1まで。来週に2/3(飛ばそうかと思ったが、ディテールにそれぞれ補足したいことがあって、飛ばせないし、30年ほど前の日本映画を見る機会はまったくないようなので、映画の歴史としても貴重な体験に学生はなると思い)。見せながら少しコメントを入れる。やはり授業なので、許されるだろうし、うまく合間を使うので、反応は悪くなさそうなので・・

午後、ある雑誌(とてもこの業界ではメジャーなメディアなのだが)からの取材を、よく知っていて、お仕事も一緒にさせてもらっている方から受ける。まあ、ジャンルが特定できないのがぼくのアーツマネジメントの授業なのでまとめずらいことを話したなあとは思うが、話しながら色々整理できたこともあるし、理想論ではなく、お互い悩んでいるなあということが分かり合えて、セルフセラピー的なときを過ごせたと感謝。ただ、アーツアポリアにも関わっていた2回生がやってきて、きっとゼミ選びのことだろうと思うので、それは心残り。


11/25(金)


午前中、タフ5のクロージングトークの打ち合わせ第一弾。小鹿さんと田辺さんと林さんと。ちょうど、日本画劇社が発売している紙芝居舞台が届いていたので、見てもらう。大型紙芝居用の舞台には、小さな緞帳がついていて、かわいい。指人形劇とかも出来そう。

4限目、2回生ゼミ。正直、この受講者には来年度の小暮ゼミ生がいないけれど、広報の取材(入学案内)があるので、アーツマネント的な写真が欲しいだろうと思って、チラシ研究ワークショップを、行う。やらせショットだなあといいつつ行うけれど、それでも、結構、いい感じになる。ある意味、即興授業だし、顔の見える宣伝美術研究としてはいいつくりだと自画自賛。もっと、こういうのをどんどんやっておけばよかったかなあと。初心に帰る必要を痛感したりもする。

そのあと、12/2のクロージングトークの打ち合わせ第二段。学生篇。そのあと、自分的には、飲みに行きたかったが、行けず。帰ると、同志社大学院総合政策科学研究科長新川さんとか言う人から文書が届いていた。2006年度に「文化行政論」という科目(行政というのは、アンビバレンツな気持ちになるけれど)を非常勤講師する(集中ってやったことがなかったので、やってみようかと思ったのと、河島伸子さんのピンチヒッターということだったので、一時的な代理だから気楽だろうと思いつつ)ことになるようだ。


11/26(土)


横浜の赤レンガ倉庫1号館で、日本アートマネジメント学会全国大会があるので、新横浜→桜木町→バンカート1929(ちょいひやかし)経由で出かける。新幹線で、明日の午前中、シンポジウム「今あえて問う、アートの力」があるので、自分がいいそうなことをメモる。

○アートの力(内在的な論点):「死ぬ」ことを可能にする
私が私の死をきちんと死ぬことが出来るというのが、アーツの価値であり、価値が力でもある。
世阿弥の引用(観客は殺して欲しいと思ってくるんだから、殺してあげないといけない、離見の見)。ダンスボックスの横堀さんが話してくれた「死にきれない」ステージ上のダンサーについての歯がゆさを例示しつつ。
○アートの力(応用的な論点):アーツマネジメントによる社会力
社会との接点を広げることを使命とするアーツマネジメントがアーツの社会的力を高める役割を果しうるという話。例示として、小学校での糸井先生らがされていることの紹介(アーツ教育力)と、演劇力ビジネス研の動き

シンポというのは、パネラーにもう一度ぐらい回ってくるもので、力のあるアーツとは何かということも、ネタとして、メモっておく。
○ ディスコミュニケーションを恐れない決意 社会におもねない、慣習にこびない
○ 解釈の多元性、多義性 あとを引くもの 分かったと安易には言わせてくれない作品
○ そこにいつも創発性(エマージェンシー)がある 未来は未知だと思わせてくれる

1日目の学会は、関西部会の紹介をしただけで、あとは懇親会で、他大学の学生さんにミニ講義をしていたら、石川館長に冷やかされたことぐらいで、気楽なもの。そのあと、バンカートライフで地ビール。そこで、明日のシンポのコーディネータの椎原伸博さんと少し「力」論議。


11/27(日)

シンポジウム「今あえて問う、アートの力」がはじまる10時半まで、いつもながら早起きの私は、横浜トリエンナーレ会場(ゲートの外に一つ大きな作品があったので、これで見たことにしようと思う。1800円って高いものなあ)を一つの目印にしながら横浜近代化遺産観察散歩。朝日のなか、県庁が黄色い銀杏を背景に、茶色の壁色と緑青色のパタンがあまりにも綺麗でびっくり。

バンカートライフのみかんぐみの部屋で朝食したり、カモメの陣地取り観察をしたり(氷川丸をつないでいる鎖にとまっているカモメと、そこに入り込もうとするカモメの争い、譲り合い。向きが反対のカモメとか、眺めていて飽きず、山下公園には1時間近くいた。こんな鑑賞を超えるアーツがいまは非常に少ないから鑑賞数が激減したことも事実だなあと思う今日この頃)。

一番感激したのは、県民ホールで全国の詩吟大会があるようで、それを早朝に練習しているおばあさんの輪とおじいさんの輪を山下公園で見つけたこと。じつに、ワークショップの稀なる高齢者的風景にも見え、カモメが横切るなか、あの詩吟独特の抑揚と、それが、ナチュラルに揺らいでしまう年の功的変容に心洗われる気持ち。

中華街を通っているうちに方向がおかしくなり、ラブホテルから出てくる男女とかいろいろ少し怖そうな人達がいる場所、つっぱり若者さんたちが地下に入っていく様とかにも遭遇。

シンポジウムでは、朝に以下のような「力」整理をしたので発表したが、椎原さんも辞書を調べたりして、補強していて、個人的には勉強になるシンポにはなった。聴衆は学生セッションにとられたこともあり、ほとんどリハーサル状態ではあったけれど。

【シンポでの小暮発言のメモ】
○ アートの力(1) 可能力 ポテンシャル(エナジー) 性善説によるもの
アートそのものの価値(ラスキン的にいうと固有価値) 潜在能力 アーツマネジメント学会員でも、アーツから出発した人はここに立脚していることが多い。アートの力とは?と聞くと、鏡である、とか、日々生きる力とか、生きる喜び、生活の糧というような答えが返ってくることを例示する

○ アートの力(2) 応用力(影響力) パワー(ストレングス) 社会関係資源説によるもの
アーツは社会に働きかけうる、ということがテーマになる。アート自身を性善説としてみるよりは、社会との関係で有用かどうかを判断する立場。昨今のアウトリーチ的なアーツマネジメントとの関係が一番強いもの アーツと鋏は使いよう 教育力、ビジネスパーソン研修力、福祉・医療への利用などなど

○ アートの力(3) 強制力(政治力) フォース 性悪説
アートは、人びとを、強制と自覚させないままに動員し、洗脳したり、そそのかしたり出来る側面を強調する立場 イベント活用を説く人達の本音 明治以来の富国強兵と音楽 文化資源格差問題


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