こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.11-12


こぐれ日録461 11/28〜12/4


11/28(月)


いつものように授業4つの月曜日。
そこに、一月に一回、演劇力活用ビジネスモデル研究会が入る。

違うのは、今週は、学生さんに授業アンケートを書いてもらうこと。
ちらりとみると、いつものように、計画性に欠けるとか、また、同じような評価みたいだ(もちろん、匿名性には配慮していますので、ご自由に。これは、教務課に渡すときにちらりとみただけよ)。
はじめての書き込みは、たとえば、雑学は増えるが脈絡がないとかいうのもあった。

さいきん、アートマネジメント論は、各論だし、うける話をしたいのでこうなっちゃうという弁解になるんだけれど(たとえば、限界芸術と先端芸術が親密圏と公共圏との関係になるが、そもそも、ハーバーマスとハンナ・アーレントでは、親密圏のとらえかたが、こんな点で違っていて、それは、そのベースの思想背景を分析するとうんぬんかんぬん・・・とかいう話をすると、もっと、お客さんが減ってしまうので)

まあ、いろいろ、ゆうてください。

研究会の方は、まとめ方の話。さすが、Fさん、うまく流れをつくってもらう。
マーケットとリソースとを縦軸・横軸に配し、
(A)マーケット既存+リソース既存
(B)マーケット新規+リソース既存
(C)マーケット既存+リソース拡大・活用
(D)マーケット新規+リソース拡大・活用
という風にマトリックス分析にして、ぼくたちは、この(D)するんだと持っていく筋書きが出来る。
あとは、Hさんがフォーマットを作ってくれたらオーケーね。ぼくは、エグゼクティブ・サマリーを書こうかな、という感じになる。


11/29(火)


朝、のんびり。ブログをいらったりしてから、大阪成蹊大芸術学部へ(長岡京)。行きに、尾形光琳、写楽などの日本美術の本が古本屋さんで各300円で売っていたので、3冊買う。

アーツマネジメントの在り処を、マトリックス分析で、いつものように9つに分類(もちろん、ジャンル別にすれば、9×ジャンル数あることになるが)。具体的にそれを埋めれるようになることが目標(最終テストでも出してみようかと思っている。若干、基礎知識問題もあってもいいので)。
47名の出席、36人が中間レポートを出す。来週には全員出してくれることを願う。

少し遅れたがアルティのある京都府公館で開催された京都府の文化力創造懇話会「第1回基本指針策定に係るワーキング会議」に出席。人数が少なかったので、結構、調子よくしゃべってしまった。「アートの力」のこと、あるいは、「演劇力活用ビジネスモデル研究会」のことを伝える。調子にのって、「京都に行こう」ではなく、世界中で「京都しよう」とかがいいんではとか、いい加減なことも言う。

帰って、中間レポートの採点。アメリカンフットボールをつい見てしまって、来週のレジュメは作れず。それにしても、コルツが強いというのは驚きだ。


11/30(水)


1回生ゼミが1時限目。
昼休みに、臨時の大学評議会。
せっかく、TAM研の会合に出られると思ったが、残っていたのは、1回生が2名だけ。
水曜日は、次年度はやめたほうがいいなあ。

4回生が3名来る。いい話を持ってきたりしてくれて、嬉しい。
静かになったので、アートマネジメント論のレジュメを作る。最大のテーマ、葬送論である。
気が付くと、10ページになっていた。以下は、去年にパワーポイントで作っていたものの、ワード置き換え部分の一部(表とかは出せないので)。少し、重複はあるが、当時こういう感じでまとめていたかと思い出しているところ。

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【アーツマネジメントと葬送文化】の一部
7.死と葬送と文化とアーツ(思想的なメモ)
7-1人類における死の発見
o  葬るということ = 死体を遺体とする〜死を認知する
第2人称の死によって第1人称の死を知る
o  祀まつるということ 死者を祖先とする〜「むら」「いえ」の形成
o  つまり「死」を意識し伝達するとき 人類に「文化」が生まれる
7-2.死の発見とは抽象化=文化の始まり
o  死の一般化、抽象化(=概念化=言語化)、未来の予言/予測〜文化の起こり
o  「言語」を操る人=予言者、治癒者、救済者
o  だれでも死は訪れる
o  不安のなかで死の意味を考える、「なぜか」と
o  不安のなかいま生きる価値を求める、「どのように」生き死ぬのか、ということ
o  宗教という文化の起源、信仰の根拠
o  哲学、思想の存在根拠、記号の価値
7-3.アーツの起源は葬送する術にあった
o  死者との対話が文化の伝達的側面
o  神話の形成〜あの世との対話〜「はじめにことばありき」 〜芸術の起こり
【死者の文化を後世に伝える文化術の形成=葬送】
o  音声による記憶の伝達(伝承する文化)
o  身ぶり・踊りによる心情の共有(儀礼文化)
o  死者の世界への想像力(神話力)
o  他界(死者の生活)の美術的表象化
7-4.葬送の術、アーツの起こりとしての
o  葬送術の起こり【あの世とこの世の交換〜取引】
o  死者をあの世に送り、この世に新たな生命の誕生を祈願する
o  再生(ミイラ化) 
o  豊穣のための奉納〜神仏への捧げ物
o  人身御供から「かたしろ」へ
o  供物、埴輪の起源
7-5.「交換=交替」冠婚葬祭の意義
【文化遺伝子の保存(通過儀礼)と攪拌(結婚交流)】
o  出生祝い:ヘソの緒が切れた祝い(胎児の幸福との交換、危険な下界との戦いのはじまり)
o  七五三、初潮、元服、成人式:身体的、社会的役割の交替(権利と義務の付与:覚悟)
o  結婚:遺伝子の保存⇔個体の死についての準備(遺伝子の組み合わせで適応する新しい個体を用意することで、種の保存をはかる⇔ 古い個体は死が遺伝子的にセットされている)
【歳事における季節の交替、「穢れ」への対応】
o  歳末と正月(年の交換)、二十四節句
o  彼岸、お盆:季節の交替のときに、あわせて
o  あの世とこの世との交流(故人との対話、記憶の更新、先祖との盆踊り)が行われる
o  送り火とともに、精霊流しがあって、これは「穢れ」を流すという日本的な文化伝統が見られる。また、【雛人形は「かたしろ」(水に流す、禊ぎ)を起源とすること】
o 「穢れ」と「祓へ」の関係
o 「穢れ」の「禊ぎ」から神が生まれる
8. 葬儀(葬儀式+告別式)と結婚式(披露宴を含む)、それ以外の冠婚葬祭との比較
o  視点1 鑑賞者の有無、参加者の関与度合い
o  視点2 演出家、プロデューサの有無
o  視点3 地域固有性、文化的こだわり具合
o  視点4 選択可能性、個人の自由度の度合い
o  視点5 宗教性、神秘性の有無(人為性)
o  視点6 予測可能性の有無

市川雷蔵、京マチ子による田中徳三監督「濡れ髪牡丹」(61)をテレビでたまたまやっていたので見る。
市川雷蔵って37歳の若さで亡くなっちゃたんだなあ。


12/1(木)


師走だから、忙しくてもいいのだろうが、細切れになってくることだけは避けなくては。野太く、ね。

今日も、1時限目の授業。
1回生はまあまじめなので、レポートもだいぶん提出していて、感心である。
お昼休みに、このまえちゃんと鑑賞しに栗東まできた学生にチケット代への助成金を渡す。
まだ、ぼくの口座に振り込まれていないのだが、早めにあげておこうと思って、教務課に念を押して(だって、振り込んでもらえなかったら大変!)からの措置。

そのあとは、ひたすら、センターの研究会の予算の積算をしたり、レポートの採点をしたり。
ゼミ選びの収拾のしかたを相談したり。
昨日、わざわざ自宅に送ってきたシラバスの校正をするのだが、大学のコンピュータ?がどうもおかしくなっていて、余計にめんどくさいことになっていたりして(旧カリキュラムとの関係とか、講義課目の括弧書きについての行き違いとか、いろいろ)。

いまのところ、大学院の開講予定が調整されていないようなので遅れてはいるけれど、ぼくとしては、1年ごとに単独開講と学部合併開講という予定にしていた。が、どうも、学部合併は評判が悪い。そこで、次年度も単独にしようかなあと思っている。予定していて、お客さんがいなければ、開かなくてもいいわけだし。

大学院では、アーツマネジメントを見る視線を明確に意識するものにしたい。そこで、アーツマネジメントの自分たちなりの(つまり「文化政策としての」)教科書作りというのをテーマにしたらどうかと思う。つまり、教科書作りという作業を通してのアーツマネジメント学の比較論・メタ認識論というわけである。

そうそう、同志社大学の大学院で、集中講義で教えることになったのだが(立命館の代わりということに結果的になったかな)、9月の中旬ということになりそうだ。集中というのは、どういう評価がいいのだろう。それに総合政策だっけ、そういう院生ってどれだけアーツをご存知なのか、少し、悩ましいことを引き受けたかも知れないが、人数が少ないからまあ立命の400名よりは楽だろう。


12/2(金)


授業は四限のみで、今日はまちかど芸術のクロージングトークの日なのである。
でも、小鹿さんと学生たちでどんどん計画してくれているので、ぼくは、はじまる16時半の少し前に行くだけだった。なんという自主性。半年の成果はまずこの準備で伺えた。

このトークのなかで、ビデオ(もっと長いバージョンを見せる上映会もしたいものだし、次年度の授業でオジーに来てもらって是非活用したい!)も面白かったが、それ以上に、それぞれのワークをここで共有しあえたことが一番よかったと思う。そして、これから「枠組み」(うつわ)までも稚拙ながらも学生たち自身で作ってくれる予感がする。

ただ、ぼくはこのマンダリンカフェというのがどうも好きになれない。そして、聞いている人はほとんどいず、みんな関係者である。だから前には席がむなしくあいている(ぼくらの授業と同じである)。

残念ではあるが、じつは残念であるとはもう思ってもいない。それはもう十分分かってしまったことであり、たぶん、この数年とかの変化もあるかも知れないが、もっともっと奥深い日本の宿命みたいな他律性なのかも知れないとすら思っているのだ。

とにかく、何かを自分から求めていく姿勢というのは、京都橘大学生のみならず、どこにもほとんどないという現実から出発することが、ようやく、ぼくのなかであたりまえと思えるようになってきたこと。そうそう、それしかないんや、だからここにいて何かをここから初めて、誰かが少しでも動きだすことのお手伝いをすることが面白いんやないか、と思えてきているのである。

それにしても「恐るべし、1回生」とは思う。もちろん、2〜4回生も参加してくれた学生はそれぞれの成長のなかでよくやってくれたけれど。
いかに参加した1回生が順調に育つように環境づくりをすることができるのか。

太陽クラブさんとの付き合いなども、熱が冷めないうちに続けておくことも大切だし、来年5月の下旬に行う予定の東部文化会館での2回目の子ども文化フォーラムも重要なステップしたいと思う。
少し開放的な気分になりすぎたかも知れないな、打ち上げは。


12/3(土)


打ち上げのあと、悪い癖でまたビールなどを飲んだのがよくなかった。
5時すぎには目がさめたのだが、また寝てしまう。
気が付くと8時前。土曜日やんと思っていると、そうそう、今日は隔週の大学院の授業であったことに気づく。

遅れるって電話してもらっておこうかしらと思ったが、六地蔵からタクシーに乗る手があるわいと思って、ひげもそらずに出かけると十分に間に合った。ただ、1520円を1万円札で払おうとして、お釣りがないといわれ事務局の人に借りたりしたのは、お愛嬌。

院生の発表もコンドルズや珍しいきのこ舞踊団のビデオを使ったりして、いい感じで受講者と話し合う授業にしてくれて、実際、満足げな受講者の顔を見てほっとする。イデビアンクルーってそういえば、最近聞かないなあとか思ったりもした。

西宮北口でyunさんらのダンス(アウトサイダーアートの展覧会関連)を見ようかと思ったり、松浦さんらyouとかいうグループのお芝居を夜見ようかとも思って、手帳にも書いているのだが、まだ、研究室で今度から行く近畿大学に提出しなくちゃいけない経歴書などを書いていたら、どこにいく気もなくなってくる。どうも、すぐ、萎えてしまう今日この頃である。

近大の履歴書では、照明写真を貼らなくちゃいけないので、二日酔いで無精ひげのままの最低の顔もまた一興かと思い、構内にある照明写真ブースで写して貼り付け、送付して帰る。


12/4(日)


朝、鉄道員』をDVDで見る。ぽっぽやとかではないよ。
ビエトロ・ジェルミ監督・主演映画。1956年、イタリア。
110分(サイト上では115分になっている)、もちろんモノクロ。
ラスト近くのクリスマスの音楽と踊り。これぞ限界芸術としての冠婚葬祭の好例。

今日もどこにも行かないでおこうかとも思ったが、まあ、あんまり出不精になるのも困ったものなので(「劇場に行きたくない病」「ダンス引きこもり」になってしまう)、アイホールだったらトイザラスもあるので、でかけることにする。小雨、雷も鳴ったそうで、帰り、JR塚本駅あたりに落雷があってダイヤが混乱していた。

トイザラスでふわふわボールを十数個買っておく。田辺さんがやっていた、ボールを投げて名前を覚えるゲームなどに使おうと思ったからだ。本屋でも「たのしい!レクリエーションゲーム集」(2005、西東社)を買い(「劇遊び」という本も数冊あった、少し気になる)、ついでに雑誌を2冊(芸術新潮、クレーの特集。Pooka、絵本の特集)。

アイホール。13:07〜14:30。BGMが大きくなり溶暗。そのときは、13:06:30ぐらいで、暗闇のまま音(楽)が変わり、少しずつ窓の外に明かり。そこで、13:07:20ぐらい。厳密には、やっぱり、後者が開始時刻ということになるのだろう。でも、客入れのときから役者が出てきて、ぼそぼそしゃべる90年代静かな演劇みたいな試みもあったし、「厳密」ということ自体がそんなに厳密でもないのだが。

久しぶりにお芝居をみたせいもあるが、すみずみまで丁寧に見させてもらったし、若干ディテールとかはまだ磨けばもっと素敵になるのかなあとも思うけれど、骨格(内容)が好みということもあって、気持ちのいい観劇だった。アイホール提携公演、焚火の事務所公演「ワスレノコリ」作・演出:三枝希望。

不在の母、もっと前に不在になってしまっている父。韓国から父親を探しに来た娘。男は出てこない。いや、韓国から日本に逃げてきた父親の声が異様に響くのみである。
三姉妹の葛藤。長女は母親を看取る。次女は長女に反発して葬式にも出なかった。三女は長女と次女のいがみ合いに辟易して、早く家を出たいから結婚した。その三人が、かつてまだ家族が仲良かったときに泊まった海辺の民宿に来ている。

季節はずれ。雨、風、嵐。民宿は取り壊される。すでにほとんど廃墟に近い。動かない窓。開けば閉まらない。民宿の主人であった女が死ぬ。その女の娘、しーちゃんは、自分の母の死を受容できない。すでに死んでしまった黒猫すら、生きていると思って、身代わりのぬいぐるみを死なすまいと必至である。

三姉妹の叔母久子とその娘京子。ここも父親は不在である。しかも、京子は母親の夢だったピアノの練習をぷっつりやめたときから、久子と京子の間に大きな隙間が出来ている。

死者のもとで、人はもう一度親密なる関係を結べるか。いや、死者を死者として受容し思い出を記憶として共有することが、すなわち、親密な関係の回復そのものではないか。

三姉妹の相互の不通、母一人娘一人の断絶、母の死が自分の死になってしまう民宿の娘の錯乱、逃げた父親に声をかけられない韓国娘。そこには、4つの関係ごとのディスコミュニケーションの束が投げ出されている。それが、また束相互に輻輳していく。束と襞の重なり。それらを舞台上で安易に切断したり消し去ったりもせず(=何の解決も希望も見出せぬまま)、そのままにしておき、でもそこから逃げ出しもできずに向かい合う、お通夜の前日の描写。

儀式(や、その準備)は、人をいやおうなく集め、嫌々ながら過去の記憶を甦らせる。葬式や通夜を舞台にするお芝居は、ままあるが、その前の1日、死の受容をめぐる空白の時空を描いた作品にはじめて出会った気がする。したがって、葬祭研究者としても、また貴重な作品である。



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