こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.10


こぐれ日録456 10/24〜10/30


10/24(月)


あさ、警察が指名手配のサリンの容疑者を指名手配していることをマイクで宣伝して、油とり紙を配っていた。賞金200万円か。
昨日の打ち上げは、昨年とはうってかわって、穏やかな気分。
自分がほんとうに観たいものを、できるかぎり心をこめ、邪魔はしないが任せっぱなしということでもなく、付かず離れずの感じで、創ってもらうようにすることが大切なのだとしみじみ。一昨年、昨年は、地域のこととか、学生が関われるものとか、余計な配慮ばかりしていたので、アーツへの肉薄がほとんど自分的にはできなかったことを逆にあぶりだすものでもある。

ただ、昨夜、帰りのコンビニで飲み足したので、酔っ払う。
それと、昨日から今日まで、ずっと、「いつものようーに幕があき・・」というちあきなおみの「喝采」がリピートされてして、困ったもの。奥村チヨの「終着駅」だっけ、「落ち葉の舞い散る停車場の・・・」も混じってしまって、寸劇が終わって打ち上げまでの間、ずっと歌っていた。うちあげで、喝采を森さんと一緒に歌ったのも嬉しい記憶(彼女はテンポがずいぶん速くて年齢差をやっぱり感じたけれど)。

今日は、ぼちぼちとした授業とゼミ。
アートマネジメント論はずいぶん少なかった。イベント論の1回目。
ゼミは、就職活動の一般常識の本のなかで、美術史と音楽史をする。
面白かったのは、ロダンをダンテ、尾形光琳を近松門左衛門という学生のこと。
間違いもまた、実に微笑ましくていいね。


10/25(火)


大阪成蹊大学芸術学部での授業。
アウトリーチの説明が次週に持ち越されたが、芸術のいれもの論はどうにか響いたようでよかった。
はじまりが、サティで、終わりが大工哲弘。少し、押さえた選曲となった(結果的にぼくの体調に合わせたみたいだ)
恒例となった最後のマイフェイバリット絵本(写真集などでもいいのだが)、今日は「月おとこ」(トミー・ウンゲラー、評論社1978年)。やっぱり、カメラで写さずに、読み聞かせすればよかったなあとちょっと後悔する。でも、どうも、そこまでのエネルギーがいまは溜まっていないのであった。

そのあと、神戸アートビレッジセンターへいき、ピッコロシアターでお芝居、という精力的な予定を組んでいたのだが、どっと疲れが出てくる。日が暮れない前に八幡に到着。
しばし、うろこ雲が男山の木々の背後で動いてゆくさまを眺める。そういえば、今日の朝焼けも綺麗であった。

23日のまちかど芸術のことについて。
ぼくはずぼらをして、何も書いていないのであるが、建築探偵たぬきさんはじめ、大勢の人が、実によくごらんいただき、貴重な時間を使って、内容や背景を記していただいている。こんなに嬉しいことはないです。ありがとうございました。


10/26(水)


1限目、一回生ゼミ。いつの間にか、パウル・クレーの画集を見せていたのに、冠婚葬祭と村の一年の話になってしまう。つまり、ケ→ケガレ→ハラヒ→ハレ→ケ→・・・循環ね。あと、世阿弥の離見の見にいたる能役者修行の話。おっと、どんな筋道で授業をしているのだ(本当は発表なのだが、その紙を持っている学生が欠席だというので、まあ、即興で授業をしたのだが)。

たぶん、世阿弥の話からいつの間にか「ハレ」という瞬間が、過去と未来の連続性を打ち切る特権的な「いま」なのだということ言って、花嫁の白無垢は死装束、お色直しは、嫁ぐための着替え、という流れから、冠婚葬祭のいつものぼくの領域にかってに行ってしまったのだろう。

では、どうして、クレーから世阿弥になったのだろう。そうそう、クレーから印象派のマネへと戻って、それから「いま」を表現するということがいかに近代的なアーツ現象なのかを説明していて、こうなったんだった。奇妙な90分間で、少なくとも一人ぐらいは、奇妙な静けさのなかで、なにやら得体の知れない講義だという顔をして聴いていた気がする。最後は、前頭葉に血液を戻して「2年後の私」について、いま考える近未来の私をイメージしてもらうためにスピーチタイムとする。具体的に言えるということが、とても大切なのよと促しながら。

あとは、校務。終わったら、20時。そうは言ってもインターンシップの報告会と文化政策サロンを掛け持ちしながら、文化政策的会計学の可能性とか、びわ湖ホールはずいぶん少なくなったといってもまだ7億円は自主事業費を県が出しているのねえとか(維持管理とかを入れると15億円で、昔は20億円ぐらいだったからずいぶん減少はしている)、短いスピーチでも学生さんはお辞儀を前後に入れて、上ずらないどちらかというと低音でしゃべると説得的(大人にみられる)よとか、どこかでそんな話をきいたりしていたような、しなかったような。


10/27(木)


今日も1時限。1回生のアーツの扉。
太鼓の続き。民俗太鼓から古典芸能の太鼓へ。
そして、戦後の創作太鼓へ(アマチュアとプロ)。
林英哲を見せていたら、鼓童が中途半端になってしまった。
やっぱり、三味線概論などへは行かず。もっと、鷹揚に90分授業を構築しなくちゃなあと反省しきり。ぼくは、気が小さいので、どうしても多めに内容を埋め込んでしまって、いつも最後までレジュメがいかない。

コミペ提出者は、49名。なかには、指示しなかったのだが、自発的に23日に参加したまちかど紙芝居の感想が書いてあった。

(引用)
○初めて紙芝居を見て、自分の中で確立されていた紙芝居のイメージが一瞬にして崩れ落ちたようだった。それは音楽との共演が私にとっては衝撃的で、一種のエンターテイメントのように感じたためだったからだ。とても良いものが見られてよかった。
○読み手の大きな手ぶりや声などのアクションはとても驚きがあったし、楽しくさせられた。話の内容というより、演じられているもの全体がとてもアーディスティックだった。「こわい!!」と一緒に言ってみたかった。
○予想以上にたくさんの人で演じられていて、絵もかわいかったし、途中で取り込まれている歌も覚えやすくておもしろかったです。話し手の女性の声の強弱や話し方も聞きやすくて好きです。
○思っていたものよりかなり派手だった。よくある紙芝居屋さんみたいに単に読むだけかと思っていたら、音楽はあるし歌もあるし、動きもあって、まるで本当に劇場のような感じがした。でも劇場と違う点は客が参加できることだと思う。いっしょに歌ったり、読み手の言葉に答えたり、ふれあえるのはいいと思う。当日は雨で室内なのは残念だった。広い場所の方が多くの人が参加できると思う。
(引用おわり)

今日の自分は、黄色と青で上(青地にお月様の)から中(ショッキングイエローに水色の縦ラインのコムデ)、下(青のジーンズ)まで決まってしまっている。いま読んでいる本の精神科の先生の発言のなかで、診療に来る人って、あまりにもびしっと決まっている(過剰な感じであろう)ので、それと分かるというので、おお、今日のぼくはちょっと危ないかしら(靴だけはずれているので大丈夫だったかもしれない)、というぐらい今日はいい天気でいい気分であった。ということで、昼休み、一番学生が歩いている場所に陣取って飯を食べつつ、学生たちの言動を飽きずに観察している。この偶然の群舞以上に面白いダンスが見られると思い直したら、きっと、またコンテンポラリーダンスを見に行くだろうな。

2回生必修のTA授業でぼくのクラスの連中が勉強しているのを窓越しにみながら、大阪へ。20世紀少年の20巻目が出ていたので早速買って、本町のTOTOのセミナー室へ。2時間、小鹿さんと一緒にまちづくりセミナーを無事果し、そのあと、懇親。この建築家協会の方がうちの大学の建物を設計した縁からこういうところに出ることになったのだった。

懇親のときに面白かったのは、大学の清和館が建っているところに、以前何とか言うトンボがいて、それのタマゴを研究棟の裏側の池に放ったのだが、絶滅したという話。2年前(タフ3)、この池でセレノグラフィカさんが踊った(これはなかなかにいいダンスだった)のだが、ここは禁止区域なので、大学の事務局からなかったことにするように小鹿さんは言われたらしくて、すべての記録から抹消されたことを思い出す。記録がなくなっても記憶は鮮明なのではあるが。まあ、トンボの怨念がなかったことにするという事態を招いたのかも知れない。ここは、中川真さんによれば、音環境が一番いいところだそうで、まあ、気が濃くなる場ってあるんだなあと自分的に納得する。

話はレジュメどおりにやったのだが、最近「まちづくり」と「自分探し」は共通した問題点があることを発見したので、それをうまく伝えられなかったのが少し残念。つまり、日本語って助詞が大切なのに、この二つはどちらも助詞が省略されているのである。というか、それなので、誤読することができるともいえるわけで、「まちづくり」を「まちをつくる」と読むのではなく、「まちでつくる」、「まちがつくる」と読み直そうという話を冒頭にしてもよかったなあと思う。

まあ、質問にかこつけて最後にちょこっとしたが、これって、「自分探し」について、実は「自分を探す」のではなく、自分で(が)探すんだよと前期の授業で読み直したのと全く同じことなのであった。もっと言えば、地域創造という財団を作ったときは、完全に地域づくりとみせかけて、地域で(が)創造的芸術活動をするのだ、という意味を持つ二重底の財団名にして法制局などをクリアしたのだが、まあ、そういうことって、因縁みたいに続くのであるわいとしゃべりながら思ったことでした。


10/28(金)


大学で午前中はゆっくりと、整理など。昨日生協の理事長挨拶の原稿を頼まれたので、こんな感じで800字。少しは柔らかい文章になったかなあ。
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  大学生活を豊かにするため生協を活用する、これがたちばな的ライフスタイル!
 新入生のみなさん。こんにちは。これから京都橘大学の仲間になるんですよね。わくわくしているみなさんのことを思うと、こちらもまた新鮮な気持ちになり、元気のおすそ分けをしてもらうような気持ちになります。
ところで、みなさんは、知らず知らずに、もうたちばなの生協の扉を開けていただいたかなと思います。
 書籍のコーナーで京都のまち歩きの雑誌をパラパラめくりませんでした?コンビニみたいなところでパンを買いカフェで食べませんでした?
 そう、そこがすべて生協なんですよ。食堂で食べた定食はみなさんの先輩たちの提案でできたものです。
 ところで、生協は、どこが町のコンビニやファミレス、書店と違うのでしょうか?
 まず、本やCDは組合員のために、割引をしています。時には親睦を深めるためもあってケーキバーとかくじ引きなんかもします。2階の食堂では、地元の野菜を使ったりして、メンバーの身体に必要な大切な食事を安全でおいしく提供するように努めています。また、大学生活はいいときばかりではないので、困ったときに備える共済などの安全安心サービスもしています。
 さらに、生協の各種物販やサービスの内容を改善するために、みなさんの声を聞き、楽しい企画とか、有意義なサークル活動に参加してもらえるようにしています。逆に言うと、みなさんの積極的なかかわりがないと、生協自体が魅力的でなくなるのです。(以下略)
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 4時限目は、2回生ゼミ。みんな発表する準備をしてくれているのでスムーズ。やりやすい。ただ、テキストのはじめの方がかなり抽象的だったので、先週の授業が学祭準備で流れたのが痛かった。ずっと発表ばかりさせていると悪い気がしたので、クーネルのなかにあった川上弘美の短い小説を朗読してみた。ほのかなレズ的気持ちを食べ物(桃サンド)に託すというもので、直前にこれにしようと思いついたのだったが(それまではしりあがり寿のオタジ国憲法でいこう)、よかったのかどうか。

 読んでいて、どうも少し喉がおかしいとは思ったのだが、帰り、地下鉄でかなり風邪の症状がでる。気が緩んだのと、タフ5があまりにも嬉しい結果だったので、はしゃぎすぎたのだろう。西陣ガーデンファクトリーに行こうとしていたのだが(すみじさんのソロを見ようと)、京都市役所前で下車して、家に直行してしまった。夜は、五代目柳家小さんのうどんや、禁酒番屋、桂枝雀のくしゃみ講釈、鷺とりを見る。ちょっと、多すぎて、また風邪が悪化してしまった。


10/29(土)


風邪と親しみ、奥村チヨにひたっている。終着駅を含む37曲(みうらじゅん、渾身の編集CD。渚ゆう子とかオーヤンフィーフィーとかも欲しいけれど)。植木等とのデュオとか赤鼻のトナカイとか、京都のナイトクラブで歌う恋の奴隷や恋ぐるいもいいけれど、オー・シャンゼリゼも、ふちがみじゅんことは別のよさがあるわいと洟垂れながら感動している。

中西美穂さんからお知らせがあった、美術と病院との接点を広げる集まりにはじめの1時間余りだけ参加する。久しぶりのシアトリカル應典院。秋田さんが参加者を4つに分けていく質問ゲームとか、知らない人に出会うゲームとか、いろいろ勉強になる。でも、風邪がやっぱりひどくて、第2部の途中で退散。

そんななかでも、文楽劇場でチラシをゲットしたり(第20回上方演芸特選会とか師走浪曲名人芸とか行きたいものや、文楽鑑賞教室学生1300円也などという学生お奨めなどがある)、應典院での「クリンもだん美術展2005」が明日からだけど(〜11/12)、もう展示準備ができていて、楽しくみたり、外に出るとやっぱりいいことがある。マンションの横の小さな川でおじさんが小さな魚をひょいひょい釣り上げるのをしばし見て帰宅。

成瀬巳喜男『女の中にいる他人』(102分、1966年度東宝)を見る。心理サスペンスだが、やっぱり女優が美しい。新珠三千代に草笛光子、若林映子。梅雨時が前半だから当たり前だが、雨ばっかり。嘔吐のシーンとか小津映画にはないエレメントを探しながら、そのモノクロームくっきりの映像、とりわけ、雨に濡れた歩道のなまめかしさを堪能する。音楽のよさ(林光)もこの映画をより楽しくするもの。


10/30(日)


日本アートマネジメント学会関西部会のお仕事。8時ごろ出かけると、マンションの親子らしい二人が川沿いを散歩していて、そのかわいい小さな女の子が、こんにちは、と微笑んでくれる。おはようと返して、若いお父さんを見る。かれもにこにこ。ようやく、少し同じところの人たちの顔が見えてきたなと嬉しい。5年目か。

そして、ようやく、部会長を今年度で辞めることができそうで嬉しい。5年ということは、このまちのマンションに引っ越したとき、ちょうど、役所を辞めて教員になったのと同じタイミングだったのだろうね。まったく情けないことに、いつなったか覚えていないが、役職など長くても4年がちょうどよかったのに、1年長くやりすぎたわけだ。これからは、二期4年を一応のめどにすればいいですよねえ、それに、出来るだけ多くの人、若い人へとバトンタッチしましょうねという話。

それを言いに風邪なのに出て行ったわけだというといいすぎかも知れないが、あとは、みんなそれぞれにいい発表をされていて、学会も結構いいじゃん!と思った。帰ると関東学院大学から学会誌が届いていた。

偶然だけれど、新年度の授業準備のために買っている本のなかに、春日武彦『幸福論』(講談社現代新書、2004)があって、それが今日これもアマゾンから届いていた。その帯がおかしい。だって・・《「風邪をひいたわたし」がなぜいいか:幸福の断片を味わう生き方!》


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