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こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.10 こぐれ日録456 10/24〜10/30
ただ、昨夜、帰りのコンビニで飲み足したので、酔っ払う。 今日は、ぼちぼちとした授業とゼミ。
そのあと、神戸アートビレッジセンターへいき、ピッコロシアターでお芝居、という精力的な予定を組んでいたのだが、どっと疲れが出てくる。日が暮れない前に八幡に到着。 23日のまちかど芸術のことについて。
たぶん、世阿弥の話からいつの間にか「ハレ」という瞬間が、過去と未来の連続性を打ち切る特権的な「いま」なのだということ言って、花嫁の白無垢は死装束、お色直しは、嫁ぐための着替え、という流れから、冠婚葬祭のいつものぼくの領域にかってに行ってしまったのだろう。 では、どうして、クレーから世阿弥になったのだろう。そうそう、クレーから印象派のマネへと戻って、それから「いま」を表現するということがいかに近代的なアーツ現象なのかを説明していて、こうなったんだった。奇妙な90分間で、少なくとも一人ぐらいは、奇妙な静けさのなかで、なにやら得体の知れない講義だという顔をして聴いていた気がする。最後は、前頭葉に血液を戻して「2年後の私」について、いま考える近未来の私をイメージしてもらうためにスピーチタイムとする。具体的に言えるということが、とても大切なのよと促しながら。 あとは、校務。終わったら、20時。そうは言ってもインターンシップの報告会と文化政策サロンを掛け持ちしながら、文化政策的会計学の可能性とか、びわ湖ホールはずいぶん少なくなったといってもまだ7億円は自主事業費を県が出しているのねえとか(維持管理とかを入れると15億円で、昔は20億円ぐらいだったからずいぶん減少はしている)、短いスピーチでも学生さんはお辞儀を前後に入れて、上ずらないどちらかというと低音でしゃべると説得的(大人にみられる)よとか、どこかでそんな話をきいたりしていたような、しなかったような。
コミペ提出者は、49名。なかには、指示しなかったのだが、自発的に23日に参加したまちかど紙芝居の感想が書いてあった。 (引用) 今日の自分は、黄色と青で上(青地にお月様の)から中(ショッキングイエローに水色の縦ラインのコムデ)、下(青のジーンズ)まで決まってしまっている。いま読んでいる本の精神科の先生の発言のなかで、診療に来る人って、あまりにもびしっと決まっている(過剰な感じであろう)ので、それと分かるというので、おお、今日のぼくはちょっと危ないかしら(靴だけはずれているので大丈夫だったかもしれない)、というぐらい今日はいい天気でいい気分であった。ということで、昼休み、一番学生が歩いている場所に陣取って飯を食べつつ、学生たちの言動を飽きずに観察している。この偶然の群舞以上に面白いダンスが見られると思い直したら、きっと、またコンテンポラリーダンスを見に行くだろうな。 2回生必修のTA授業でぼくのクラスの連中が勉強しているのを窓越しにみながら、大阪へ。20世紀少年の20巻目が出ていたので早速買って、本町のTOTOのセミナー室へ。2時間、小鹿さんと一緒にまちづくりセミナーを無事果し、そのあと、懇親。この建築家協会の方がうちの大学の建物を設計した縁からこういうところに出ることになったのだった。 懇親のときに面白かったのは、大学の清和館が建っているところに、以前何とか言うトンボがいて、それのタマゴを研究棟の裏側の池に放ったのだが、絶滅したという話。2年前(タフ3)、この池でセレノグラフィカさんが踊った(これはなかなかにいいダンスだった)のだが、ここは禁止区域なので、大学の事務局からなかったことにするように小鹿さんは言われたらしくて、すべての記録から抹消されたことを思い出す。記録がなくなっても記憶は鮮明なのではあるが。まあ、トンボの怨念がなかったことにするという事態を招いたのかも知れない。ここは、中川真さんによれば、音環境が一番いいところだそうで、まあ、気が濃くなる場ってあるんだなあと自分的に納得する。 話はレジュメどおりにやったのだが、最近「まちづくり」と「自分探し」は共通した問題点があることを発見したので、それをうまく伝えられなかったのが少し残念。つまり、日本語って助詞が大切なのに、この二つはどちらも助詞が省略されているのである。というか、それなので、誤読することができるともいえるわけで、「まちづくり」を「まちをつくる」と読むのではなく、「まちでつくる」、「まちがつくる」と読み直そうという話を冒頭にしてもよかったなあと思う。 まあ、質問にかこつけて最後にちょこっとしたが、これって、「自分探し」について、実は「自分を探す」のではなく、自分で(が)探すんだよと前期の授業で読み直したのと全く同じことなのであった。もっと言えば、地域創造という財団を作ったときは、完全に地域づくりとみせかけて、地域で(が)創造的芸術活動をするのだ、という意味を持つ二重底の財団名にして法制局などをクリアしたのだが、まあ、そういうことって、因縁みたいに続くのであるわいとしゃべりながら思ったことでした。
読んでいて、どうも少し喉がおかしいとは思ったのだが、帰り、地下鉄でかなり風邪の症状がでる。気が緩んだのと、タフ5があまりにも嬉しい結果だったので、はしゃぎすぎたのだろう。西陣ガーデンファクトリーに行こうとしていたのだが(すみじさんのソロを見ようと)、京都市役所前で下車して、家に直行してしまった。夜は、五代目柳家小さんのうどんや、禁酒番屋、桂枝雀のくしゃみ講釈、鷺とりを見る。ちょっと、多すぎて、また風邪が悪化してしまった。
中西美穂さんからお知らせがあった、美術と病院との接点を広げる集まりにはじめの1時間余りだけ参加する。久しぶりのシアトリカル應典院。秋田さんが参加者を4つに分けていく質問ゲームとか、知らない人に出会うゲームとか、いろいろ勉強になる。でも、風邪がやっぱりひどくて、第2部の途中で退散。 そんななかでも、文楽劇場でチラシをゲットしたり(第20回上方演芸特選会とか師走浪曲名人芸とか行きたいものや、文楽鑑賞教室学生1300円也などという学生お奨めなどがある)、應典院での「クリンもだん美術展2005」が明日からだけど(〜11/12)、もう展示準備ができていて、楽しくみたり、外に出るとやっぱりいいことがある。マンションの横の小さな川でおじさんが小さな魚をひょいひょい釣り上げるのをしばし見て帰宅。 成瀬巳喜男『女の中にいる他人』(102分、1966年度東宝)を見る。心理サスペンスだが、やっぱり女優が美しい。新珠三千代に草笛光子、若林映子。梅雨時が前半だから当たり前だが、雨ばっかり。嘔吐のシーンとか小津映画にはないエレメントを探しながら、そのモノクロームくっきりの映像、とりわけ、雨に濡れた歩道のなまめかしさを堪能する。音楽のよさ(林光)もこの映画をより楽しくするもの。
そして、ようやく、部会長を今年度で辞めることができそうで嬉しい。5年ということは、このまちのマンションに引っ越したとき、ちょうど、役所を辞めて教員になったのと同じタイミングだったのだろうね。まったく情けないことに、いつなったか覚えていないが、役職など長くても4年がちょうどよかったのに、1年長くやりすぎたわけだ。これからは、二期4年を一応のめどにすればいいですよねえ、それに、出来るだけ多くの人、若い人へとバトンタッチしましょうねという話。 それを言いに風邪なのに出て行ったわけだというといいすぎかも知れないが、あとは、みんなそれぞれにいい発表をされていて、学会も結構いいじゃん!と思った。帰ると関東学院大学から学会誌が届いていた。 偶然だけれど、新年度の授業準備のために買っている本のなかに、春日武彦『幸福論』(講談社現代新書、2004)があって、それが今日これもアマゾンから届いていた。その帯がおかしい。だって・・《「風邪をひいたわたし」がなぜいいか:幸福の断片を味わう生き方!》 |