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こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.10-11 こぐれ日録457 10/31〜11/6
3時限目は、3回生ゼミなのだが、演劇力ビジネスパーソン研修の一環として、就職活動のための学生支援プログラム開発の試行ともなるようなワークショップをしてもらう。ゼミ始まっていらいの人数。11名。まあ、4回生と院生もいたからですが。 ぼくとしては、私語もなかったし、なかなかいつもの数倍ちゃんとしていたと思っていたが、はじめ蓮行さんは、その反応のなさにえらくとまどっていて、おお、ぼくの方がこういう無反応に強いなあとちょっと自慢げではあった。それでもさすが最後にはずいぶん積極的に(といってもぐるぐる順番に当てないと何も言わない学生さんたちではありますが)、質問とか(お辞儀のときの手の位置とか)していた。4回生ゼミのあと、本格的な研究会。なかなかいい発展の可能性が先週東京であって、これはちょっとうれしいほど。来年度も楽しめるなあと思う気持ちになる。 研究室で、小鹿さんから趣旨文の訂正の依頼があり、以下のような案(タフ5の成果報告にしようということも含めて)をメールする。
今日のオマケはUAの『うたううあ』から「まっかな秋」ほか。そして、絵本はレオ・レオーニ『あおくんときいろちゃん』。次回は、この前買った最近のウンゲラー本2冊のうち、よりウィットが効いているなと思われる『FLIX』(BL出版、2002)を紹介しようかなと思う。ずいぶんと『月おとこ』に打たれた学生がいたからである。 風邪は少しだけいいが、やはり早く帰る。京都芸術センターでの『水と油』は行かず。カーディガンを買いに伊勢丹に行ったのに、違うものを買ってしまう。でも帰ってきて見せると好評。大切にずっと着たいコートになった。
そのあと、何もないという珍しい水曜日なので、来週の教材開発とか静かに研究室で作業(昼休み、その1回生たちに面白い科目とそうでない科目を聞く。うーん。なかなかねえ)。 下界で、りゃんりゃんさんが無性に食べたくなったという餃子の王将の餃子とこってりラーメンを食し、阪急西宮北口へ。南口からピデストリアンデッキで殺風景なお店をやりすごすと、そこが兵庫県立芸術文化センター。中ホールで、山崎正和『芝居』を見る(演出は鵜山仁)。新劇の方(勝部演之)などの発声ってこうだったよなあとか色々面白い。年配とか義理とかのお客がおおい感じがする。休憩なしで、110分ぐらいにはできるだろうと演出的には思える。でも。19時から20時半近くまで。休憩15分。 もっと退屈だろうと思って覚悟していたが、結構見られた。休憩の前とか最後のほうとかは、おもわず・・ではあったけれど、いまのお芝居状況をこの舞台で考察したり懐古したし、悔悟したりしているような部分もあり、これはないぜという古めかしいパタンの台詞回しとかも、それなりに懐かしいという気持ちでいられる。 ぼくは、中学校のとき田島令子のファンだったことを思いだす(たぶんNHK FMだったと思うが彼女がDJの1時間を聞くのが至福〜あとは朝のバロック音楽の楽しみであり、日曜日の昼下がりに流れる現代音楽の奇妙にも楽しいボーバーとかいう音)。 帰り、10数年前に学生だったミヤちゃんがしゃべっているのを偶然聞く。こっちに来ているとは聞いていたが、数年前、アイホールで挨拶されたとき全く違う人だと思ったことがあったが、よく見るとスタイルは全然変わって細く綺麗になっているが、顔の丸さとか、声の感じ〜そう、声ってなかなか人は変わらないもの〜ではっと思い出す。干支が回ったぐらいの年月の経過って、結構いいものだなあと風邪の治りかけの「幸福の断片」を味わいながら、帰る。
明治になって、封建時代から物質文明へと開化して、それを文化的になったというのか、あるいは江戸までの成熟した日本文化を野蛮な薩長の連中が破壊して、西欧文化の半植民地みたいになってしまったと嘆くのか。いずれにせよ、今日は、明治天皇が生まれた日という、まあ、ほとんど偶然に由来する日なのだけれど、それをきっかけにして、日本の近代における文化の変遷、ゆらぎということをあれこれ考えようというお休みであったのである。 そう、文化政策学科としては、もっと、大切にすべきお休みであると、実は、国立国際美術館へ出かけてしみじみ思ったのでした。 というのは、招待券があって、親父の一周忌の法事が無事終わったあと、『もの派―再考』、『瑛久フォト・デザイン展』へと行ったのだが、なんとみんな万民等しく無料なのだ。やっぱり明治天皇は文化を愛するよう万民〜日本国籍の有無を問わず〜に美術館を開放するぐらいに、お偉いのである。 来年度、この日を授業振替にすると、無料で美術館へ行くことができることに思い至る。1回生か3回生のゼミにこれを使えばいいね。新しい発見はもの派はよく見てきているのでほとんどなかったが(野村仁のダンボールの崩れ方はいい感じ)、瑛久はあんまり知らなかったので楽しかった。 また、法事は、研究テーマそのもので実に勉強になる。真言宗のうちのお坊さん(うちはお墓が姫路なので、お墓でのお経と実家でのお経は違う方にお願いしているので、かなりその差異もまた楽しめる)は、勉強熱心で、去年に比べてもずいぶんとパフォーマンスが真剣で派手。その動きなど、ちょっと枝雀が入っているところもあり、飽きない。お経はぶっきらぼうに読むのがいいのだといいながら、前半は気持ちよく声明的に歌っている。 さて、後半は般若心経をみんなで唱和するのだが、声は出ていたが、心が一つになっていない(とそのおぼんちゃんはいう)ので、観音様用の真言(おん あろりきゃ そわか)をもう一度唱和させて、やっと心が通じ合って、お経が壁をつきやぶって(彼の説明は「バカの壁」の影響がある)、親父に届き、それがまたこちらにやってきたでしょうという。 1周期は、勢至菩薩のお経(真言は「おん さんざんさく そわか」)をやったということ(ただし最後の方の真言に、いままで観音菩薩を使ったのは、お袋が西国三十三観音霊場めぐりをしてそれを背後にかかげていたので、勢至菩薩なのだが、ここは観音にしたという)。 真言宗は、仏教の総合病院(デパートというのかと思ったら、死者を治すっていう感覚なのだとびっくりし感心する)なので、死後すぐは、仏さんがうろちょろするので、不動明王みたいに、がしっとしたお経で対応し、いろいろな仏さんや神さんを症状に合わせて使うのだという。真宗は阿弥陀さん専門、禅宗はお釈迦さん専門だけれど、うちはいろいろ使う折衷主義仏教なのだという説明にこれも新鮮でなるほどと法事をしながら教えられる。
大阪精華小劇場。校庭をはさんで対面に幼稚園もあるので、幼稚園も使うと、精華幼劇場というのもできるのかな、というのは、北村想さんか誰かが、ここが中学校だったら、精華中劇場になったのかなあという話を思い出したからではあるが、あそのこの小さな庭やプレイルームや2階のプールでいろいろやって遊んだり鑑賞したことが懐かしい。 劇団太陽族の88分もの。これぐらいの長さでここまで濃密なドラマができるのが、小劇場演劇の成果だよねえ、とつい兵庫での観劇と比較している。時事問題も入っているけれど(第3セクターとか横領とかコンビニ強盗とか)、「ここからは遠い国」で味わった時間のゆれの感覚が、ドアの存在によってより明瞭に意識されて、悪い意味ではないが、分かり易く鑑賞できる。 『晴れて風無し』作・演出:岩崎正裕。ずっとうちの企画で稽古を見てきたせいもあって、役者の苦労とかが(ここの稽古を見ているのではないが)なんとなく実感できるようにも思った。たとえば、今仲ひろし(多分若手の役者さんなのだろう)が看板俳優の森本研典とのやりとりでどんなことを考え悩んだろうか、とか、そんなことも思いつつ、展開のいいドラマを楽しんだ。もちろん、年配の南勝は少しもっちゃりしゃべるし、若手の今仲ひろしは、浮かれているし、それぞれのメリハリがついていてのことだけれど。 帰って、NHKの放送をビデオで見る。むすびさんたちの中で2名がクローズアップされていた。クローズアップ関西だから仕方がないか。それと、おかしかったのは、うちの企画は紙芝居のフェスティバルになっていたということ。いろいろな紙芝居グループの一つとしてむすびさんが参加したという解説で、これって、自分が分かっていること、なじみのことに変換しなくちゃ放送しないマスコミならではのもので、なかなかに興味深いものだった。 自分が分からないものは無視する。結構プライドがあるので、わかっていなくてもわかったふりをしていろいろ理屈を考える。あるいは、少し理解できても、上司が頭古くってどうも無理そうだと思うと、上に通すのがめんどうなので、「これって、一般国民にはわかりずらい」(かつての経験では、銭湯でとなりのおじさんに話できないなんて、奇妙な文学的言辞で言い逃れする人もいた)という理由を振り回して、ぼつにする。そして、なじみの「イベント」とか「発信」ねたにする。今回は、きっと、紙芝居サークルが集まるイベントというのは、各地に結構あるので、それであると思い込んだのか、あるいは、確信犯的に、まちかど紙芝居を理解=説明するのがめんどうなので、やめちゃったのでしょうね。
でも、メイド喫茶と同じで、ローカルまで届くとブームは終わりというような、かつての都→鄙モデル(方言の分布とかに見られるもの)が適用されてしまうものなのかも知れない。半分ぐらいはまあ(うちは鄙と都の間に立地する大学だし、しかも文化政策といっても伝統的な「芸術」どまんなかをまるで志向して/できていないので)、当事者ではあるが、結構他人事的に興味深いものあるなあと、一緒に読みながら思う。 まさしく脱アーツマネジメント的なシンポが午後あって1時間だけ、聞いている。医療マネジメントが文化政策学部のなかで、これから、どのような理論的実践的な位置づけを教学と研究両面において具体的なものとして示していくのは、面白い課題であると思う。それにしても、ずいぶんスーツ姿の中年の人たちが多いし、しかも補助席も含めてびっしりなのに驚いた。 実は、同時刻に、さいかくホールで、野村誠×伊達伸明の興味深いセッションがあったのだが、まあ、現代マネジメント学科のお披露目の会なので、大学の学部の動きに自分も参加する気持ちになったのは、もちろん、文化政策学科の学科主任というお仕事をマジにやろうと思い出したせいであるのは言う間のでもない(でも、すんません、1時間いるのが限界でした〜財務省とか厚生労働省のことについては、腐っても官僚だったんで、それなりによく知っておりますので)。 帰り、民芸きょうとによると、26年でこのお店は閉めるという貼り紙。伊丹アイホールの演劇ファクトリーもこの12月の公演で終わりになるらしいし、ずいぶんと今年で終わるものが多くなりそうだ。ぼくも、かなりのものを整理しつつあって、何が残るのか、何がまた生まれるのか、2006年度は、様変わりする色々なことに向かい合える気持ちがする。 早く帰ると注文していたドラゴン桜が1〜10巻分届いている。もちろんすぐ読む。11巻目は今月出るとなっていて、まだ終わっていないことに始めて気づく。
13時からの第20回上方演芸特選会(5〜9日)。国立文楽劇場小ホール。携帯電話の電波は届かないようになっている(シールドなのだろう)。2000円で7つの演目(落語2つ、浪曲2つ、漫才、曲芸、和妻=手品がそれぞれ1つずつ)見られて、なかなかにお徳感があるのだが、もう少し人が入ってもいいのになあと思う。1階のギャラリーでは『入江泰吉が見た文楽』。モノクロ写真が美しい。吉田蓑助の少年時代(桐竹紋二郎)が写っていたりする。 今日は襲名のご披露をかねて、2代目露の五郎兵衛がトリだが、さらり(かなり高齢の感じで正座ができない)。覗くがテーマ。とんまでのんきな泥棒のお話。同じく落語の林家卯三郎(桂三ノ助と交替で出演)若手でこれから修行ですねえという感じで無難に短く。曲芸のザ・ラッキーは太神楽みたいな感じもあって、その裏寂れたサーカス的な立ち姿がいい。 漫才は今日のみ暁明夫・あきら。一人は三味線でこれもかなり昔懐かしいタイプ。歌が下手すぎて、うまいんだけれど、はずすというのではないのが難。手品(和妻とあってこれはなんと読むのだろう)の帰天斎正一は、あんまり真剣に見ないでください、いまは休憩タイムですからというのが面白い。 で、浪曲。真山広若は、テープカラオケで、演歌浪曲。その節回しなど気持ちいいが、どうしてもカラオケはもったいないと思ってしまう。まったく、知らなかったけれど、久々の20歳代の新人、菊地まどか。おお。この低音はいける。声の幅が広い。まずもって浪花節の節回しになっている・・これって当たり前のようだが、結構危ない新人ってどこの世界でもいるわけで、稽古を積めばどんどん持ちネタも増えて、強弱メリハリもできそうだ。 でもでも、菊地まどか。帰ってインターネットで調べると一心寺シアターも久々に活況らしくって、その原因の一つに彼女の初々しさと可能性への期待があるように思える。帰りに、彼女だけ、出口に立って挨拶する姿に、来年ワッハ上方でするといっていたけれど、いつ?と聞いてしまったぐらいに新鮮な気持ち(もっと「よかったよ!」とか声かけようかとも思ったがちょっと照れた)。まだまださきの5/14(日)らしいけれど、とりあえずノートに書いておこう。12/3の師走浪曲名人会(ここで、14時から)にも、ほんとに少し(掛け合い浪曲の一人)出るだけだが、気になるので、行こうとしていたものをキャンセルしちゃおうかと思うぐらい。 子どもになるときの声がアニメの声優チックなのはご愛嬌。でも、きちんと「チャン」(渡世人)にもなれるから大丈夫(宝塚の男役と子役と娘役を一人でしている感じというと想像しやすいだろうか)。子どもがしゃべっているときに、その子どもが母親の言うことを伝えるところで、子どもが話しているのに、子どもの声が母親の声になってしまう(間接話法ではなく、あえて比ゆ的に言えば直接話法みたいになる)というのが新鮮な発見。でも、浪曲では当たり前の手法なのかしら。一人芸って面白いなあ。 浪曲は、講談よりももっと鑑賞暦が浅いが、テープカラオケでないものだったら大好きなので(ウェットが強いときがあるが、講談の処世訓ごりごりと同じくそういうジャンルだと思うと気にならなくなるもの)、ちょっと深堀したい心境になる。もちろん、若い人の小さなタニマチっていうのも乙かも知れないが。 帰って、1967年東宝作品、成瀬巳喜男監督の最後の作品『乱れ雲』108分を見る。前半の加山雄三はなかなかよかったが、最後のほうで幸せそうになるといつもの能天気な加山になって、興ざめ。でも、だから司陽子役の未亡人は一緒に行かないのですね、と納得させる、そういう意味ではいいキャスティングであるのかも知れない。 青森の40年前ぐらいの姿や十和田湖が見られて、しかもあんまり深刻でないので、きっと成瀬的な濃密ワールドという面ではずいぶん枯れてしまっている感もあるが、テンポもよく日曜日の夜にはすっきり気持ちいい映画だったなあと思う。でも、森光子役といい、成瀬映画では重要なバイプレーヤーである加東大介役といい、中年(40〜50歳)の醜さ=いとおしさの描き方に毒気はまだまだ残っている。 成瀬の雨に小津の晴れ。やっぱり最後も成瀬は雨で世界を凝縮しドラマを創った。 |