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こぐれ日録 KOGURE Diary 2005.9 こぐれ日録451 9/19〜9/25
連休中、アルコールを避けていたが、午後、新藤兼人監督・脚本『竹山ひとり旅』(1977年、121分)を観ていて、無性に飲みたくなって、ビール330ml。蒸し暑いからか、あとでぶわーと汗。あっけなく終わるラスト。でもその後の音楽がいいなあとクレジットを見ると、林光。せこい師匠を演じる観世英夫は舞台で見るよりも映画の方(これ以外に知らないが)がいいのかも知れない。 高橋竹山の津軽三味線。一度だけ、ジャンジャンで見たな。二代目(元竹与)は、西陣北座でも見たことがある。いまの若い人の津軽三味線はエレキギターみたいで興味はないが、それでも、この100年ぐらいに生まれた新しい芸能であることは間違いない。 飴売りの彦一(戸浦六宏)と竹山(林隆三)が一緒に飴を売るシーンは参考になる。水で作った目薬売りの桜は伊佐山ひろ子。無声映画のシーンや浪曲(小松方正など)のシーンなど、見所いっぱい。主役が竹山の母トヨ(乙羽信子)みたいなのは、仕方がないけれど、結構面白いし、ステレオタイプだとしても、単純に雪ばっかりの北国の景色に見とれている。
午後、ノートテイカーの講習会。そして、実際に明日からどのようにやっていくかの打ち合わせ。20名ほどが登録し、今日は17名の参加だったが、それでも、2人ペアになってするので、かつかつである。しかし、よく集まってくれたなあと、うちの大学を見直す。もっともっと多くなって、学内だけではなく、地域の聴覚障害者のためにも役立つ活動になればいいなあ、とサークルづくりにも関わろうと思う。 数日前の京都新聞の見出し(京都市の文化事業について)が、「(京都の)文化芸術の発信イベント・・・」というものだったが、これって、ぼくがつねづね思っている、いまどきのがっかり単語が全部入っていて、切り抜けばよかったと悔やんでいる。でも、また同じようなものがすぐにどっさり見つかるだろう。意味不明の文化庁、紋切り調のマスコミってわらっていると、しだいにそれが既成事実化して、立派な言葉になってしまうかもね。 最近よく見かける、新しい・・とかネオ・・とかも、がっかりというかそれを通り越して脱力(絶望)系で、「新しい」ってすぐ古くなるものですよね、という台詞がこだますし、そもそもネーミング能力が自分にないということを自分で告白してしまうものである。特にいま威勢のいい右派ナショナリズムと市場万能主義(新自由主義って言われるのもまた納得的だが)のところで言われることが多く、例えば、ネオ・ジャパネスクとか何とか言われると、その幾重にも重なるno senseさに、ずるっと椅子からすべってしまう。 改革も、ネオジャパ(もちろん「ネオナチ」を意識してね)も、新しいもの(舶来のもの)に価値を置いてしまう文化後進エリア日本の流行追従心(と、劣等意識の裏返しとしての海外から評価されたい気持ち)をくすぐるのであろう。
タフ5の茶水に出すお菓子の試飲。うのはな(おから、豆腐殻)をからからにして炒ったお茶が美味。
夜、まちかど寸劇の稽古場をのぞく。じつにスリリングなステージになる気配。くうかんくんの動きなど、なかなかに難問に近いような演出上の課題もあって、なかなかこりゃあ、どうなるのかと思いつつ、青空が見え隠れする本番の天候を祈るのみ。まちかど紙芝居の方は絵とか話とかがすでに一部分明らかになっていたが、演劇の方は、いま田辺さんの手によって台本が作られ、改良されていく段階であり、この過程に立ち会うってことは、なかなか出来ないこと。一回生の二人はその点とても幸福なポジションにいる。そして役者としても頼もしく演技している。できれば、もう少し、制作として学生が立ち会えばどんなに学習となることかと思うが、まあ、これは仕方がない(結局、食文化とか着物とかなのね)。
夕方、大学に行って、昨日のつづきを見学。まちかど寸劇ということにしているが、「寸劇」という名前とは裏腹に、劇場演劇よりも格段に不利な環境で行うオープンエアの演劇(典型的な野外劇ではなく、街頭劇とかの前衛的なかつての試みよりもずいぶんと日常的そぶりに満ちたもの)であるし、4話もあるということの大変さ(稽古量も1話ずつをとるとかなり普段よりも少なくなってしまう)を思うとともに、その可能性の大きさをまた実感する。 だからこそ、大学の研究センターが行う意味があるんだけれど(このタフ5の試みを「演劇の極北を探るための街頭脱色化」とすれば、26日にも研究会を行う「演劇ビジネス研」の試みは、「演劇を下界=実業界へ浸透するための研修脱臼化」であるといえそうで、思いがけず、演劇の内包の充実と外延の拡大を同時期にやっているのである)。 つまり、演出と演技の自由度(かつ不確定要素)が、劇場演劇よりも数倍大きいのだ。他方、創作については、学生が演技すること(身内なのでいいづらいが、二人の1回生〜トミーとカスミン〜はかなり演技のポテンシャルがあると思う。これは一緒に見学した人も1回生と聞いてびっくりしていたぐらいだったし)や、地域との関係、エキストラ募集の考慮などなど、ずいぶん社会とアーツの接点で無理を言っているのだが。 いやー。結局、自分は演劇が好きなのだと再確認。またまた、演劇に夢中になる予感さえする。多分、「静かな演劇」とかつて呼ばれた90年代はじめの演劇に、自分の演劇観を一掃されたとき以来かも。そのときに感じたどきどき感が最近とみに薄れていたが、少し観劇をやめていることで、どうも、逆にふつふつと演劇への恋情のようなものが、いまさらながら生まれてきている予感。50歳は「知命」ということだけれど、確かに、ぼくの「命」(ミッション)は、アーツでしかないのかも知れない。
2時限目は、同僚の先生が書いた論文を読みつつ、新自由主義の考え方(これは同僚の先生の意見ではなく、いまのトレンドとしての動き)で文化政策を見るとこうなるのだということを確認する。そのあと、文化産業論がいまうちの大学の文化経済コースのメインになっている状況がどうもあるので、そういう状況のなかで、大学院のレベルでいかにアーツマネジメントと文化産業論とが接合することができるのかを考える端緒にしようとした。ただし、いま読んでいた「オタク文化論」に心がいってしまって、本題には触れず終わってしまう。この続きは、再来週にね。 論文にあったアドルノの否定的な文化産業論の話のときに、簡単にフランクフルト派を紹介しようとして、みなさんも知っている公共圏、親密圏論の○○、といいかけ、その○○の名前が出てこない。ハンナ・アーレントとかいろいろ思い出しそうな関連の名前を使うのだが、「ハーバーマス」が最後まで出てこない。 昼、そんなに急がなくてもよかったのに、久しぶりにアイホールに行くため、坂道を下っていく。山科駅のコンビニで、きつねうどんという名前のオムスビと、豚の角煮というサンドイッチ、そしてミルクを買って、新快速を待つ間に食す。久しぶりにコンビニのものを食べたせいもあるが、あまりに味付けが濃いのにびっくり。正直、全部食べると一日分の塩分を取ってしまうぐらいにしょっぱい。あわてて、お茶を買う(帰って芳江に話すと、最近ぼくが食卓で塩や醤油を追加することがめっきり減ってきて、しめしめと思っていたということ。ずいぶんと偉く飼育されてきたなあと感謝する)。 糾〜あざない〜第17回公演、AI・HALL共同製作「還る鮭たち企画」『ひとみごろ』作・演出:芳崎洋子。 これからは、たまーに、ゆーっくり、観ようと思った。 ミラーマン体操とかがあって、コミカルな部分も忘れてはいないが、鏡をめぐる女性の重要な問題を、過去から近未来まで綴っていく。第一の間は、寄せブラを売るねずみ講っぽい販売会社の新人研修、第二は、遊女と鏡(客を待つ時間つぶしの百物語)。三場は、販売会社でブラも買いおまけでついていたお見合いサービスで結婚した女と前妻の娘ふたりとのやりとり、四番目の間は、その女が勤める会社にある洗面台の鏡の前における4人の女子社員の会話(ここでミラーマン体操が実際に行われる)、最後に、近未来の鏡などいらなくなってしまった事態における劇場楽屋でのシーン。 第三の間で、引きこもった姉とつっぱりの妹が、実母が残していったコンパクトを見つけたシーンで涙。その二人のやりとりを離れて見ている後妻(西岡由起子)のことを思うと今度は複雑な気持ち。その後妻が、オフィスでは古OLとなるシーンへと続くところが、ぼくは自然なメロドラマ要素を感じて、ばらばらのなかでのつながりとして、ちょうどいい按配の配合な感じがする。 他方、全編にこれでもかこれでもかと鏡でしみやしわを隠す女性心情が続くのではない配合として、第五の間がある。そこではテロかなにかで閉じ込められた女性たちが、鏡よりもいまは赤いトマトというシーンがあって、そこでは(鏡の存在を忘れ鏡は横においたまま)鏡を見つめるか隠すかという二者択一以外にいま考えなくちゃいけないことがあると言っているように思われる。そして、そのためにこの台本が残されているのかも知れないよね、という自己言及になっていて。そう、つまり。いまこういう時代に演劇へ向うことについての、静かな囁きも忘れていないのである。
NO-MAのならびに空き地が出来ていて、その奥の松の木が見えている。ここにどんな建物があったのか、まるで記憶がない。ぽっかりと空いた跡に感じられる空白感は、NO-MAの庭の松の切られた跡と同じで、かなりの時間経過がないと、埋められない。しばたゆりのワークと伊達伸明のワークは、近江八幡という地域との深く持続する関係において拮抗している、もちろん、しずかに、しかもフレンドリーにではあるが。 葦(よし)に囲まれた蔵での映像は、ちょっと見ようと思って入ったのにもかかわらず、45分フルに見てしまった。かばんを母屋においてきぼりにして、それを気にしつつ。すると、しばたゆりさんがやってきて、新しいバージョンに代えるという。それでも、色が気になるらしい。ぼくには、まったく色とか気にならなかったが、やっぱりこだわりがあるのだろう。ニューバージョンをまたフルに観たいものだ。葦の匂いがとても気持ちよい。体中を匂いに包まれて映像を見る体験はそうそうできないものだし、少し秘密の匂いも映像のなかにはあるから(その語る人の手と思い出を共有する瞬間)、安心して暗闇に身を任せられる。 伊達伸明さんの野間亭ウクレレの展示は、他のウクレレとは違って、表面と裏面を別々の目線で鑑賞するようになっている。一目瞭然ですばやく効率的にアーツを把握するのとは対照的なゆっくりとした展示になっている。それだけではなく、よーくみなくては、その部材を使った意味が見えないものもこのウクレレ群にはあって、それは、この作品の第一義的な価値は、その建築物を保存したいという依頼主にとっての価値だからなのだと伊達さんは言っていた。たとえば、下の方にあった落書きなどが今回の見つけにくい思い出指標であり、でも、それが見えたときに感じる気持ちは、言いようのないきゅーとした心の締め付けなのである。夕方、本家の野間亭におけるレセプションで演奏された野間亭ウクレレは、かわいい音でしっかりと唄を支えていた。 秦野良夫作品はチラシの表面にも使われていて、とてもしっとりと日本の住居の思い出そのものになっている。それが、二階での展示でとりわけ明確になっていて、高崎市の福祉施設かんなの里の職員さん二人が、ずっと秦野さんの作品の前で話しこまれていた。畑野さんがこれないので、こうして展示されていたと話してあげるのだそうだ。 八島孝一作品も二階にもあって、ゆっくりと鑑賞できる。これは服部さんの話に出てきたことだが(ハレはレセプションに来て挨拶する予定だったが、お父さんの自動車が迷っているようで間に合わなかった)、施設に出かける道すがら、落ちているものを見つけ、また違う場所に移動させたりしながら、いくつかの拾得物を施設に持ってきて、それを作品化するのだという。カマキリやカニなど具体的なオブジェのほかに無題という作品もある。 吉川秀明作品は大きいものもあり、小さなものがそのまま大きく大きくなってある。小さなオブジェの方は、たとえば、八島作品の横にもちょこっとお邪魔していて、それがまったく邪魔な感じがしなくて、見ている人がいないときも、ちゃんと見ていますよって言っている感じがするし、見ている人がいるときは、観ている人とお話しているように置かれている。ザシキワラシとかコロボックルとか、そういう妖精のような感じがする。 また、吉川作品をしばたゆりさんのマテリアルカラーズの素材にしてもらっていて、二階の奥で鑑賞者が日本画などのようにして、目目鼻口を自分なりにつくって並べることも出来る(ぼくも、伊達さんらのリハーサルの横でやってみたが、中途半端なことをして、不出来だった。伊達さんが濃い黒ですねえと言っていた、どうしてもお習字みたいな気分になるのは、絵心がまるでないためだ)。 今日は珍しくはたよしこさんが用事でいなかったが、その代わり彼女の小さいときの絵日記を映像で見ることができたし、マテリアルカラーのお手本みたいな作品にも出会うことができた。さらに、電車で読んでいた小室等『人生を肯定するもの、それが音楽』(2004年、岩波新書)にもはたさんが登場していて(p90)、偶然の一致が面白い。 《・・ついこの間も、知的障害のある人たちのいる現場で演奏しました(2002年11月)。そのときは佐渡の太鼓グループ「鼓童」の齋藤秀之さんに来てもらって、彼の太鼓といっしょに歌った。そして、ぼくらが演奏している最中に、田島征三さんと、おなじく絵本作家のはたよしこさんのお二人が大きなキャンバスにそれぞれ絵を描く。・・》 |