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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.4 こぐれ日録480 4/10〜4/16
それにしても本当に私たちは類人猿のことをあまりにも知らないように思う。たとえば、何頭いるかの把握や食べ物の推定。糞の調査にベッドのこと。ゴリラはチンパンジーよりも葉っぱをよく食べる。果実をチンパンジーと同じぐらい好物なのだが、果実がない場所、季節への対応なのである。セロリを食べるなんてじつにヘルシー。しかも、子どもはなかなかお母さんやお父さんと離れない(孤児になると死んでしまう)。メスの出生数は2頭を切るぐらい。ゆっくりと育てて、出産の感覚が人間よりも長いぐらい。 山極寿一氏の別の本(『ゴリラとヒトの間』講談社現代新書、1993)に書かれているように、ゴリラへの不当な誤解が19世紀半ばから続いて、「現在のゴリラの生息数に匹敵するか、あるいは上回るかも知れない」ゴリラが、「動物園に送り込むために、おそらく数万等を下らない数のゴリラがアフリカで、旅の途上で、あるいは異国の冷たい鉄格子の中で死んでいった」という。うーん。 午前中は大学で準備。午後は、東部文化会館で、第2回子どもの文化フォーラムの打ち合わせ。5月27日のスケジュールがほぼ決まる。去年と反対にして、第1部が後援と事例報告、パネルディスカッション。第2部が子どもたちのパフォーマンス。今年は「川そぞろ、やましなの里あそび」ということで、自然と子どもがテーマなので、第2部のパフォーマンスとの関係をうまくつける仕事が私の役目のようだ。 あと、26日の前日と27日にお手伝いしてくれる学生を探すこと。そして、28日の12時すぎから子どもたちの遊びタイムになるので、これに去年の紙芝居チームが出てくれるととても嬉しいなあと思っているところである。
一人の学生さんから、ひょっとして藤さんを知っているのではありませんか?と尋ねられる。KAVCの活動に参加して(あかりをともす催し)お話を藤さんとしたことがあって、なにか私の話し方とか雰囲気に藤さんと共通する所があるというのである。うーん。何という偶然。でも、藤浩志さんに雰囲気が似ているといわれるのは、とても光栄であるし、プラスアーツのことを話そうと思っていたから、符丁がぴたりとあって、少ない授業というのもじつに爽やかだなあと帰宅する。 芳江が注文していたボールエクササイズの本とボールが届いていた。ボールで腹筋とか股関節とかを動かすと、ふだん使っていない筋がぴくん、つーん、イテテとなって、ありゃありゃ。
そのあと、熱心な大阪から来た学生さんに会う。 TAM研の2回生たちがくる。5/28の紙芝居について、前向き。ほっとする。
TAM研は昼休み、ちょこっと。 4限目の自分探しの旅。733教室に変更した。142名の登録と聞いていたが、160名以上いてびっくり。 そのあと、20時近くまで、学生の訪問が続く。これは楽しかったが、かなりめまぐるしくて大変だった。でも、阪神ファンには悪いが、気持ちのいい逆転劇が続いていて、それはそれで嬉しい。
アーツマネジメントとは、うっとりする環境をつくることに努力すること。 他学科の学生さんもいたので、一言、こういう風に説明するだけでもよかったのに、この「うっとり」論をチクセントミハイのフロー理論と関連づけるところまでつっぱしってしまった。来週は、少し丁寧に復習しよう。でもそうしたら、きっと、劇場=芝居論と日本の演劇史90分早分かりを2回でこなすことは到底無理そう。やりすぎの悪い癖がまた出そうなので、ちょっと軌道修正しなくちゃ。 京都橘高校へ。こちらは、5時限、6時限で「文化政策」を教える3年生授業の始まりである。去年より少し減って31名。全員女子である。 帰り、桃山南口駅に戻らないで、伏見大手筋商店街まで歩く。20分はかかりそうだ。わらぶきの農家があって嬉しくなる。このあたり、山科より確実に風情がある。校外学習の準備のため、16日に竜馬通り商店街でフリーマーケットがあるので、10時にはそこへ行って、それから、14時からある京都橘高校太鼓部の演奏を聴きに行くことにしよう。 手帳を忘れたのでいったん大学に戻ってから心斎橋へ。そごう百貨店に初めて入る。お菓子屋さんなどきれいにあって、結構気持ちのいい空間だった。そごう劇場のパンフレットをピックアップ。 A級MissingLink第12回公演『決定的な失策に補償などありはしない』。ゆうに2時間はあった。これが、きつい。100分ぐらいに出来そうだ、強力なプロデューサがいれば。でもBGMが小島麻由美で、趣味は近いなあと思うのだ、ここは。演劇についての演劇風の出だし。ありがちだが、そんなに悪くない。冒頭に出てくる二人の役者さんは好きなタイプである、どちらも(横田江美、幸野影狼)。 ずいぶん前だが、地域通貨を促進しようとする先生とゼミ生、それを実施しているムラに人たちという舞台を見て、私はちょうど地域通貨の可能性をまだあれこれ思っていたときだったからかも知れないが、それとともに、その内容の取り上げ方もよくて、結構気に入っていた。 だから、先入観として、かなりの社会派かしらと思っていて、でも、今回のお話は、大学の写真部の合宿を描くもと劇団の人たち、そして、もう一つ売れない芸人をめぐるサブストーリー(これはどうつながるのか、いま考えるとよく分からないきがするが、大学合宿と同じく劇中劇としてあるのだろうけれど・・)で、少女漫画(私の場合少女漫画というのは大好きだったこともあり、けなし言葉ではないのである)の延長線上にある自己言及的アラベスク演劇といったところだろうか。 みんな二役をしていて、かなりがんばっていると思う。きっと、自分たちも他も期待しすぎているところがあるのではないだろうか。もっとあれもこれもではなく、肩の力を抜いて。すでに語られていること、演出されていることを盛りだくさんに勉強して提供するという姿勢よりも、切り捨て切り捨て、それでもしぶとく残ったある一点をもっと掘り進めること。非ユークリッド幾何学の比喩一つにしても、それを深く探るだけでいままで誰も見ていなかった何かが見えてくるはずだ。中途半端なかしこさではなく、偉大な愚かさなのだろう、きっと。
竜馬通り商店街のフリーマーケットは中止だったので、蕎麦屋さんに入る。開業して1年と4ヶ月になる新しい店舗。ミュラーというドイツ語のお店。石臼挽き手打ちそば処なので、粉屋(の主人)、水車(風車)場(=製粉工場)の持ち主という意味のミュラーになるのだそうだ。天麩羅ざるそばを頼む。1150円。かなり本格的。 京都橘高校まで歩く。大きな道を歩いたほうが近いようだ。15分。ぎっしりのホールで太鼓部の演奏を聴く。尺八や二胡の演奏はご愛嬌だが、太鼓の演奏はよくまとまっているし、聞かせてくれる。司会も恥ずかしがらずにいい感じ。うちのゼミ生を含むOGがてきぱき場内整理。高校で「文化政策」を受講している生徒が二人舞台ではちきれそうに演奏している。理事長と副学長が臨席していたので、大学にも太鼓(部)サークルを作るのでよろしくと学生たちをつれて挨拶。 |