こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.4


こぐれ日録480 4/10〜4/16


4/10(月)


どうも、朝早く起きすぎて、一日中ぼーっとしている。
朝に、山極寿一『ゴリラ』(東京大学出版会、2005)を読み終える。
写真はドラミングやレスリングなどの遊びのすがた、そして、「ゴリラの微笑:遊びの最中に顔をゆるめて笑い、目をいたずらっぽく光らせる」ものまである。でも、本文ではゴリラの遊びや笑いについてはほんの少し。このあたりは文化としての遊びなのかどうか、じつに気になるところだし、ゴリラに学ぶ文化政策という展開だってありえるのかも知れない。

それにしても本当に私たちは類人猿のことをあまりにも知らないように思う。たとえば、何頭いるかの把握や食べ物の推定。糞の調査にベッドのこと。ゴリラはチンパンジーよりも葉っぱをよく食べる。果実をチンパンジーと同じぐらい好物なのだが、果実がない場所、季節への対応なのである。セロリを食べるなんてじつにヘルシー。しかも、子どもはなかなかお母さんやお父さんと離れない(孤児になると死んでしまう)。メスの出生数は2頭を切るぐらい。ゆっくりと育てて、出産の感覚が人間よりも長いぐらい。
家族関係は実に奥深い。それにしても、ブッシュミート取引のこととか、内戦、恨みによる殺害、人間による感染のこととか、社会的な問題をはじめて知る。繁殖率が低いので、アフリカの状態はかなり危機的なのである。

山極寿一氏の別の本(『ゴリラとヒトの間』講談社現代新書、1993)に書かれているように、ゴリラへの不当な誤解が19世紀半ばから続いて、「現在のゴリラの生息数に匹敵するか、あるいは上回るかも知れない」ゴリラが、「動物園に送り込むために、おそらく数万等を下らない数のゴリラがアフリカで、旅の途上で、あるいは異国の冷たい鉄格子の中で死んでいった」という。うーん。

午前中は大学で準備。午後は、東部文化会館で、第2回子どもの文化フォーラムの打ち合わせ。5月27日のスケジュールがほぼ決まる。去年と反対にして、第1部が後援と事例報告、パネルディスカッション。第2部が子どもたちのパフォーマンス。今年は「川そぞろ、やましなの里あそび」ということで、自然と子どもがテーマなので、第2部のパフォーマンスとの関係をうまくつける仕事が私の役目のようだ。

あと、26日の前日と27日にお手伝いしてくれる学生を探すこと。そして、28日の12時すぎから子どもたちの遊びタイムになるので、これに去年の紙芝居チームが出てくれるととても嬉しいなあと思っているところである。


4/11(火)


新学期のはじまりは、近畿大学文芸学部芸術学科での「アートマネジメント論」から。
ただし、芸術学科でも舞台芸術専攻の方は照明の授業があったりして、だれもいない。
造形芸術専攻が4名(うち芸術学専攻が2名で油絵と版画が一人ずつ)、同学部だけれど他学科3名というところ(一人は大学劇団をしている)。
なにせ、この4限目、はじめベルが鳴っても誰も入ってこない。ようやく、待っていて来たのはこの7名のみ。雨だということは関係ないだろうし(受講ずみの学生がちょうど7名ということだったので)。
立命館大学産業社会学部で数百名の授業をしていたかわり(ただどこか多いのにむなしい感じが近年してきてやめさせていただいたのであった)なので、その落差に少しクラクラ。
でも、7名にきちんと届ける授業ができればいいし、もう少し人数は増えるかも知れない。
予定していたことを話したあと、一人ひとりお話をする。
他大学でこういう会話が出来るのは、かなりラッキーなこと。4名以下とかになって、中止になるとすこしがっかりするかも知れない(逆に、ほっとするということも本音としてはあるぐらい、今年は多くのコマをするのだが)。

一人の学生さんから、ひょっとして藤さんを知っているのではありませんか?と尋ねられる。KAVCの活動に参加して(あかりをともす催し)お話を藤さんとしたことがあって、なにか私の話し方とか雰囲気に藤さんと共通する所があるというのである。うーん。何という偶然。でも、藤浩志さんに雰囲気が似ているといわれるのは、とても光栄であるし、プラスアーツのことを話そうと思っていたから、符丁がぴたりとあって、少ない授業というのもじつに爽やかだなあと帰宅する。

芳江が注文していたボールエクササイズの本とボールが届いていた。ボールで腹筋とか股関節とかを動かすと、ふだん使っていない筋がぴくん、つーん、イテテとなって、ありゃありゃ。
気持ちがいいが、老化が進んでいることを実感する。


4/12(水)


1回生の最初のゼミ。二人遅刻ながら19名揃う。
マイ文化政策事典づくりの説明と作業。これから、毎週5枚が宿題。
でも、簡単に出来るようになるはず。関心さえあれば、何でもいいし、大学には図書館という強い味方がある。何でも検索エンジン、電子辞書とならないようにしていきたい。

そのあと、熱心な大阪から来た学生さんに会う。
天井桟敷の話になったり、西原理恵子が高知出身だということを教えてもらったり。

TAM研の2回生たちがくる。5/28の紙芝居について、前向き。ほっとする。
そのあと校務。
3つめの会議がなくなって、夕方、まだ日があるうちに帰宅。小鳥の声が鮮やか。
次年度に出来る児童教育学科のための校舎づくりがはじまって、またキャンパス内は工事中。木立が伐採されて、匂いがたちこめる。うーん。


4/13(木)


2時限目。アーツマネジメント総論。49名?少ないなあと思ったら、2回生のみの数字で、全体では117名ほどだった。でも、実際の出席は80名。
でだしは、近大ともちろん同じなのだが、どうしてか、「と」と「間」で止まってしまった。「5つ」は来週へ。「間」論が長くなったのかも知れない。でも、間がつく言葉を書いてもらったので、そこが時間配分的に長くなったところだろうといま気づく。

TAM研は昼休み、ちょこっと。
3限目の必修を少しだけ覗く。後ろの方がかなりうるさい。(2時限目でも後部でずっとどうでもいいことをしゃべっている3回生などがいたそうだ。来週は気をつけて注意しなくちゃ。なかなか、大きな733教室なのでチェックしずらい)。

4限目の自分探しの旅。733教室に変更した。142名の登録と聞いていたが、160名以上いてびっくり。
1回生なので誰も休まず、しかもちょうど受講しやすい時間なのだろう。
ドラゴン桜12巻に「自分で考えるというのは、なにも考えないのと同じ」という趣旨の桜木先生の言葉があって、それを活用させてもらう。アンケートをとったのでその集計が大変だ。

そのあと、20時近くまで、学生の訪問が続く。これは楽しかったが、かなりめまぐるしくて大変だった。でも、阪神ファンには悪いが、気持ちのいい逆転劇が続いていて、それはそれで嬉しい。


4/14(金)


金曜日の1限目(午後から高校に教えに行くため後期も同じパタン)はアーツ鑑賞演習。40名定数にしていてもいままで抽選なぞなかったのに、今年は2回生など落ちちゃった学生がいたそうだ。2回生の人数が多いのが原因だろうとは思うけれど。
実数35名の出席。ゼミ生にずいぶんと張り切っていっぱい話しましたねえと言われる。確かに、オリエンテーションプラスアルファとしたら、行き過ぎたかな。

アーツマネジメントとは、うっとりする環境をつくることに努力すること。
アーツ鑑賞演習は、うっとりするときの自分を観察することが決めて。

他学科の学生さんもいたので、一言、こういう風に説明するだけでもよかったのに、この「うっとり」論をチクセントミハイのフロー理論と関連づけるところまでつっぱしってしまった。来週は、少し丁寧に復習しよう。でもそうしたら、きっと、劇場=芝居論と日本の演劇史90分早分かりを2回でこなすことは到底無理そう。やりすぎの悪い癖がまた出そうなので、ちょっと軌道修正しなくちゃ。

京都橘高校へ。こちらは、5時限、6時限で「文化政策」を教える3年生授業の始まりである。去年より少し減って31名。全員女子である。
1学期は、商店街を中心としたまちづくり。そのまえに、一応、文化政策入門ということをして、また、地方自治についてもちょっとだけやっておこうと思っている。都道府県と市町村、特別区と行政区などの違いぐらいはわかってもらおうと思う。

帰り、桃山南口駅に戻らないで、伏見大手筋商店街まで歩く。20分はかかりそうだ。わらぶきの農家があって嬉しくなる。このあたり、山科より確実に風情がある。校外学習の準備のため、16日に竜馬通り商店街でフリーマーケットがあるので、10時にはそこへ行って、それから、14時からある京都橘高校太鼓部の演奏を聴きに行くことにしよう。

手帳を忘れたのでいったん大学に戻ってから心斎橋へ。そごう百貨店に初めて入る。お菓子屋さんなどきれいにあって、結構気持ちのいい空間だった。そごう劇場のパンフレットをピックアップ。
心斎橋ウイングフィールド。となりに、懐かしい人が座る(盗難についてのある貴重なアドバイスを聞く。サンキューです)。いまも深津篤志さんの戯曲塾に出ていて、一緒に受講している土橋淳志さんのお芝居(作・演出)なので、見に来たのだという。

A級MissingLink第12回公演『決定的な失策に補償などありはしない』。ゆうに2時間はあった。これが、きつい。100分ぐらいに出来そうだ、強力なプロデューサがいれば。でもBGMが小島麻由美で、趣味は近いなあと思うのだ、ここは。演劇についての演劇風の出だし。ありがちだが、そんなに悪くない。冒頭に出てくる二人の役者さんは好きなタイプである、どちらも(横田江美、幸野影狼)。

ずいぶん前だが、地域通貨を促進しようとする先生とゼミ生、それを実施しているムラに人たちという舞台を見て、私はちょうど地域通貨の可能性をまだあれこれ思っていたときだったからかも知れないが、それとともに、その内容の取り上げ方もよくて、結構気に入っていた。

だから、先入観として、かなりの社会派かしらと思っていて、でも、今回のお話は、大学の写真部の合宿を描くもと劇団の人たち、そして、もう一つ売れない芸人をめぐるサブストーリー(これはどうつながるのか、いま考えるとよく分からないきがするが、大学合宿と同じく劇中劇としてあるのだろうけれど・・)で、少女漫画(私の場合少女漫画というのは大好きだったこともあり、けなし言葉ではないのである)の延長線上にある自己言及的アラベスク演劇といったところだろうか。

みんな二役をしていて、かなりがんばっていると思う。きっと、自分たちも他も期待しすぎているところがあるのではないだろうか。もっとあれもこれもではなく、肩の力を抜いて。すでに語られていること、演出されていることを盛りだくさんに勉強して提供するという姿勢よりも、切り捨て切り捨て、それでもしぶとく残ったある一点をもっと掘り進めること。非ユークリッド幾何学の比喩一つにしても、それを深く探るだけでいままで誰も見ていなかった何かが見えてくるはずだ。中途半端なかしこさではなく、偉大な愚かさなのだろう、きっと。


4/15(土)


昨日は、大いに歩いた。移動した。
新しい授業。新しい教室。
久しぶりに会う人、4月からうちの大学で授業してもらう方。
今日は、のんびり。というか、歩いて出たのは、近くのある施設のみ。
寒い。昼寝をする。
論文を一つ読む。それだけ。
そういう休息日もある。
ただ、200枚以上あるアンケートだけ、今夜まとめよう。


4/16(日)


黄桜酒造の黄桜。ホントは右近とかいうそうだ(http://www.genetics.or.jp/sakura/htmls/ukon.html)。
ホワイトナイルは食堂のみの販売なので、3本ある黄桜を見つつ、普通の地ビールを飲みながら、高校の商店街フィールドワークの授業計画を考える。3つの班に分け、伏見大手筋商店街、竜馬通り商店街、納屋町商店街(風呂屋町商店街も含む)をそれぞれ担当。その班をまた3つのサブチームに分けて、それぞれ、タウン誌編集チーム、商業コンサルタントチーム、CM催事企画チームとする。9チーム。3〜4名ずつとなるわけ。

竜馬通り商店街のフリーマーケットは中止だったので、蕎麦屋さんに入る。開業して1年と4ヶ月になる新しい店舗。ミュラーというドイツ語のお店。石臼挽き手打ちそば処なので、粉屋(の主人)、水車(風車)場(=製粉工場)の持ち主という意味のミュラーになるのだそうだ。天麩羅ざるそばを頼む。1150円。かなり本格的。

京都橘高校まで歩く。大きな道を歩いたほうが近いようだ。15分。ぎっしりのホールで太鼓部の演奏を聴く。尺八や二胡の演奏はご愛嬌だが、太鼓の演奏はよくまとまっているし、聞かせてくれる。司会も恥ずかしがらずにいい感じ。うちのゼミ生を含むOGがてきぱき場内整理。高校で「文化政策」を受講している生徒が二人舞台ではちきれそうに演奏している。理事長と副学長が臨席していたので、大学にも太鼓(部)サークルを作るのでよろしくと学生たちをつれて挨拶。


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