こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.4


こぐれ日録47 4/3〜4/9


4/3(月)


○ 引退を眞に受け寂し四月嘘         月豚
○ エイプリルフールの隠棲笑えない      月豚

エイプリルフールの笑えないひとこまを目が覚めたら思い出した。
1日、拾得で能管の方が演奏され、終わりに、これを最後にしてやめることにしましたとご挨拶。
みんな、しーんとなって、惜しみない拍手。
あまりにしんみりなってしまって、そのかた、逆にびっくり。
違うんですよと思わずエイプリルフールであることを強調された。

本気にさせるぐらい真に迫った演技でも、それが、あとで自分自身が寂しくなっちゃうようなものは、避けたほうがいいという教訓かな。生前葬の場合は、本当に別れるつもりというのもあると思うけれど。
調べると、前田雀郎の川柳のなかに、「四月馬鹿そのまま花の日へつづき」というのがあった。こちらも、1日の入学式からお釈迦様の生まれた4/8の花祭りまで(この日が新入生キャンプの2日目)、何やら新入生関連で続いていく。

今日は、午前中、授業の準備もろもろ。高校生のためのキャンパス見学会におけるミニ講義の調整。
12時半からのガイダンスを傍聴して、新入生たちの様子拝見。とりあえず、無事であるようで、ほっとする。


4/4(火)


9時から2回目のクラス懇談会。
新入生キャンプの説明の延長線で、ゼミの予定の話をしてしまう。
今年はじめてする「文化政策マイ事典」の話しである。どうだろうか、オリターの一人は大変ですよというシグナルを私に送ったように思えた。微調整はもちろん必要だろうけれど、極力、これに絞っていくことで何とかやり続けるようにしていきたい。
1週間には授業のなかでも大事だと思う用語や事柄、人名が出るはずだし、テレビを見ていても、遊んでいても何か書くものはある。辞書にいまは便利な検索エンジンもあるし。出典を明記して、要約したり、定義として言葉を手書きしていくことで、自分の研究領域がぼんやりと見えてくるはず。こういう意味づけを伴いながら、まずは、やってみようというわけである。

そのあと、資格ガイダンス。かなり多くの学生が聴いていた。
教務課のほうから、去年あまりにも資格をとっても就職にはすぐに結びつかないとか、資格は大変で絞り込むという話を厳しくしたということで、父母からもう少し夢を与えてほしいという指摘があったらしい。ということで、みんな気をつけながら、でも資格コレクターって意味ないですよということだけは押えながら話されていた。こちらは、資格というよりも、アーツマネジメント自体の説明、いや、TAM研(木曜日の昼休みから3限目にかけてを一応の時間としたいと思っています)の告知になった。

午後に、子どもとアーティストの出会い設立準備室の代表の井出上さんが研究室に来る。昨年度はジーベックホールで、うちらのゼミ生たちもお手伝いできてとてもこちらとしてもうれしかった(これも続けられるそうなので、また参加者を募りたいと思う)。新年度に始まる、ダンスとラップで理科の授業を面白くしかも身に着くようにしようというプログラムをはじめて聞いて、どんどんこの分野は進化しているなあと感心した。

これからの目標は、一人のとても熱心でしかも適正なスキルがある教員さんだけができるというものではないあり方が要求されている。教育学の先生方がその方面からずいぶんとハードルの高いシステムプログラムと評価について議論されているようだ。私の役目は、アーツの領域からの意義づけ。いや、意義はもちろんあるので、その理論化、言語化だということ。

ダンスとラップで理科を学ぼうという試みは、すでにイギリスで行われているということではあるが、それをきちんと吸収しつつ、日本の小学校、しかも、文科系ではない理科系の人たちの教育システムである小学校理科という分野で展開されるということ自体はじつに新鮮で注目されるものである。

でも、よく考えれば、ダンスは身体による表現であり、大地を感じ、重力に抗ったりしたがったりしながら行われるので、物理や天文学、そして、もちろん、生物である人間を一番感じさせられるアーツでもある。ダンスの人は、呼吸、骨、筋肉のありようにとても詳しい。手足の関節をいかに意識化するかで、表現の幅が決まるのかも知れないわけだし。

演劇で算数(国語的な文章題という点に着目したものでもあった)もじつにすばらしい試みであるが、ラップはまさに演劇=詩の音声化と音楽の融合したもの、あるいは、分化の前のうた(リズムのある詩であるとともに、歌として詠吟されるもの)そのものであると考えれば、うってつけの出会いであり、ひょっとしたら、再会なのかも知れないと思ったりもした。

観阿弥の能が「ものまね」であるといわれるが、舞という日本のダンスの原点が、「もの」としての森羅万象(理科の対象をかなりかなり含む)を真似るということは、学ぶが真似ることから始まるとすれば、舞(ダンス)で理科を学ぶというのは、舞でものを真似るということになって、ダンスの日本の起こりと通じるともいえるわけで、こういう観点からも実に興味深いものだと話してみたりもした。

(以上はかなり強引なこじつけだけど)言語化をとても刺激する試みであることは確かだ。そういう試みはきっと可能性が大きいのだと主観的には思う。ファンレイジングがうまくいって、汎用的な記録ができればいいがとねがうばかりである。


4/5(水)


夕方まで校務。
1回生の受講登録はじまって、あれこれ相談に乗るが、なかなかマイ時間割を作るのはむずかしそうである。こちらも、よく知らないことも多く、勉強になる。
あわてて、大阪駅へ。
特定非営利活動法人プラス・アーツの設立総会。一人かなり遅れてしまう。永田宏和さんが代表(理事長)の予定で、神戸市を中心とした活動をより公益的に展開しようとするもの。藤浩志さん(副理事長予定)と総会のあとの懇親会でずいぶんと話し合い、いろいろなことを考えさせてもらった。

・アートとアーツの関係を双方きちんと考えておくこと
・それと関連すると思うが、「つくる」といっても二通りではないかということ
・特に違和感、ずれなどとしか表現しようのないアーティストの「もやもや」、それらをイメージにするまでの過程としての「つくる」ことの大切さ
・ワークショップなどプラス・アーツなどが行う企画・催しにおける工夫・仕掛けについての価値づけ
・ それら目に見えないアイディア、ノウハウなどのソフトウェアを知的財産権としてどう大切にしていくか

なお、プラス・アーツの基本理念は、社会にアーツをプラスするというNPOの名前からわかるように、
≪社会における既存の様々な分野 + arts 
                   → 分野の課題解決、活性化 新たな可能性の追求≫
ということで、教育+arts、防災+arts、福祉+arts、環境+arts、観光+arts、まちづくり+artsというふうに展開されていく。
思ったのは、このプラス・アーツが固有名詞でありつつ、ふだんふつうに使えるようになるといいなあということ。意味は、もっと自由に楽しくしようという意味合いで、もう少しこのプログラムをプラス・アーツしようや、という風に使われるようになるのが一つの目標じゃないかと思った。

(補足)
アートとアーツの関係:アートという言葉は抽象名詞でかなり「もやもや」から出発するもので、数えたりできないもの。文化力の分類ではポテンシャルとしての力。芸術(アーツ)そのものの価値という感じで使う。他方、アーツというと、ジャンル化が可能であるもの、応用芸術的なものも範囲内で、文化力の分類としては、社会的応用力ともいうべきものが入ってきて、より、実行性、社会実践性を伴っているというふうに自分は分類しているように思う。


4/6(木)


朝の京阪電車。うちの新入生の会話が聞きたくもないのに聞こえてくる。小暮?『アーツマネジメントみち』?自分のやつ教科書にしている!(そのあとは聞きたくないので聞かないように・・) 確かに後期の『現代社会の課題〜アーツの扉へ〜』は教科書指定していたと研究室について確認。出版社から、教科書指定してくださいといつも言われるので、迷いつつも、1回生ならずっと使えるし役に立つはず(少なくとも文化政策学科だったらアーツマネジメントのことは少しは知っておく必要があるし、卒業研究のなかでどこかは文献に出来るはず!)だから、買ってもらって問題はないとは思うけれど、授業とかできちんと使うとみんな集中しなくなるし、使い方を工夫しなくちゃいけないなあと思案。まあ、後期なので、それまでの課題。

朝は、新入生のクラス懇談会。そのあとやっと「自分探しの旅」の一回目の思案。
それをはじめていると、3名の1回生が研究室にやってきた。みんな京都橘高校の太鼓部出身。
目標は大学のクラブにも太鼓部を創設することである。とてもいいこと。でも、かなり道のりはあるだろうし、まずは太鼓がいるし。
ということで、文化政策、TAM研的に考えると、岩屋神社の太鼓の会とうまく関係してもらうといいなと思って、さっそく、そのうち二人を伴って、岩屋神社へ。

宮司さんはお忙しかったので、まず二人に太鼓を見せることとする。そして、叩いていいといってもらったので、二人が演奏する。20曲ぐらいはレパートリーがあるのだそうだ。思いっきり叩くのではじめびっくり。きっと、宮司さんへも届いたはず。ただ、ここの太鼓の会は日曜日の夜に集まりがあるので、それに参加するのは、通いの学生たちだし、無理である。それに、メンバーが足りているかも知れない。これからは、小鹿さんにやってもらっていたことも自分でしなくちゃいけないし、やっぱりタフがないと結構大変だ。でも、タフのおかげで太鼓という地域資源が身近にあることが分かったし、生かしていかなくちゃいけない。

本屋で朝日新聞社『論座』5月号を立ち読み。指定管理者制度についてさきらのことも書いてある記事を読む。買おうと思っていったのだが、他の記事がかなり面白くないので、やめてしまった。それに、まあ、ブログで色々書かれている話以上のことはあんまり書かれていなかったし。うーん、でも、よくまとまっているので、大学院生とかに説明するのには便利かなあ??どうも最近の朝日新聞関係は気持ちがのらない。

久しぶりの観劇。久しぶりのアートコンプレックス1928。列が出来ていてすごいなあと思ったら地下でライブがあるとのこと。なあんだと演出の松浦友さん(演劇ユニットYOU企画)に行って入ってみて、びっくり。こちらも満杯なのだ。失礼しました。『ジュリエット ―Juliet Capulet―』。客席の作りもメインが少し平行でなくなり、その広がりの最上階の一番端に座ってみる。サブの客席はかなり舞台とつながった感じになる。2階は京響市民合唱団の控え室でパーティとかのときにやってきて、アカペラ演奏をされる。シニアのお客さんもいるのは、そうした関係者とかもいらっしゃるのかも知れない。

制作面の工夫もいろいろ。茶水にUnderline(小鹿ゆかりさんの個人オフィス)の名前を発見。シルバー割引、そして、旅行者割引まである。新劇の役者さんもいるし、なんと、広田ゆうみさんまで、6名いるジュリエットの一人として登場する。いやあ。後半特に楽しかった。どきりとしたし。はじめは、やっぱりシェークスピアって6名でしゃべっても台詞いっぱいだなあと思っていたが、だんだんなれてくる。時間も90分よりは長かったかかも知れないが、それでもコンパクト。

もともとの白い舞台に白いブランコ。片方に偏った白い布が場所のシンメトリーをくずして動きをつくり、くさい言いかただが、少女の旅立ち!を促しているようである。階段を上ってはおりるところなども象徴的。光はもちろんキレイだが、抑制的(照明・美術:岩村原太)。


4/7(金)


1泊の新入生キャンプに行ってきます。
あさ、5分だけ学生たちにしゃべる機会がある。5分で伝えることを考えるのもまたむずかしい。
1年間の目標は、「聴く」「記す」。耳になってまず心を澄ます。そして、先生やクラスメイトの言葉を己のノートに記入する。
あと、今日の近江八幡のまちあるきのテーマは、「つかいつづける」。
明日のびわ湖ホールで感じることは、「つくりつたえる」。これだけ言えればオーケーだろう。さあ、コーヒーを飲んでまず大学へ。


4/8(土)


昨日(7日)は、天候にも恵まれて、近江八幡まちあるきも無事終わる。
旧西川家で、ここは西川ふとん(リビングという名前になったっけ)の発祥の地だと学生たちにいったら、それは向かいのおうちだとすぐ資料館の方に教えてもらった。

ボーダレスアートギャラリーNO-MAでは、職員さんが丁寧に説明するために待機してもらっていた。入り口から、成安造形大の学生さんの2階の干し物にある作品(選択してしまったお札やレシートの拡大)が剽軽で楽しい。しっかりした木彫が庭にあり、2階にはゆったりとしたソファーのゆるゆる感。2006年春の企画展『家の匂い』(岩崎司作「極私的祈りの詩歌画、眞野丘秋写真作品「UTSU filter」、「おばあちゃんの家の匂い」比嘉花恵、松澤芳子、中島あずさ」。

障碍のある方の作品であることに気づかなかった班もあったようだが、町屋を活用して「つかいつづける」あり方には触れてもらっただろうと推測する。
長浜に比べて観光お土産的なものがないので、ひっそりとした小路を楽しむという感じが私にはいいのだが、20名以上が6班に分かれてではあるが同時間移動するというのは、2時間が限度だろうなあと思う。
10名前後だったら、どこかでお茶してもう少し堀などを散歩してもいいのだが。

夜は、体育館があるので、そこでドッジボールと大縄。ドッジは私も参加したが、いま、身体の節々が痛い。大縄というものは、なかなかむずかしい。スポーツ大会という懇親会ははじめての試みだったが、怪我もなくほっとする。はじめてだったので、よくやったと思うが、次年度は段取りとか演出とかよりスムーズに出来るようにオリターさんたちにアドバイスできるだろう。

今日は、びわ湖ホールで丁寧な説明とステージに上って回り舞台を体験する。
メモを取る学生がこの時間が一番多かったように思う。私のゼミでは、この2日間で見学したことについて、12日の日にマイ事典の一番最初の記入を行うので、メモっていたのだったが。

夜、東山青少年活動センターのお芝居のご案内があったのだが、草臥れてしまってすぐに帰ってしまう。芳江にとってもらっていた昨夜放送のHappy!を見る。2時間弱の単発のテレビ番組だから、原作(浦沢直樹)のマンガはもっと続くし、テレビでもさあこれから変なコーチが登場して終わっていた。土田英生脚本なので、テンポもいい感じだし、ぜひ、続きが見たいと思う。


4/9(日)


京都府知事選の投票に出かける。低い投票率みたいだ。
一本の古い桜。幹が分かれて、赤に近いピンクの枝と白い花の枝、それに、白とピンクが混ざる枝。
そこはまだ畑だけれど、いままで畑だったところに家が建つ気配。
この一本で3種類の表情を持つ桜はいつまでここに立っていられるのだろうか。
選挙に多くを期待しないが、こうして、でかけてマンションの近所を眺めることはとてもいいこと。スーパーに芳江と行くのも新鮮。

14時から、築港赤レンガ倉庫から出立したNPO法人大阪アーツアポリアでのオープンオフィス、ミニトークへ。6000円の年会費を払う用事もあったので。5階のルームから、コンテナー満載の長い長い船が橋をくぐるのを見ているpiaNPOの5階。一匹のハエ。低音の機械音がハエとともに入ってくる。

人類学を専攻する大学院生の登さんがこの冬に3週間大学からフィールドワークの助成が出たこともあって出かけた「ニューヨークのアートNPO訪問をして」得られた調査や写真を話していた。寄付ということだけれど、ほぼ強制的に4ドルとか5ドルとか入場料がわりにとるとか、スタッフの移動は非営利ギャラリー間が多いとか、NPOの場所を移動することに柔軟であって、実際に移っているとか、中国と韓国の人たちのレジデンスや展示がとても増えているとか興味深い。

人類学と社会学の違いって何だったかとか、「あんちょこ」の意味が通じないということ。そして、インターンとボランティアの違いなど、本筋ではないところでも気になる点が出てくる。それが、こういうトークの多面性だろう。「あんちょこ」って、カンペ?と聞かれて、カンペがカンニングペーパーの略だということがまずぴんとこなかった。あんちょこは、暗記できないのでちょこっと書くのかなと思ったり。辞書を帰ってひくと、「安直」の変化で、言い換えると「虎の巻」だった。もう虎の巻なんて使わないのだろう。

オープンオフィスでなにもする人がいなかったら、「連歌」でもしようかなとふと口にする。でも連歌も俳諧連歌すなわち連句についてもまったくその規則を知らないわけで、まず泥縄式にそのルールから知らなくちゃいけない。レンガだからねと一応ダジャレにもしようと思ったのに、レンカではないですかといわれて、自信がなくなりかける。いま調べると、レンカは恋歌ではないか。レンガでよかったのだ。ほっ。


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