こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.4


こぐれ日録481 4/17〜4/23


4/17(月)


午前中は、京都府文化芸術室のお二人。予算要求案について。
演劇ビジネス研究会の動きが参考になるとご紹介する。
6月補正が第二期山田府政の肉付けになるからだ。
とりわけ現代マネジメント学科にぴったりの企画案なのでO先生にも聞いてもらう。

今年度はじめての専門演習。
テーマは、原っぱの遊びをアーツでどうつくるか。
演習自体も、カフェみたいなゼミにする試み。はじめなので、お茶だけでなくお菓子もどっさり。
チクセントミハイという人名がとっさに出てこない。50歳になって覚えた人名とか、まるで残らないなあ。
他のゼミ生がゲゲゲの鬼太郎コーヒーをくれたのでバーターでくろいでもらう。他のゼミ生も遊びに来るゼミというのも面白いだろうけれど、ふふふ。
4回生も、去年こうやったらいいなあとうらやましげ。つねに変わっていくのですよ。ほほ。逆にどんどん私のボケがすすむから、どちらがいいか分からないよ。

tokyoscapeという企画がすすんでいて、7月終わりから8月にかけて、東京の6つの劇団が京都の4箇所で公演する。そのマネジメント(アーティアスティックディレクターだけをやりたいのだったけれど、とろばさん)をやっている風琴工房の詩森ろばさんがゼミが終わってからやってくる。5限目は大学院のアートマネジメント1。今年の入学生はアーツマジメント系はゼロ故に、社会人などはまったくとれない時間に設定。うまくいけば、誰も受講しないで、少し助かると思っていたが、お一人受講されることに。

でも、お一人でも開きます、はい。その院生は一人でもいいですか?とおずおずたずねてくれて、とてもいい人だなあと思う。でも今日の彼女はラッキーだったな、だって、詩森ろばさんと私のトークショーを聞けたのだから。あとで半分ぐらいしか意味が理解できなかったといっていた。100%分かってしまったら、授業とる必要ないし、それでいいので。

詩森ろばさんの話のなかでは、演劇ビジネス研つながりの話が一番面白かったし、じつに参考になった。なるほど、駅で観察か、そして百人一首とつなげる?すごい。シュールリアリズム的手法によるリアリズム演劇ワークショップ研修だ。
そのあと、大学院のゼミ。これも少ないが、文化社会学の先生が入られてとても刺激的な論評があった。エートスとかなんだか懐かしい言葉が出る。言わなかったがウェーバーとか思い出してニヤリ。


4/18(火)


やっと一週間が終わり、二週目である。
近大の井面先生にメールを送っておくと、7名が19名になっていた。
さすがである。感謝。
ちょうどいい授業規模。
一人ダンスをする4回生がいて、ぜひ自分のダンスを見てくださいという(これにはかなり思いつめたペーパーが別途あって、なるほどなあ、と思うが、それだけ、演劇とダンスだけでも垣根があるということ、そして、アングラの大御所と学生との間の遠さもまたそうなのだ。だから「間」の問題なのであって)。
近大演劇部の宣伝美術の学生もいて、そこも見ることにしようと思う。

出かけるとき、ちょうど、ゴリラが合唱のようなハミングと、ヒトリゴリラになったときに孤独に耐えるようなソロハミングをするという文章を電車で読んでいると、ちょうど、目の前にお母さんと2歳前後の女の子がミフィーを読んでいる。仕掛けがあって、小さくなったページをめくるとミフィーが出てくるところを何度でも開けたり閉めたりしている。うっとりとその仕草を眺める私。

さて、特急だと枚方市駅で乗り換えしようとすると、その女の子、なあんと、私にバイバイするではないか。さては、おじいさんと間違われたか。嬉しい誤解だなあと思っていたが、そのうち、そうか、今日は卒業したゼミ生が沖縄土産に買ってきたシーサーマンガの手拭をしていたことに気づく。シーサーちゃんにミッフィー女の子が手を振ったのである。ま、いいか。長瀬駅からの帰りもベビーカーの赤ちゃんに会い、京阪でも行きと同じような女の子と一緒だった。子どもとよく会う一日。気持ちのいいナイター。


4/19(水)


1限目。1回生の基礎演習。9時ちょうどに教室着。
はいって、びっくり。なんと、自分たちで「コ」の字に机をかえて着席しているのだ。
大学生だから当たり前と思われるかも知れないが、大学は掃除も外部委託だし、学生たちが自発的になにかするというのは、稀有のことなのである。
前回は、15分前に入って、こちらで移動していた。
5枚のマイ文化政策事典も過半数が完璧に出来ていて、あと少しの学生がいるのみ。
来週は、ほんとに大学周辺を歩いてみるつもり。
5/31から、教科書による発表なので、割り当て。
欠席者もいたが、事前に友達に連絡していて、心配なし。
はじめなので、ぬか喜びになるかも知れないが、この姿勢を維持することが当面の目標。

2限目、滋賀県社会福祉事業団の方が来られる。NO-MAの1年間の日程。明日の実行委員会に行けないので、事前に教えてくれにわざわざ来てくれたのである。ビッグなヨーロッパからのお客さんの話とか、NO-MAはこの一年いい感じになりそうだ。ちょうど、学生たちが書いたNO-MAのマイ事典を見せる。

卒業生が来たり、学部教授会、研究科会議があったり。
インターンシップの報告交流会の分科会に間にあう。
今年度から、アーツマネジメントについて、新しくココルームと高知県立美術館(ただ、高知県出身者は一人だけしかこの会にはいなかった)が受け入れてくれることになり、ココルームの方が来てくれる。1名のところ、参加者が多くでどうしようと思ったら、4名までオーケーだということ。インターンシップのマッチングというのはむずかしくて、多くの定数を用意していて学生数が少ないとお願いするところには悪いし、その頃合いが定めにくい。ただ、大阪芸術創造館とアルティが指定管理者制度との関係もあり今年は入っていないので、新しい場所をあと少し開拓すべきかも知れない。精華小劇場とかNO-MAとかになるだろうか。次年度のことになるが、もし、京都橘大学の学生インターンシップにご関心のある方はぜひ連絡ください。


4/20(木)


○ こんにちわ委員になるね朝寝明け  月豚

あさ、研究室のメールをあけると、
cocoroomの上田假奈代さんから、
「こんにちわ委員」になってくださいとメールがあった。
いいなあ、こんな委員ってほのぼのしていて。
そのうえ略歴に「特定非営利活動法人こえとことばとこころの部屋こんにちわ委員」と書ける。
(「朝寝」は春の季語なのだが、俳句とはいえないかんじなので、季語のある川柳ということで、川柳の方の月豚としておく。)

2限目のアーツマネジメント総論は、88名。いま出席を名簿でつけていったが、かなり名簿がばらばらで大変である。数枚、学生の感想を引用しておく。

○「と」と同様に「つ」にも色々な意味があるように思えた。何かを“作り”、そしてそれを“使う”。ただ使うだけではおもしろくないから何かと組み合わせて“つなげて”、それを次世代へ“伝える”。こうした一連のこととをずっと“続けてゆく”ことによって、文化政策らしいアーツが出来上がるのかなと思った。「つ」という一文字だけど、ここから芸術が生まれてくるような気がした。

○・・・・一番恐いと思ったのは、アーツマネジメントを行って「自己満足」で終わってしまうということです。社会に明示する前に自己満足で終わってしまわないように、もっと色々なことを知らなくてはならないと思いました。

○・・・・芸術にも社会にも種類が数多くあるので何と何を出合わせるのか、組み合わせもたくさんあるのだろう。その時、何と何の出会いが求められているのか見極めることも難しいのだろうと思った。アーツマネージャーは芸術のことを知っているだけではなく、社会の動きも見ていなければならないものだと思った。

○ 「まちづかい」いいこどばですね。確かに「まちづくり」からは、新たに何か建物や施設をつくり出すというイメージも生まれるといえるかもしれません。昔からの文化や、町家などが希少になっている今、それを逆に新鮮に感じる世代や人々との出会いを生むもの(町家カフェなど)に目が向けられるのも、まちづかいの前進ではないでしょうか。水と油として挙げられたアーツとビジネスの問題点を見ていると気が沈みそうですが、水と油の逆でアーツとビジネスがうまく手をつなげる表現はないものかと少し考えてしまいました。

○ 昼休みTAM研。2回生が4名。5/28の子どもの文化フォーラムで紙芝居をする打ち合わせをしている。

4限目、自分探しの旅。はじまりにNPO法人山科醍醐こどもの広場のみなさんが来て、23日のこどもフェスタ2006の呼びかけ。ちゃんと160余名が聞いている。いい姿。そのあと、漢字で「旅」「探」「自」「分」の甲骨文字、金文を示して、ようやく序章が始まる。なぜか、CDで川_あいを授業のending(感想を書くひと時)にかけた。18歳という歌詞がふと気になったからかも知れない。


4/21(金)


1限目のアーツ鑑賞演習。28名。前回は35名だったが、7名の減少。抽選で落ちた学生もいるので、出てきて欲しいけれど、金曜日9時は2回生以上には難関かも。小さいときからのアーツ学習や鑑賞を思い出してもらって、アーツってどんなものだったか、自分はそれにどう向かっていていまはどうかを考えてつづってもらう前半。これは、予定通りの反応ではあった。

だが、とくに後半、授業として、まとまりが悪かった。熱心な学生が、後半ノートをうまくとれなかったと書いていて、これは、すべてこちらの話の展開力のまずさである。今年から池田修先生(糸井登先生によると国語科のスーパースターだそうだ)も本学に来られているし、大学授業の展開をもっと巧みにしていきたいもの。私は教職ないから・・という言い訳はやめなくちゃね。昨日の授業2つと微妙に重なっていくので、その縺れをほどく必要がある。次回になれば、アーツの分類、そして、芝居=劇場論、日本演劇通史となるので(でもいつまでこの調子だとかかるのか)、鑑賞授業ぽくなるはずだが。

今日は、京都橘高校の授業はお休み。USJに行っているという。テーマパークも文化政策的にみるとどうなるか、それを仕組めるかどうか、ちょっと考えつつ、来週の自分探しの旅の準備。ようやく、オヤジ国憲法前文を読むので、ついでに日本国憲法前文と自民党草案の前文も見比べて読むことにする。ほかに改憲案の前文ってあるのだろうか。あれば、それも入れて比較していきたいが、あんまり横道にそれると、教科書をして!っていわれそうだ。前文を読む前に、しりあがり寿はじめ著者や100%ORANGE、谷川俊太郎についても紹介する。100%ORANGEさんに作ってもらったパンフとかコンテスト参加賞ノベルティとかを改めて見ていて、2001年度から数年、お世話になったものだとつくづく。

3限目の1回生の必修のはじめ10分ぐらいを覗く。去年よりも人数が少ないが後ろの席はいっぱいだ。グループでしゃべりやまない連中を2ヶ所注意して静かになったのを見届けて、すぐに退散。アダム・スミスとラスキン、ケインズ。この名前がとりあえず学生の頭に入っているかどうか、来週のゼミで聞いてみよう。

4限目TA授業が終わって1回生基礎ゼミ生たちが研究室に来る。懇親会なのだという。あれ?っと思ったが、オリターたちが自発的にするのだから、それもまたいいこと。先生も来てといわれたが、「ダンスで理科を学ぼう」の打ち合わせがあるので、無理なのである。

18時からだったのだが、20分も遅れてしまう(やはり、ゼミ生の様子を観察するのはかなり重要なことなので、なかなか別れられなかった)。観察することがテーマに浮上する。見ているようで見ていない理科の継続観察。ダンスでは、まず人間の身体の様子、動きを観察してそれを真似ることから出発する。真正面から見るだけではなく、横から後ろから、上から下から。理科だって、色々な視点から見ることが必要だ。そして、巨視的な目線と微視的な目線。今回の単元では顕微鏡も使うので、じつにぴったり。ダンスでも、離れて全体の中の部分を見るのと、近づいてディテールを見るということが必要なので、ダンスはもともと理科的観察や客観的記録と実に近いことがよくわかる会合だった。

小学5年生って、私の時だって、女子は身体の授業があると男子だけソフトボールをしていて、何を教えてもらったの?と聴くと、痔についてと女子に言われてたまげたことを思い出す。微妙に男子と女子が相互を意識する頃である。輪になっても男子と女子の間だけ、手がつながれずに隙間になるお年頃。

こんなこともあったそうだ。
まっさらな消しゴムを捨てようとする男子。聴くと女子の机にその消しゴムが載ったので、それを使うと冷やかされていやなので(「きしょい」といわれるのだそうだ)、捨てるという。

ダンスを高学年に導入するときの課題は、つなぐ以前に身体を見られること自体が恥ずかしいということだろう。めだかは観察されて恥ずかしいだろうか。すくなくともゴリラはじっと目をみつめあうという宥和交通を行うのだが・・・おっと、これは別としても、大切な論点がいっぱい出た会議だった。

めだかの観察ということもあって、じつにシゲヤンが積極的でいい展開になりそう。でも、こちらは、5/8(ダンスによる観察ワークショップ授業)も山科で実行委員会が午前中にあって、午後はびっしり専門ゼミなどだし、無理。仕方がないが、みなさんがきちんと見られて報告・記録されるので、楽しみだ。8月の上旬あたりに報告会がある。これには絶対に出ようと思う(成績処理を7月いっぱいにしてね)。

糸井さんから、最近ダンスに行かないようですねえと帰り言われる。まあ、でも、気持ちはアーツすべてに向かっているので、年齢相応に厳選しているだけといえばそうだし、自分でただで遊べる方法(定型詩あそびとか)が増えてきたということかも知れない。授業もアーツ的な楽しさとむずかしさがあることが徐々に分かってきたし。もちろん、ダンス、なんとか時間を作ってできるだけ見るようにしようと思っている。


4/22(土)


観劇しないと、なにも書かなくていいので、朝のんびりできる。
でも日録は緊張感がないので、どうでもいいことで冗長になる。
ちょっとはどこかに出かけよう。でも、夜はよしておく。明日は朝から山科だから(でも、雨降るとかわいそうだなあ、こどもフェスタ)。
仙台の三角フラスコ(京都の三角フラスコについてはまたいつか色々思い出しておく必要あり)の公演にマチネがあったらよかったのだが。ほかに公演を探すが見当たらない。便利なサイトすらどこにあるかわからなくなった。
上田假奈代さんのブログを読んでいて、やっとお昼のお出かけが見つかる。

アサヒビール大山崎山荘美術館。モネはもちろん、モディリアーニ、ドガ、ピカソ、ルノアールの小品に囲まれて、まっこういう世界が嫌いなわけでもないなと思う。モネを眺めるときに座れる木の椅子がいい。
開館10周年特別企画だった。いつもどおり、いやいつもにましておばさん比率が高いのはお茶会のせいだろうか。
700円で美術館に入ると、中国茶のお茶会参加料としてさらに1000円は払う。が、そうすると、いたるところで中国茶が飲める。ぺちゃり、「茶」シールを貼っていればね。で、少し並んで待てば、本格的なお菓子とお手前。にほんの茶道よりも、形ではなく、こうするといいのですよという感じで春のお茶が飲める。中国から清明祭前に摘まれた初春のお茶葉からやってきたティータイムである。

「明前雨前」。茶煙、軽くあがる、落花の風。
まずは、300円で小さなお茶碗を買い、苦いお茶、苦丁茶幼葉(=オトギリ草)がお湯でふわーと開いて、目が覚めるお茶を2杯のんだあと、上田假奈代さんのこの日のために作られた詩の朗読。20分の長さもほとんど気にならない。3階のところから、逆光のまま、声が柔らかに漏れて漂う。胡弓(林意彰)の即興はリハーサルがほとんどないとは思えない絶妙なもの。新今宮のおばちゃんたちの風景がこの山荘のみどりの風と対比されながら、気持ちよく世界が往復する。冷たい雨もいつしか優しい気持ちへと私たちをいざなっていく景色。大勢の人たちが心を澄ます。

終わってまた苦いお茶。そこに假奈代さんがいて、私は、5杯以上飲んだ。今日は休肝日にしよう。オトギリ草は、肝臓にいいお茶なのだそうだから。
京都駅から七条駅まで歩こうとすると、献血の悲痛な叫び。ちょうど、誰もいないタイミングに私が通りかかったので、これはしないで通り過ぎること不可能状態。嬉しいことに私が座って書類を書き出すと続いて数人も椅子に座る。でも、またB型よりもAやOが不足なのだという。帰って、Bってみんな献血する血液型なんだなあと芳江にいうと、きっと、Bって事故をすり抜けるのがうまいのよという。血液型など無意味だと思いつつ、つい、血液型のネタで四方山の話になるのもまたおかし。
○ 野遊びに苦丁茶一滴臓腑澄む   月豚
○ 春花粉姿見えねど目に泪     月豚
○ 苦き茶や言の葉しばし春眠す   沌豚


4/23(日)


雨は予報どおりにあがった。
少し場所を間違って名神高速道路を行きつ戻りつして、9時半すぎに到着。
NPO法人山科醍醐こどもの広場さんの楽しい企画はテキパキと準備が進んでいた。
去年もこどもフェスタはいい日和だったそうで、今年も無事、600名以上の子どもと大人が、山科区大宅早稲ノ内公園で遊んで、紙芝居やジャグリングを楽しんだ。

PRに直前来ていただいたのだが、誰も来なかったらどうしようと思って心配だった。
でも、それは杞憂。
文化政策学科の男子と歴史学科の女子が一名ずつ、すでに準備を進めている。
楽しそうだし、積極的だ。
気がつくと、もう終了。
一緒にお好み焼きを食べて解散。
スムーズな一日であった。

水曜日の1回生ゼミで、大学周辺を歩こうと思っているので、時間を計るために、フェスタの途中少し抜け出し、予備的に歩いてみた。
まず大学から歓喜光寺を眺め(まだ工事中で入れないかも)、大宅中学校の横を通り(コミュニティ政策を考えるときに校区というのはとても意味があることをここで少し指摘)、たまたま市街化調整区域という表示があるので都市計画法という法律がまちづくりにおいてとても重要だといいつつ、一里塚へ。

ここから、奈良街道、交通量が多いので歩きに気を使いつつ、岩屋神社のお旅所をすぎ、京阪バスの山科営業所横を上る。竹材店をとおり、大円寺前。このあたりは一瞬気持ちのいい景色なので、こういう発見を自分たちでしようとリマーク。戦後になってもまだ、お寺のお墓へ土葬していた話を紹介する。
岩屋神社。黄檗宗ゆかりのお墓。そして、大学にもどって、たちばなの木を見て帰る。これで、だいたい40分なり。でも、かなり疲れたので、2班に分けていこうかと思ったが、それはよそうと思う。


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