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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.12 こぐれ日録517 12/25〜12/31
きのうは、帰ってくると、手作りのバナナケーキができたてで、チキンローストが焼かれつつあって、じつにありがたい夜だった。こんなイブだったので、きょうももうすこし夢見るようにいようと思って、研究室の大掃除の日を一日繰り延べて、正月食品などを購入したり、あれこれ買物したりする日に急きょした。 じつは、わたしが出ていたテレビを昨日芳江がみて、ふと、ちょっとクリスマスしたくなったといっていた。 わたしはクリスマスよりは菖蒲の節句とか地蔵盆とか近所のお寺の紅葉まつりとかになるとまだましなのだが、とりわけ、なんとか祭典だとかワールドなんとかとかなんとかピックとか国民なんとか祭とか、イベントというイベントは大から小まで苦手で嫌いでおぞましく感じてしまっていて(文化蕁麻疹アレルゲンの一つ)、少し前まではイベントという言葉を使うことすら自分的に禁忌(タブー)だったぐらいなのに、さいきんは、もうどうでもよくなっていて、いや、どうでもいいなどというと問題だから、気にしなくなっていて、マスイベント(画一化する洗脳的なイベントは当たり前によくないのはもちろんだ)と、親密イベントを区別して、イベントタブーは解禁しようかなあと思いつつある。 あと、耳だこのひとは耳だこだろうけれど、わたし的文化蕁麻疹アレルゲンの一つは「発信(する)」という単語。インターネットで送信するのを発信すると言い換えるぐらいはがまんできたのだが、文化とか芸術とか発信できるのかどうか疑問だと思うものまで発信しなくちゃ気がすまないようになった世の中にずいぶんがっかりしてきた。でも、この発信ですら、不意打ちを食らうと(読んでいて好感が持てるレポートにこの単語が出てきたりすると)発疹することがあるけれど、これにも抗体ができつつあうのか、少しは慣れてきた(どうでもよくなってきた)。 ぎゃくに、数年前から新アレルゲンになっているのは、「感動(した)」であって、考えてみたら、「感動」という単語に罪はないのに、これを使った人が余りにも浅薄で無情で刹那的な人だったので、そのシーン(大相撲の表彰式だったかな)を思い出したくないこともあって、以後使いたくなくなってしまったのだけれど、最近は、引き続いて「美しい」というこんなにもありふれた単語がじぶんは使えなくなってしまっている。 だから、まあ、「美しい感動」を新規封印するかわりに、「発信するイベント」を少しずつ限定解禁するということになるのかもしれない。じつに、たいしたはなしではないけれど、いま、この日乗の読者が減少しているようなので(昨日は50人を切った)、こんなことも空白の時期に書いておいたりして。 あと、「社会総がかり(で教育)」という「がかり」も登場して、これも余りにもきしょい。「社会総がかり」というのは、町内会の自警団とかバケツリレーを連想させる言葉で、「まちぐるみ」とかの言い換えのようでありかつ、「ぐるみ」より国全体、少数意見も異端者もすべて出させなくさせるようにしようという「総」がかぶさって、国家一体化=愛国を強く意識した言葉づかいに感じられる。 むかしから、まちづくり系の用語で「まちぐるみ(で取り組む)」というフレーズがけっこう愛用されていて、これにもライトな違和感を持ちつつ、おおむかし国土庁でじぶんも国土審議会の原案作成者として使ったことがあって(同じく「地域アイデンティティ」にも責任の一端を感じてはいて)、気になっていたが、「ぐるみ」も、身ぐるみ脱がされるとか「ぐる」になっていじめるとか、胡桃はかわいいけれど、濁音がつくとちょっと気をつけたい言葉かも知れない。 そうそう。いい言葉をお葬式の雑誌を読んでいて見つけた。 ねんごろ。 国語辞書(新明解)によると、雅語「ねもころ」が変化したもので「心をこめて(親切に)扱う様子」だと書いてあって、じゃあということで岩波の古語辞典をひくと、語源は「根モコロ」で、「草木の根が、こまかにからみ合って、土の中にあるのと同様に」「こまやかに情のからむさま」とある。 だから、懇親会とか、懇談会とかは、ただにぎやかに宴会するのではなくて、こまやかに情を通わすことが本当は必要なのだし、フォーラムとかシンポジウムとかいうよりは、懇話会という言葉のほうがじつに意義深いのかも知れない。 大学に行く。下の娘をつれて。研究室を少しでも片付けたいのである。 なぜか、気がつくと仏教の歴史を話していた、岩屋神社におまいりしながら。 浄土真宗、本願寺派、大谷派のことなどを龍谷大学と大谷大学に結び付けて話すとわかりやすいという(あと、豊臣秀吉と徳川家康にも関係付けて)。 学生がいなくなった静かなキャンパス。女子大だったので確かに奇麗だ、周辺に目をつぶれば。彼女が言うように、研究室も広くて優雅である。たしかに、ゼミをここでしたほうがいいなあ(次年度の3回生ゼミは多いから無理だけど、サブゼミとか熱心な先生はしてはるしなあ)。 ちんどん太鼓や紙芝居の枠などをどうにかしたいし、本が増えて、鑑賞ファイルは持ち帰りたい。あと、資料の袋をどうかして整理すべき。毎日、どこかのホールや美術館などからチラシや通信が送られてきていて、袋に入れて整理している(地域ブロック別とか、メセナ企業別とか、その分類も輻輳しよくわからなくなっているが)。 ただ、なにから手をつけていいのかわからないので、まず、彼女に個人研究費の請求を手伝ってもらって、そのあと、未開封の手紙をどんどんあけていってもらう。いやあ、期限切れの招待状などがわんさかでてきて、じつにまずい状態であったなあと思う。埋もれているチラシの束をなんとか整理する。 研究センターの研究プロジェクトの調査書をようやく書く。これは自分への戒めと予告である。冠婚葬祭をアーツマネジメント的にどう考察するのか、1月はこれにかかりきりになりたい。 さて、2007年の予定のいくつかをここに書いておこうと思う。 2/10(土)修士論文の審査のあと、CAP HOUSEでかなもりゆうこ展とパフォーマンス あさ、芳江と物忘れ競争をする。三つの単語(無関係の方がむずかしい)を並べたセットをいくつか交互に出し合って、それを互いにどれだけ忘れてしまうかをカウントするもの。 結果は、わたしの勝ち。つまり、わたしのほうが、すぐに短期記憶が消えるのだ。 一昨日から、ポチ袋を探していて、見つからず。はがき入れに、知恩寺手のもの市(手作り市だっけ?)で買ったものがあったから、それで間に合わすが、今年はばたなたしないように、ポチ袋を一箇所にまとめてきちんとしまったために、それが見つからないから、我が家からポチ袋が一掃されてしまっているのである。ああ、ああ。俳句(川柳)でも作って自分を慰めよう。 ○ ポチ袋毎とし探して嚏(くさめ)かな 大学で委員会。 昨夜、1933年パラマウント映画、68分(オリジナル全長版)、監督:レオ・マケアリー『我輩はカモである Duck Soup』の中古ビデオを買っていたので、観る。 桜井さんのダンスレクチャーで、このマルクス4兄弟の映像は断片的に見たことがあるし、ひょっとしたらテレビなどで別でも見たかもしれないが、きちんと全部見たのは初めてのっはず。でもところどころにデジャブ感もあり、ふーっと意識が朦朧として別の映像が見えちゃったりする。 それでも、シーンシーンは、じつに面白いし、きっとこれが色々後世に続いていって(チャップリン「独裁者」などへ)、オマージュされたりするのだろうと思うのだけれど、ワハハ的大笑いという感じでもなくて、なかなか鋭い批評的ナンセンスなのね。 この日は、恵文社の古本フェアに行こうと思って、でも、その前に手ぬぐいのおニューを買って、無印でファイル、そして、ユリイカ1月号松本大洋特集に細馬さんも書いているということを聞いたので、ジュンク堂に寄ったりしているうちに、あれやこれや本や雑誌を買ってしまい、読書したくなったり重くてもういいやって言う気分になったりで、肝心の一乗寺までたどり着けなかった。 外は寒そうなので、一日中いえのなか。 この映画もいままでDVDで見てきたものと同じく、大事件と時代的なエポックを画するような何かではなく、(フランソワとアンリという名づけにも表われているように)普通の登場人物に劇的な事件とか大きな変化はほとんどないし、経過する時間もほんとに短い。しかしながら、監督自身が言っているように、この映画は演出によるのだけれど、その場(ステージ)でしか生まれなかっただろう、偶然の雨や公園の登場人物という一回性の背景における一回的なという意味で「演劇的」なシーンがかなりある。特に、路上劇風な部分が面白い。 岸信介特集の現代思想1月号をだいたい読み終える。 東京都や山口市、栗東市などなどにおける政治的に取りざたされた公共文化施設(芸術センター、劇場)の政治力学を地域と文化の関係をめぐって考察することはずいぶん必要だし大切だなあと思って、とりあえず少し下関の事件を検索しておく。 それにしても、この下関市の施設(音楽ホール、図書館、生涯学習施設、その他情報機能施設、集会施設等のほか、共用施設として駐輪場39台、駐車場94台)は、はじめPFIによって行われ、その後、指定管理者として建設後運営されることを含んで(内容や運営なども含めて審査されて)落札されたという。 そういう点だけでも、今後の文化施設設置・運営にあたってずいぶん影響を当たえそうなものだし、9億円ほど高く核入札したのに一度は三菱商事(ここの中国支社長が安倍首相の兄)グループに移ったことだけで世間を驚かし、その後、偶然なのかそうでないのか知らないが、三菱商事グループの社員が逮捕されて失格になり、M原弘産PFIインヴェストメントという一応地元企業に二転三転して契約交渉権が移った(11/21)ということみたいで、その後どうなっていくのか、まだまだウォッチしておく必要のある案件であることは間違いない。 《 東山の街、魅力紹介 京都橘大生 学生の視点で情報誌編集 》 なにげに、京都新聞を取りに行くのは寒くてやだなあ、サイト見てすましちゃえって思ってクリックしたら、あれあれ、東山青少年活動センターでお世話になっているうちのゼミ生たちが、じつにきれいに、しかも凛々しく載っていてびっくりする。 またもや、ずっといえのなか。ビデオやDVD、それに『花男』三巻が届く。『ユリイカ1月号』にある細馬さんの花男論を、花男第1巻を読んだあと、さっそく堪能する。マンガ批評という分野に魅力を感じる(が、そのマンガを読まずにどれだけマンガ批評は読まれうるのか、ということも他の論稿を読んで確かめる必要があるな)。 そのあとに、ロベール・ブレッソン『バルタザールどこへ行く』(1964、96分)が入っていてびっくり。なお、勢作年が1966年と書いてあるサイトもあって、よく分からない。ロバが生まれて死ぬ。ロバはモノも言わないし、泣いたり抵抗したりもしない。生まれたときはとても子どもたちに喜ばれ、大きくなったアンに再会し、ひとときの幸せな薄くらがりの髪飾り。 そのあとは、ずっと悲惨。すこし面白かったのは、サーカス小屋で賢い天才ロバの算数計算をすることになるのだが、その前に、虎やチンパンジーや象などと一緒になって見詰め合うところがあって、とくにストーリーとか関係ないのだが、その無意味のようでそうでもないような動物同士の眼差しの交換が印象にやけに残っている。終わりは、羊たちと瀕死のロバ、バルタザールとの一対多、名前あるものと群れるもの、死と生の対比となる。 人間がロバと同じぐらいかそれ以下の個性しかないように描かれているところが、ずいぶん冷淡なようで透徹したトーンになっている。シューベルトのピアノソナタに入り込むロバのなきごえ。等価なのだ。 ちらりとニュースでみた三味線もちつきを検索する。 ○ 三味線に明治の杵が餅を搗く 月豚 意味不明になってしまった「花田花男」のせいにしよう。 ○ 脱力し浮力を待つや大晦日 月豚 これも、まあ、ほとんど、脱力感というとマイナスイメージだけれど、まず、脱力しないとしゃっちょこばるなので、脱力は浮力の前提なんていうだけのものだ。 ○ 餅つきに踊りのお師匠借り出され 月豚 香川県長尾町よりも、たぶん、徳島県美馬市(美馬町ではなく「都市」になっちゃったのねえ。脇町も美馬市か)のほうが古いのだろうね、記事によるだけの憶測だけれど。 三味線に合わせて餅つきというのが、知らなかった自分には新発見のように思えたのだが、思い出すと、三味線(三線)の「月と蛙」さんのライブでは、本物の餅つきをしていたこともあった(ネガポジ)わけで、何もびっくりすることではないのかも知れない。 餅つきは食文化、地域行事なのだろうが、ずいぶんにダンス的な所作と躍動感であって、リズム間違うと杵で餅をひっくり返す人の手を叩いてしまうし、大勢で餅つきをするのだったら、三味線など音楽の囃し方は必要となって・・・・おお、田楽とおんなじだ。三味線だからではないだろうが、この行事は3名が交互に搗くタイプみたいだ。 あとは、周りに三味線を弾ける人がすぐにいるかどうかだろう。徳島は阿波踊りもさかんだから、三味線は普及している?では、沖縄には三線持ちつき行事があっておかしくないが・・ そうか、「餅搗唄」が全国にいろいろあるのか。東京北区、南部、益田・・・。そりゃそうだ。三味線だけの演奏というのは、津軽三味線の独奏が戦後、太鼓ライブと同じぐらいの時期からステージ化されて以来なのだから。ということは、三味線餅つきには、もともと餅搗唄があったのかも・・・ |