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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.1 こぐれ日録466 1/1〜1/9
ただし、私はどよどよと寝正月になってしまった。 サッカーをごろごろみたあと、渡辺和『ホールに音が刻まれるとき―第一生命ホールの履歴書』(ぎょうせい、2001)を読み始める。 その当時、矢野一郎社長がいなかったら社内用の大集会室は音楽用ホールにならなかった。でも、この社長さんはいまでいう企業メセナの理論とはまったく異質の発想(「陰徳の美徳」「歌や音楽が本当に好きだからこそ支援しただけ」)で、「たまたま会社経営を生業とすることになった一個人に行いえた、パトロネージュというヴォランティア活動なのかも知れない」(p102)という。もともとNPOの理事会の理事というのは、ヴォランティア活動であるという考え方を思い出すと、確かに企業メセナとNPO活動との違いという今の論点にもつながるかも知れない。 1/2(月)
大阪・野田へ行って、手拭屋さんのかまわぬが作った、手拭で出来た文様双六で遊ぶ。 ラグビーは、同志社も法政も仕方がないが負けていく。 夜、DVDとして手に入れていた、『藤田六郎兵衛 笛の世界』(ワック株式会社、2001、36分)を観る。少し言葉が聞き取りにくかったり、もう少し丁寧に説明して欲しいなあという部分もあるにはあったりしたが、能管の不思議と音色が聞けて、しかも、「間」について、音と音のあいだのしじまについて、西洋音楽との違いについて、多くの示唆がある。 イタリア古典歌曲、茶席、書道、徳川美術館、能管ののど。藤田の耳の形が気になりだす。 1/3(火)
新しい第一生命ホールの運営では絶対にカウントダウンはしないっていうことで箕口一美さんはそのマネジメントを始めたということだが(「スタッフの精神的健康のため、年越しのニューイヤーコンサートだけはやりません!」http://blog.so-net.ne.jp/yakupen/2006-01-03「やくんべ先生うわの空」より)、それもまたアーツマネージャーが果たすサービスのメリハリとして気持ちのいい主張だろうと思う。民営化=指定管理者化の波は、どうしても流行に流れるサービス第一主義へ走ってしまって、「他が年越しコンサートしているのにさぼってる〜」とか言われないために、あるいは、「民間はお正月も店を開けているんだから、こっちも民営化したんだから西洋クラシック音楽やりましょ」とかになってしまうのって、何だか変だよねえ。 でも、南砺市になってしまった旧福野町ヘリオスでは、今年も正月コンサートをしていた。まあ、東京から富山県に帰郷した家族が午後にふるさとでのんびり音楽!という新しい行事になっているかも知れず、何が伝統文化かとか一概に言えないから、一応留保していてもいいけれど(結局、覚悟の問題かも知れない)。 さて、やっと本題。 9時からなのに、8時20分には着。はじめて初詣。今年は岩清水八幡宮にすらお参りせずじまい。前の方がいいということで、正面3列目に座る。ここ、八坂神社の能舞台はこのあと、午後には「かるた始め」があったりして、大活躍なのだ。松の絵ってどれぐらいに一回描きなおすなのだろうかとか、隣の人が持っている当日パンフをおみくじの所へ取りに行くとかそんな感じで待つ。簡易な木の長椅子。もちろん野外。烏が近くのお宮さんの屋根にとまって時折はばたく。演能中も鳴いたりするが、それもまた一興。どこかで、太鼓の音が公演とは別に響いたのはちょっと驚いたが、まあ、それもまた風味かな。 小雨も気にならず。ただ、9時まで(10分前に囃子の音が聴こえる)は、かなり寒く、でも金剛永謹(ひさのり)の翁が登場してからは、寒さも感じないようになる。まずったなあと思ったのは記録用のカメラマンのすぐ後ろということで、それに2列目にもカメラ写す人ばかりで、それが難点といえば難点。来年行くとしたら、座る場所はここだろうなとめぼし(雨だったら、脇正面の一列目がいいかも)。 千歳に茂山宗彦(顔がなんとなく曇っていて体調が悪かったように思える)、三番三に茂山千三郎(黒い面での動きは、小柄なので見ていて気持ちよい)だということもあって、中正面のずっと向こうの違う棟の座敷には、茂山三五七が座り、その隣には金剛永謹のお母さん(多分:というのは、午後に金剛能楽堂に永謹夫人育子さんとその娘さんとともにいらした)がきりりと観ている。いにしえは、ここにお偉いさんが座ったのかも知れない(ただ、中正面のところは立ち見の人が多くて見づらかったかも)。 笛(杉信太朗)の調子が、最初昨日見たDVDのことが頭に残って気になっていたが、そのうち全然気にならなくなる。小鼓(頭取は曽和尚靖)が3つ同時に鳴るのが珍しいので、それに聞きほれるし、リズムが普通の能とは違っているので(翁は数度見させていただいているけれど)、わくわくしてくる。大鼓(石井保彦)は、翁が舞うときは、小鼓に向って座っていた(正面の見所から見ると右の横顔になる)が、三番三になると正面を向く。大鼓の高い音は室内と同じように聴こえるが、どうも、小鼓が室内で聴くよりピッチが高く聴こえるのは気のせいか。舞台環境のせいか、はたまた、そういうふうに皮を張っているのか。 これは、寒すぎて、普段だったら絶対に入らないカトレアというアーモンドオレもココアも700円もする喫茶店でやっぱり能を観ていた年配の女性に教えてもらったのだが、曽和尚靖のお父さん(人間国宝だということ)も、石井保彦のお父さんも後ろにいて(囃子方も後見しているのだろうか)、寒そうだったという。私は、大津の研修所のときにお世話になっていた網谷正美さんがちょっとつまんなさそうに(そう見えただけだが)端っこに座っていたのが気になったぐらいだったが。 金剛永謹の舞は一番初め大津市立の伝統芸能会館(三井寺のそば)で羽衣を見させてもらって、体躯の大きな羽衣だったなあと(ここの能舞台の客席が少なく、全体にコンパクトであることも手伝って)思ったのが最初だったが、やっぱり、どこか悠揚でぼんやりした感じが好きで、今日もやっぱり好きだなあと思ったのと、お辞儀とか能の振る舞いなのだろうが、そうではなく、ただお正月を寿ぐ役目をこの神社のなかでしているのだという風情がどこか芸術とかいう以前の有様のようで、それもまた気持ちが緩んで、ほほも緩み、どうもどうもという感じになって・・最初の千歳のどこか不安定な所作はとっくに忘れ、千歳楽、千歳楽、千歳楽とこちらもどうように思ったのであった。 寒いので、カトレアを出た後、地下道で市場烏丸へ。大丸でカードを入れるということで寄る。バーゲンが始まっている。靴下を買うというので、待つ。まだ時間があるから、見学だけしようかということで、婦人服売り場へ。法事などに便利なテラードなパンツを一つということで、これも待つ。急いでくれたが、このあとは、特急で今出川駅下車、金剛能楽堂へ。 数年前から、公開されるようになったという謡初式。50分弱だが無料だし、金剛流の方々のお顔がざーーと拝見できるし、そのあと、お神酒をいただけるし、着物姿のお嬢様、おねえさま、奥様、それに、若旦那。お庭の鯉も泳ぎ、キレイな屏風にお人形・・・京都ならではである。 ぴたりと12時について、はじまりがなんと神歌(金剛永謹、金剛龍謹が並び、あとには、10名ほどが控えて中正面に向って)、「とうとうたらりたらりら・・」といまさっき野外で聴いた始まりを室内でまた聴ける。それからは、もっと能の名場面みたいなものも入っているようで、これから1年間のお能鑑賞の予告編みたいな感じで聞いていた。金剛龍謹(たつのり君というのだろうか、お母さん似のすらりとした青年)は息子さんで、高校3年生ぐらい。お父さんと同じく同志社大に行くのだろうか。 仕舞が7つ(一つ当日パンフにあった芦刈がなかった模様)あったあと、舞拍子、祝言「高砂」。金剛永謹のシテで、9時からの「翁」と同じ囃子方プラス前川光範。高砂って、こうして能舞台で観るのは初めてのような気がする。おめでたいときしかどうしてもしないからだろう。逆にお正月にお能をこのように観出すと、いつも、いつも、翁に高砂ってということになるのだろうか。ということは、来年は今年と同じく1月1日(午後0時半)にあるだろう平安神宮での新年奉納や観世会館午前10時半からの謡初式も覗きたくなるかも。 1/4(水)
後藤武・佐々木正人・深澤直人『デザインの生態学』東京書籍、2004。 《深津:未知のことを知ろうという欲求が人間には備わっていると思いますが、一方で未知であると自分が思っていながら、実は人間の機能や行為のレヴェルではすでに知っていることもあると思います。それを自分が理解しやすくするために何か理論や前提を置かなければならないわけですね。アートやデザインのもとにはそういうすでに知っているものを明らかにするという快感がすごくある。p54》 「デザイン」とは何か、アーツとはどう同じでどう違うのかを考えようと思って買っておいていた本。読み出そうとしているところ。 《 最近、旨い料理は傾向として味が薄いと感じる。これはまさに味が舌に近寄るのではなく、舌が味に寄っていこうとするのである。味わおうという働きが出るのではないだろうか。奥行きがあるということはセンサーの触手が伸びてゆく深みがあるということではないだろうか。デザインが人に寄りすぎてはいけないし人のセンサーを引き込むくらいでちょうどいい。こだわらないということがもっとも_みどころのないデザインを生むし、_みどころがないということは人の触手を立ちあがらせるということである。細胞が起きるということは生きるエナジーの活性化でもある。双方の適正な寄り合いの末、触れ合った境目の線がデザイナーの引く線である。その腺の力を決めることは相手の力を知らずしてはできないのである。》 これを読む限りデザインとアート(一応美術としておく)との違いはほとんど皆無のように思われる。いや、「双方の適正な寄り合い」というところは、依頼主あるいは使用者の存在を意識した表現ということになるのかも知れない。美術では、それは結果としての鑑賞者であったり購入者、評価者であるから。うーん。読まないと。 1/5(木)
午前中、DVDでロベルト・ロッセリーニ監督の『無防備都市』(1945、103分)を観る。これほどまでいまに響く映画だとは思わなかった。つぎはぎのフィルムが逆に予想外のテンポのよさで、その意外性がコンテンポラリーだとかいうこともそうだし、戦争直後の鼓動の余韻がそのままで臨場感のドキュメンタリー性が溢れているというのももちろんそうだ。 が、この映画の真正面のテーマがまさに、同時代としての世界における、欠落してしまった高貴さと自由さへの生死を賭した希求なので、その欠落が深刻度を増した21世紀のいまと響きあってしまっている。 リアルだとかシュールとかを越えた、映画の原点のようなところの状態に対して、打ち震える。 1/6(金)
学校である。出演者はみんな大人である。知り合いなのだが、もちろん、年齢とか所属とかばらばら。4階か5階が一番上で、だいたい母校の配置である。 主な夢のテーマは、集団自殺である。しかも私もなぜかそのメンバーになっている。 そのあと(放課後だろう)、集団自殺をする人達が作った映像をみんなで見ている。 大学では、1回生必修授業のさいに、次のゼミ選びの用紙を配布(文化政策学科のみ)。 (2) 定義の仕切りなおし (3) 研究スタイル (4)その他 1/7(土)
あとは、大晦日にとっていた『京都南座顔見世大歌舞伎』と1日にやっていた『宝塚歌劇星組「長崎しぐれ坂」「ソウル・オブ・シバ」』を続けてみたぐらいか。 「本朝廿四孝」の奥庭で、坂田藤十郎が文楽人形みたいに操られて、それから狐になるところはやっぱりケレンたっぷりに面白いなあと思う。授業として、たとえば、能楽で橋掛かりの話をしてから、花道で近世における現世化の話へと持っていくときに、文楽との関係とかも使えるかなとチェックする。宝塚も歌舞伎との関係が結構出ている(神田のお祭りなので)もので、うまく連動できそうだ。 途中までは、ただ教材という目で見ていたのだが、轟悠の低音の魅力にどんどんはまってしまう。湖月わたるという175cmもある男役も、歌は横におくとしても、踊ったり演技したりすると、これもまたなかなかである。宝塚でこれほど面白いなと思ったのはレアケースだなあ。 1/8(日)
まだまだ、アーツママネジメント研究が大切にすべき人にこの学会は届いていないのではないか、ということが、彼に話しつつ思ったこと。たとえば、指定管理者制度になって困っているのは、文化財団のスタッフもそうだが、行政で文化政策の担当にたまたまなっちゃった人ではないか、と。その人が困らないような何かが出来たら言いねえというのが、部会長だったわたしの最後っぺかな。 結局、5年間もやっていたのに、学生会員も尻すぼみだし、なにも成果がないなあとは思いつつ、学会を辞めるのではないので、逆に側面からお役に立ちたいものだ、なにもしなかったことのリカバーをしなくちゃと思う。 そのあと、新世界フェスティバルゲートへ行き、ココルームでご挨拶。上田假奈代さんはかわいい髪飾りをつけていた。大和川レコードさんから、6日の大阪府庁のツアーの様子を携帯動画で撮ったという話を聞く。http://ch.kitaguni.tv/u/11675/0000309091.html 正月以来一滴もアルコールを入れていなかったのだが、ココルームで最初の生ビール。昨夜ちょっと寝苦しく睡眠が少なかったので、ダンスボックスの席に座りながら、ついうとうと。すると後ろにさきらの山本さんとアートファームの大森さんがいて挨拶。高松にはぜひ行こうと思う。岡山の能舞台(「月の舞台」からは旭川が見える)も魅力的だし。 さらに、横堀さんから、HPにこの「シゲニカルパレード」を書いて欲しいとのこと。うとうとしてはいられなくなる(ビールやめとけばよかった)。短くていいといわれ、1000字?ときくと、それでいいという。以下、翌日書いたその原稿案。 〔19:05〜20:07。途中で、ドラム一楽儀光、とかの紹介がしげやんからある。それにしても山口の一楽さんの名前はすごいよなあ。一つだけの楽しみとは、儀(のり)という礼法に則り光を導くことみたいなすごく禁欲的な意味になりそうで、そのドラムと一見通じるところがある(もちろん、もっと、柔らかいお人柄のようでもあるが、アフタートークでのビールの飲み方とかして。でも、ディズニー的にならないで、という彼の話はとても面白かった)。〕 ------------- 手をズボンに突っ込んでそっけなくストイックに始まった振付の行進を観つつ、しげやんこと北村成美のダンスは、覚悟の踊りであると始めて思った。それは、しげやんも35回目の誕生日を迎え而立したので何も迷わなくなった、というのではない。また、ソロ5周年、自分の踊りを集大成したので、もうけして間違わないというのでもない。 反対にそれは、日常の細かくどうでもいいことで迷ったり悩んだりするその些事に潜む決意や悔悟を隠さずに曝すようになったという三十路の居直り的な覚りである(もちろん、ダンスという表現が彼女をぐねぐねとここに立たせているのではあるが)。その柔らかい居直りが生む激しい燃焼。 愚直に生きるためにひねり出されたプレゼントであるシゲニカルダンスが、つまりは、大きな大きなパンツであり、そのピンクや紫やフリフリであり、あるいはちょっと滑稽なまでに浪速のガンツケであり、そして、大きすぎるブラジャーカップによる、この場に居合わせた「あなた」への、くさいほど優しい励ましダンスなのである。さらに、一緒に食べることで成就されるプロポーズ映像になり、あるときは、赤いバラが口をふさぎ、顔がシャツで見えなくなるネガティブな世界にも連なっていく。 (このあとは、dBの大阪BABAとかいうサイトに11日には載る予定なので、そこで見てください) 1/9(月、成人の日)
午後は、高校サッカーの決勝戦。かなり興奮した(強いところが負けるといえば、相撲もまた常勝の横綱に土)。 古本屋で買った『日本の外来語』(矢崎源九郎、岩波新書、1964年第1刷発行、当時の価格が130円)を楽しんで読む。結構、アーツ関係の話も出てくる。たとえば、 presentが、プレゼントで、プレゼントゥとかプレゼンツにはならないのと同じように、artはアートでそのままではアーツにならないというわけではあるが、ときには、cutletがカツレツ、shirtがシャツになることもあるわけだ(p176)。それで、sportがスポーツになったのだろうと推測する。ね、こういうふうに外来語を調べるのは面白いものである。 |