こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.1


こぐれ日録466 1/1〜1/9


1/1(日)


あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

ただし、私はどよどよと寝正月になってしまった。
一日、パジャマのまま。静かなもの。
外では、ペット屋さんが外に犬ちゃんたちを遊ばせるときに聞こえる喧騒がひと時あっただけ。

サッカーをごろごろみたあと、渡辺和『ホールに音が刻まれるとき―第一生命ホールの履歴書』(ぎょうせい、2001)を読み始める。
やっとGHQの占領が終わって、株式会社第一生命ホールが誕生するところ。でも、前史(東京のお話だが、淀屋橋の大阪倶楽部まで出てくる)もめちゃめちゃ面白い。まず「ホール」という名前の歴史も分かったりするし、こういう音楽ホールに焦点をあてた形で近代日本史をみるということが出来るということが新鮮だった。

その当時、矢野一郎社長がいなかったら社内用の大集会室は音楽用ホールにならなかった。でも、この社長さんはいまでいう企業メセナの理論とはまったく異質の発想(「陰徳の美徳」「歌や音楽が本当に好きだからこそ支援しただけ」)で、「たまたま会社経営を生業とすることになった一個人に行いえた、パトロネージュというヴォランティア活動なのかも知れない」(p102)という。もともとNPOの理事会の理事というのは、ヴォランティア活動であるという考え方を思い出すと、確かに企業メセナとNPO活動との違いという今の論点にもつながるかも知れない。


1/2(月)


ゆるゆると2006年が動き出す。
大晦日で正月が終わったような昨日だったが、何とか、正月らしさが数パーセント戻る。
八幡市駅が一番賑わうとき。コンビニで「五拍子のワルツ」をコピーする。

大阪・野田へ行って、手拭屋さんのかまわぬが作った、手拭で出来た文様双六で遊ぶ。
なかなか、上がりにならない。文様ごとの警句がぐさりとなったり、うふふと思ったり。

ラグビーは、同志社も法政も仕方がないが負けていく。
帰って、『ずばり予想・就職試験問題〜実際例と対策2007』(一橋出版、2005)という本を買っていたので、やってみる。時事問題(NHKや読売新聞社で出たもの)が、さっぱり。バルディーズ原則とか、犯罪被害者保護法とかを調べておく。

夜、DVDとして手に入れていた、『藤田六郎兵衛 笛の世界』(ワック株式会社、2001、36分)を観る。少し言葉が聞き取りにくかったり、もう少し丁寧に説明して欲しいなあという部分もあるにはあったりしたが、能管の不思議と音色が聞けて、しかも、「間」について、音と音のあいだのしじまについて、西洋音楽との違いについて、多くの示唆がある。

イタリア古典歌曲、茶席、書道、徳川美術館、能管ののど。藤田の耳の形が気になりだす。
おじいさんを継いだということなので、おとうさんはどうなったかも気になるところ。
岡倉天心、茶の本、蝉折、申し合わせ、長柄の橋(片山九郎右衛門)、土蜘蛛(大槻文蔵+梅若六郎)。


1/3(火)


正月のアーツ的過ごし方は何だろう。
たとえば、カウントダウンを文化ホールでということで、大晦日コンサート(ジルベスターというドイツ語が使われるのはベルリンやウィーンが本場だからだろうし、ドイツ語同士ならジルベスターコンツェルトというのかも知れないけれど、ジルベスターコンサートっていうのが一般的みたいだ。http://www.cc9.ne.jp/~mal3/20050101.html)というのは、アーツマネージャー泣かせ(もちろん、演奏家も大変だけれど)であることは言うまでもない。正月早々、スーパーも何もかも開いている日本(2日、3日からバーゲンで福袋もバーゲン商品になっている)って、結局、せっかくの正月の行事とかそれを包む空気を文化として一気に捨ててしまっている。

新しい第一生命ホールの運営では絶対にカウントダウンはしないっていうことで箕口一美さんはそのマネジメントを始めたということだが(「スタッフの精神的健康のため、年越しのニューイヤーコンサートだけはやりません!」http://blog.so-net.ne.jp/yakupen/2006-01-03「やくんべ先生うわの空」より)、それもまたアーツマネージャーが果たすサービスのメリハリとして気持ちのいい主張だろうと思う。民営化=指定管理者化の波は、どうしても流行に流れるサービス第一主義へ走ってしまって、「他が年越しコンサートしているのにさぼってる〜」とか言われないために、あるいは、「民間はお正月も店を開けているんだから、こっちも民営化したんだから西洋クラシック音楽やりましょ」とかになってしまうのって、何だか変だよねえ。

でも、南砺市になってしまった旧福野町ヘリオスでは、今年も正月コンサートをしていた。まあ、東京から富山県に帰郷した家族が午後にふるさとでのんびり音楽!という新しい行事になっているかも知れず、何が伝統文化かとか一概に言えないから、一応留保していてもいいけれど(結局、覚悟の問題かも知れない)。

さて、やっと本題。
今年はじめてやったのは、生の能鑑賞。いままでお正月は朝のお能をテレビで観るのが自分だけの恒例だったのだが、諸般の事情(これは情けないジルベスター事件なので省略)で出来ず、その代わりというか、一応昨年から予定していたとおりなのだが、新春「翁」奉納を観に、大学で1時限に間に合うように出かけるのとほぼ同じ感じの早起きをして、芳江と八坂神社へと向ったのである。

9時からなのに、8時20分には着。はじめて初詣。今年は岩清水八幡宮にすらお参りせずじまい。前の方がいいということで、正面3列目に座る。ここ、八坂神社の能舞台はこのあと、午後には「かるた始め」があったりして、大活躍なのだ。松の絵ってどれぐらいに一回描きなおすなのだろうかとか、隣の人が持っている当日パンフをおみくじの所へ取りに行くとかそんな感じで待つ。簡易な木の長椅子。もちろん野外。烏が近くのお宮さんの屋根にとまって時折はばたく。演能中も鳴いたりするが、それもまた一興。どこかで、太鼓の音が公演とは別に響いたのはちょっと驚いたが、まあ、それもまた風味かな。

小雨も気にならず。ただ、9時まで(10分前に囃子の音が聴こえる)は、かなり寒く、でも金剛永謹(ひさのり)の翁が登場してからは、寒さも感じないようになる。まずったなあと思ったのは記録用のカメラマンのすぐ後ろということで、それに2列目にもカメラ写す人ばかりで、それが難点といえば難点。来年行くとしたら、座る場所はここだろうなとめぼし(雨だったら、脇正面の一列目がいいかも)。

千歳に茂山宗彦(顔がなんとなく曇っていて体調が悪かったように思える)、三番三に茂山千三郎(黒い面での動きは、小柄なので見ていて気持ちよい)だということもあって、中正面のずっと向こうの違う棟の座敷には、茂山三五七が座り、その隣には金剛永謹のお母さん(多分:というのは、午後に金剛能楽堂に永謹夫人育子さんとその娘さんとともにいらした)がきりりと観ている。いにしえは、ここにお偉いさんが座ったのかも知れない(ただ、中正面のところは立ち見の人が多くて見づらかったかも)。

笛(杉信太朗)の調子が、最初昨日見たDVDのことが頭に残って気になっていたが、そのうち全然気にならなくなる。小鼓(頭取は曽和尚靖)が3つ同時に鳴るのが珍しいので、それに聞きほれるし、リズムが普通の能とは違っているので(翁は数度見させていただいているけれど)、わくわくしてくる。大鼓(石井保彦)は、翁が舞うときは、小鼓に向って座っていた(正面の見所から見ると右の横顔になる)が、三番三になると正面を向く。大鼓の高い音は室内と同じように聴こえるが、どうも、小鼓が室内で聴くよりピッチが高く聴こえるのは気のせいか。舞台環境のせいか、はたまた、そういうふうに皮を張っているのか。

これは、寒すぎて、普段だったら絶対に入らないカトレアというアーモンドオレもココアも700円もする喫茶店でやっぱり能を観ていた年配の女性に教えてもらったのだが、曽和尚靖のお父さん(人間国宝だということ)も、石井保彦のお父さんも後ろにいて(囃子方も後見しているのだろうか)、寒そうだったという。私は、大津の研修所のときにお世話になっていた網谷正美さんがちょっとつまんなさそうに(そう見えただけだが)端っこに座っていたのが気になったぐらいだったが。

金剛永謹の舞は一番初め大津市立の伝統芸能会館(三井寺のそば)で羽衣を見させてもらって、体躯の大きな羽衣だったなあと(ここの能舞台の客席が少なく、全体にコンパクトであることも手伝って)思ったのが最初だったが、やっぱり、どこか悠揚でぼんやりした感じが好きで、今日もやっぱり好きだなあと思ったのと、お辞儀とか能の振る舞いなのだろうが、そうではなく、ただお正月を寿ぐ役目をこの神社のなかでしているのだという風情がどこか芸術とかいう以前の有様のようで、それもまた気持ちが緩んで、ほほも緩み、どうもどうもという感じになって・・最初の千歳のどこか不安定な所作はとっくに忘れ、千歳楽、千歳楽、千歳楽とこちらもどうように思ったのであった。

寒いので、カトレアを出た後、地下道で市場烏丸へ。大丸でカードを入れるということで寄る。バーゲンが始まっている。靴下を買うというので、待つ。まだ時間があるから、見学だけしようかということで、婦人服売り場へ。法事などに便利なテラードなパンツを一つということで、これも待つ。急いでくれたが、このあとは、特急で今出川駅下車、金剛能楽堂へ。

数年前から、公開されるようになったという謡初式。50分弱だが無料だし、金剛流の方々のお顔がざーーと拝見できるし、そのあと、お神酒をいただけるし、着物姿のお嬢様、おねえさま、奥様、それに、若旦那。お庭の鯉も泳ぎ、キレイな屏風にお人形・・・京都ならではである。

ぴたりと12時について、はじまりがなんと神歌(金剛永謹、金剛龍謹が並び、あとには、10名ほどが控えて中正面に向って)、「とうとうたらりたらりら・・」といまさっき野外で聴いた始まりを室内でまた聴ける。それからは、もっと能の名場面みたいなものも入っているようで、これから1年間のお能鑑賞の予告編みたいな感じで聞いていた。金剛龍謹(たつのり君というのだろうか、お母さん似のすらりとした青年)は息子さんで、高校3年生ぐらい。お父さんと同じく同志社大に行くのだろうか。

仕舞が7つ(一つ当日パンフにあった芦刈がなかった模様)あったあと、舞拍子、祝言「高砂」。金剛永謹のシテで、9時からの「翁」と同じ囃子方プラス前川光範。高砂って、こうして能舞台で観るのは初めてのような気がする。おめでたいときしかどうしてもしないからだろう。逆にお正月にお能をこのように観出すと、いつも、いつも、翁に高砂ってということになるのだろうか。ということは、来年は今年と同じく1月1日(午後0時半)にあるだろう平安神宮での新年奉納や観世会館午前10時半からの謡初式も覗きたくなるかも。


1/4(水)


昔だったら、御用始めだったなあ。
一日中家の中。
少しは仕事モードにしようと、8日の資料を作ったあと、
こぐれ日録を長めに書いて、「こぐれ日記」にすることにする。
あとは、テレビをつけたら、イチローが出ていて、最後まで珍しく見る。テレビドラマでわりと最後まで見てしまうのは、刑事もの。ちょっと刑法とか刑事訴訟法のことが思い出されるから。

後藤武・佐々木正人・深澤直人『デザインの生態学』東京書籍、2004。

《深津:未知のことを知ろうという欲求が人間には備わっていると思いますが、一方で未知であると自分が思っていながら、実は人間の機能や行為のレヴェルではすでに知っていることもあると思います。それを自分が理解しやすくするために何か理論や前提を置かなければならないわけですね。アートやデザインのもとにはそういうすでに知っているものを明らかにするという快感がすごくある。p54》

「デザイン」とは何か、アーツとはどう同じでどう違うのかを考えようと思って買っておいていた本。読み出そうとしているところ。
ずるいけれどあとがきを先に読んでしまった。また、深澤直人の文(p283〜4)に目が留まってしまった(ちゃんと中味をこれから読みますので、引用を許してね)。

《 最近、旨い料理は傾向として味が薄いと感じる。これはまさに味が舌に近寄るのではなく、舌が味に寄っていこうとするのである。味わおうという働きが出るのではないだろうか。奥行きがあるということはセンサーの触手が伸びてゆく深みがあるということではないだろうか。デザインが人に寄りすぎてはいけないし人のセンサーを引き込むくらいでちょうどいい。こだわらないということがもっとも_みどころのないデザインを生むし、_みどころがないということは人の触手を立ちあがらせるということである。細胞が起きるということは生きるエナジーの活性化でもある。双方の適正な寄り合いの末、触れ合った境目の線がデザイナーの引く線である。その腺の力を決めることは相手の力を知らずしてはできないのである。》

これを読む限りデザインとアート(一応美術としておく)との違いはほとんど皆無のように思われる。いや、「双方の適正な寄り合い」というところは、依頼主あるいは使用者の存在を意識した表現ということになるのかも知れない。美術では、それは結果としての鑑賞者であったり購入者、評価者であるから。うーん。読まないと。


1/5(木)


今日までお休みモード。
風が強いなあ。高校サッカーも高校ラクビーも大阪が負けてしまう。3試合とも惜敗。
京都とか滋賀とかが勝っても、私はどうもあっそーと思うのみ。
関東とやっていたら、関西が勝ってよかったねとは思うけれど。

午前中、DVDでロベルト・ロッセリーニ監督の『無防備都市』(1945、103分)を観る。これほどまでいまに響く映画だとは思わなかった。つぎはぎのフィルムが逆に予想外のテンポのよさで、その意外性がコンテンポラリーだとかいうこともそうだし、戦争直後の鼓動の余韻がそのままで臨場感のドキュメンタリー性が溢れているというのももちろんそうだ。

が、この映画の真正面のテーマがまさに、同時代としての世界における、欠落してしまった高貴さと自由さへの生死を賭した希求なので、その欠落が深刻度を増した21世紀のいまと響きあってしまっている。

リアルだとかシュールとかを越えた、映画の原点のようなところの状態に対して、打ち震える。
震えるということが、本当にそれを観るというと同じになるところをどうやってキープできるのか。
どうも、アーツの課題は、つまり、向かい合うべきアーツをきちんとフィルタリングする決め手は、そこに潜んでいるのかも知れない。


1/6(金)


初夢というには遅すぎるが、かなり長い夢を見た。

学校である。出演者はみんな大人である。知り合いなのだが、もちろん、年齢とか所属とかばらばら。4階か5階が一番上で、だいたい母校の配置である。
私は、先生なのか生徒なのか。先生であるときもあり生徒であるときもある。
「有名な方がいるので挨拶にいけ」と男の生徒(ある複雑な感情に襲われる知人であることがはじめから分かっている)にいわれててっぺんの講堂へ行ったら、名刺を持っていなくて(定期入れに入っていなかった)、言った男がいるのに、その男に何か言われるのがいやで戻ったり。

主な夢のテーマは、集団自殺である。しかも私もなぜかそのメンバーになっている。
でも、謀議の中心ではないので、ふらふらしている。
首謀者は二人、夫婦なのかアベックなのか。
自殺決行日の前日。その首謀者と話をしている。している途中から、自分は辞めたいと感じる。でも、言い出せない。当日にメールをしよう。その文案もできた。
このとき、せっかく生徒も授業が面白くなったといっていたし、よかったのに、という言葉がどこかからやってきている(それが、逃げたくなった原因かも知れない)。

そのあと(放課後だろう)、集団自殺をする人達が作った映像をみんなで見ている。
八ミリ映画(完全に映画「無防備都市」とかぶっているが、内容はまったく違う)。バンドとお芝居。ミュージカル的喜劇のような。
首謀者の夫婦(完全に誰が出ているか覚えているが、ここでは失礼になるのでもちろん秘密)もアップで出るのだが、それに対してかなり辛らつな発言が相次ぐ。
それが自殺の動機なのだろうか。私はその映像がけっこう面白いと思っている。
・・・・
まだまだ、続きがあるが、この辺で。

大学では、1回生必修授業のさいに、次のゼミ選びの用紙を配布(文化政策学科のみ)。
2回生ゼミは、9日の成人式のせいで、極小。でも、ちゃんとする。初授業は気持ちよし。
そのあと、8日の補足メモを作る。きっと補足までいかないだろうが、気になったことを追加:以下のごとし
・・・・・・・
【アーツマネジメント研究へ(補足メモ)】
(1) クリシェ(決まり文句)への懐疑
@ モノからココロへ    文化はモノではないのか ココロはカネで買えるのか
A 地域アイデンティティ    地域とは  アイデンティティは個人以外に使っていいのか
B 文化発信基地    文化戦略  文化政策学は社会科学か?
C アートはコミュニケーション  アーツが社会に擦り寄っているだけではないか out of worldから社会を批評するのがアーツではなかったか
D 芸術の生活化 非日常(ハレ)と日常(ケ) デザインと娯楽(アミューズメント)
E 芸術と社会を結ぶ      Dとの矛盾 社会とは?
F 地域文化がなくなる     国民(国家)文化を作った明治時代を悪者にするだけでいいのか
G 創造都市と世界都市     創造とは何か
H 文化のまちづくり      町づくり、街づくりとどうちがうのか まちおこしとは
I 地域の文化資源を大切に   文化資本 格差社会

(2) 定義の仕切りなおし
@   ホール、オーディトリアム、サルーン 文化会館  アーツセンター  音楽堂 公会堂 講堂
A アウトリーチ  ワークショップ  ホール探険  アフタートーク
B アーツマネージャー  関連の言葉(アドミニスター、コーディネータ、プロデューサ)、対峙するもの(芸術監督、ディレクター)
C デザインの位置付け    建築・造園・土木
D メディア芸術  メディアとは何か
E 生活文化 伝統芸能 大衆芸能 芸能 古典芸能 地域芸能
F 文化イベント まちづくりイベント

(3) 研究スタイル
@ 歴史的研究  起源 ミッシングリンク 
A モノグラフ  定点観測 ヒアリングと資料発掘
B 比較研究   地域間比較  他の文化領域(ex.動物園、スポーツ)との比較
C 参与的観察
D 実践記録
E 実態調査 アンケート ヒアリング インタビュー
F 提言的仮説
G モデル構築
H アーツ的ワークショップの活用  (例)アーツマネジメントの歴史を演劇化する

(4)その他
@ 広報 映画・放送・漫画・小説の登場人物にアーツマネージャー
A アドボカシー 社会運動 政策提案 ロビーイング 教育現場


1/7(土)


静かな岩清水八幡宮にお参りしてきた。
帰り、階段を下りていると、雪。コロコロした雪。雹かな。
矢を渡すとそれを持って舞ってくれる。わたしたちはただその演奏(太鼓や鉦、横笛)を観ている。
2つ以上矢が溜まったら舞ってくれる。延々と正月から同じ曲をやっているのだろう。
退屈しないだろうか。演奏ではなく、神事だからいいのだろうか。
太鼓を叩いている女性がかなり年配で、結構、面白い揺れるリズムのところがある。

あとは、大晦日にとっていた『京都南座顔見世大歌舞伎』と1日にやっていた『宝塚歌劇星組「長崎しぐれ坂」「ソウル・オブ・シバ」』を続けてみたぐらいか。

「本朝廿四孝」の奥庭で、坂田藤十郎が文楽人形みたいに操られて、それから狐になるところはやっぱりケレンたっぷりに面白いなあと思う。授業として、たとえば、能楽で橋掛かりの話をしてから、花道で近世における現世化の話へと持っていくときに、文楽との関係とかも使えるかなとチェックする。宝塚も歌舞伎との関係が結構出ている(神田のお祭りなので)もので、うまく連動できそうだ。

途中までは、ただ教材という目で見ていたのだが、轟悠の低音の魅力にどんどんはまってしまう。湖月わたるという175cmもある男役も、歌は横におくとしても、踊ったり演技したりすると、これもまたなかなかである。宝塚でこれほど面白いなと思ったのはレアケースだなあ。


1/8(日)


ぶじ、日本アートマネジメント学会関西部会長退任記念講演会(ほほ、そんな大げさなものではなかったのですが、こう書いたほうが大仰でおかしいかと思い)がすみ、そのあと、松本さんと雑談。今日だけは、わたしのほうが長くさせちゃったかも知れない。

まだまだ、アーツママネジメント研究が大切にすべき人にこの学会は届いていないのではないか、ということが、彼に話しつつ思ったこと。たとえば、指定管理者制度になって困っているのは、文化財団のスタッフもそうだが、行政で文化政策の担当にたまたまなっちゃった人ではないか、と。その人が困らないような何かが出来たら言いねえというのが、部会長だったわたしの最後っぺかな。

結局、5年間もやっていたのに、学生会員も尻すぼみだし、なにも成果がないなあとは思いつつ、学会を辞めるのではないので、逆に側面からお役に立ちたいものだ、なにもしなかったことのリカバーをしなくちゃと思う。

そのあと、新世界フェスティバルゲートへ行き、ココルームでご挨拶。上田假奈代さんはかわいい髪飾りをつけていた。大和川レコードさんから、6日の大阪府庁のツアーの様子を携帯動画で撮ったという話を聞く。http://ch.kitaguni.tv/u/11675/0000309091.html

正月以来一滴もアルコールを入れていなかったのだが、ココルームで最初の生ビール。昨夜ちょっと寝苦しく睡眠が少なかったので、ダンスボックスの席に座りながら、ついうとうと。すると後ろにさきらの山本さんとアートファームの大森さんがいて挨拶。高松にはぜひ行こうと思う。岡山の能舞台(「月の舞台」からは旭川が見える)も魅力的だし。

さらに、横堀さんから、HPにこの「シゲニカルパレード」を書いて欲しいとのこと。うとうとしてはいられなくなる(ビールやめとけばよかった)。短くていいといわれ、1000字?ときくと、それでいいという。以下、翌日書いたその原稿案。

〔19:05〜20:07。途中で、ドラム一楽儀光、とかの紹介がしげやんからある。それにしても山口の一楽さんの名前はすごいよなあ。一つだけの楽しみとは、儀(のり)という礼法に則り光を導くことみたいなすごく禁欲的な意味になりそうで、そのドラムと一見通じるところがある(もちろん、もっと、柔らかいお人柄のようでもあるが、アフタートークでのビールの飲み方とかして。でも、ディズニー的にならないで、という彼の話はとても面白かった)。〕

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鳴り止まぬ轟音。走り続けるいのち。

手をズボンに突っ込んでそっけなくストイックに始まった振付の行進を観つつ、しげやんこと北村成美のダンスは、覚悟の踊りであると始めて思った。それは、しげやんも35回目の誕生日を迎え而立したので何も迷わなくなった、というのではない。また、ソロ5周年、自分の踊りを集大成したので、もうけして間違わないというのでもない。

反対にそれは、日常の細かくどうでもいいことで迷ったり悩んだりするその些事に潜む決意や悔悟を隠さずに曝すようになったという三十路の居直り的な覚りである(もちろん、ダンスという表現が彼女をぐねぐねとここに立たせているのではあるが)。その柔らかい居直りが生む激しい燃焼。

愚直に生きるためにひねり出されたプレゼントであるシゲニカルダンスが、つまりは、大きな大きなパンツであり、そのピンクや紫やフリフリであり、あるいはちょっと滑稽なまでに浪速のガンツケであり、そして、大きすぎるブラジャーカップによる、この場に居合わせた「あなた」への、くさいほど優しい励ましダンスなのである。さらに、一緒に食べることで成就されるプロポーズ映像になり、あるときは、赤いバラが口をふさぎ、顔がシャツで見えなくなるネガティブな世界にも連なっていく。

(このあとは、dBの大阪BABAとかいうサイトに11日には載る予定なので、そこで見てください)
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しげやん踊り=大バカ覚悟ダンスをこうして目の当たりにして、いくつになっても(簡単に萎えはするが)、生きる希望は誰にも残っているのだなあとほかほかとココロとカラダが暖かくなるのであった。そうして、年賀状のお礼を言ったり簡単な正月挨拶をし、にこやかな大谷さんはじめみなさんの優しい笑顔を背中に感じつつ、ダンスボックスをあとにして新今宮駅のプラットフォームに電車を待つ。京橋駅にいくのには少し遠い方の外回りのプラットフォームに今日は待ってみた、どちらが先に来るのか、じゅうぶんに迷いながら。さわやかな冷たい冬もいいなと思いつつ。
もちろん、フェスティバルゲートの悲惨な残骸や、文化行政不在の日本の不幸を忘れはしないけれどね。


1/9(月、成人の日)


午前中に昨夜見たダンスについて書いて(1000字)、横堀さんに送る。早速、オーケーの返事。
こういう即座の反応が嬉しい。

午後は、高校サッカーの決勝戦。かなり興奮した(強いところが負けるといえば、相撲もまた常勝の横綱に土)。
優勝した野洲高校の山本監督は、レスリング出身だという。サッカーの監督では、このようにしてサッカー出身でなくてもよく、コーチ術を学びつつ、出身ではないことで、いま主流の高校サッカー(フィジカル重視)ではないコーチ方針(テクニーク重視)を逆に彼は自由に取りえたということが出来るかも知れない。だから、芸術監督=アーツディレクターも芸術家(作曲家、劇作家、振付家、あるいは指揮者、演奏家、演出家、役者、舞踊家)でなくても、芸術の関係者(アーツマネージャーを含む)であっても、その力があればいいということになるかも知れない。

古本屋で買った『日本の外来語』(矢崎源九郎、岩波新書、1964年第1刷発行、当時の価格が130円)を楽しんで読む。結構、アーツ関係の話も出てくる。たとえば、
《 もう一つ、コンサートとコンツェルトとコンチェルトの例を挙げておこう。英語のconcertは、イタリア語のconcertoをフランス語経由で借り入れたものである。ドイツ語のKonzertは、イタリア語のconcertoを言語として借り入れたことばである。日本人はその両方を借り入れて、英語からのコンサートは「演奏会」として、またドイツ語からのコンツェルトは「演奏会「協奏曲」として使っている。いっぽう、イタリア語のconcertoをも「協奏曲」という意味で、コンチェルトとして借りている。もっとも、これは直接イタリア語というよりは、あるいは、英語でもこれを、concertとはべつに借り入れて使っているから、日本語には英語まわりではいってきたとみるほうがいいかもしれない。」p156

presentが、プレゼントで、プレゼントゥとかプレゼンツにはならないのと同じように、artはアートでそのままではアーツにならないというわけではあるが、ときには、cutletがカツレツ、shirtがシャツになることもあるわけだ(p176)。それで、sportがスポーツになったのだろうと推測する。ね、こういうふうに外来語を調べるのは面白いものである。

http://chae01jp.seesaa.net/article/10388429.html


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