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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.3-4 こぐれ日録478 3/27〜4/2
いよいよ、新学期が近づく。 「一つの風」というのは、中学生の頃ぐらいに書いたという子どもの作文の題名で、掃除をしていて、芳江が偶然それを見つけて二人で大切に読んだから、まったくたまたまの始まりである。 これは、一つの風 交代にここまでつけてから、芳江のお母さんが写っている数少ない写真の話をしながら朝ごはん。 売込隊ビーム『よせばいいのに』。三年前の再演。たしかOMSでみたはず(うーん、ちょっとおぼろげな記憶になっているが)なので、懐かしくも少し寂しい。 作・演出:横山拓也。19時半予定の開演で、最後になると、21時半を過ぎていた。前説に山田かつろうと梅本真理恵が出て、面白く秘話とか販売促進とか、ゲスト(今日は石原正一)の紹介などがあって、これは確かにエンタテインメントとして不可欠かもなあと思わせるのだけれど、ちょっと帰りが遅くなるのが私にはつらい(歳です、はい)。 方言とか「農民」をこれほど意識させていたかなあとか再演で変わった部分が気になる(いい意味で)。 ただ、終わりを知っている者として、それでも面白い部分と、知らないともっと面白い部分があるのは仕方がないところ。個人的にはもう少しテンポが流れる感じがこのテイストなら(しみじみするのもいいけれど、深さよりも「かろみ」のコメディという今回の舞台の性質上)いいのかなと思いつつ、楽しむ。 3/28(火) はじめぽかぽか、なかあらし、かえりはぶるる。 でも、アーツ鑑賞演習でお願いしようと思っていた劇団の方とようやく連絡が取れて、ほっとする。 4/7の新入生キャンプは今年近江八幡に行くので(文化政策学科のみで次の日は去年と同じくびわ湖ホール。他方現代マネジメント学科はトヨタ自動車の視察で独自路線となる)、資料館などとともにボーダレスアートギャラリーNO-MAにも寄ることになる。ということでNO-MAに電話をするとどういうわけか、通じにくかったけれど、120名も来られるのですねとすでに連絡があっていた(教員や上回生オリターを入れると140名前後か)。6つのクラスに分けて、いっぺんに入らないように工夫していきますので、よろしくお願いしますと言っておく。 この前大宅寺という表示の小道を入ったら、家と共同アパートしかなかったと思って引き返したが、もう一度竹やぶとかに入りながら、同じ場所に行くと、普通の家の形をしているが、確かに「曹洞宗大宅寺」と書かれた看板があった。でも、かなり擦れていたし、山科の案内に岩屋神社とともに載っているのはどうもアンバランス(大宅寺自体は由緒があるし、「大宅」という地名の由来はとても関心があるところなのだが)。 3/29(水) 昨日、ギャラリーそわかに行こうと思っていて、手帖にも書いていたのだけれど。 はじめて砂連尾理・寺田みさこお二人のダンスを見たのは、このギャラリーの奥の間だった。料理番組の放送をバックに、少しインテリ風の若夫婦の日常と憂鬱ダンスをテラスから垣間見る感じがした。いつだったか。 朝、浦沢直樹のHappy!が4/7にドラマになるということをいつか聞いていて、何気に検索したら、なんと、MONOの土田英生さんが脚本を書いていた。土田さんはいまテレビや映画などの脚本で忙しいのだなあ。「おかしなふたり」とか、「東京タワー」とか。 大塚英志・大澤信亮『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』(角川書店、2005)を読んだばかりなので、連動してあれこれ。メディア芸術という文化庁の文化政策とジャパニメーション(おたく/萌え含むコンテンツ産業)振興という経済産業省の産業振興政策との関係はどうなっているのかも気になるが、文部科学省本体のマンガ/アニメ/メディア関連大学振興との関連はこの本の終わりのほうを読みながら、少し手がかりは感じられた。 午後、どうして人は芸術鑑賞をするのか、というかなり抽象的な話を授業のはじまりでしようと思って、そのレジュメを作る。こんなことをしていると、なかなかアーツの中味に入れないか。でも、「うっとり」理論とか少し面白そうなものになったのではないかなあ(そうそう、両方なのだが、前期も後期もアーツ鑑賞演習は定員の40名をオーバーして抽選になったという。私の科目で抽選になったことなどなくてびっくり。ということは、演劇好きの学生も落ちているかも知れないのか。びくびく)。 フェスティバルゲートへ。ここで唯一賑わっているのはスパだ。 もちろん、新世界アーツパーク事業のなかで集ってきていただいたココルームやレモ、ダンスボックス、ブリッジなどはちゃんとここで息づいている。アートシアターdBの今回のセレクション14だって、気がつくと補助席が出ていて、平日なのに確実にトリイホールのときよりは人の輪が広がっている。その成果は数字でも出るかも知れないが、ずっと同じように見てきた観客が一番体感できることだ。 スタッフもにこやかに話しているし、まだまだやっていけそうである。4組、20分。出演は女性ばかりだった。有吉睦子のソロ。Sleepがテーマ。私は目覚ましと無縁だけれど、朝が弱い人には思い当たる出だし。枕が分散して集約される。水平に動く脚のベクトルがきれいな間の踊りは夢なのかも知れない。手足の伸びやかさが彼女の美しさ。すーっと伸びるところをもっとみたかったな。fu-peは、楽しい。バレエのくるくるがあって、でも物語のようでもある。暗転が多いのが少し気になった。 休憩のあと、花沙「あいだ 舞ひ そのに」。前に観たような気がするのだが、初めて観たように思ったほど楽しかった。観る楽しみが20分間ソロで持続させていただけるというのは、私の好みとかいまの気持ちとかバイアスを割り引いてもすごいことではないかなあといまも思っている。ある方法論から表現を拡げるというタイプではなく、身体をあたかも自分のものではないかのようにみなして丁寧に聞き出して行く作業として結果的にそれがダンスであればダンスとしておきましょうという感じ。そのあと、一転して、Lo-Lo Dnace Performance Companyの大きな音。 先の話だが、大阪市の文化振興事業が将来きっといつか懐古されたときにアーツアポリアや新世界アーツパークやクラシックルネッサンスは、地域芸術政策の奇跡として検証されることになるだろう。どうしてこういう先鋭な企画がそれも文化行政的な土壌があったとはいえない大阪市役所というところで行われえたか、と。 それに対して文化集客かなにか知らないが、いままで建てたここのフェスゲ本体とかそういう娯楽施設はきっとただ赤字だったとかそういうマイナスの経済的数字のみで評価されて簡単に失敗と結論付けられたままになるだろう。そこからどういう作品が生まれたとかアーティストが育ったとかそういう時間軸としてつながるプロジェクトでなかったから。 アートシアターdBに学生を行かせたいと思って5月~7月半ばあたりの週末の予定を聞く。でも、なかなか適当なのがまだ決まっていないようだ。また、決まったら教えて欲しいと横堀さんに言っておく。いま、学生にちゃんとダンスを見せたい。その仕事が私の一番大切な使命じゃないかと観ながら思う。 3/30(木) 午前中、京都府の委員会。 午後、ずっと就職活動の関係のセミナーを傍聴する。 新入生キャンプが近江八幡市とびわ湖ホールなので、この視察をすぐにゼミに取り入れようとメモを作る。以下がその一部分: 4月12日(水)の第一回目に、その書き方を説明し実際に記入してもらうが、内容は新入生キャンプで見聞したまちや施設についてなので、4/7,8は楽しみつつも授業の一環であることを十分認識しておくこと。 3/31(金) 今日も寒い。 最近、メールでもそうなのだが、会う人ごとに、ご機嫌さんですねといわれる。川柳とか俳句とか作っているのでそう思われるのかなあ。まったく、上達しない。 そのなかでは、劇場の変遷やタイプのことに続いて、日本の演劇について60分ぐらいでしゃべるというものも作ってみた。小劇場演劇をはじめて見る学生に必要な最小限のことを伝えたいからだ。これは、ずいぶんと無理なことだろう。演劇史のご専門の方から見たら。 昨日も今日も行こうと思っていたステージがあったのだが、いけない。今日はうずめ劇場という北九州の劇団公演をぜひ見たいと思ったのだったが、どうも身動きがとれない。でも、明日は、娘が久しぶりに少し歌うので、こればかりは駆けつけたいと思っている。 ○ 爪切らば夜空淡雪細き月 沌豚 4/1(土) 早朝、目が覚める。当面、「まちづくり」という言葉を忌避しないで、積極的に自分の定義で学生たちと向いあおうと思って以下のメモを作る。 住んでいる人たちの手で、 住人主体 したがって、文化のまちづくりは、「文化を通じ(文化主導)、住人の手で、その地域が幸せにつながる共存共感の場になるようにすること」。 政策policy 文化地域政策(スロー系まちづくり=まちを幸せの場にする政策) 4/2(日) 今日は雨。 もうすぐ新しいCDもでるSAKANAのLOCOMOTIONが届いたので聴いている。さまざまな音楽がまじっていて。外人風の発音〜サザンとかほどひどくはないけれど〜が自分的にダメなのだが、それをのぞけば素敵。長いファンが多いのですね。 夕方、ずっと見ていなかったDVD『パリの恋人』(原題、Funny Face)を見る。オードリー・ヘップバーンに対してフレッド・アステアの年齢差は気になるが、アステアの足の軽さを見ていると気持ちがよくなる。 |