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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.3 こぐれ日録475 3/6〜3/12
4時ごろ目が覚める。布団が重い。湿度が上っている。少し眠るが頭が重い。 16時ごろ、1回生が来る。昨日高知から戻ってきたという。高知駅についての提案をしてみよっかなあとチラシを見せてくれる。残念、ゼミ中だったらこれで学習できるのになあ。 朝ごはんに牛蒡の茎を煮たのが出る。いまは牛蒡の茎や葉っぱもついて売っているのだという。時間があまりなかったが、何とかこれは繊維質だからという妻の言葉を聴きながら咀嚼して研究室へ行ったことをおもいだしたので ○ 春牛蒡根が味噌汁で茎煮物渋き葉は妻専用の食
大学内は、1回生が昨日と今日と数十人いて何事かと教務課長に尋ねると、80名近く英語を落としそうなので、補講と追加テストをしているのだという。今年からずいぶんキャリアに力を入れるといっていたが、こういうベーシックスキル研修ということでするのだな。いいことではないかと思いつつ、こちらもそういう状況を把握必要があるわいとも思う。こういう時期はきっと他の先生方は論文書いたり翻訳したり、単行本の執筆でもしていられるのだろうな。「アーツマネジメントとしての葬送文化考察」みたいな論文を書いておくのが精神衛生上いいかも知れないと思いつつ、まあ、今日は、ぼんやり散歩することにした、午後から。 大学の裏側から(ほとんど誰も見ないだろうところに紅梅の木があった)、大宅中学校をとおり、やましな警察の看板を見ながら歩く。パチンコ屋の玄関みたいな「華都(はなみやこ)セレモニー」があったので(大学から一番近い葬祭会館だ)のパンフレットを一部いただいておく。19.3万円の福祉プラン、家族葬都プラン38.5万円、最高は168万円プラン。(有)梅本産業に(有)富貴。何屋さんだったのだろう。 殺風景だなあと思いつつ奈良街道を歩いていると、あるところからおやっ趣が出てきたなあと思う町並みが見えてくる。小野随心院の掲示板がある辺りからだ。随心院まで(お寺の隣に橘という名前の風流そうな〜ヤクザと五月蝿い子どもお断りとあるのがいささか気になるが〜蕎麦屋あり)20分強という所か。ゼミで歩いても問題ないだろう。400円の負担(梅はまったく開いていなかったが、梅以外の季節だと入園することは必要だろうか)をどうするかは要検討。 随心院のついでに勧修寺(地名は「かんしゅうじ」なのだが、お寺は本来は「かじゅうじ」とかいうらしい)ものぞく。桜が咲けばこの通路は見違えるだろうなあと思いつつ、こちらも庭には入らずまたの楽しみに。白梅がぽつんとあって、かなり開いていた。匂いも小さいながらちゃんと自己主張していた。佛光院(両腕をなくしたのち出家した大石順教尼の障害者福祉との関係を初めて知る)と八幡宮(鎮守さまの風情あり)も趣きがあり、いままでまったく行かずにいたことが不思議といえば不思議。 ビールを買ってやましな川の河畔でのんびり。水鳥のつがい。100円ショップがいかにも無愛想にあって、でも、筆ペンを7本購入しておく、ゼミで少し使おうと思って。
午後から看護学部の居城、清優館にて、看護実践異文化国際センターの活動報告会を聞く。思ったとおり、文化政策やアーツマネジメントと「臨床の知」として、つながっていく研究が多いので、聞いていて楽しい。「精神障害者地域生活支援のシステム開発に関する研究」はそのものずばりだし、地域政策としては、「まちの保健室」づくりのコミュニティヘルスケア関係とかもある。もちろん、家庭内看護、子育て支援プログラムも大いに参考になる。 途中だったが、OBPへ。OBPアーツプロジェクトも、松本さんが高知へ行ってしまうので、こういう形は最後かも知れないなあと思いながら、上田假奈代さんの詩の朗読を聴く。剱樹人さんという今日はウッドベースを弾いていた人がぱっとみふなとさんみたいだったので、ベースの人はどこか似るのかとか思った。 マイクのテストで茨木のり子さんの詩を読んでいた。上田さんの自作の詩を聞くのもほんとに気持ちがいいが、言葉が突き刺さることがある。突然に。その動揺とかを考えると、こういう吹き抜けの空間で聞くのはもったいないなあと思う。ビル風が身体によくなさそうだし、どこからか聴こえるロックみたいなBGMも気になるし。もちろん、読んでもらう上田さんには重労働だし、通りすがりの人にとっても、何だかただ違和感だけが残るのではないかと思って、椅子に置かれたチラシが空しく風で飛ぶのを見ている。 そのあと、シンポジウム。
来客の前に少し緊急の措置。連絡がついたので、あとは事務局にお任せ。 教授会などのあと、FDの勉強会があり、学生をどうやってエンカレッジするのかというお話を聞く。褒め方一つにしても自分はぜんぜん駄目だなあ(なるほど、そういうところをほめて、それからこうしたらもっとよくなるよといえばいいのか)、ちょっとでも参考にして改善しようと思い聞いていた。
家にいて、生協に関わるレジュメを作ったり、A先生に言われている文化政策キーワード集に関わる作業をしてメールしたり。 夕方からのこのこ。 席にいると、たとえば知り合いが来る。あいさつ。要件とか、四方山話をして、すーっと遠ざかってくれる。 やはり、鑑賞は一人でいたい。もちろん、はなから二人なら問題ないが、劇場で知り合いにあったからといって、隣に座られたり、座ったりするのは原則としてよろしくない。 ところが、座っちゃうのね、万が悪いと、隣に知り合いさんが。「隣に誰か来るんですか」とその方は聞くのですが、知り合いは来ないので(だいたい、そういう待ち合わせなんどしたことはまるでない人なのですが、私は)来るとも言えないし、知っているヒトが隣に座っていただくのはどうも苦手なんですという一般論をするのも、これも何かしら失礼と思うので、どうぞ、っていうことになる。 こういう感じがうまく説明できない方は、おお、隣に来られるのですね。うーん。悪いヒトではないんですが、どうも、まあ個人的に苦手な間合いなので。また、いらんことをわたしもしゃべってしまったりするのだ、この間合いがうまくチューニングできない関係の中だと。ごまのはえさんが好きなんです、とうるうる言われたりして、つい、丁寧に前後を話さないと誤解されてしまうだろう、余計なことを口走っていってしまって、前列左の男性に振り向かれたりする。やばい。 こういうときまで、社交的なモードにいなくちゃいけないなら、ますます劇場から遠くなってしまうよね。ああ。そういうときに限って、大柄なその隣のヒトの肩と接触したりして、ますます身体はこわばったままで。こちらも、どんどん、どん亀になってしまうのです。いま、思い出したが、そういえば、ある公立大学の教授先生が私のすぐ後ろに座っていて、そそくさと帰ろうとすると、また、と肩を叩かれて、ぎょっとしたな。きしょい!精華小劇場は鬼門。どうも、最近知り合いの同性に触られる(異性に触られたいというのではないので誤解なきよう)のが、怖くなっていることに気づく。心が硬くなっているのか。いやいや。そんなのではないだろう。
劇団そとばこまち創立30周年記念公演第一弾『藁の輪舞曲』(作・演出:中 司)。座長が主演の忙しすぎて息子が藁の駅のナイチンゲールになってしまった北川肇。満員で立ち見あり。 京橋でてんぷらどんぶりを食してから、森小路駅、大阪市立芸術創造館へ。第6回クラシック・ルネッサンス、第2劇場の担当。3つの戦前(80年前のプロレタリア演劇を見せてもらえるなんて、その歴史的価値だけでも実に素敵なことだ!)の作品が続けて演じられる。装置は回ることで、ベンチの後ろの廃物(ぼろ小屋)、潜水艇、孤児院から劇場へと通じるトンネルの役を果たすようにされてある。 まず、村山知義『広場のベンチで』(演出:正木喜勝)、廃兵(右手がなく、でもまた魚雷を打ち込みたいので日本の軍隊へ参加したい)、乞食(観客の服をうばいとる)、淫売婦(二人の子どもが人形となって話し始めるところが面白い)が出会い諍い別れる。 中村栄二『あいつを倒せ』(演出:阿部茂)。爆笑プロレタリア漫才ということで、シュプレヒコールが笑いとなって、最後に“「あいつ」って誰?”を客席に問いかけ、なんと、当日パンフの裏に「檄文!観客よ!燃えて今や立て!」と大阪市の今回の芸術創造館における指定管理者制度導入における問題点を指摘する。これは、アングラ演劇ぽくて、感激したところであり、もちろん、あいつは「近代○○制」だよ、それは戦前の当時も、いまもなおと自分的に心で叫ぶのであった。 そして、最後は村山知義『孤児の処置』(演出:阿部茂)。モダンバレエもあったが、とりわけ男の子たちのブレークダンス?がめちゃうまかった(とはじめて、こういう踊りに目を奪われてしまった)。孤児を集めてただただ精神的な教育はしないで体育的舞踊をほどこし、劇場で金を得る。なんだか、スケート選手のことを思ってしまったが、それはただ、オリンピックがあったり、スケート連盟が赤字になって内部調査をしているというニュースがたまたまあったからである。
午後、ごはんを食べながら、テレビ。 以下、テレビを見るまでやっていた川柳の戯れ: ○ 句を捻るブログにいつしか仲間入り 月豚 ○ 俳号を気にしてパジャマのままの昼 月豚 昨日、発泡酒よりも安い缶を飲みながら、でも、ビールもどきにも色んな種別があって、一番安いのは、その他の雑酒でまたナンバー2だという表示を見てしみじみしたので: |