こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.11


こぐれ日録512 11/20〜11/26


11/20(月)


昭和音大のたけなみさんご一行が朝来られて、現代GPのヒアリングをされて(O先生が対応されていて、わたしは学科主任として同席しただけだけれど)、今度は神戸女学院大学へ行くという。きのうもどこだったかヒアリングをしてそのあと兵庫芸術文化センターを視察したとのこと。
昭和音大も新百合ヶ丘に引越しするのだそうで、役人のままだったけれど、大学の講義をいちばんはじめにしたのが昭和音大の厚木?だったから、ずいぶんと時間が経ったように感じる。その場所がなくなるというのだからね。

昼からは3回生ゼミ(なぜか西洋クラシック音楽を中心とした音楽史のレクチャーになっていた)と4回生ゼミ(ミクシーでアンケートをどうやってとるかを学生が学生に教えていた。自律的でいい空気である)。

あ、そうそう、昼休みに、どうして先生は来年度ゼミを持たないんですか!プンプンシクシクという学生が一人来て、だって、去年とかとっても人気がなかったし、いろいろ学科主任で雑用もあるし・・・でも、サポートするよ、それにわたしが照明とか舞台技術教えることなどできないからアトリエ劇研とか色々な外部レクチャーに参加したらいいのだし、TAM研とかあるし・・・・とかいいつつ、わたしは言い訳ばかりだなあと思う。

結局どうして、専門ゼミを持たないのかと言われると、じつは困ってしまうのだなあ。一番の理由はゼミをどうやっていいのか、まったく自信がないし、その理由の一つとして、自分がゼミとかない学部生として卒業したからということもあるし、卒論とか書いたことがないのでその指導をしろといわれても(まあ体験がなきゃできないわけはないけれど)、卒論を書くことのなんというか実感がどうもいまいちぴんとこないので。まあ、そんなことを本当は言ったらよくないのだけれど。

まあ、ゼミよりもそれ以外のことの方が自分は向いているからと思うからだというほうがいいわけで、ゼミをしなくていいよ(したくないよ)とおっしゃる先生が他にいらっしゃらないから、ゼミを10個に絞る立場としたら、自分がゼミを担当しなくなるのが一番ナチュラルなのだ(苦しい言い訳かなあ)。なお、教務委員のS先生は一番若いし必修とか担当科目が多いので、彼には仕方なくゼミ担当からはずれてもらっているけれど(またしていただく未来がいっぱいある)。

かえって歯医者。いかに、歯磨きがずさんか!を体験させられる。
歯石を撮ってもらっている間に、主観と客観を統合する「直観」について、ベルグソンはどう書いてあったかしらと思い出そうとしていた。
そして、アーティストは直観だとして、アーツマネージャーに必要なのは、その直観に対応する主観なのか客観なのかを考えつつ、現象学的に「間主観性」と「間身体性」をまじえてぼんやり考えていて、ふいに、おお、「間観」と思った。

かんかん、かんかん。感官、閑々、看貫、侃侃・・・・汗顔、肝癌、宦官。
どちらにしても感じが出ないしよくない。
そうか、「あいだかん」。

あいだかん、と呼ぶ間観。
間観を持つアーツマネジメントの役割について。


11/21(火)


今日は推薦入試の日。
大阪成蹊大は休講で、夕方まで校務。

そのあとの時間などで、日曜日の学生感想を一部まとめて、ようやく帰ろうとしている。
ほとんど、いろいろ自らがはじめて経験したことをなんとか言葉にしようとしていて、ほほえましい。

ただ、118名中、二人だけなのだが、かなり明確に批判的なもの(批判というよりかは、嫌悪感=苦手という感情の吐露かも知れないが)、それをどう受け止めたらいいのかなあと、日曜日から考えていた。(たとえば。「やらせっぽいというか白々しいとしか思えない」、「リズムばらばらなトコに一人リズムキープできるとおかしなに拍車がかかって聞いていられなかった」、「お金とか時間を損した気分」、「NHKみたい」、「そもそも彼らを舞台に上げていろいろやらせる目的はやはりわからない」などなど)。

不快に思わせてしまって失礼だとも思ったが、こういう風に見られていた、というのは、記録としては重要だろうと思い、それも入れて事務局には送る。
以下、学生の感想。
・・・・・・・・・・・・・・
2006.11.19 栗東さきら 糸賀一雄記念賞舞台芸術祭『ロビンフッド・楽園の冒険』鑑賞体験を受講して
 (『アーツの扉』現代社会の課題:83名 『アーツマネジメント論』35名 ごく一部の紹介)

○ 「聖者の行進」みんな衣装もかわいくてステキ(ハートマーク)。あんなキレイな舞台で演奏したら気持ちいいだろうなあ!手拍子とかで会場と一体となっていいなあ。みんな衣装すごい!!ドレスとかめっちゃかわいい。着たいし!司会の二人も面白くていいキャラしてますよね。手品とかももいあがっていいと思う。
 「島唄」すごくシキできけてうれしかった。早口言葉きいてたら私もやりやくなっちゃった(笑)。みんながすごい楽しそうにおどりながらうたったりとびはねたりする姿が印象的。こっちまでののしくさせるような空気がありますよね。使ってる曲の選曲がいい!!場面場面での客って重要だなあって思う。効果的にもなるし!!すてきですよね!! 日本語日本文学科1回生

○ 物語のおおまかな内容は先生から聞いていたのですが、どのように進行するのか、話はどこのように膨らみをつけるのかと見ているいつに、気に入ってしまいました。内容は随所に笑いが入っていて楽しかったです。先生が以前言っていた中仕切りの幕は、場面転換に使われていたんですね。ダンスはとてもコンテンポラリーダンス的な要素が強くてよかったです。障害のある方が主体に踊ってそれをまねるという手法は新鮮でした。その逆もあったり、見ててすごくよかった。歴史学科1回生

○ 最初のアンサンブルから出演者のみなさんがとてもかわいらしくて、体いっぱいで音を証言する姿がとてもステキでした。手品もすごいユーモアがあっておおしろかったし、観客が楽しませる演出ができていて、実際すごく楽しかったです。これは健常者がやってもおもしろくないと思います。ちょっと疑問なんですが、てっきり「ロビンフッド」というタイトルなんですか?てっきり「ロビンフッド」の物語にそって話が進むのかと思ったんですけどどうではないみたいですし・・・。
 何か、この公演を見て障害者に対する見方が変わりそうです。ここまでできるんだ、と驚いています。みなさん本当に楽しそうにしていたのが印象に残りました。個人的にナマズの人とブラックバスの人たちが好きになりました(笑)。文化政策学科1回生

○ 舞台芸術と障害福祉を融合させるなんて考えたことがなかったので、少し自分の中に新しい考えが生まれたような気がします。ハンディキャップのある人たちにも芸術を公演する権利はあって当然なんだな〜と思いました。文化政策学科1回生

○ みなさんがありがとうの気持ちを言っているときには、とても気持ちがこもっていて一番感動しました。誰かがしゃべっているときは、それを応援したりもんなで助け合ったりしていて、見ていて気持ちがよかったです。文化政策学科1回生

○ 栗東芸術文化会館のホールが良くてすばらしかったです。通りやすいしスロープがあったりとほかのホールよりもその点がとても良いと感じました。虫の衣装がすごくかわいくて、「誰がなんの無視なのか」とか考えていました。あとベートーヴェンもすごくいい味だしていました!個人的に大ナマズとペンギンが好きでした、多さまずの駅名をいうのがすごかったです!!ペンギンの口バシがかわいかったです。劇の内容というか話も、「何かを探す」というテーマが良かったと思います。200人の力はすばらしい。やっぱり舞台は皆でつくるものだと思ったし「楽しい」という思いがこちらにも伝わってきました。文化政策学科1回生

○ 正直、舞台がうまくいくとは思っていませんでした。でも、オープニングを見てそう思ったのがとても失礼なことだったと気づきました。音楽というのは完璧なものを聴くのではなく、一生懸命で楽しいものを聴くものだということを学びました。障害者の人とそうでない人との関係がすごくいいと思いました。サポートをしているのだけれど、ただサポートをするだけでなく、引き立てていて、冗談などいいあえるような感じで、すごく楽しそうでした。今日はほんとうに鑑賞できてよかったです。現代マネジメント学科1回生

○ たくさんの障害者の人々が集まって、各グループにわかれて歌をうたったり、演奏会したりダンスしたりと皆を楽しませてくれました。その中には、日頃皆が思っていることや滋賀県のことなど、たくさんの問題もとりあげながら、会場をもりあげてくれていました。ステージ上は、鮮やかな照明とかわいらしくとても凝った衣装があり、すばらしかったです。ステージ上の飾りつけもすばらしかったです。出演していたみなさんがたのしくおもしろく観客の場をもりあげてくれていて、どんなダンスかもわからなくても、客からの目線から見たらこっちも楽しくなりました。文化政策学科2回生

○ 去年もこの芸術祭に足を運ばせてもらいましたが、去年とは全然ステージの感じが違い、ステージに立つ出演者も皆が可愛らしい衣装を着て素敵なダンスや演奏、演技を見せてくれていて、見ていて笑顔になれたり元気になれるステージでした。
 話も物語風になっていて、話の中に滋賀県特有のものを織り交ぜるなどしていてとても楽しかったです。沢山のセリフを覚えたりするのはとても大変だったと思うし、支えの方がたもとても大変だったのでは・・・・と思いますが、皆が一つになってその苦労をふきとばすような明るいステージが見られて良かったと思います。文化政策学科2回生

○ 最初の合奏ではドラム余計じゃないですか?と思いましたが。リズムばらばらなトコに一人リズムキープできるとおかしさに拍車がかかって聞いていられなかったです。
 これは発表会みたいなものでしょうか。演劇として見るのか、障害者の発表会なのかと思ってきましたが、私はどうも苦手で、見るのが辛かったです。スタッフがスタッフとわかる格好で舞台にいるのも違和感がありました。
 やるならもっと自立的な舞台でないとなんとも中途半端な感があります。京都の手話サークルの団体はもっとクオリティの高い演劇だっただけにがっかりです。
 やらせっぽいというか、白々しいとしか思えないんですが。非評(ママ)ばっかりで申し訳ないですが、苦手なものは苦手としかとてもいえないので、正直に書かせていただきました。ますますこういう舞台は避けていこうと思います。授業として見にくる意味はあったのでしょうか。はなはだ疑問ですがお金とか時間を損した気分です。NHKみたい。あと長すぎます。普通の劇でも2hもあったらあきます。文化政策学科3回生 
(この学生は、いままで半分ほどしか出席していない学生で、一見鋭い鑑賞眼かと思える部分もあるようにも思いつつ、でも通常の授業でも似たような態度=反応で(自分のストライク範囲が極めて狭く、しかも広げようとか別のものを虚心坦懐に見ようとする姿勢がまるでないようです)、『月の岬』(松田正隆作、平田オリザ演出の名作)の映像鑑賞のあとでも、「何だかよく分かりませんでした。つまらなかったです正直・・・あまりこういう笑いの殆どないお芝居すきじゃないので。有名な三田にさんとかそういうもの以外はあんまりうけつけないので」のような態度なわけなのですね、これが)

○ 作品は?という部分もあったが、ビワコオオナマズのシーンなどは単純に面白かった。しかしそもそも彼らを舞台に上げていろいろやらせる目的はやはりわからない。彼らにしか出せない個性もあるだろうが、単にアーツという側面から考えれば健常者を交えなくても良いだろうし、逆に健常者だけでつくっても良いのではないか。最後まであまり理解できなかった。文化政策学科4回生 (上の学生と同じく、いままで半分ほどしか出席していない学生)


11/22(水)


基礎ゼミ。男子学生2名の発表。どちらも自分の体験をベースにしていてなかなかいいものだった。
高校時代から地域のことを調べてアンケートをとっていた学生、スポーツ少年団を調べた学生もやはり高校一年生のときからずっと少年サッカーチームのコーチをしている。

今日は校務はないので(昨日ずいぶんしたからなあ)、少し読書をして(ポピュラー音楽の社会学的考察についての文献)から、国立文楽劇場へ行く。16時から19時半近くまで、『心中天網島』を堪能した。
はじまる前にギャラリーをのぞくと、とても熱心なボランティア解説員さんがいて、人形を実際に持てと娘に言う。けっこう重いのでびっくりする娘。じつに丁寧に舞台のことや人形の作りや頭のことなどを教えてくれる。丸本と床本、「差し金」の由来は私も始めて知った。中世の人形(くぐつ)使いのことや文楽劇場のマークの由来などなど。

主人公、紙屋治兵衛を演じる(語る)というのは、ずいぶんと難儀だなあと見ていて思った。だって、ぜんぜんいいところがないから。仇役の太兵衛(伊丹からお金がどんどん流れてくるのは、実家が酒造をしているのだろうか)以外、みんないい人で舅以外はみんな治兵衛を何とかしようと善意で思っているのであるから(舅だって、治兵衛のためだという改作もあるぐらいで)。

これは、一口で言ってしまえば、1720年当時の心中に到る経緯、とりわけ、親類との関係からくる複雑な心理ぐあい(だれも悪意はないのに追い詰めてしまうことになること)が、いまの人間ではなかなか推量しづらいからである。

つまり、なにが一番守るべき事なのか、命より大切なものって何だろうということで、そう書くと今でも答えられないのではあるけれど。
けっきょく、平成でも江戸でも同じように不可解は不可解のままであって、男(商人)一分の面目(意地)の到達点が自害であるという治兵衛の結末を頭で考えてもしかたがなく、ただ大坂の橋の名前を名調子の音楽とともに味わいその道行の舞台転換をおーっと見て名調子を聴くことだけが、舞台の正しい鑑賞姿勢なのだろうね。

他方、薄倖の女郎小春と治兵衛の女房おさんとの「女同士の義理」が、小春と治兵衛との心中を防止することであるとともに、それがそのまま、小春と治兵衛二人にとって(さらにおさんにとってすら?)心中しかないという結末になる不思議(一緒に死に顔を並べてはおさんに申し訳ないという小春のこだわりは無意味のようで実にいじらしい)は、意外と腑に落ちたりするのは、どうしてか。

故吉田玉男が治兵衛をどう描いていたのか、見た人でしか比較できないのだろう。一大の芸がなくなることの寂しさ、でも、これからは、桐竹勘十郎はじめ後継者が追いつき越えていくしかないのだろう。吉田蓑助のおさんの存在感が群を抜いていて、おさんがこの悲劇の中心に見える舞台だったのは、芸の力ゆえか。北新地河庄の段のキリのおける住大夫の語りの迫力、それはもちろん声量とはまるで関係が無い。千歳太夫、太棹の鶴澤清治、野澤錦糸とも心に残る。5列目だったので、人形使いの機微がよく見えたが、下手ということもあり、音楽を鑑賞することが文楽では一番の悦楽である私にとっては、場所的にはちょっと物足りなかった。

夜、家に文化政策学科の某教授から電話。
○ 大学をやめることにしました。
△ 別の大学にいくんですか。
○ まあ、そうですが、電話では具体的には言えません。

おお。ひょっとして京都のあの大学かしらん。意表をつく結末かも知れない。もしそうならこれも運命だなあ。
とりあえず、専門ゼミえらびの調整。2回生ゼミの再構成。


11/23(木)


休日ということを忘れていて、早く起きたのだがまた寝る。
昨夜ある電話があって、じぶんがずいぶん思い違いしていたことに気づく。
何をいまさらの世俗的色気ぞ。
もともと役人をやめたときすでに若隠居気分だったわけで、そのご隠居さん的ないい加減さ、肩の力のいい具合の抜け加減をちょっと忘れていた。

○ 足元の野菊は見ずや老い眼鏡   沌豚
○ 俗念を捨て去りたくて秋篭り   沌豚
○ 白髭やサンタの準備に託(かこつ)けり   沌豚

ジャズの歴史を少し解説しようとして、CDをいくつかかけながら(キングオブディキシーランドジャズにデューク・エリントンやサラボーン、ソニーロリンズ、MJQ、カーティス・フラー・・)『オペラの運命〜十九世紀を魅了した「一夜の夢」』(岡田暁生、中公新書、2001)を読んだりしている変な日だ。

同じ岡田暁生著『西洋音楽史〜「クラシック」の黄昏』(中公新書、2005)では、226〜227ページにかけて、以下のようにモダン・ジャズを紹介していて、教えられることが多い。P10にあるような「西洋芸術音楽」の定義(=聖職者と貴族などの知的エリート階級によって支えられ、主として、イタリア・フランス・ドイツを中心に発達した、紙に書かれ設計される音楽文化)も、彼(リヒャルト・シュトラウスがドイツ留学中の岡田氏の研究テーマだったと書かれているように、19世紀ロマン派への愛を隠さずに記述している)と音楽に対する志向とか接し方が違うのはもちろんだが、的確なものだと思う。

《・・第二次世界大戦以後の最も輝かしい音楽史上の出来事は、私の考えでは、1950−60年代のモダン・ジャズである。大戦前のディキシーランド・ジャズやデューク・エリントンのビッグバンドやベニー・グッドマンのスイング等は娯楽音楽の領域を大きく超え出るものではなかったが、それに対して戦後のモダン・ジャズは、一種の「芸術音楽化」の路線を歩んだ。マイルス・デーヴィスやジョン・コルトレーン、セロニアス・モンクやビル・エヴァンズ、あるいはバッハ演奏でも知られたMJQなどにおいては、「即興」はほとんど見せかけにすぎない。楽譜として書き下ろしていたかどうかはともかく、演奏の細部に至るまで、彼らはあらかじめ相当緻密に設計していたはずだ。・・・・・

《 かつては「作曲上のさまざまな実験を試みる」ことと、「過去の名作を立派に演奏する」ことと、「公衆に広くアピールする曲を書く」ということは、決して分離した活動ではなかった。たとえば、フランツ・リストは、時代の最先端を行く前衛作曲家であり、ベートーヴェンの『皇帝』や『ハンマークラヴィーア・ソナタ』なども演奏する巨匠ピアニストであると同時に、現代のロック・スターにも比べられるような人気アーティストであった。だが専門化が進んだ今日では、ごくわずかの例外を除いて、複数領域をハイレベルでこなせる音楽家がほとんどいなくなってしまった。このこととも大いに関係しているのだろう。この三つの同時代現象に対して絶えず向けられるところの、ステレオタイプな批判パターンというものがある。前衛作曲家の場合は「公衆を置き去りにした独りよがり」、クラシックの演奏畑の人間の場合は「過去にしがみつくだけの聖遺物崇拝」、そしてポピュラー音楽の場合は「公衆との妥協」だとか「商品としての音楽」といった非難である(一時的だったにせよ、「実験」と「過去の伝統の継承」と「公衆との接点」との間の媒介に文句なしに成功した二十世紀後半の唯一のジャンルが右で触れたモダン・ジャズである)。》


11/24(金)


いまごろになって、負け続けているなあ。
それもまたよし。
学生に、裏切られ続ける人生です、といわれたことを反芻する。
なんとか、思いがけない牡丹餅を。

1限目、冠婚葬祭論をやっていて、イニシエーション(通過儀礼)による説明のあと、ケ−ケガレ−ハライ(キヨメ)−ハレ−ケの循環による説明を少ししたのだが、出産と死去はわかるとして(季節の交替としての祭りは当然だと思って省略したが来週追加しておくべきだな)、「婚」はどうケガレなのかを問うペーパーがあって、ゆっくりと考えている。

沖縄のヒンプンに扉がある家があり、結婚のときと葬儀のときだけそこが開いて通過するという話であるとか、白無垢と死装束の関係を思っても、本人二人における「ケ」の退却(象徴的な死と再生のためのもの)は新しいイニシエーションを迎えて自動的に起きるわけだけれど、もう少し考えると・・。

ケガレの象徴的な物質とケガレからの回復期間(死は、遺体+モガリ期間、出産は、胞衣(えな)と産褥期間)は、婚礼では、後者のみで、それが新婚旅行(ケの構築のための準備期間)であるのだが、では、物質は?特定できないが、独身時代の清算とでも言えばいいかも知れない(ちょっとまだ思考中)。死は1から0になり、出産(出生)は1から2となる。婚礼は2から1組になるので、その大変化がセレモニーやケ回復期間を必要するのである、この説明が少し統一的かもね。

今朝は、思いがけない事態の対応でどうも授業が半分ぼーとしているところがあり、終わりも実に中途半端(ブライダル産業と人口動態の途中)だった。でも、感想は上のようなもの以外にも、少子化の原因を1回生に聞くと、お金がないことに結び付けていて、でも戦後すぐはベビーブームでかつ貧乏だったという話を授業で数字で示したら、もちろん、お金よりも、将来に希望がないからに決まっている、というじつに明快なコメントがあって、明快なだけにしばし唸ってしまった。

京都橘高校は、ずっと続けていた発表会。先週に2年生家庭科の見学があり、きょうは身内のみだったので、だれるかなと思ったが、先週よりもぴしっとなっていて、嬉しかった。最後に時間があったので、私も少し紙芝居をやってみた。これは実に楽しいものであり、かつ、額縁舞台のこととか、絵画の額縁のあるなしとか、話すことは多い。それでもちょっと時間があって、ディズニーとペローとグリムにおけるシンデレラの違いのことにも触れた(中沢新一が書いていた中国にもシンデレラ物語の中世的な原型的なものがあるという話はもっとちゃんと調べておく必要があるな)。

夜、下の娘がまだ見ていなかったので、3人で『オテサーネク』を見る。
映画館で見たらもっとすごかっただろうと娘。絵本を買っていたのに、いまどこにいったのか行方不明だったことに気づく。


11/25(土)


9時からNHK教育「あいのて」再放送。14回目。スタジオコーナー は「えんぴつでシュッシュッシュー」だった。
鉛筆(色鉛筆)、クレヨン、パステル、マーカーで色を塗る、絵を描く。そのときに擦れて出る音が今回の音遊びと演奏のテーマ。紙と鉛筆のどちらが鳴っているのかなあと聴いていると、その両方が鳴っているようだし、紙と机も鳴っているのかも知れない。

ドットを描くように、鉛筆などをトントンするところでは、何度も折らないように!という注意があって、NHKがクレイムを気にしているのがよく分かる。そんなに問題はないと思うのになあ。

それよりも、自動的に抽象画が共同で出来てしまうのが、じつに面白い。ケンハモの音を鉛筆シュッシュ音で真似ていると、それが同時に絵画にもなっている、しかも一緒に互い違いに・・・こんなことはみんな、子どもでなくても絶対やってみたいことで、それをNHKでやっていることの意義がどれほど大きいか。お墨付きというほどでもないが、安心できない(昨今の)育児環境のなかで、じつに自由にさせてくれている時間であることは間違いないよね。

昼すぎ、思文閣美術館へ。『雅楽の変遷』。
出町柳駅まで一本なのでここは私の家からは実に気軽に行けるのだが、逆にいつか行こうと思っているうちに行かないままになってしまう。去年のアイヌの模様についての展示、今日訪れて折り紙で切りとって自分で制作できるガイドブックが残っていて、おお、と思う。今回は雅楽についてだし、実演のあるシンポジウムつきなので、実に楽しみにしていたので、学会の全国大会を今年だけパスさせていただいて、こちらを堪能する(明日はさきらでサファリだ〜これは運営協議会がらみの視察という部分もあり)。

上野学園大学日本音楽史研究所所蔵のものがほとんどで、ここは展覧するようにはなっていないぐらいの狭い場所なので、思文閣美術館からのお話に全面的に協力して大切な楽器や楽譜などの資料はもちろん、週末は研究所長の福島和夫さんはじめ、研究員の方々がレクチャーを行っている。今日は、3週目、ラストで、シンポジウム。14時から16時すぎまで。

副題が「古(いにしえ)の音色を求めて」であり、シンポのテーマも「音の復原と曲の復原」。つまり、復原楽器というハードについてが、冨金原靖さんのパートで、彼が正倉院の楽器を復原したのだが、その楽器のうち、方響(金属の四角い板を25枚ほど三段に吊るして槌で叩くもので、鉄琴的パーカッション)と箜篌(くご。20数弦あるハープでヨットみたいな形のもの)は、即興(箜篌は楽譜を持っていたが〉演奏で音を聴くことも出来た。方響はけっこう現代音楽などに使えそうな気がする。方響はルックスよりも低い音がして、ハープには似ていず、どちらかというと琵琶の音に近い。

冨金原さんは、バロック音楽のリコーダーなど故楽器を修理して20年。年間300以上の楽器を修理しているという。一種類で200〜500ぐらいその楽器を見るようになると、見ただけで年代とかその楽器を作った人の技量とかが分かるという。その音色も鳴らさなくても分かるらしいから、やっぱり経験の数って侮れない。

復原といっても、もう当時の材料がないことが多いので、ほんとうに同じ音だったかどうかはむずかしいものではあるが、ピッチなどは正倉院の楽器で計測しているので、ほぼ大丈夫だという。ただ正倉院の楽器は漆が分厚かったりして(螺鈿など豪華なので)、実用ではなく献上品だったのではないだろうか。

西洋の楽器素材の考え方というのは、木材を例にすると、できるだけ、湿度・温度などの変化をうけないように、油をべたべた塗ったりして、プラスチック化したりして、材料の変化を殺すようにしているのが特色。ベニヤ板がその典型例。他方、日本では素材を適材適所に使い、木材の種類を使い分けているのが特色で、特に針葉樹(ヒノキ、杉など)の使い方はうまい。樫は音高が一定しないので、拍子木に使い、山桜などは音程が安定してよく響くことを利用したりしている。

日本は轆轤(ろくろ)の使い方が下手なのだそうで、それは、竹材があるから、ヨーロッパの木管楽器のように内部に穴をあける必要が少ないからだということ。あと、五感のうち、聴覚と嗅覚は寝ていても機能しているそうで、それは危機管理をしなくちゃいけないからだということとか、音響学(空気による音の伝導より木の内部は10倍は早く、ポプラや松はその中でも早いのだそうで、そういう音の伝達手法がうまいのがスタインウェイのピアノだったりするという)。

他方、ソフトを担当する法政大学文学部教授のスティーヴン・G・ネルソンさんは、源氏物語や平家物語を丁寧に引用し解説してくれて、そのテキストも実に丁寧。でも、けっこう、いまの雅楽と平安時代の雅楽との違いを中心に、多くの知識を与えてくれる。当時の隋・唐の音楽を知ろうとすると、日本の雅楽が一番よく残っているということ。でも、ピッケン→マレット→ネルソンという研究の流れがあって、ピッケンのケンブリッジ大学唐学研究グループの問題点を指摘していたが、でも、外から見て、現在の雅楽のことを捨象して、テキストのみで復原することはなかなか意義深い研究視点だと感心した。

いちばん、面白かったのは、ピッケン教授の研究で明らかになりつつあるテンポのことで、いまの雅楽は当時の唐楽(そして平安初期ぐらいまでの雅楽)の4〜8倍の長さになっているのではないかという仮説である。確かに早くすると旋律が分かりやすくなるし、当時のプログラムを見ると、いまでは到底全部演奏しきれないほどの分量があって、これは、中世から現代にかけて数倍の長さになってしまった能とまるで同じ現象のように思えて実に興味深い。

最後に会場の質問があって、そのなかに、どうして雅楽がいまのようにゆっくりになってしまったか?というものがあった。
考えられる理由としては、平安時代のなかでもそのテンポが遅くなる傾向はあったのかも知れず、これは、年中行事として毎年行なわれるから、というのが第一の理由。東西を問わず、儀式が繰り返されるとスローテンポへと推移するというのが通常のようである。

第二は中世になると、公家(演奏では楽譜を相対的に重視していた)から楽家中心の演奏となり、口承を中心となるので、どうしても、細部を磨こうとする傾向が強まること。

第三に、唱歌のこまかい動きに神経質になるとともに、篳篥や笛の装飾音が独立的に旋律になっていくこともその理由になると思われる。なお、江戸時代には、雅楽の演奏が遅すぎるという議論があったという記録もある。

ちょっと学術的な場所に来たようにも思ったし(学会などに参加しなくちゃなあ)、でも、耳からも音楽が入ってくるので心がリラックスできて、こういう左脳と右脳の両方を満足させてくれる企画はなかなか得がたい感じがする。

なお、笛に「丸」という名前があって、これは、いま読んでいる本に、丸というのは、幼名だが、大人でも丸となっている非人などの話と関係していて、つながっているなあとびっくり。というのは、童も非人(河原者など)も、神仏と俗世との中間に居るから「丸」といわれていたということで、楽器もやはり天上界と地上界を結ぶから「丸」がつき、船名の丸もまさしく、海の彼方の世界と陸とをつなぐものだからなのだ。


11/26(日)


高橋源一郎さんが、じぶんは題名が決まると小説が書けるのだ、とか、デビューする前に題名の蒐集をしていたという話を「小説教室」で書いていたので、今朝、ちょっと、未来の本(もちろん出版予定などなにもなし)の題名をあれこれ。

「希望の文化政策」「望みは、文化政策」「文化政策で楽になる」「楽チン文化政策」
「幸福の文化政策」「幸福政策局文化探偵課」「絶望からの文化政策」
「暮らし探し文化術」「文化暮らし手帖」「ちゃんと死ぬための文化政策」
「アーツの地域撹乱」「限界芸術実践教室」「若隠居のすすめ」「すすめアーツマネージャー」
「“と”」「あいだ観アーツ」「まちづかい芸術」「文化のまちがたり」

さて。
栗東駅を下りる。館長さんらが歩いてくる。さきらがこの界隈を意識するコミュニティアートプロジェクトの最終日。平面作品と劇場空間の出会い。広場がサファリパーク、劇場のための絵画、羊を数えて眠る空間、エコパックプロジェクト、スタンプラリー、サファリカフェ、洞窟壁画プロジェクト、ピーホールテント、羊飼いプロジェクト栗東放牧版(映像は展示室にて)、微生物の世界のぞいてみよう、さきらコンテンポラリーワークショップパフォーマンスなどなど。

さきらの屋上にある動物たちが小さく小さく見える。雨はちらほら。でもまだまだ大丈夫だろう。でも、奥さんたちが歩きながら天気予報で雨は絶対に降りますと確信的に言っていたねと話している。太陽クラブの数人が横断歩道を渡ってくる。帰るの?いえいえのどがかわいたというので(21名全員がライブでうっとりすやすやしていて、とても楽しそうでよかったなあ)。

さきらのシンボル広場で井上信太さんの動物たちのあいだを動くコミュニティダンスグループの発表を見ていると、見知らぬ(たぶん)女性から親しげにあいさつされる。なんとか○○にはこられませんでしたねえ。うーんと、その○○はなんだろう。きっとわたしはなんとか○○に出るということを約束していていつのまにか(わるぎはなく)忘れているのかも知れない。

ので、この方をしらないという顔を見せずに中途半端な笑顔で、はあという。すると、その方の実に優しげなだんなさんのような方からも挨拶される。なになにです、おせわになっていまして。はい、いえいえ、こちらこそ。にこにこ。一輪車もべビーカーも通り過ぎる親子もダンスに混じるふしぎな時間。

けっきょくのところ、このお二人をわたしは知っていた(いる)のだろうか。はなから知らないのだろうか。向こうはじっさいわたしを知っているのだろうか。まったくの人違いなのだろうか。○○の会というのはほんとうにあるのだろうか・・・

ここのサファリたちだけが知っているのかも知れないし、13時から14時半まで、どうぶつのクッションに三角ずわりになって周りの子どもたちとか太陽クラブのめんめんの寝顔に見入りつつ、ロフィットさんの音色はガムランも声も神様からの稀有な贈り物だなあと聞き入ってしまっていたから、こんな神話的なやりとりになってしまったのかも知れない。あむるちゃんはねただろうか。

ぎゃくなことがその夜に。
芸センフリースペース。葦田さんの関門を通過して、巻上公一さん(イクエ・モリというドラマーでコンピュータ作曲家の方と一緒)のパフォーマンスのために椅子にこしかけると、アサヒビールの山城さんがきたので、となりもあいているし、にこにこあいさつするも、無反応。というか、けげんそう。あとできくと、
「こぐれさんに実ににた人が世界にはやはりいるのだなあと思った」
そうで、お髭効果かも。ほほ。

栗東のさきら、サファリパークの広場と、京都芸術センターの口琴、テルミンのフリースペース。
郊外都市に出来て子どもたちが走り回る文化センターと明倫小を改造した都会のまん中の芸術センター。
まちを見出したいコミュニティアーツの動物園と、前衛芸術、リチャード・フォアマンが来日、芸術大学が企画するコアなライブパフォーマンス。
池とオーガニックとリサイクルエコのハンコ。パソコンと難解テキストと批評家学者さん。
ふたつの時間のあいだにむすめとの会話、お茶とサンドイッチ。このまえはいっぱいだったけれど、今日は最後には二人だけになった赤いカンカンの紅茶屋さん。
たべものはありますか、あります。
すわってから、メニューが出され。
でもカレーもこれもそれも。なにもかも出来ません。このサラダもとても時間がかかります。
ええ? でも、このセットは出来ます。では、それで。

おとうさんは、こういう女の子ばかりの空間でも入りこめるから不思議だなあ。

そうそう、とてもわかいひととマイミクになった。
佐藤健大郎さんと話をしていたひととならんでダンスを見ていたら、そのひとのおかあさんがわたしの授業をとっていて、いまレポートを書いている(書こうとしている)のである。

へんだなあ、これもゆめのようなせかいである。おやとこどものさかいがなくなり、にんげんとどうぶつも交通しあう世界。サファリの不思議。中ホールの舞台が絵画作品の額縁になっていて、人がとてもすくないのだが、それがまたいい。ここに、もうひとつの洞窟がある。ここは、秘儀的空間(シャーマンは誰だろう)になっていて、3万年前の洞窟に通じているようにも思う。

さかさまにつるされた動物たち。床におかれた小さな動物たちが大きな木のような気配の立ち上る煙のような上昇線をともなってしずかにあるいている。うごめいている。ダーウィンの進化論のような、ナルニア国ものがたりのような。


KOGURE Diary/こぐれ日録》の扉へ戻る