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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.11 こぐれ日録512 11/20〜11/26
昼からは3回生ゼミ(なぜか西洋クラシック音楽を中心とした音楽史のレクチャーになっていた)と4回生ゼミ(ミクシーでアンケートをどうやってとるかを学生が学生に教えていた。自律的でいい空気である)。 あ、そうそう、昼休みに、どうして先生は来年度ゼミを持たないんですか!プンプンシクシクという学生が一人来て、だって、去年とかとっても人気がなかったし、いろいろ学科主任で雑用もあるし・・・でも、サポートするよ、それにわたしが照明とか舞台技術教えることなどできないからアトリエ劇研とか色々な外部レクチャーに参加したらいいのだし、TAM研とかあるし・・・・とかいいつつ、わたしは言い訳ばかりだなあと思う。 結局どうして、専門ゼミを持たないのかと言われると、じつは困ってしまうのだなあ。一番の理由はゼミをどうやっていいのか、まったく自信がないし、その理由の一つとして、自分がゼミとかない学部生として卒業したからということもあるし、卒論とか書いたことがないのでその指導をしろといわれても(まあ体験がなきゃできないわけはないけれど)、卒論を書くことのなんというか実感がどうもいまいちぴんとこないので。まあ、そんなことを本当は言ったらよくないのだけれど。 まあ、ゼミよりもそれ以外のことの方が自分は向いているからと思うからだというほうがいいわけで、ゼミをしなくていいよ(したくないよ)とおっしゃる先生が他にいらっしゃらないから、ゼミを10個に絞る立場としたら、自分がゼミを担当しなくなるのが一番ナチュラルなのだ(苦しい言い訳かなあ)。なお、教務委員のS先生は一番若いし必修とか担当科目が多いので、彼には仕方なくゼミ担当からはずれてもらっているけれど(またしていただく未来がいっぱいある)。 かえって歯医者。いかに、歯磨きがずさんか!を体験させられる。 かんかん、かんかん。感官、閑々、看貫、侃侃・・・・汗顔、肝癌、宦官。 あいだかん、と呼ぶ間観。
そのあとの時間などで、日曜日の学生感想を一部まとめて、ようやく帰ろうとしている。 ただ、118名中、二人だけなのだが、かなり明確に批判的なもの(批判というよりかは、嫌悪感=苦手という感情の吐露かも知れないが)、それをどう受け止めたらいいのかなあと、日曜日から考えていた。(たとえば。「やらせっぽいというか白々しいとしか思えない」、「リズムばらばらなトコに一人リズムキープできるとおかしなに拍車がかかって聞いていられなかった」、「お金とか時間を損した気分」、「NHKみたい」、「そもそも彼らを舞台に上げていろいろやらせる目的はやはりわからない」などなど)。 不快に思わせてしまって失礼だとも思ったが、こういう風に見られていた、というのは、記録としては重要だろうと思い、それも入れて事務局には送る。 ○ 「聖者の行進」みんな衣装もかわいくてステキ(ハートマーク)。あんなキレイな舞台で演奏したら気持ちいいだろうなあ!手拍子とかで会場と一体となっていいなあ。みんな衣装すごい!!ドレスとかめっちゃかわいい。着たいし!司会の二人も面白くていいキャラしてますよね。手品とかももいあがっていいと思う。 ○ 物語のおおまかな内容は先生から聞いていたのですが、どのように進行するのか、話はどこのように膨らみをつけるのかと見ているいつに、気に入ってしまいました。内容は随所に笑いが入っていて楽しかったです。先生が以前言っていた中仕切りの幕は、場面転換に使われていたんですね。ダンスはとてもコンテンポラリーダンス的な要素が強くてよかったです。障害のある方が主体に踊ってそれをまねるという手法は新鮮でした。その逆もあったり、見ててすごくよかった。歴史学科1回生 ○ 最初のアンサンブルから出演者のみなさんがとてもかわいらしくて、体いっぱいで音を証言する姿がとてもステキでした。手品もすごいユーモアがあっておおしろかったし、観客が楽しませる演出ができていて、実際すごく楽しかったです。これは健常者がやってもおもしろくないと思います。ちょっと疑問なんですが、てっきり「ロビンフッド」というタイトルなんですか?てっきり「ロビンフッド」の物語にそって話が進むのかと思ったんですけどどうではないみたいですし・・・。 ○ 舞台芸術と障害福祉を融合させるなんて考えたことがなかったので、少し自分の中に新しい考えが生まれたような気がします。ハンディキャップのある人たちにも芸術を公演する権利はあって当然なんだな〜と思いました。文化政策学科1回生 ○ みなさんがありがとうの気持ちを言っているときには、とても気持ちがこもっていて一番感動しました。誰かがしゃべっているときは、それを応援したりもんなで助け合ったりしていて、見ていて気持ちがよかったです。文化政策学科1回生 ○ 栗東芸術文化会館のホールが良くてすばらしかったです。通りやすいしスロープがあったりとほかのホールよりもその点がとても良いと感じました。虫の衣装がすごくかわいくて、「誰がなんの無視なのか」とか考えていました。あとベートーヴェンもすごくいい味だしていました!個人的に大ナマズとペンギンが好きでした、多さまずの駅名をいうのがすごかったです!!ペンギンの口バシがかわいかったです。劇の内容というか話も、「何かを探す」というテーマが良かったと思います。200人の力はすばらしい。やっぱり舞台は皆でつくるものだと思ったし「楽しい」という思いがこちらにも伝わってきました。文化政策学科1回生 ○ 正直、舞台がうまくいくとは思っていませんでした。でも、オープニングを見てそう思ったのがとても失礼なことだったと気づきました。音楽というのは完璧なものを聴くのではなく、一生懸命で楽しいものを聴くものだということを学びました。障害者の人とそうでない人との関係がすごくいいと思いました。サポートをしているのだけれど、ただサポートをするだけでなく、引き立てていて、冗談などいいあえるような感じで、すごく楽しそうでした。今日はほんとうに鑑賞できてよかったです。現代マネジメント学科1回生 ○ たくさんの障害者の人々が集まって、各グループにわかれて歌をうたったり、演奏会したりダンスしたりと皆を楽しませてくれました。その中には、日頃皆が思っていることや滋賀県のことなど、たくさんの問題もとりあげながら、会場をもりあげてくれていました。ステージ上は、鮮やかな照明とかわいらしくとても凝った衣装があり、すばらしかったです。ステージ上の飾りつけもすばらしかったです。出演していたみなさんがたのしくおもしろく観客の場をもりあげてくれていて、どんなダンスかもわからなくても、客からの目線から見たらこっちも楽しくなりました。文化政策学科2回生 ○ 去年もこの芸術祭に足を運ばせてもらいましたが、去年とは全然ステージの感じが違い、ステージに立つ出演者も皆が可愛らしい衣装を着て素敵なダンスや演奏、演技を見せてくれていて、見ていて笑顔になれたり元気になれるステージでした。 ○ 最初の合奏ではドラム余計じゃないですか?と思いましたが。リズムばらばらなトコに一人リズムキープできるとおかしさに拍車がかかって聞いていられなかったです。 ○ 作品は?という部分もあったが、ビワコオオナマズのシーンなどは単純に面白かった。しかしそもそも彼らを舞台に上げていろいろやらせる目的はやはりわからない。彼らにしか出せない個性もあるだろうが、単にアーツという側面から考えれば健常者を交えなくても良いだろうし、逆に健常者だけでつくっても良いのではないか。最後まであまり理解できなかった。文化政策学科4回生 (上の学生と同じく、いままで半分ほどしか出席していない学生)
今日は校務はないので(昨日ずいぶんしたからなあ)、少し読書をして(ポピュラー音楽の社会学的考察についての文献)から、国立文楽劇場へ行く。16時から19時半近くまで、『心中天網島』を堪能した。 主人公、紙屋治兵衛を演じる(語る)というのは、ずいぶんと難儀だなあと見ていて思った。だって、ぜんぜんいいところがないから。仇役の太兵衛(伊丹からお金がどんどん流れてくるのは、実家が酒造をしているのだろうか)以外、みんないい人で舅以外はみんな治兵衛を何とかしようと善意で思っているのであるから(舅だって、治兵衛のためだという改作もあるぐらいで)。 これは、一口で言ってしまえば、1720年当時の心中に到る経緯、とりわけ、親類との関係からくる複雑な心理ぐあい(だれも悪意はないのに追い詰めてしまうことになること)が、いまの人間ではなかなか推量しづらいからである。 つまり、なにが一番守るべき事なのか、命より大切なものって何だろうということで、そう書くと今でも答えられないのではあるけれど。 他方、薄倖の女郎小春と治兵衛の女房おさんとの「女同士の義理」が、小春と治兵衛との心中を防止することであるとともに、それがそのまま、小春と治兵衛二人にとって(さらにおさんにとってすら?)心中しかないという結末になる不思議(一緒に死に顔を並べてはおさんに申し訳ないという小春のこだわりは無意味のようで実にいじらしい)は、意外と腑に落ちたりするのは、どうしてか。 故吉田玉男が治兵衛をどう描いていたのか、見た人でしか比較できないのだろう。一大の芸がなくなることの寂しさ、でも、これからは、桐竹勘十郎はじめ後継者が追いつき越えていくしかないのだろう。吉田蓑助のおさんの存在感が群を抜いていて、おさんがこの悲劇の中心に見える舞台だったのは、芸の力ゆえか。北新地河庄の段のキリのおける住大夫の語りの迫力、それはもちろん声量とはまるで関係が無い。千歳太夫、太棹の鶴澤清治、野澤錦糸とも心に残る。5列目だったので、人形使いの機微がよく見えたが、下手ということもあり、音楽を鑑賞することが文楽では一番の悦楽である私にとっては、場所的にはちょっと物足りなかった。 夜、家に文化政策学科の某教授から電話。 おお。ひょっとして京都のあの大学かしらん。意表をつく結末かも知れない。もしそうならこれも運命だなあ。
○ 足元の野菊は見ずや老い眼鏡 沌豚 ジャズの歴史を少し解説しようとして、CDをいくつかかけながら(キングオブディキシーランドジャズにデューク・エリントンやサラボーン、ソニーロリンズ、MJQ、カーティス・フラー・・)『オペラの運命〜十九世紀を魅了した「一夜の夢」』(岡田暁生、中公新書、2001)を読んだりしている変な日だ。 同じ岡田暁生著『西洋音楽史〜「クラシック」の黄昏』(中公新書、2005)では、226〜227ページにかけて、以下のようにモダン・ジャズを紹介していて、教えられることが多い。P10にあるような「西洋芸術音楽」の定義(=聖職者と貴族などの知的エリート階級によって支えられ、主として、イタリア・フランス・ドイツを中心に発達した、紙に書かれ設計される音楽文化)も、彼(リヒャルト・シュトラウスがドイツ留学中の岡田氏の研究テーマだったと書かれているように、19世紀ロマン派への愛を隠さずに記述している)と音楽に対する志向とか接し方が違うのはもちろんだが、的確なものだと思う。 《・・第二次世界大戦以後の最も輝かしい音楽史上の出来事は、私の考えでは、1950−60年代のモダン・ジャズである。大戦前のディキシーランド・ジャズやデューク・エリントンのビッグバンドやベニー・グッドマンのスイング等は娯楽音楽の領域を大きく超え出るものではなかったが、それに対して戦後のモダン・ジャズは、一種の「芸術音楽化」の路線を歩んだ。マイルス・デーヴィスやジョン・コルトレーン、セロニアス・モンクやビル・エヴァンズ、あるいはバッハ演奏でも知られたMJQなどにおいては、「即興」はほとんど見せかけにすぎない。楽譜として書き下ろしていたかどうかはともかく、演奏の細部に至るまで、彼らはあらかじめ相当緻密に設計していたはずだ。・・・・・ 《 かつては「作曲上のさまざまな実験を試みる」ことと、「過去の名作を立派に演奏する」ことと、「公衆に広くアピールする曲を書く」ということは、決して分離した活動ではなかった。たとえば、フランツ・リストは、時代の最先端を行く前衛作曲家であり、ベートーヴェンの『皇帝』や『ハンマークラヴィーア・ソナタ』なども演奏する巨匠ピアニストであると同時に、現代のロック・スターにも比べられるような人気アーティストであった。だが専門化が進んだ今日では、ごくわずかの例外を除いて、複数領域をハイレベルでこなせる音楽家がほとんどいなくなってしまった。このこととも大いに関係しているのだろう。この三つの同時代現象に対して絶えず向けられるところの、ステレオタイプな批判パターンというものがある。前衛作曲家の場合は「公衆を置き去りにした独りよがり」、クラシックの演奏畑の人間の場合は「過去にしがみつくだけの聖遺物崇拝」、そしてポピュラー音楽の場合は「公衆との妥協」だとか「商品としての音楽」といった非難である(一時的だったにせよ、「実験」と「過去の伝統の継承」と「公衆との接点」との間の媒介に文句なしに成功した二十世紀後半の唯一のジャンルが右で触れたモダン・ジャズである)。》
1限目、冠婚葬祭論をやっていて、イニシエーション(通過儀礼)による説明のあと、ケ−ケガレ−ハライ(キヨメ)−ハレ−ケの循環による説明を少ししたのだが、出産と死去はわかるとして(季節の交替としての祭りは当然だと思って省略したが来週追加しておくべきだな)、「婚」はどうケガレなのかを問うペーパーがあって、ゆっくりと考えている。 沖縄のヒンプンに扉がある家があり、結婚のときと葬儀のときだけそこが開いて通過するという話であるとか、白無垢と死装束の関係を思っても、本人二人における「ケ」の退却(象徴的な死と再生のためのもの)は新しいイニシエーションを迎えて自動的に起きるわけだけれど、もう少し考えると・・。 ケガレの象徴的な物質とケガレからの回復期間(死は、遺体+モガリ期間、出産は、胞衣(えな)と産褥期間)は、婚礼では、後者のみで、それが新婚旅行(ケの構築のための準備期間)であるのだが、では、物質は?特定できないが、独身時代の清算とでも言えばいいかも知れない(ちょっとまだ思考中)。死は1から0になり、出産(出生)は1から2となる。婚礼は2から1組になるので、その大変化がセレモニーやケ回復期間を必要するのである、この説明が少し統一的かもね。 今朝は、思いがけない事態の対応でどうも授業が半分ぼーとしているところがあり、終わりも実に中途半端(ブライダル産業と人口動態の途中)だった。でも、感想は上のようなもの以外にも、少子化の原因を1回生に聞くと、お金がないことに結び付けていて、でも戦後すぐはベビーブームでかつ貧乏だったという話を授業で数字で示したら、もちろん、お金よりも、将来に希望がないからに決まっている、というじつに明快なコメントがあって、明快なだけにしばし唸ってしまった。 京都橘高校は、ずっと続けていた発表会。先週に2年生家庭科の見学があり、きょうは身内のみだったので、だれるかなと思ったが、先週よりもぴしっとなっていて、嬉しかった。最後に時間があったので、私も少し紙芝居をやってみた。これは実に楽しいものであり、かつ、額縁舞台のこととか、絵画の額縁のあるなしとか、話すことは多い。それでもちょっと時間があって、ディズニーとペローとグリムにおけるシンデレラの違いのことにも触れた(中沢新一が書いていた中国にもシンデレラ物語の中世的な原型的なものがあるという話はもっとちゃんと調べておく必要があるな)。 夜、下の娘がまだ見ていなかったので、3人で『オテサーネク』を見る。
ドットを描くように、鉛筆などをトントンするところでは、何度も折らないように!という注意があって、NHKがクレイムを気にしているのがよく分かる。そんなに問題はないと思うのになあ。 それよりも、自動的に抽象画が共同で出来てしまうのが、じつに面白い。ケンハモの音を鉛筆シュッシュ音で真似ていると、それが同時に絵画にもなっている、しかも一緒に互い違いに・・・こんなことはみんな、子どもでなくても絶対やってみたいことで、それをNHKでやっていることの意義がどれほど大きいか。お墨付きというほどでもないが、安心できない(昨今の)育児環境のなかで、じつに自由にさせてくれている時間であることは間違いないよね。 昼すぎ、思文閣美術館へ。『雅楽の変遷』。 上野学園大学日本音楽史研究所所蔵のものがほとんどで、ここは展覧するようにはなっていないぐらいの狭い場所なので、思文閣美術館からのお話に全面的に協力して大切な楽器や楽譜などの資料はもちろん、週末は研究所長の福島和夫さんはじめ、研究員の方々がレクチャーを行っている。今日は、3週目、ラストで、シンポジウム。14時から16時すぎまで。 副題が「古(いにしえ)の音色を求めて」であり、シンポのテーマも「音の復原と曲の復原」。つまり、復原楽器というハードについてが、冨金原靖さんのパートで、彼が正倉院の楽器を復原したのだが、その楽器のうち、方響(金属の四角い板を25枚ほど三段に吊るして槌で叩くもので、鉄琴的パーカッション)と箜篌(くご。20数弦あるハープでヨットみたいな形のもの)は、即興(箜篌は楽譜を持っていたが〉演奏で音を聴くことも出来た。方響はけっこう現代音楽などに使えそうな気がする。方響はルックスよりも低い音がして、ハープには似ていず、どちらかというと琵琶の音に近い。 冨金原さんは、バロック音楽のリコーダーなど故楽器を修理して20年。年間300以上の楽器を修理しているという。一種類で200〜500ぐらいその楽器を見るようになると、見ただけで年代とかその楽器を作った人の技量とかが分かるという。その音色も鳴らさなくても分かるらしいから、やっぱり経験の数って侮れない。 復原といっても、もう当時の材料がないことが多いので、ほんとうに同じ音だったかどうかはむずかしいものではあるが、ピッチなどは正倉院の楽器で計測しているので、ほぼ大丈夫だという。ただ正倉院の楽器は漆が分厚かったりして(螺鈿など豪華なので)、実用ではなく献上品だったのではないだろうか。 西洋の楽器素材の考え方というのは、木材を例にすると、できるだけ、湿度・温度などの変化をうけないように、油をべたべた塗ったりして、プラスチック化したりして、材料の変化を殺すようにしているのが特色。ベニヤ板がその典型例。他方、日本では素材を適材適所に使い、木材の種類を使い分けているのが特色で、特に針葉樹(ヒノキ、杉など)の使い方はうまい。樫は音高が一定しないので、拍子木に使い、山桜などは音程が安定してよく響くことを利用したりしている。 日本は轆轤(ろくろ)の使い方が下手なのだそうで、それは、竹材があるから、ヨーロッパの木管楽器のように内部に穴をあける必要が少ないからだということ。あと、五感のうち、聴覚と嗅覚は寝ていても機能しているそうで、それは危機管理をしなくちゃいけないからだということとか、音響学(空気による音の伝導より木の内部は10倍は早く、ポプラや松はその中でも早いのだそうで、そういう音の伝達手法がうまいのがスタインウェイのピアノだったりするという)。 他方、ソフトを担当する法政大学文学部教授のスティーヴン・G・ネルソンさんは、源氏物語や平家物語を丁寧に引用し解説してくれて、そのテキストも実に丁寧。でも、けっこう、いまの雅楽と平安時代の雅楽との違いを中心に、多くの知識を与えてくれる。当時の隋・唐の音楽を知ろうとすると、日本の雅楽が一番よく残っているということ。でも、ピッケン→マレット→ネルソンという研究の流れがあって、ピッケンのケンブリッジ大学唐学研究グループの問題点を指摘していたが、でも、外から見て、現在の雅楽のことを捨象して、テキストのみで復原することはなかなか意義深い研究視点だと感心した。 いちばん、面白かったのは、ピッケン教授の研究で明らかになりつつあるテンポのことで、いまの雅楽は当時の唐楽(そして平安初期ぐらいまでの雅楽)の4〜8倍の長さになっているのではないかという仮説である。確かに早くすると旋律が分かりやすくなるし、当時のプログラムを見ると、いまでは到底全部演奏しきれないほどの分量があって、これは、中世から現代にかけて数倍の長さになってしまった能とまるで同じ現象のように思えて実に興味深い。 最後に会場の質問があって、そのなかに、どうして雅楽がいまのようにゆっくりになってしまったか?というものがあった。 第二は中世になると、公家(演奏では楽譜を相対的に重視していた)から楽家中心の演奏となり、口承を中心となるので、どうしても、細部を磨こうとする傾向が強まること。 第三に、唱歌のこまかい動きに神経質になるとともに、篳篥や笛の装飾音が独立的に旋律になっていくこともその理由になると思われる。なお、江戸時代には、雅楽の演奏が遅すぎるという議論があったという記録もある。 ちょっと学術的な場所に来たようにも思ったし(学会などに参加しなくちゃなあ)、でも、耳からも音楽が入ってくるので心がリラックスできて、こういう左脳と右脳の両方を満足させてくれる企画はなかなか得がたい感じがする。 なお、笛に「丸」という名前があって、これは、いま読んでいる本に、丸というのは、幼名だが、大人でも丸となっている非人などの話と関係していて、つながっているなあとびっくり。というのは、童も非人(河原者など)も、神仏と俗世との中間に居るから「丸」といわれていたということで、楽器もやはり天上界と地上界を結ぶから「丸」がつき、船名の丸もまさしく、海の彼方の世界と陸とをつなぐものだからなのだ。
「希望の文化政策」「望みは、文化政策」「文化政策で楽になる」「楽チン文化政策」 さて。 さきらの屋上にある動物たちが小さく小さく見える。雨はちらほら。でもまだまだ大丈夫だろう。でも、奥さんたちが歩きながら天気予報で雨は絶対に降りますと確信的に言っていたねと話している。太陽クラブの数人が横断歩道を渡ってくる。帰るの?いえいえのどがかわいたというので(21名全員がライブでうっとりすやすやしていて、とても楽しそうでよかったなあ)。 さきらのシンボル広場で井上信太さんの動物たちのあいだを動くコミュニティダンスグループの発表を見ていると、見知らぬ(たぶん)女性から親しげにあいさつされる。なんとか○○にはこられませんでしたねえ。うーんと、その○○はなんだろう。きっとわたしはなんとか○○に出るということを約束していていつのまにか(わるぎはなく)忘れているのかも知れない。 ので、この方をしらないという顔を見せずに中途半端な笑顔で、はあという。すると、その方の実に優しげなだんなさんのような方からも挨拶される。なになにです、おせわになっていまして。はい、いえいえ、こちらこそ。にこにこ。一輪車もべビーカーも通り過ぎる親子もダンスに混じるふしぎな時間。 けっきょくのところ、このお二人をわたしは知っていた(いる)のだろうか。はなから知らないのだろうか。向こうはじっさいわたしを知っているのだろうか。まったくの人違いなのだろうか。○○の会というのはほんとうにあるのだろうか・・・ ここのサファリたちだけが知っているのかも知れないし、13時から14時半まで、どうぶつのクッションに三角ずわりになって周りの子どもたちとか太陽クラブのめんめんの寝顔に見入りつつ、ロフィットさんの音色はガムランも声も神様からの稀有な贈り物だなあと聞き入ってしまっていたから、こんな神話的なやりとりになってしまったのかも知れない。あむるちゃんはねただろうか。 ぎゃくなことがその夜に。 栗東のさきら、サファリパークの広場と、京都芸術センターの口琴、テルミンのフリースペース。 おとうさんは、こういう女の子ばかりの空間でも入りこめるから不思議だなあ。 そうそう、とてもわかいひととマイミクになった。 へんだなあ、これもゆめのようなせかいである。おやとこどものさかいがなくなり、にんげんとどうぶつも交通しあう世界。サファリの不思議。中ホールの舞台が絵画作品の額縁になっていて、人がとてもすくないのだが、それがまたいい。ここに、もうひとつの洞窟がある。ここは、秘儀的空間(シャーマンは誰だろう)になっていて、3万年前の洞窟に通じているようにも思う。 さかさまにつるされた動物たち。床におかれた小さな動物たちが大きな木のような気配の立ち上る煙のような上昇線をともなってしずかにあるいている。うごめいている。ダーウィンの進化論のような、ナルニア国ものがたりのような。 |