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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.10 こぐれ日録508 10/23〜10/29
今週の準備とか、次年度の開講科目の相談などをしつつ、午後の専門ゼミのことを午前中考えていた。 なんとか大丈夫かなと思ったが、商店街という部分はゼミ生に具体的なイメージが浮かばずにあんまりうまくいかなかった。 雨が降り出す。空に浮かんでいる蜘蛛。とても細い見えないような糸を張って山科の蜘蛛は坂の途中に鎮座していた。雨が降るると糸は切れるのだろうか。やはり女郎蜘蛛なのだろうが、いくぶんほっそりしていて、だんなさんも八幡のオスよりも幾分大きいように思えた。それでも、メスの1/5ぐらいだけれど。 4回生の企画、「お寺(大善院)で、韓国の音楽ライブ」はずいぶん進んでいるようだった。 昨夜、むしょうに眠くて21時半ごろに寝る。 この不活性の理由は風邪だけではないことはたしかで、 それでもゴリラの話になると夢中になるな。 《 たとえば、あるゴリラが棘だらけのイラクサの葉っぱを、棘を取り除いて食べているとする。これは右手と左手がそれぞれ違う動きをする複雑な行動だ。 ここから人類では真似るポイントがゴリラやチンパンジーとは違う(ゴリラにとってはまるで本質的でない食べ方の癖を真似るのが芸人だから)というとても興味深い話になる。 大学祭も終わって、1回生ゼミも2回生へのステップアップへと向かおうと、こちらは思っているが、まだ、ゼミ生はそんな感じじゃないみたい。出席率をあげていかなくちゃ。 日曜日に観劇を授業として行う予定なのだが、大阪は遠いとかこわいとか知らないとかアメ村や堀江北船場はよく行くけれど・・・、いろいろいう。これもいまどきだし、じつに仕方がないのだが、でも、 ウイングフィールド。そんなに難しい場所ではないはずなのだが。長堀橋駅に12時すぎに私はいることにした。心斎橋から来る学生をどう導くか。東山青少年活動センターでのワークショップは予想以上の成果をいま挙げているので、ぜひ、演劇へのアクセスも少しはつくりたいものだ。 そうそう、卒業生がゼミに特別出演してもらおうかと思っていて、その月日を間違って記憶していたら、それが今日だった。ちゃんと仕事しているようだが、なかなか、京都に休みをとってくるなどをしないとバランスがとれないという。社会人として働く初年は確かにずいぶん不安定だったなあと大昔のことを思い出したりする。 午後、音楽文化総合研究所代表の三木俊治さんが素敵なおみやげをもって来られる。ひょうたんのみならず竹や紙でのオリジナル・アートオーケストラをはじめて10年。確かにその資源をその研究と実践活動を若い人に伝える必要があって、わたしもなにか協力できないかなあと彼の最新の研究成果である京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センターで彼が作り上げた素晴らしい図録と論文を眺めながら思う。『田邉尚雄・秀雄所蔵 楽器コレクション図録』。 初歩的な質問にも実に丁寧に答えてもらった。たとえば、日本おける和声とは?笙は機能和声を演奏しているのではないが、一種の和声を出しているとはいえる。大切なのは、さまざまな音波が交じり合う「音色」なのであるという。そうか! インターンシップの成果発表会。ココルームのイージマンさんもきていただいている。 もう来年度の授業編成の時期になっている。大阪成蹊大学芸術学部では、次年度はお休み(次次年度は予定されているとのこと)。他方、同志社大学の大学院は引き続きすることになるので、集中でなくてもいいのかも知れない(が、じつは、複数の不確定事情があって何もちゃんとは決められないのではある)。前期は引き続き近畿大学文芸学部。 TAM研。先生、最近蜘蛛にはまっていますね?と、ブログを読んでくれているメンバー。そういえば今日も無意識に京都橘大学の蜘蛛を数分観賞(自然界を見るのは観賞で、アーツは鑑賞と一応している)していた。太っている蜘蛛と細くスマートな蜘蛛。どちらも同じ種類なのかどうか。じっとしている蜘蛛とゆらして神経質そうな蜘蛛。個体差が結構あるし、もう糸の創発的なつくられかたとか、青空に浮かんでいるインスタレーションとしての魅力とか語りだすと、ゴリラまでには至らないがマイブームであることは違いない。 あと、TAM研でなぜか始まった携帯電話の使用料金の話を興味深く聞く。ここに集まってくる人たちはとても堅実なので、ちゃんと限度額などを考えながら使っている。それでも、けっこうするものだなあ。娘たちはいくらぐらいなのだろう? 4限目のアーツの扉。ビデオがどうしてなのか音声だけで映像が映らない。そして教務課の職員さんが来ると一発で映る。ああ。何も使わない(黒板だけの)話芸による授業が理想なのだが、演劇やダンスのお話、その小屋についての学習となると、それだけでも無理なので、来週がまた心配になる。津軽三味線と社会の続きの映像がかなり残っているから。前回よりも出席者が増えて、9割弱の出席率。でも、後ろに固まっているなあ。 そのあと、日本シリーズはもう諦めていたこともあって、難波の精華小劇場へ向かう。この選択はいろいろな意味で大正解となった。地元企画『モダンシティふたたびin精華』。 まず、華乃家ケイ率いる大阪楽団をはじめて楽しめて、その奥行きに感激したという点。大阪ブギウギもいいし、ザ・ピーナッツも歌った小さな花にもぐっとくる。予想はしていたが、たんにナツメロというだけではなく、いや、昔の再現が発掘になり逆に新しいし面白いということかな。じつにスリリングなバンドだと思った。むかしニューオリンズのリザベーションホールでチューバがベースのジャズを聴いたことがあって、そういう感じのバンドなので、まちなかとか結婚式とかそういうところにもとても相性がよさそうだし、もちろん、ちゃんとこうして演奏しても素敵。 指揮をする古川武志(SPコレクター)さんのアマチュアリズムに溢れた歌唱やひょっとこ面とか嫌味な感じがまったくなくてとてもすがすがしい。ソプラノサックスで途中からゲスト出演の古川裕之が入ると手拍子がだんだん後打ちになるのがおかしい。この前の千日前ダンス倶楽部の公演を見るべきだったと悔やんではいるけれど(はなから野球などどうでもよかったのだ!)、たとえば、千日前ダンス倶楽部とこの大阪楽団はとても大阪=浪花=みなみを代表する両輪になりそうな気がしてくる。 太平洋や旭堂南陵の無声映画弁士。楽士はちんどん通信社の林幸治郎以下の面々。ロイド映画が軽快で面白かった。ちゃんばらの後半はちょっと長い感じがする。 おっと、一番心打たれた人を残してしまった。それは、たなかやすこ(田中康子)さんだ。「たなかやすこ おはなしの会」。空堀で育った少女時代の話がとくに素敵で、縁日の楽しさと物悲しさ。そして、朝からやってくる蜆売りや鰯売り(ててかむいわし・・・)の呼び声の豊富さ、情緒。傘の修繕サービスがアウトリーチで成立する時代。語りだけで(少し昔の音楽も流れてはきたが)場をおだやかにひきつけていて、すごいなあと思い、大阪弁の優しい音色にもほれぼれとした。 1次限目、アーツマネジメントの各論。限界芸術環境づくりを行った先端芸術家としての宮澤賢治論。それと、キッチュとかがらくたとか呼ばれるものへの愛について。特にフィーチャーしたのは銭湯のアーツ。 18時開演というのが授業終了後時間をつぶすのが下手なわたしにはぴったりの公演をご案内してもらったので、リリパットアーミーの「天下御免の馬侍」に出かける。中之島4丁目テントと書いてあって、国立国際会館の北側だなと思ってつくと、これが中之島演劇祭2006の会場だった。なんだ。販促イベント会場のような感じ。 2時間弱。ちゃんばらとかが多く、こういうバタバタなタイプは最近とみに苦手で、音楽もベースは洋物なのに和楽器がかぶるような電気的伴奏(ソーランダンスでよく流れる感じの音楽)もかなり苦手なので、どうしようかなあとはじめは戸惑っていたが、最後の方はテンポも上ってすっきりと見終わる。最後の挨拶でわかぎゑふ代表が、客席のなかで見づらいところがあったことなどをおわびしていた。楽日までに調整するとのこと。 ひさしぶりに應典院へ。黒門市場でおかずを買って昼食。 病弱教育の場所は以下の5つからなる。 いやあ。エピソードまで聞くと時間が足りなくて、もっともっとお話が聞きたかった。福岡県教育庁財務課長だったときに、病弱養護学校のプールの改築のために見に行ったことがあって、そこも喘息アレルギー(アトピーという具体名はそのときは出ていなかった)小児対象の学校だったので、羽曳野のお話は実にありありとその現場が見えるようだ。病床がある7階から、非常階段を児童が歩いて学校に来て、帰りは教員が付き添ってまたその非常階段を上って病床に行く話とかは目に見えるようで、それを思うだけで胸が熱くなる。 でも、ここは一番軽症であり、もっともっと重症の児童のお話も聴く。生まれてからずっと病院暮らしの児童たち、死が身近にある子どもたちと先生とのふれあい。美術や家庭科の重要性。 夜は、はじめて名村造船所跡でテント芝居を見た。劇企画パララン翠光団。最後に海が見える。海水が目の前にあるロケーション。船たちがすぐそばに並んでいる。ブラックチェンバーのトイレを借りた。 大きな変化もなく、だから、なにも好転してはいないのだが、さいきん、どよどよした気分になる割合が減少してきた。諦め?馴れ合い?思考中止?いや、ゼミ生たちとお芝居を見たりすることが単純に気持ちがよくて、まあ、こういうことを仕事にしてきて、よかったなと素直に思うからなのだろうかと思っている。 おだやかな晩年へ。一日に喩えれば、夕焼けを眺める1時間ぐらいまえ、午後4時ぐらいだろうか。小学生はもう下校している。中学校は部活、高校生3年生はあわてて世界史の補講を受けさせられているのかも知れない。そんな時刻だ。すくなくともあと10年。演劇はじめアーツを伝える仕事、いや、その仕事をする人たちを応援する仕事(まわりくどいけれど)が出来ればすてきなことなのだからね。 東心斎橋ウイングフィールド。迷っている1回生たちをなんとかピックアップする。 上品芸術演劇団『まじめにともだちをかんがえる会の短い歴史』作・演出(出演):鈴江俊郎。山が見える5階のマンション。でもすだれと木枠だけのシンプルな美術。80分間が流れるように展開する。5場。午前から翌朝までの1日。日曜日、来週は高校の文化祭である。音楽ははじまりと終わりの合図で鳴るぐらい。それよりも劇中で歌われる「君が代」が強烈に耳に残る。 照明がまだらに作られていて、役者は当たっているところへ創発的に移動していくのだという。即興性が台詞というよりも、照明との関係で生まれているのがアフタートークを聴いてはじめて分かったりする。きっと、1ヶ月の稽古であの長い台詞を含む台本をきちんと上演することのすごさが伝わったのではないかと思うし、ぜひ、多くの人へこの経験を伝えて欲しいと思いつつ、あと難波をぶらりぶらりして帰った。 結婚詐欺(とおる=鈴江)の被害にあった4人の高校の先生(一人は保健室の心理カウンセラー)。、総合の時間で村下とおるが建築士(既存建物のリニューアル)としてこの高校に関係し、同じ高校の女性教員が被害にある。という設定である。 君が代が歌われるシチュエーションというのは、こういう舞台なのですよという鈴江さんのクリアなメッセージを受けつつ、江戸時代に花柳界で歌われていた君が代の状況(あなたといつまでも交わっていたいという果たせぬ想い)ととても似ているなあと思っていて、恋愛と愛国の相関にも思いを致して購入した台本をまた反芻している。 題名「まじめにともだちをかんがえる会の短い歴史」について(未定稿メモ)。 「まじめに」について。君が代のことをまじめに語りだす、それまで、ずっとメルヘン的空想の世界にいるかのようにふるまっていた英語教師。まじめに、君が代に向き合うこと、さらに、「ともだち」へまじめに4人で向きあうので、つまり、その「ともだち」とは、そこにいる結婚詐欺師である。まずは。 まあ、結婚詐欺師はいまだに彼女一人ひとりにとっては恋人=結婚相手であるという幻想がつづいてはいる。が、4人で向かいあったこの1日は少なくとも、ともだちであった。そして、そのともだちをつうじで4人はともだちになった(ように思ったし、少なくとも、そういう短い歴史を語ることが出来るように思われる。だから、演劇になったんだし・・)。 ともだちは、君が代を歌わせている、そのともだちでもある(ちょっとこれは飛躍かも知れないが)。だから、ともだち、それは学校、教育委員会、政府、国家、天皇制度ということ?つまり、ともだちとは君が代の「君」のこと。とおるくん?の「くん」なのか。男子はどうして「くん」と呼ばれるのか。だったら、ともだちとは天皇=君で、その天皇くん=詐欺師=恋人=国家=仕事と向かい合った一日だったのか。女性天皇は君主だけれど天皇さんか。 |