こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.10


こぐれ日録509 10/30〜11/5


10/30(月)


昨日、キリンプラザでビールを2杯飲んだだけなのに、帰ると何もする気がなくなって、ぼんやりテレビを見てしまった。平成教育委員会とか・・

それで、あさにこの日乗(29日分)を書いていると、なんだか、のどかな気分になってしまって(ずいぶんと劇レビューする速度が遅くなっている自分が嫌ではないのです)、いつも家を出る時間があっという間にすぎてしまい、芳江はいもたこなんきんが好きだなあと思いつつ、なんと柴崎友香の『その街の今は』(新潮社、2006)を読み出してしまった。

だから、大学に行って月曜日をはじめなくちゃと思いつつ、まだぐずぐずしている。
だって、柴崎の新作は、東心斎橋からはじまるあまりにも大阪の風景が主役のいまとむかしの物語で、昨日行って来た、その同じ場所が反復するので、なかなか日曜日気分が終わらないのである。

とはいえ、なんとか大学へ重役出勤して、午後、2つのゼミは無事終了。
ちょっと、専門ゼミはいやだあ、やりたくない、もう・・・というすこし前が嘘みたいにおだやかである。ほほ。もちろん試行錯誤の連続だけれど、就職活動支援で常識問題を自分たちで出題して行くという仕方はいいかも。


10/31(火)


11/3に日帰りで山口の国民文化祭(メディア芸術祭)をまだ見ていない山口市内のアーツセンター、山口情報芸術センターでさらりと見ておこうと思っているが、宇部市という彫刻展で有名な場所でも興味深い展示が予定されることを、ミクシーを見ていてたまたま知った。以下HPの引用:
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みる・つくる・ふれる 彫刻のまち宇部 新発見(宇部市内商店街(新天町・銀天街・三炭町)
 これまでとは違った、新しい形式の彫刻展を、全国に先駆けて「彫刻のあるまちづくり」を推進してきた宇部市で開催します。
 国内外15名の彫刻家が、商店街を舞台に様々なイベントを巻き起こし、それが最終的に彫刻へと結実していくT出来事_としての展覧会。
 常盤公園で開催する「第22回現代日本彫刻展・応募模型展」と併せて、多種多様な彫刻の可能性をお楽しみ下さい。

1.市街地商店街での作品展示
【出品作家及び展示場所】
〈新天町〉
 小林重予(北海道)、磯部聡(愛知県)、西村知子(広島県)、中野良寿(山口県)、原田文明(山口県)、山端篤史(香川県)、和田千秋+中村海坂+坂崎隆一(福岡県)、范姜明道(台湾)
〈銀天街〉
 ホセイン・ゴルバ(東京都)、木村太陽(神奈川県)、北岡哲(富山県)、荒蒔綾子(滋賀県)、酒百宏一(大阪府)、藤本由紀夫(大阪府)
〈三炭町〉
 諏訪眞理子(大分県)
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実は荒蒔綾子さん関係で知ったのだが、札幌の小林さんの名前があったり(福岡市で彼女の展示に初めて出合った)、和田さんらの障碍のアートやもちろん藤本さんなどもあって、ざんねんに思う、ゆっくり地域はめぐらねば、ね。

大阪成蹊大学芸術学部「美術文化政策研究」、47名の出席(56名受講者)。どのように文化政策を行うのかの3分類を復習した後(もの、こと、ひとのスリーウェア論である)、こんどは「誰が文化政策を行うのか」へ。つまり文化政策の主体論(これも、市民/NPO、企業メセナ、行政の3分類)であるが、具体的に京都や神戸などのアーツセンターをあげて、その主体を書き込む表のところで終了。

まあまあ、長岡京での授業も無事終わり(天井のカメラが故障したみたいで、それはちょっと困ってしまって、少し早めに終了)、夕方歯医者へ向かう。奥歯の詰め物がとれて、ぽっかりと穴。その穴が黒ずんでいて、1ヶ月ほどうっちゃっていたのだが、芳江が歯を抜いて痛がっているのを見ると他人事ではない。どうも、親知らずを2本抜いて詰め物をすればなんとかなりそうで、ほっとする。


11/1(水)


この前読んだ若い小説家、柴崎友香をずっと推薦している保坂和志。
まちの記憶に関して共有している感性があるからなのだろうな。

保坂和志の本を、彼と同年生まれ(ということは私よりも1こ下)の長谷川孝治(弘前劇場)が、半年ぐらい前に日記で絶賛していたので購入した保坂和志のエッセイ『途方に暮れて、人生論』(草思社、2006)。多くの未読本と一緒にずっと研究室にあったのだが、コスモスが枯れだすいまごろになってようやく読もうと、きのう、近くの歯医者の待合室に持ち出してページを広げる。

歯医者の待合室で読む本。こういう場所で読む本はなかなかないように思うが、この本は待ち時間にぴったりで、読書する私の側の思考の持続がちょうど書き手側のエッセイ一つ分の量になってふんわり区切られているのである。まあ、もちろんこの本を乗り換えの多い通勤電車内で読んでもちょうどいいのだろうけれども(この前読んでいたSF小説は駅を乗り過ごしてしまう危険が大きかった)。

数年ぶりに行く歯医者の初診。えらく悪くなっていますねえ、とか、歯周病ですねとか、嫌なことを言われるのではないかと不安なひととき。逆に、詰め物がとれて黒ずんでいるだけで痛みはないので、えらく予防に熱心ですねと言われて、臆病な自分がはずかしくなるかも知れないし・・・

予約時刻がすぎて10分余り。いつになったら呼び出されるのか、いつもの若い男の先生だったらいいけれど、その先生のお父さんだったら、うまいといううわさだけれど、初めてだからちょっと緊張するだろうし。あるいは、若い先生の奥さんか妹さんの先生もいて、その人だったらどうしようか、ドキドキしてしまうのもはずかしいし、でも口臭をチェックすべきだったかなあ・・・とけっこうあれこれプチ不安定なときに、ぴったりの本というのは、どうだろう、少ないのではないか!

などと、いま彼の本を目の前にして書き連ねてみたりする。
つまりは、こういうことを真似にすらならないが、書いてみたくなる、そんな本なのだ。

1章『「行きにくさ」という幸福』のなかの同標題エッセイはとくに名文だと思う。つい、朝食後に、芳江にそれを無理やり読んで聞かせたりする。以下引用:

『・・・《今みたいなこんな時代》を楽しく生きられることより、生きにくいと感じられる方が、本当のところ幸せなのではないか。人生としてずっと充実しているんじゃないか。
『 これは幸せ・不幸せを定義するときに私がいつも感じる齟齬なのだが、自分が生きている時代をただ楽しいと思っていられる人は、その時代に適合するサイズの内面しか持っていない。時代が求めるもの以上の遠いところを見ているからこそ、その人は生きにくいと感じることができる。・・・』p48-49

京都橘高校の「文化政策」。金曜日が祝日なので、今日になる。3名の欠席のうち、一人はもう推薦入試だろうか、受験=公欠とのこと。今日からアーツマネジメント実践演習。絵本の読み聞かせを図書館の大大協力のもと行い始める。ワークショップをてきぱき出来るような者ではないのに、カメラに撮っていただいたりして、恥ずかしかったが、まあ、どんな授業でももう一度反省的に見るのはいいかも知れない。生徒の反応もなかなかよかったし、かなり積極的に取り組んでくれそうで(受験時期なので大変なのに)、ありがたい。

京都文化博物館へ。『始皇帝と彩色兵馬俑展』。4階と3階を使って、ゆっくりとした展示だった。
楽器を演奏している2200年ぐらい前の人の姿がこうして目の前に出てくるというだけでびっくりもする。さらに、彼はどんな音を出そうとしていたのか、手相が見えるぐらいのリアルなその掌にどんな楽器が置かれていたのか。想像する楽しみとはこういうことだろう。もちろん、これが死後の地下で行われているという空想力のすごさという点ともつながるし、葬送が文化、アーツの原点の一つであることともつながる。

京都芸術センターフリースペース。遊劇体の『闇光る』(台本+演出:キタモトマサヤ)19:37〜21:06。圧倒的な美しさ、様式の的確さ。まち=むらの闇。闇こそ光るという逆説。
2001年の初演を見ている人には格別なのだが、もちろん、これではじめて遊劇体を体験したという人にも、十分な迫力でこの劇的空間は存在するだろう。

神楽の舞台の4辺、その辺ごとに2つ垂らされた白い紙で出来たシデ(紙垂)、つまり、8シデ。その心細い神社的なアイコンが、登場人物(地の神話上の神様みたいにも見えるのだが)の動きやココロの動揺とともに、揺れて見える。外の嵐と中の嵐。
この仕掛けもシンプルだがじつにめざましい。

はじめは、音への感覚増幅。暗闇では、その足音、あるいは、キーンという耳鳴りが、昼間よりも数倍も増幅され、意味が増してくる。蝋燭とタバコの火の点滅は、黒子(キタモト)が行う。

向かい合うのでもなく、どちらも正面を向くのではなく、女(大熊ねこ)は正面を向き、男(村尾オサム、坂本正巳)は彼女を向く。90度というめずらしい対面や、ゆっくりと棒読み的に伸ばされた台詞、神楽舞台(仙台から運ばれたという、また、このあと仙台で公演があるのだ)を能楽(狂言)と同じように、縁に沿って歩くことで、その洞窟、いや防空壕の道行きを現す様式的な古拙感。

女のすごさはいうまでもないが、一番村人としての振幅が大きかった菊谷高広の演技は3名が様式的古拙さを強調して動いていただけに、なかなかめざましいものがあった。強く言うところと、とんでもなくこわがってあわてているところのコントラスト。
さいきん、すごい公演に出会い続けている。うれしい限りである。


11/2(木)


昨日の京都橘高校の生徒感想をまとめる。短いけれど、いいところをついていると思う。これを31名での公演にどう結びつけるか、様子をみながらだな。

午前中は、滋賀県庁の人が来て6日の会議について。どうして文化条例がいるのか、それは、生きにくさへの応答なのだ、なんて、つい保坂さんの本を真似て言ってしまう。
TAM研で高校時代の歴史の授業の話になって、彼女たちの歴史の知識のレベルを知る。
1回生でアメリカの1900年代前半の話(郊外化)を今度読むけれど、さて。
アーツの扉でも、高橋竹山の映画を観ながら、なかなかその時代を特定できない学生がけっこういた。19世紀から20世紀にかけての歴史(近現代史)だけでも、世界史、日本史ともぜひきちんとやっておいてもらいたいものだ。

精華小劇場、劇団ジャブジャブサーキット第45回公演『歪みたがる隊列』作・演出:はせひろいち。昨日みた遊劇体も43回公演とあった。年3回として15年、2回とすると20年以上か。劇団が存続すること自体とてもすごいことで、岐阜のジャブサーもこの劇団名で「しずかなごはん」などの深く慎重かつ丁寧な作品が次々と生み出されるようになることを、第1回公演のときに想像していたのかなあとか、始まる前にはせさんの姿を見ながら思ったりする。

2時間の作品。やはり丁寧である。家族の軋轢、姉と妹の葛藤。その過程で出来た自分のなかの多くの人格(代行人格っていいうんだ)。ただし、この舞台ではココロの問題を少し突き放して描こうとしている。薬の知識、催眠術は使うべきかどうか。声がちょっと聴き取りにくいぐらいの静けさ。でも、医師の側にも世俗的な争い、葛藤がある。善人はいない。もちろんまったくの悪人もいない。クールな装置。適切で一筋縄ではない深層心理学へのアプローチ。スタイリッシュな謎解き風・・・でも、やっぱり泣いてしまう。解離・乖離のこと、多重人格のこと、幼児虐待のこと。
脇役の入院患者の役割は何だったのだろう。かすめた薬関係ではあるけれど。


11/3(金)


関西を久しぶりに離れる、日帰りだけど、ちょっと新鮮。特段何の用事もないというのが一番いい。
三連休のはじまりということもあり、朝の電車も混んでいる。
新幹線には寝屋川市立の小学6年生の集団が修学旅行のために乗り込んでくる。広島の平和学習に秋芳洞だということ。先生が広島で下りるときに、うるさくてすみませんでしたと挨拶して出て行かれる。行ったり来たりするのでドアの横しか席のなかった自分としてはちょっと落ち着かなかったが、児童たちはなかなかちゃんとしている感じがした。同じ列に新興宗教集団の集まりに行く男女二人組。挨拶文に手を加えている。後ろの5名ほどの集団は国民文化祭関係のようだ。

文化の日(憲法公布=明治天皇誕生の日)というのは、とくに自分にとっては関係ないけれど(いちおう文化が職業なので)、第21回国民文化祭・やまぐち2006のはじまりだということだし、YCAMも一度見ておきたいし(いつもていねいな情報提供ありがとうございます)、メディア芸術祭というのも合わせて行われているそうなので、ふらふらと向かう。

新山口駅(小郡駅という駅からいつ変わったのだろう?)から、湯田温泉駅へ。それにしても、無料で県庁など地方公務員たち(だろう)によって配られるこの文化祭の総合プログラムの分厚いこと。こんな総花で総動員参加型だから人が混雑する事業をいつか本当に京都市内でするべきなのだろうか(2月ぐらいにその時期をずらしつつ京都市内の特定場所に人が集中しない方策。自動車をシャットアウトして牛車や人力車などで移動したり、町家で火鉢だけで過ごさせたり夜町中の明かりを消したり、それぐらい大胆なことをしないと「国民=国家政府」に対して、いまのこんなひどい文化を何とかしなくちゃ、と京都に来て思わせる意味がないだろう)。今の時期山口でしてもらえば(小京都だからね)、少しは京都の観光混雑緩和にはなるかもしれへんけど・・「やまぐち発 心ときめく文化維新」。

明治維新で確かにニホンの文化はおおいに変わった。
その功罪を考えようというのでは、もちろんなく、まあ、文化維新ってただの語呂合わせなのだが、ちょうど教育基本法改訂などが目前みたいなので、明治の廃仏毀釈までした長州藩志士たちによる尊皇攘夷の文化行政まで戻ってみようとするんじゃないか、と深読みしたくなる(私の基本的なスタンスは、いうまでもないが、教育政策と文化政策との分離・独立であり、この二つが並存していることの意義の強調であるので、心の問題とか道徳や伝統文化の尊重などを喧伝して、文化環境づくりを教育行政があたかも包摂したり国民がめざすべき文化理念を設定してそれを教育目的の一つにすること自体がおかしいと思っていて、だから個人の表現・鑑賞の自由とその保障のためにあるべき文化政策における環境づくりに徹する「文化政策」を独自に考えようとしてきているのだけれど、どうも対岸の火事と見ていられないようにも思い出している)。

そんなことも頭にかすめるが、ここ湯田温泉はいいところだ。快晴。前に(地域創造時代、橋本敏子さんらの企画で)山口市でシンポをしたことがあったが、そのときは虹がかかっていた。喜んでいるとここは盆地なので湿気が多く虹がよくかかるといっていた。

さて、湯田温泉駅からすぐのところに、5箇所も設置されているという無料足湯の一つが見つかる(京福鉄道の駅にあった足湯は有料だったなあ)。井上馨屋敷跡の高田公園。ここは、山頭火の碑を探している老人にかえりの夕方出会った公園である(除幕式に立ち会ったというその老人だったが、自分が思っていた場所と随分違っていたという)。

あたりまえだが、足湯は混浴である、ほほ。靴を脱いで靴下も脱いでジーンズを折り曲げる。すでに、3人の女性が足をつけていたので、できるだけ、離れたところ(ここは白狐の口から熱い湯が出てくるあんまりいい場所ではないのだが)に足を浸す。手ぬぐいがかばんにも入っていて、これであと拭けばいい。

足湯の女性の一人は台詞をぶつぶつしゃべっている。戦争をテーマにしたマジメな社会派劇の様子。彼女は時間を計ってもらっているようだ。わざと「コミニケーション」と発音している。国民文化祭に出るんですか?はい、明日、ニューメディアプラザでします。じゃあ、今日リハーサルですね、いえ、明日ゲネがあってすぐ本番でして。どこからですか。栃木からです。

足湯をして、はだしで足をつけていると、所在無いということでもないが、少しヌードなので気持ちがゆるんで、つい会話してしまうように思える。帰りに今度は外郎屋で買物をしたあと観光案内所のそばで足湯をしていて、はいってきたお母さんと息子とちょっとお話をした。ただ、お父さんにだっこされていた娘さんのほうは少し障碍があるようで、それもあって話は遠慮がちになったが(母子もはしゃぐ気持ちを抑えている様子が感じられる)。携帯を操作していたスーツの若い男性はもちろん無言だったが、靴を私のそばにおいていたことで、少し声をかける。声を掛け合うことが、コンビニのいらっしゃいませ!ではなく、なんというか、予想外のことになるのが、足湯コミュニケーションの特色だろうか。まあ、足湯を毎日している人はそれが日常なのだろうが。

通りにはやけに警察官が多かった。私服もたたずんでいる。何ですか?こっちの方は3時に皇太子さまが通られるのです。そうですか、大変ですねえ、といいながら、いつもは静かだろう中原中也記念館(誕生地)に入ろうとするが、ここも工程表を持った警察官や黒スーツの職員がうろうろしていて落ち着かない。館内のスタッフもどこか緊張しているようすで、神経質にチラシの山をきちんと積みなおしたりしている。粗相がないようにと思っているのだろうな。修身=道徳の時間っていう感じだ。中也的世界とは逆だなあとか、ダダイズムの年表を見ながらほくそ笑む。いい建物だった。宮崎浩という建築家の出世作(この言い方はあんまりよくないけれど)。

中也は宮澤賢治を尊敬していて(春と修羅は人にも買って配ったという)、そういう展覧会もあっていたようだ。200円の立派なパンフを買うときに、いい企画ですねと受付の女性にいう。一方的に中也が賢治をしたっていただけですけれど・・・、と内容もよく知っていて好感度アップ。

通りにはもう日の丸を持った人だかりができている。日の丸をかかえて配っている人(県庁の人だろうか警察の人だろうか、それとも日の丸を威勢よく振ろうの会のような人だろうか)に15時からでしょう?というと、こちらは12時50分に一度通られるという。配っている日の丸をもらって自分も振ってみるとどんな気分が自分にするかしら?と一瞬頭をよぎる。それにしても、日の丸の赤丸が法律規定(国旗国歌法)よりも幾分大きいように見える。ちゃんと寸法を測って作っているのだろうか。車椅子を押してくる女性の群れ。特別養護施設の老人を連れ出しているようだ。眠っている人とかいろいろ。動員なのか楽しいお散歩なのか、よく分からないが、やっぱり、皇太子様のお通りを沿道の人たちの観察を含めて見ておけばよかったなあといまになると思う。

京都にいると、なかなかそういう気持ちにならないが、パレードは限界芸術的演劇としてかなり重要な研究対象であるのだからして、自分も配っていただけるこの日の丸を振ってみる(これはダンスなのかパフォーマンスアートなのかそのどちらでもあるだろうが)のも、実験的活動だったと自分が臆病だったことを少し反省している(終わったら返すのだろうか)。警察官はじめ県庁職員はこの場合限界演劇(ダンス・美術)の現場アーツマネージャーということになるし、もちろん、主催・演出は宮内庁=天皇家というわけだ。

とくにNTTのビルがでかすぎて、せっかくの沿道風景を台無しにしている。反対側のYCAMは波打つことでボリューム感が少し減少している。それにしても広く何もない芝生だ。図書館は磯崎建築らしい一望する感じ。メディア芸術祭と中也の映像、なかで大木裕之の映像は少し面白かった(高嶺格は国民文化祭という文字をアップでばーんと最後出していた)。また、アニメーションでは「浮楼flow」という人生の繰り返しをうまく遠望した作品を作った榊原澄人に興味を持った。

ドアを出て吹き抜けの椅子でおばあさんと一緒にぼんやりしていたら、世田谷パブリックシアターの館長(いまもそうだかどうか知らないが)だったはずのNHK出身の永井さんがガラス越しに見えて、ちょっと会釈したら、だれ?という顔をしていたのが、おかしかった。何者でもなく山口にいて、足湯が一番アーツだなあとか思っている私はずいぶんと幸せものだとそのときなぜか思った。それにしても偉そうな雰囲気の役人風のスーツ視察団ご一行はとても暗そうでいそがしそうだった。「これは好きな人は好きなのでしょう」とかどうでもいう言葉を残しつつ、気がつくといなくなる。


11/4(土)


きのうはよくワークした一日だった。
でも、思いのほか疲れなかった。この空の下で。

この空の下劇場がことばち事業の一応のくくりとして開かれていた(ようだった)。
大阪市役所現代芸術創造事業、財団法人大阪都市協会、財団法人地域創造
宝くじは豊かさ築くチカラ持ち。たからもち、くじチカラ くじから・・・・・

ことばち実行委員会、ことばをともだち ことばをチカラに、ではなく。
ことばに血がついていて、へんなのと石橋さんがいっている。
琴に撥はいらんよな、といおうとしてやめた。
言葉と鉢の関係について、500字で述べよ、野辺の人よ!

21時半になって、自分が壇上にいたことが嘘のようにきもちよく
つい夢とうつつのあいだを左右していたが、割烹着の女性が起こしてくれた。
まだ夢を見ていた。
ほうこちゃんと遊んでいる6歳の西野田幼稚園児の自分がいて、
上田假奈代さんは、ちかくの観音さまになっていた。
いつかきっと、それが夢だとか現実だとか関係のない日々が来るのだなあと思う。
その日々が待ち遠しい。

そんな気持ちに連れてくれる音楽だった。午後2時より。
子どもたちの4コママンガと漫才と相撲ダンスだった。午後3時より。
5歳から78歳までが演じる戦争の紙芝居だった。午後4時半ごろより。
はらっぱで一人ずつがパフォーマンスする劇場だった。午後5時すぎより。
お弁当を食べながらのこんにちわ委員会での対話だった。午後7時半ごろより。
それがすべて遊園地の廃墟にある小さなスペース、ココルームにおいてだった。

あわせると、8時間弱だったという。
一人だけを乗せてかなり危なそうなジェットコースターが建物を揺るがしている。
すでに、新種の怪談ばなしが作られつつあるようなフェスゲである。

いずれも、いずこも、
人生と芸術が捻じ曲がってワープしていた。
渾然一体なのにしずかに5次元の時空に諦観していた。
ありえないほど親密でしかもうだうだしていた。
途方も無く、途方に暮れる日暮れだった。

こんなに克明にメモをとったのも久しぶりであるが、
石橋さんはよくメモをとるなあとぼくを眺めていたのだという。
眺められていたということをすぐそこで直後に聴くと、
ちょっとだけ時間を戻したくなって、
舞台を見てメモをとるぼくを眺めている石橋さんに気づきたくなった。
でも、この日のことをメモの順番で書き出すと、昨日の日記の何十倍にもなるように思う。
昨日(11/3)の日記を今日(11/4)の朝に描いたが、これでも描きたいことのほんの一握り。

描いていると、その描いていることを描きたくなる。これは無限退却である。
おっと変換の誤解と誤読であるわい。無限のほかに、夢幻と無間。
この無間という熟語は無間地獄の無間であった。
「間」が無いことの地獄。

好意的な誤解と多様な誤解。誤読のススメ。五徳のスルメ。
ちぢめて好解に多解。後悔で他界、航海に降灰・・・


11/5(日)


栗東のさきらへ行く。
ちょうど休憩のようで、公開ワークショップの再開(開始?)は1時半すぎということなので、サファリパークの準備をしている和室をのぞく。福原さんがクッションを作っている。
民商のあつまりがあって、そこでカエルのかわいい人形があったので(一応インディアン由来の腰掛人形と書いてあったが)、夫婦と子どもをセットにして買っておく。カエルはお袋のお土産につねに必須アイテムなのだ。

大ステージでは200名以上の参加者が座りにつく。車いすが多く、スタッフも補助者というよりれっきとしたこの糸賀一雄記念賞舞台芸術祭のメンバーだということをつくづく思う。
近江学園の聖者の行進からはじまって、打楽器のグループや手話コーラスなどを行うグループなどがつぎつぎと18日、19日のステージめざして練習兼リハーサルを行う。

内藤裕敬さんが役者をするあざみ寮などのみなさんに声をかけている姿が微笑ましい。彼が、いつとはなく、こうしてゆるやかに音が鳴り出して気がつくと自然とはじまるっていいですねえと言う。そうそう、終わりだって決まっているようで決まっていないし、踊り出しちゃう人もいるし、客席で声を上げてしまう人を見ながら、スタッフは大変なのだが、それが自然なのかも知れないなあと思ったりする。

今回の舞台は、ペンギンが探し物をしているのだが、どうも何を探していたのか忘れてしまったので、では、みんなで何を探していたのかを探しに行こうという物語なのだとはじめにみんなへ言っていた。おお。自分探しはやめようといわれ続けているが、自分が何を探せばいいのか、探していたのか、探す意味ってあるのか、そういう「探すを探す」の無間地獄(無限後退)なのかもなあ、とちょっときのうの続きの思索をしてしまう。

やっとダンスのワークショップがはじまる。しげやんがすごい。客席の一番後ろに行ってそこへ向かって体を伸ばすようにという。みんな、そこへ、からだと気を投げて行く。しげやんたちはこうしてダンスを創っているんだなあ。佐藤さんやYUNちゃんがみんなと踊っている。一人から二人へ。相手を見つけ、見つからなくても気持ちは一緒に踊っている。はじめ、とても緊張していて、風が止まってしまい、だから緊張が出てくるのよ、一気にいこうとしげやんがいって二度目をはじめたら、ずいぶん勢いがついてきた。19日がじつに楽しみである。

16時になったので、あわてて、栗東駅から山科駅へ。山科青少年活動センターではめくるめく紙芝居の第3回目ワークショップ。すでに絵がのびのびと描かれつつあった。面白かったのは、まわりでは、みんな環境音楽のように演奏をしているのだ。演奏しつつ見ていたり、会話しつつ、演奏もしていたり、とその移動可能な、やっているのといぇっていないのとの間の半意識的な空気が、階段を上ってドアを開ける前から伝ってくる。実社会の活動と夢の活動との大きな境をすこし緩めていくとこういう気持ちのよい状態が出来る。パレードもした。乗り遅れたハナちゃんが今度は先頭に立ってまた回りだしたりもした。おもちゃのギターは三味線のようだ。三味線みたいなおもちゃはないかなあ。

かえって、ザ・ピーナッツが出ているから買った『モスラ』を見る。監督:本多猪四郎、音楽:小関裕而、特技監督:円谷英二。1961年作品、101分。音楽を中心に見ていたが、原作が中村真一郎、福永武彦、堀田善衛ということもあって、キリスト教と原始社会との対比とか気になりつつも、きちんとしたストーリーがありなかなかに楽しかった。


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