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こぐれ日録 KOGURE Diary 2006.10
こぐれ日録506 10/9〜10/15
10/9(月)
きょうが一番休日ぽい。
ゆっくり起きて、ハヤカワ文庫を読む朝。新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー』の2巻目に入る。長野県の松本市みたいな架空の都市。諦観の高校生と未来はただ衰弱だけの地方都市。時間旅行者。まちおこし、地方行政研究にもつながる面白さがあって(地方政治のどろどろとか地域通貨とか花火大会、商店街イベント・・・)、これはお奨めだろうと、まだ途中だけれど、思う。
枚方とすこしだけ八幡もでる今日のお芝居も同じにおいが少しする。
演劇ユニットYOU企画『ハーフ −Where the heart will be− 』アートコンプレックス1928。作:クスキユウ、演出:松浦友。
平野愛の写真は最後だけで、あとは、音が地域取材だ。自虐的の反対の自分史演劇ぽい感じもして、奇妙な新しさと明るい閉塞感がただよっている。うまい演技をしようとしないところなどもそのペシミズムに通じるのかも知れない。
帰り、新京極通りを歩いていて、お寺がこんなにあったのかとひとつずつ寄っていく。落語をしていたり、けっこう、退屈しない。蛸薬師寺は、その奥に入るとアヒルが飼ってあった。BGMがなかったらどんなによかっただろう!
10/10(火)
大阪成蹊大学芸術学部、美術文化政策研究の第2回目。
52名。今回は、事例からはじめた。
ただ、盛りだくさん過ぎたきらいがあって、テンポが速すぎるというコメントが多い。
きっと、
去年などよりも詰め込んでいるのだ。
だから、絵本を読んだり、そういう余裕がない。
絵本を読んだりするのがいいのかどうか、去年はそれを反省していたが、
一番いいのは、内容でひきつけること。
来週、ずいぶん修正してココロしてのぞもうと強く思う。
夜は、落合監督とともに、このペナントレースにうるうる。
素朴な秋田の人だとインタビューを聴き、ウッズのホームランでもう泣き出す落合監督を見て思う。
12回までひきずってしまうところが中日らしくて、その垢抜けない姿が好きなのだけれど。
10/11(水)
雨が強く降っている。
1限目基礎演習。3名のゼミ生が夏休みレポートを発表する。
安心して聴くことができる。NGOとNPOを説明したり、ミッションの意義とかを話したり。
教科書読みでは、根無し草。モダンとはルーツがないこと、つまり根無し草だという話をポツリ。
デラシネで授業が終わるなんて、すこし文学的かも。
あとは、校務。
最後の会議が終わったあと、教育勅語を丸暗記するようにすればいいのですよねえ、とあることについてコメントしてみたりする。そうそう、大会議のとき、前の方が空いているので、学生と同じですねえとも言ったか。まあ、そんなことでフローしないじつに憂鬱でなげやりな時間をやりすごしている。
明後日の準備をして(探しても柳宗悦関係の本や雑誌の置き場所を忘れてしまって・・)から、椥辻まで下っていると、文化財学科の4回生の二人が声をかけてくる。
せんせ〜い、どうしよう、あした卒論の中間発表なんですよう〜どうしようどうしよう。
びびりまくっていて、非常にかわいい。
文化財学科では、全員の先生が聞いてコメントするという。なんと、150枚もプリントするというから、学生たちもみんな聞くのである。
帰りの売店で、「京都CF!」11月号</a>を買う。“地元の人も観光の人も、等身大の商店街・・・けっこう一日たのしめる 商店街で、あそぶ。”そんな表紙につられて。これって、何だか、いまちょうどやっている京都橘高校の授業とまるでおなじじゃん。
10/12(木)
今日は、講義が一つだけなので、のんびり。
のはずだったのに、結局、ばたばたっと「アーツの扉」講義直前にしてしまう。
卒論の関係で、「笑い」について話していると、科研費の関係で(自分はいつも他律的で人に誘われてのみ活動するなあ〜今回はたまご大王さん〜)、業績一覧が見当たらなくなり、あわててうろちょろ。
今日は、明治維新を境に日本の音楽が、西洋音楽と江戸音楽の二重構造になったというお話であった。その前に、音階について説明しておく(このあと、現行の君が代が律音階であるという話とも関係するので)。
日本の音階はみんな5音。1音と3音、4音は固定(ド、ファ、ソ)で、2音と5音をどの間隔で入れるかで、替わってくる。1音-2音(5音-6音)の間隔が一番広いのが琉球音階(ド−ミ)、その次が民謡音階(ド-レ#)、そして、律音階(ド−レ)、最後一番新しいのが都節音階(ド−ド#)。でも、都節音階は説明すると煩雑になるので省略したけれど、ようやく、まあ、何とか分かりやすく説明できるようにはなった(でも、最近になっていろいろな説が出てきたとは聴いているので、一つの説明にすぎないだろうけれど)。
鍵盤ハーモニカ(「ピアノカ」ではなくケンハモって言った方がいいよというとおーという声、へへへ)で説明するのだが、マイクと交互に入れ替えるので、間違って、マイクを吹いてしまったり、けっこう大変だった。でも、学生たちは面白いものをみたような顔をしていて、音程をはずしてフェントン作曲の明治3年の君が代を歌ったときも、好意的に聴いてくれたようで、よかった。
浪曲が意外と好評だった。宮城道雄の君が代変奏曲。これはたしかにふんだんに近代的な要素が入り、かつ緩急がうまくついていて、思ったごとく好評。でも「君が代」の歌詞に抵抗を持つ学生もいたので、このあたり、どれだけ、この歌詞のことに触れるべきか、来週まで考えることにしよう(「いわ-ほと」「なりて」の戯れ唄化「隆達小歌集」もすらっと触れてみるかな)。
あした、限界芸術論の古典というか、鶴見俊輔さんはどう語ったのか、を1限目するので、検索していたら、池田宏子さんのブログに偶然ぶつかった(http://odoruaho.exblog.jp/3113859)。びっくりしゃっくりね。いま大学院生しているみたいだ。そうか・・・
11/13(金)
霧が出ていた。
木々にクモの巣がいっぱいかかっていて、黄色と赤のクモがまんなかにじんどっていた。
いっせいにクモが店を開いている。霧だとお客さんがいっぱいひっかかるからだろうか。
1限目。限界芸術論の古典には入らないままだった。
高校。観光について話した。オールタナティブ・ツーリズム。抽象的だったかも知れない。ホスピタリティとユニバーサル・デザイン。ユニバーサル・デザインを中心にしてもっと具体的にしたらより理解がすすんだかも知れない。
11/3に山口に行き、メディア芸術祭を見ておこう(山口情報芸術センターに行ったことがないのにいつもチラシをいただいているので)と新幹線を予約する。連休初日なのでぎりぎり一席だけあった。
細野ビルヂングでTTRライブ能を楽しむ。いっぱいで立ち見が出ていた。
コンクリートの小空間で大鼓(山本哲也)はかなりぎんぎん響く。笛(竹市学)はじょじょになじんできた。小鼓(成田達志)は、その微妙な音色を聞き分けやすい。
舞囃子を至近距離で見ているので、迫力満点、杉浦豊彦、浦田保親、寺澤幸祐。
10/14(土)
工事中の中之島新駅で三田村さんたちが演奏をするというので、行こうと思っていたが、どうも、からだが思うように向かわない。どうも軽い風邪のようだ。
今日は北の方に芳江が出かけるので、そのかばん持ちをする。途中まで。
その関係で面白い映像を見る。もうすぐしたら、紹介できるだろうし、限界芸術論の一つ、てあそび歌の例示にもできそうで。
そして、どこにも寄らず(カーディガンを買おうかと思ったけど)ぶらぶら帰る。無為の楽しさとけだるさ。「無為の奥山」(いちおう、しゃれ)けふこえて。ところで、「有為の奥山」ってなんだっけ?
よく見ると、昨日いっぱいいたクモたちがけっこう残っていた。霧がなくても、いっぱい朝はクモはお店を出していたのかも知れなかった。ただ、その糸が昨日は霧があったためによく見えた(ということは、獲物獲得にとっては失敗ということかも)だけだったのか。
クモの糸を張る環境としての木々と葉っぱなどのアフォーダンスについて、ちょっとだけ考える。
クモの糸の模様はアフォーダンスと創発性の例示として実にわかりやすいものである。
夜、いつものように言葉の成り立ちに思いをめぐらす。漢字がやってくるまえの言葉たち。
限界芸術論関連で、ハレとケの「褻(普段着)」、そして、食(け)、気(け)の関連などについて考えていて、ふと、中川真さんの本をよんでいたら、気配(漢字はあとからのもので「けはひ」)が気になってしかたがなくなる。
あと、物怪についてもおいおいじっくり考えよう:もののけ もの(霊、鬼)の気(け)だから。
さて、
けはひ。気が這うのである。中世以降「けわい」と発音していたようで、化粧(けわい)ともなる。
岩波古語辞典より。
「けはひ」名詞:ケ(気)ハヒ(延)の意。ハヒは、あたり一面に広がること。なんとなく、あたりに感じられる空気。「気配」は後世の当て字。→けしき。@肌で感じたり、聴こえたり、匂ったりする雰囲気や様子・感じ。A匂い。B声。C音。D気温。E立居や動作の感じ。F(様子から察しられる)人柄。Gなごり。Hゆかり。血縁。I化粧。雰囲気を作る意から、けしょう。おつくり。
「はひ」接尾語:あたりに這うように広がる意を添えて動詞をつくる。
「さきはひ」と「にぎはひ」。
「さきはひ」@(動詞):サキ(咲)、サカエ(栄)、サカリ(盛)と同根。生長のはたらきが頂点に達して、外に形を開く意。ハヒはヒギハヒのハヒに同じ:生命力の活動が活発に行われる。
A(名詞)さいわい。幸福。同じ幸福の意でも、サキハヒは植物の繁茂が人間に仕合せをもたらす意から成立した語であるのに対し、サチは狩猟の獲物の豊富さが人間に仕合せをもたらす意か成立した語。
「にぎはひ」賑はひ ハヒはサキハヒ(幸)のハヒと同じ。@富み栄える。A繁盛する。にぎやかになる。B人に物を与えて豊かにさせる。
10/15(日)
風邪が本格化しないように、家とその周りの散歩のみ。
クモの観察、3日目。
クモは同じ種類みたいだが、太いのやスマートなもの、紅い斑点がないものなど色々。
見ていて、小さなハエみたいなのがひっかかると、さっそく上手に食べていた。
クモの巣って、景色を見るとき、だいたいスルーしていてちゃんと見ていない。
歩いているときは、クモの巣を払って進むので、クモおよびクモの巣・糸は邪魔者である。
あるいは、あってもなかったことにしているものであって、クモは益虫ですから・・とかはいってあげるけれど、ちゃんと観察したりはしないし、あんまりペットにもしない。
でも、よく見るとなかなかにかっこがいい。とりわけ、クモの糸の細かさ、ときどきぎざぎざになっている線とかを見ていると、首が痛くなるけれど、いやあ、じつに美しい。霧の朝のおかげで、こんなにクモが身近に陣取っているとは思わなかった。景色がクモの巣があることで、二重に見え出すから不思議だ。
夏の服をしまって、秋支度。夜は芳江に頭を丸坊主にしてもらう。
たまたま1997年に二度(日記を検索するとアトリエ劇研でまず見て北文化会館でまた見ている)見た「月の岬」(作:松田正隆、演出:平田オリザ)のビデオがあって(これはどうしてここにあるのか、覚えていないけれど、ただ忘れているだけで自分か誰かに撮ってもらったものなのだろう。BS2)、これは授業に使えるかも知れないと、途中からメモを取りながら見た。
鷲田清一『てつがくを着て、まちを歩こう―ファッション考現学』ちくま学芸文庫、2006年。P218〜219を引用。アーツプロジェクトという言い方は特に創発的なアーツにふさわしいのかどうか、ここを読んで再考すべきかも知れないと思った。あとプロセスもそうなのかどうかも調べなくちゃ。
《 秋から冬にかけていったりなにが消耗されたのだろう。いうまでもなく、モード記号としての価値である。それだけの金をかけて、時代を先駆けている、時代の空気に敏感だというセルフ・イメージ(ほとんどはやりに弱いということでもあるが)を買ったのである。要は、時間を消費したのだ。
《 商品開発も学問上の発見も、モードと同じく、「他人に先駆けて」ということが評価される。会社では、プロジェクト、プログラム、プロデュース、プロモート、プロフィット(利潤)、プロスペクト(見込み)、プログレス(進歩)というふうに、「プロ」(「前へ」を意味する接頭辞)のついた前傾姿勢で一貫している。ポスト近代といいながた、みんな相変わらず前のめりに生きている。
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